伊東 豊雄(いとう・とよお)
 
建築家。1941年生まれ。1965年東京大学工学部建築学科卒業。主な作品に、せんだいメディアテーク、多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)など。現在、台中メトロポリタンオペラハウス(台湾)、みんなの森 ぎふメディアコスモス(岐阜県)等が進行中。日本建築学会賞作品賞、ヴェネチィア・ビエンナーレ「金獅子賞」、王立英国建築家協会(RIBA)ロイヤルゴールドメダルなど受賞。2011年には愛媛県今治市大三島町に伊東豊雄建築ミュージアムを設立。
 
LINK: 伊東豊雄建築設計事務所

 

03:伊東 豊雄 / Toyo ITO

 

このコーナーでは、建築家の方々に登場いただきながら、"雨のみち"のコンセプトや方法を、実際の作品に即して話をうかがっていきます。第三回のゲストは、建築家の伊東豊雄さんです。伊東さんにとっての「雨」は設計やデザインにどう影響しているのか。

 

失敗から学び続ける雨と建築

 
----- これまで雨の水のデザインをテーマに建築家の方々に建築のあり方と雨の考え方についてうかがってきました。そこで、今日は伊東豊雄さんに、これまでさまざまな設計をされてきた中で、雨の諸問題やディテール上の工夫など、おうかがいできればと思います。
 
伊東:まず、冒頭から言いづらいですが、 雨の問題というのは、だいたいはあまり嬉しくないものですよね(笑)
 
----- 以前、 <瞑想の森 市営斎場>(2006/岐阜県)を見させていただきました。あの自由曲面のシェルの中の雨仕舞はどうなっているのですか。
 

伊東:基本は、継ぎ目がない連続した自由曲面シェルでつくり、 柱の内部に雨樋を内蔵して雨水処理をしています。屋根を自由曲面でつくることで、谷(くぼみ)がいくつも生じます。そこで、そこにつくる柱の中で、雨の処理もしてしまおうとなったわけです。 メンテナンスを考えると、葉っぱがつまるといった理由で嫌がるクライアントもいるのですが(笑)、このようなケースは、これまで設計した建築でもいくつかありました。
 
----- 基本的に伊東さんは、雨の処理をどのように捉えられていますか。また、どれくらい対応のバリエーションがあるのでしょうか。
 
伊東:基本はもちろん樋ですが、特に縦樋をつけることが一番悩ましいところです。どうやって見にくい場所に目立たずにつけるかで、いつも本当に苦労します。例えば、フラットルーフの場合はパラペットを立ち上げるケースがあります。それでもわれわれは、でいるだけパラペットを低くしたいと考えていますから、できれば屋上にスノコを引いて、一段上げて、その下で水を取り、 スノコのレベルとパラペットとを合わせます。その結果、防水屋さんを泣かせてしまうわけですが(笑)。勾配屋根の場合は、庇がある程度出るケースが多いので、 先端をできるだけ薄く収めたい。そうすると軒といを、本当は付けたくないので、できれば内側で処理をしようということになります。どちらの場合も、かなり苦労しています。
 
----- ご自邸だった <シルバーハット>(1984/東京都)にも確か縦樋がありましたね。
 
伊東:北側に縦樋がありました。あの家には自分が住んでいてのですが、 良く落葉が溜まって詰まってしまいました。さらにあの家は、よく雨漏りをしました(笑)。
 
----- <シルバーハット>の柱と縦樋には工夫があるように感じましたが。
 
あの住宅では、北側で水を落とすのだと割り切っていました。構造体が軒樋になっていて、ステンレスの樋をチャンネルにかぶせ、その先端に縦樋があるのです。 基本的に谷を作るとなかなか難しいですね。
若い頃、一度大きな失敗をしたことがあります。金属屋根で谷がある住宅で、雨は大丈夫だったのですが、雪が降った時、東京の雪は解けたときに一気に雪解け水が流れてしまうのですね、樋の上の屋根板を張ったところから水が溜まってしまって。 まぁ、若い頃はそういう失敗を繰り返して、苦い経験を生かしていくものです。もちろん最近は、問題は起こしていませんよ(笑)。
 
----- これまでのプロジェクトの中で、施工も含めて最も雨の処理が大変だったものは、どれになりますか。
 
伊東:一番大変だったのは <TOD'S表参道ビル>(2004/東京都)ですね。あの建築は、サッシュレスでコンクリートとガラスの面を揃えて、コンクリートの中にガラスをゾウガン(象嵌)するようにつくっています。1枚1枚の形が全て異なる200枚以上のガラスを使っているのです。
 

ガラスは内外2枚合わせに入れて外側のガラスには落下防止のつめをつけました。ただその目地巾をいかに少なくするかをゼネコンとやり合って(笑)。最初は15mmといわれて、こちらは5mmを求めて、最終的には7mmで決着がつきました。施工はきわめて優秀なチームでした。
あの建物には、 鋭角でガラスの下部が切れている形状があります。そこから雨たれが出ないようにということに、ずいぶんゼネコン側でも研究をしてくれました。塗装の技術も上がってきているので、ガラス面などでも雨でむしろ汚れが落ちる処理もできてきています。そういう技術によって、あのようなファサードがつくれたのです。
 

 

新しいエポック的作品<みんなの森 ぎふメディアコスモス>

 
伊東:本当は、今回のテーマのように雨のみちをデザインできるようになれば、一番良いのですが、なかなか難しいですよね。ただ、このことは今後より取り組まなくてはいけないテーマなのだと思います。僕らはこれまで、構造主体でデザインしてきたところがあります。<TOD'S表参道ビル><MIKIMOTO Ginza2>(2005/東京都)、<多摩美術大学図書館 八王子キャンパス>(2007/東京都)などもそうですね。ただ、これからは、それだけではどうにも立ち行かない。もっと環境や光、空気の流れ、自然エネルギーについても考えなくてはいけない。そういう視点を明確にもってチャレンジしたのが<みんなの森 ぎふメディアコスモス>(2014年竣工予定/岐阜県)です。
 
そのコンペに勝った直後に東日本大震災が起きました。益々エネルギーの問題については、否応なく大きなテーマとなったわけです。僕も何度も被災地へ出向いて、東北の人たちと話をしていると、彼らは自然と常に向き合ってきた人たちなのですね。そういう姿勢ひとつ見ていても、もう一度考えざるを得ないと思っています。被災地で何か貢献できないかと模索しているところなのですが、軒や縁側が無いような家は、家ではないと思っている人たちなので、僕らがやってきたような庇もないただの箱のような建築を、これが良いでしょうとはもう言えないですよね。
 
仮設住居に暮らす人たちとも何度も話をしているのですが、30cmしか庇が出てない仮設住居では、雨が降ってきたら洗濯物も干せないし、縁側もないから隣の人とも話ができない。そういう話をたくさん聞きました。だから、空気が建築の中をどういう風に循環していくのかとか、自然採光をどう取るとか、雨の流れ方をどう考えるかとか、そういうことをデザインしていくことはものすごく重要なテーマになると思っています。
 
---- そういう意味では<みんなの森 ぎふメディアコスモス>は伊東さんのこれからの建築を見据えるエポックとなりそうですね。ここでは雨水利用にも積極的に取り組んでいらっしゃいますよね。
 


伊東:そうですね。<みんなの森 ぎふメディアコスモス>では、わずか2階建ての建物が90m×80mの大きな屋根で覆われています。この大きな屋根面は基本的にフラットで、そこに盛り上がった波のような部分がいくつか出てきて、そこに内部で樋を取って、雨水利用することも試みています。この建築では、いかに消費エネルギーをセーブするかということをテーマとして、従来の建物の1/2を目標に設計しています。ソーラーパネルを使ったり、屋根は木造なのですが、屋根の一部が開くようになっていたりして、自然採光もします。
 

雨水利用ということであれば、<福岡アイランドシティ中央公園ぐりんぐりん>(2005/福岡県)でも一部、取り入れています。屋上緑化がされていますしね。ただ、なかなか内部で雨水を利用すること自体が法規的に許されないケースもあります。建物内部にも温室があるので、雨水を利用したかったのですが、そこは条例で禁止されていました。同様のことは<台中メトロポリタン・オペラハウス>(建設中/台湾・台中)でも生じているところです。
 
---- <みんなの森 ぎふメディアコスモス>の基本的な構造はどうなっているのですか。
 

これはRCが主体となっていて、屋根が木材。それらを支える柱はスチールです。木造の屋根は、集成材だと大量に接着剤を使うので編み上げにしました。少し厚めの板を交互に積み上げて40cmくらいにしたものです。この格子の大屋根の下にさまざまな種類の閲覧室が配されています。

 
雨仕舞い自体は、柱の何本かは構造的というより雨といとして使用するようにしています。雨水は、一度貯めて、屋根の散水に使う予定です。

 

雨水から考える新しい屋根の可能性

 
----- 吉村順三先生が昔、「君たち、別荘ってのは樋を付けないんだよ」とよくおっしゃっていたそうです。理由は枯れ葉で詰まってしまうから。だから原則、別荘は雨といをつけない。だから、雨にどう打たれても良いようにデザインするんだと。

 
谷田:雨といは、実際には江戸時代に街が都市化をした際に、屋根に降った雨が隣の家に迷惑をかける機会が増えたことで、一般に普及したといわれています。
 
伊東:なるほど。確かに昔の農家には雨といは無いですね。つけようもなかった。
 

茨城県ひたちなか市に残る旧土肥家住宅(photo=TANAKA Juuyoh)


谷田:昔の素材の茅や板張りだと実際に雨はゆっくりと流れるのですね。瓦が普及することで、瓦の屋根で雨がどんどん流れることで、雨といが普及されたともいわれています。そういうことを考えると、雨がゆっくり流れる屋根をもしつくることができれば、雨といはいらなくなりますね(笑)
 
伊東:確かに東日本大震災における防潮堤についての考え方についてもつながりますね。これまでは一本の防潮堤で食い止めようとしていたけども、今回は駄目だった。それであれば、何本かで止めようというアイデアも出てきているようです。だから、雨水も一気に流れるのではなく、雪止めみたいなもので、少し流速をゆっくりさせていくと面白い屋根のデザインができるかもしれませんね。
被災地の釜石へ通っているのですが、そこには製鉄所の為にコークス・石炭がたくさん積まれていたそうです。それが津波の流速を防いだそうで、野生の鹿たちが助かったという話を思い出しました。
 
----- 感動的な話ですね。最近は特に都市部におけるゲリラ豪雨も増えてきています。もちろんそれに対応して雨処理のキャパシティーを大きくする傾向にあるわけですが、今お話を聞いていて、それとは異なるデザインのベクトルもあるのではないかと思いました。
 
伊東:そうでしょうね。20世の建築、近代主義の建築というものは、基本ハコです。その後も多くの建築家たちは、屋根という概念をできるだけ消したいと思ってきました。しかし、ここへ来て改めて「屋根」の存在を考えたとたんに、雨の点からは安心できるのですね。
 
----- 隈研吾さんも、近代建築でモダニズムがハコとなり、ポストモダンでハコを解体したけども、結局「屋根」というものをきちんと正視していなかった、「屋根」という存在を見抜いていなかった、と仰っていました。
 
伊東:これだけ環境が変わってくると、少しずつまたそういうことの捉え方についても変わってきますよね。
 
——こうした時代になってこそ、今一度、屋根のある「建築」の意味を再考することと、あわせて「雨のみちデザイン」の検討をしていく必要があるように思います。今日はありがとうございました。

(2011年|東京・南青山 伊東豊雄建築設計事務所にて|インタビュアー:真壁智治|写真:特記以外すべて提供=伊東豊雄建築設計事務所)


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