内藤 廣(ないとう・ひろし)
 
建築家/内藤廣建築設計事務所/東京大学名誉教授。1950年生まれ。1976年早稲田大学大学院修士課程修了。フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所(スペイン・マドリッド)、菊竹清訓建築設計事務所を経て、1981年内藤廣建築設計事務所を設立。2001〜2011年東京大学大学院にて、教授・副学長を歴任。2011年〜同大学名誉教授・総長室顧問。2007〜2009年度には、グッドデザイン賞審査委員長を務める。
 
主な建築作品に、海の博物館(1992)、安曇野ちひろ美術館(1997)、牧野富太郎記念館(1999)、倫理研究所富士高原研修所(2001)、島根県芸術文化センター(2005)、日向市駅(2008)、高知駅(2009)、虎屋京都店(2009)、旭川駅(2011)など。
 
近著には、『内藤廣の建築 2005-2013 素形から素景へ2 』(TOTO出版)、『内藤廣と若者たち 人生をめぐる一八の対話』(東京大学景観研究室編、鹿島出版会)、『内藤廣の頭と手』(彰国社)、『内藤廣の建築 1992-2004 素形から素景へ1 』(TOTO出版)、『内藤廣+石元泰博 空間との対話』(ADP)など。
 
LINK:http://www.naitoaa.co.jp


 

04:内藤 廣 / Hiroshi NAITO

 

このコーナーでは、建築家の方々に登場いただきながら、"雨のみち"のコンセプトや方法を、実際の作品に即して話をうかがっていきます。第5回のゲストは、建築家の内藤廣さんです。内藤さんにとっての「雨」は設計やデザインにどのような関係があるのか。

 

雨のみちの考え方、雨のみちの伝え方

2014/01/20
 

条件に左右される屋根

 
----- 内藤さんの作品を見ていると、傾斜の角度や屋根の形が非常に特徴的に感じられますが、屋根の形はどのように決めていますか?
 


十日町情報館(写真提供=内藤廣建築設計事務所)
 
内藤:特徴的な屋根を作りたくて作っているのではありません。例えば<十日町情報館>は積雪のことなどを考えて、フラットルーフにしています。提案をする前に十日町の体育館の屋根を見て歩いたのですが、みな鋼板張りで勾配屋根。塗装がすべてはがれて錆びだらけだったのです。そういったリサーチもあって、フラットルーフにしたわけです。つまり毎回その場所で一番適切な候補を選択するという、ただ単純にそれだけのことでやってきているのです。
 
ただ、屋根に勾配をつけた場合でも、そうでない場合でも、強度のことはいつもうまくいかないですね。例えば軒を建物につけたり、壁面を保護しようと思うと庇を出しますが、庇のわきには樋がいて、さらにかなり無理して内樋にしない限りは軒先に樋がついて、縦樋が斜めに壁の方まで引きをとる、つまり、あんまりいい始末じゃないですよね。こんなことやらなければ、もうちょっとかっこよくなるのになぁ、と思いますが、ちゃんと考えるとそういう風にならざるを得ない。






建築を維持していくために

 
内藤:それからもう一つ、樋を使うときに気になってしょうがないのは、樋のメンテナンスです。
 
 僕がまだ駆け出しのころ、こんなことがありました。仲のいい友達が知り合いの家を設計して、その後、彼はインドネシアに仕事で行くことになったのですが、建物が建って一年ぐらいで雨漏りしたらしくて、メンテナンスに行ってもらえないか、ということで行ったんです。その時に軒先の雨樋を上から覗きこまなきゃいけなかった。これが本当に怖かった。二階建ての軒先の雨樋の不具合を覗きこむって、命がけですよ、落ちたら死にますから。建築家が軒先の雨樋のつまりを、腹這いになってのぞきこむって、どう思います?
 
----- 想像つかないですよね(一同笑)。
 
内藤:勾配もついてるんですよ。勾配がついている先の、ちょっと下がったところにある雨樋を覗きこんだ先は、5~6m下に地面があるんです。こういったメンテナンスと安全性の問題って意外にあると思っています。
 
 たとえば<島根県芸術文化センター>雨樋の先は15~20mくらいの高さなんです。高いけれども、メンテナンスしやすいということでつけているのですが、どうやってメンテナンスをするんだろうって。やるとなったら総足場を組まなくてはいけない。外壁そのものは300年くらいの耐用年数だと僕は言い切っているのですが、雨樋は板金で成り立っているのだから、当然どこかで不具合が出てくる。やはりその時は、雨樋のために総足場をかけるのかなと(笑)。建物というのは一番弱いところからダメになるので、雨樋っていうのをどう考えてくかっていうことは、大きな問題なのですね。
 


島根県芸術文化センター(写真提供=内藤廣建築設計事務所)
 
----- それはとてもいいヒントですね。
 
内藤:いつもその矛盾を感じながらやっているということを、分かっていただければ(笑)。この話は、住宅でも同じですよね。雨樋に梯子をかけて登っていくと、梯子は屋根の雨樋にあたる。そういう時にどうなるのだろうかとか、そのことは考えませんか?(一同笑) 塩ビなんて梯子をかけて揺すったら割れちゃうし、金属製のものであれば問題ないかもしれないけど、メーカーはそういうことまで考えて作っているのか否か…… それはどうでしょうか?
 
----- (苦笑い)これは、痛いところをつかれました……。
 
内藤:それほど高尚な話をしてるのではなくて…リアルな話をしているだけなんですけどね(笑)
 
----- 樋をよける梯子というものはあるのですが、メーカーとしては梯子を当てられてもいいような構造にはしてないです。
 
内藤:エコという側面からも、これからは住宅地でもできるだけ木を植えて、日射を防ごうということになると、樹木のラインが屋根より上に出てくるケースが多くなってきます。そうすると、落葉樹で今よりも雨樋が詰まるようになってきてしまう。素人でも梯子をかけるようになるかもしれません。だからこそ、梯子がかけられる雨樋みたいなものを商品化しても良いと思うのです。

雨樋へ落ちてくるもの

 
内藤:あとは、落ち葉について。これは普遍的な問題なのですが、落ち葉対策の商品ってあるのでしょうか?
 
---- 住宅レベルのサイズになるのですが、一応あるんです。毎年落ち葉掃除に苦労するとか、植木屋さんに掃除してもらって2万円かかったなど、落ち葉詰まりの問題というのは昔からよく言われています。これはフタつきの樋「すとっ葉゜ー」という商品です。
 


 
内藤:この樋はちゃんと機能しますか?
 
---- 軒樋にカバーをつけることで、雨がカバーを伝って入るのですが、落ち葉はカバーがあることで、樋の中に入りにくい構造になっています。
 
内藤:20~30年前にミサワホームが落ち葉用の雨樋を出してるんですよ。ミサワホームが当時割と頑張っていて、網がある雨樋で、これいいなって思った記憶があるんです。そういうのをあまり住宅メーカーはやらなくなったんですよね。なぜそうなったかわかりませんが。
 
---- それは恐らく、網をしかけると、網にひっかかってけっこう吹き溜まりになってしまうケースがあるためだと思います。
 
内藤:なるほど、落ち葉が流れ落ちないんですね。
 
---- ええ、なので滑り落とす方向でこの「すとっ葉゜ー」は考えています。
 
内藤:乾くとパラぱらっと葉は落ちちゃう?
 
---- はい。ただ、細かい木の葉の一部は雨と一緒に巻き込んでしまう場合もあります。
 
内藤:ちなみに、皆さんは家で葉っぱの掃除をしたことありますか?
 
---- 何回かはやったことはありますが……。
 
内藤:僕の家にケヤキがあるんですけど、落ち葉の量も半端じゃないけど、もっと細かい直径1ミリぐらいの種子の量が半端じゃないんですよ。ちっちゃい変なものがたくさん落ちてくるのを、毎年かき集めて、雨樋に詰まらないようにするのは結構大変なんです。
 
雨樋メーカーで、その問題をどこまで解決してるのかは、とても気になります。要するに生き物相手だっていうことを前提に、もう一回商品開発をして、特許を取って、それを売り物にしたらどうでしょうか。多分みんな会社勤めに一生懸命で、家のことはやらないんじゃないかと思うのです。
 
一度社長さんが号令をかけて、自分の家の雨樋でちょっと考えてみればいいのではないですか?

メンテナンスとデザイン性

 

縦樋の下に見えるのが排水枡

内藤:もう一つの心配事は、僕もちゃんとやれていませんが、葉っぱなんかの大量の廃棄物は整理して袋に入れることができるけど、逆に 細かい種なんかはどこに行くんだろうかって思うんです。細かいものは縦樋を伝って下の枡にたまるんですよね?


---- そうですね、はい。
 
内藤:恐らく、屋根の上を掃除しても、普通は枡まで掃除しないですよね。なので、いわゆる雨樋メーカー、特に雨の話をケアアップする会社であれば、本当は枡の話までやってなきゃおかしいんじゃないかと思うのですが、どうですか?
 

飾ります

---- そうですね。下の枡(排水枡)と同じことが上の雨樋の枡においても当てはまります。例えば 、メンテナンスをしやすいように雨樋の枡にフタをつけることもあります。雨樋の枡で難しいのは、設計事務所さんの提案するすっきりとしたデザインの建物では雨樋の枡が採用されにくく、メンテナンス性と意匠とどっちをとればいいのか、迷う所ですね。

 
内藤:ちゃんと建築家を批判してください。そのほうがこの国の住宅文化のためになる。
 
---- われわれとしては掃除がしやすい雨樋の枡を使ってほしいのですが、デザイン面でなかなか難しいようです。
 
内藤:僕が仕事を始めた当初は、かっこいい建物を作りたかったんです。例えば樋をおさまりが悪いので軒先の懐の下に入れて、L型に引いてというふうに図面を描いたりしていたんです。ところが、違うんだよって、ある建設会社の人が教えてくれた。L型にするとそこで流速が落ちる、流速が落ちると砂が溜まって、いずれ動脈硬化みたいになって塞いでしまい、水が流れないと管のところに水が上がって行って縦樋を破損する。
 
その時は若くて何も知らなかったんですね。けど今はそういうことを誰も教えないじゃないですか。だから、樋は素直に枡にながすのが、僕はいいと思うんです。若い子はデザイン優先だから、そんなことしないじゃないですか。なので、そういうのってちゃんと言った方がいいと思うんです。メーカーは発注制度でいうと下の方にいるので、意見を言いにくいのかもしれませんが、やはり言うべきことは言うべきです。
 
---- でも、今回このような機会をいただけているので、そういったことも発言していかなくてはいけませんね。
 
内藤:そうですね。日本のためにそうすべきだと思いますよ。若い世代の建築家は、デサインのことはよく知っているけれど、実務に関してはものすごく勉強不足なんです。何も知らない子たちがやってるって思ったほうがよくて、教えてあげないと分からないので、教える必要があるんです。

雨樋のカタログ

 

タニタハウジングウェアの製品カタログ

内藤:ここにタニタハウジングウェアの雨樋のカタログがたくさんあるのですが、さっき言った軒先や枡の話も含めて、 軒先から枡までのトータルな図面がこの中にないですよね。

 
---- そうですね、軒先の部分のおさまりしか載せていません。
 
内藤:何が言いたいかというと、要するにパーツ先行で集約していくようになるけども、ある意味でここから先は私たちにお任せください、という安心感があるといいなと思うんです。建築家はただ雨樋が欲しいわけではありません。雨樋だけではなく、軒先から問題をおこさないためのノウハウが欲しいんですよ。そういうテリトリーを広げてみた方がいいんじゃないでしょうか。このカタログを含めて、ちょっと部品に特化しすぎているかもしれませんね。
 
---- 正直、部品に特化しすぎると、建築家側は何を選べばいいのか、余計にわからなくなる場面があるのかもしれません。
 
内藤:そうですね、組合せもまたたくさんありますね。
 
---- 僕らもカタログを受け取って、紙の無駄遣いだなって思うこと、たくさんありますよね。(一同笑)結局どれがおすすめなの?ということになるんです。
 
内藤:僕らの求めているものとはちょっと違うんですよね。一番おさまりが難しいところだけど、ちょっとカタログがな……、という気がしないでもなくて。
 
---- こういうカタログっていうのは何十年と変わってないですからね。
 
内藤:カタログの形も考えた方がいいと思います。建築というのは総合性能なので、別に雨樋だけいくら丈夫でもしょうがないんです。ただ、設計していていつも気になるのは、雨樋っていうのは建物の生命線を握っている割には、軒先の25mmくらいの板に留めていることです。なんか不安ですよね(一同笑)。こんなんで本当にいいの? っていうのはいつも思うんです。ひょっとしたら屋根のメンテナンスの際に雨樋に間違って足をかけちゃうかもしれないし、梯子をかけるかもしれない。でも、その雨樋が板金で支えられていて、本当にこんなものでいいのかと思うこともあります。そして、こういう所は大体腐ってきますよね。メーカーとしては、だいたいどのくらいのピッチで留めて、どのくらいの耐力かというのは計算しているんですか?
 
---- ええ。そういうことは言っています。
 
内藤:それはどこがやってるんですか。JISとかJASとかですか。
 
---- それが、雨樋には規格がないんですよ。自社独自の規格で計算しています。
 
内藤:それはこの資料のどこかに書いてありますか。
 
---- 技術資料はまた別途の資料になります。
 
内藤:でも、恐らくその技術資料が設計者としては一番大事なことですよね。さらに言えば、最近どのくらいの材料を使っていて、どのくらいもつものなのかが知りたい。この資料には知りたいことが書いていないんです。今の建築家は軒先の作り方を知らないですから、僕の周りなんかでも教えないと知らないままなんです(苦笑)。建築家としては今の子たちは軒や樋を薄くしたいから、薄くしますよね。片一方で薄くしたいっていう気持ちが設計者の中にあると、必要最低限の性能を満たさないような軒先が出てくる可能性もあります。だけど、この製品が要求される最低限の性能っていうのは何ですか? それはないとまずいんじゃないでしょうか? すいません、こんな話ばかりで。
 
---- (一同苦笑い)いやいや、こんなことを話していただけるなんて、本当に貴重な機会です。

開放型樋のリスクマネジメント

 
---- 壁を二次的な縦樋のようにして流すことについては、どのようにお考えですか。
 
内藤:やりようによっては上手くいくのかもしれませんが、計算通りには流れません。それにあまり気持ち良くない。管の中をどうやって雨水が流れるかということは、皆さんご存知ですよね?
 
---- ええ。スパイラルに雨水が流れていきますよね。
 
内藤:僕はそのことを東京大学の鎌田元康先生から教えていただきました。「内藤さん、これ表面をこう行くんだって」って。それまで僕はその話を知らなかったんですよ。言われてみればそうだよねって思うんですけど、管の中の流体とか、そういうことに対して、建築家って知らないんです。水の流れ方に関して知らないと、やっぱり建築は変なことになるんですよね。雨樋っていうのは変なことが起きないようにうまくできているわけです。
 
---- 要するに開放型の雨樋には、軒先に対する科学の視点が欠落していますよね。これは雨だけじゃなくて霧の問題もあると思います。
 
内藤:そうですね、霧は結構腐食させたりするので。
 
---- そういう意味では、例えば<牧野富太郎記念館>(1999/高知県高知市)などが建つ場所は山の上で、過酷な環境だったんではないでしょうか。
 


牧野富太郎記念館(写真提供=内藤廣建築設計事務所)
 
内藤:<牧野富太郎記念館>の雨樋はメーカーのものではなく、板金屋の職人さんが作りました。その技術がすごかったんです。ただ実際に完成してみると、三次曲面なので、横樋の勾配が出てないところが出てしまって、そこは二重にしています。横樋に関してはパーフェクトではない。ただ、基本的には樋に関してはオープンなディテールにしているので、問題は起きていません。この建物は、台風がよく来るあの過酷な環境でこれまでまだ一滴も雨漏りがしていないんですよ。それは、屋根のハゼを原寸レベルで一年間実験して、五段階のフェールセーフのディテールにしたからです。雨水が風で吹き上げられて下から上ってくるというのはわかってたので、ここで漏れたらここで塞いでっていう多重防御のディテールを、職人さんの手を借りてつくりました。
 
---- まさに徹底した雨に対してのリスクマネジメントですね。
 
内藤:もちろん、僕でも水に関しては、今でもたまに失敗することがあります。僕が若い頃、建築家の西澤文隆さん(1915-1986)に言われたのが、屋根というものは複雑な屋根でも意外と漏らないし、切妻とか寄棟で何もしない屋根でも漏るときは漏るんだと。要は水っていうのは人間より賢いということですね。
 
だからこそ、今日お話したように日本の雨樋メーカーに頑張って欲しいという思いがあります。日本ならではの過酷な気象条件だからこそ、ここまで発展できた。しかし一方で、建築家たちは徐々にリアルなディテールを知らなくなってきているので、雨樋メーカーには建築家に水の問題を教える立場になってほしいのです。たとえ受注の下手側にいたとしても、雨樋エンジニアとしての責任があるのだから、ただ建築家たちに商品説明をするだけではなく、もっともっと彼らを巻き込んで教えていく。今日の対談の場が、そういうはじまりになってくれると嬉しいです。

 


(2011年12月20日|東京・九段下の事務所にて|インタビュアー:真壁智治、編集協力:安部ひろ子)
 
(特記以外は全て、画像提供=タニタハウジングウェア)