妹島和世(せじま・かずよ)

:建築家、「SANAA」「妹島和世建築設計事務所」代表取締役。 1956年茨城県日立市生まれ。日本女子大学家政学部住居学科卒業後、81年に同大学院修了。伊東豊雄建築設計事務所への勤務を経て、87年に妹島和世建築設計事務所を設立。95年に、建築家の西沢立衛とともに「SANAA」を設立。主な作品に「金沢21世紀美術館」(金沢市)、「ディオール表参道」(東京都港区)、「ニューミュージアム現代美術館」(NY)、「ROLEXラーニングセンター」(スイス・ローザンヌ)、「ルーヴル・ランス」(フランス・ランス)など。主な受賞に芸術文化勲章オフィシエ(2009)、プリツカー建築賞(2010)、第28回村野藤吾賞(2015)ほか。
 
LINK:SANAA


 

10:妹島 和世 / Kazuyo Sejima

 

このコーナーでは、建築家の方々に登場いただきながら、"雨のみち"のコンセプトや方法を、実際の作品に即して話をうかがっていきます。第10回のゲストは、建築家の妹島和世さんです。世界を飛び回りながら、国内外で常に建築の新しい可能性を模索し続けている妹島さんは、雨や水というものを、どのように捉えているのでしょうか。さらに、妹島さんが今考える“これからの建築”とは!?

 

ウェットな自然環境を
感じられる建築へ 

2016/07/15
 

犬島での体験から

 
----- 2010年から、犬島の集落にギャラリーをつくる「犬島プロジェクト」を展開されていますが、最近も継続的に行かれているのですか。あの辺りはどのような気候なのですか。
 
妹島:犬島に行くまでは、瀬戸内海は穏やかなとこなんだろうと思っていたんですけど、そうでもなかったんですよ。夏はけっこう暑くて、逆に冬はけっこう寒い。瀬戸内海の海自体は穏やかなんですけどね。中間期はもちろんとても快適です。
 このプロジェクトはライフワークのようになっています(笑)。ちょっとずつ手を加えていきながら、二期工事まで終わって、これまでに5つのギャラリーを集落に点在するようにつくりました。それぞれのギャラリーと集落内にアート作品が公開されています。
 


 
 犬島は、豊島や直島よりもはるかに小さな島なんです。1〜2時間あればまわれてしまうくらいの大きさで。だから、2、3回行っていると、自分が島のどこにいるかがわかる。最盛期には5000人もの人口だったけど、今は50人ほどで、平均年齢も80歳くらい。私が通っている間も、少しずつ少なくなっています。
 それに人口だけでは語れない状況が生まれてきています。たとえば、犬島に住むお年寄りの中には、週末は本島の岡山市内に住む子どもさんのところに行ったりする人が生まれてきています。そうかと思うと、一年のある時期には、演劇グループの30人くらいの人たちが一カ月犬島に住み込んだり、年ごとに少しずつ変えていくギャラリーを目当てに週末に何百人って来場があったりします。定住ってことでは測れないいろんな犬島との関わり方がはじまっているんです。だからこそ最近は、もう少し多様に犬島がビジターに開かれるように、小さな倉庫をベッドルームに改修しはじめています。そうすることで、犬島でもう少し時間を過ごすことができます。
 
----- 世界的なプロジェクトをやりつつも、最近はそういった小さなコミュニティ、地元に根付いた小さな建築も展開されているのですね。これは今、建築家に求められる生き方ではないでしょうか。しかも、急激な高齢化社会にある日本の建築家が世界に示していく立場にありますね。

一分の一をつくるワケ

 
— 先日、京都の「NISHINOYAMAHOUSE」を、タニタハウジングウェアの谷田社長が訪ねたそうです。これまでないような特徴的な集合住宅だそうですね。
 
妹島:京都の大宮西野山っていう閑静な住宅地に計画した集合住宅です。全10戸があるのですが、それらを21枚の勾配屋根によって覆いつつ、全体としてはひとつの大きな屋根のように考えてつくりました。内外がけっこう複雑に入り組んでいて、小さな町屋が集まったように感じるのだけど、全体で寄せ棟のように見えることを目指したのです。
 

「NISHINOYAMAHOUSE」 (photo = iwan baan)

 

雨のみちを想像しただけでも、複雑になりそうです。屋根のかけ方に随分工夫を試みたのですか。
 
妹島:これは本当に大変でした。一分の一を部分的にいくつもつくりましたからね。一軒でも大変なのに、それが十軒分ですから。本当に雨のみちはもちろん、屋根のいろんなディテールを納めていくのが大変でした。
 
こういった一分の一のスタディーは、いつもやることなのですか。
 
妹島:海外のプロジェクトでは、よく一分の一のモックアップをつくります。実際につくってみて、いろんなスタディーをやったり。ずっと残しておいて、工事に合わせてさまざまなことを確認するわけです。日本だと、一分の一をつくりたいというと、逆にあなたたちプロなんだから、そんなものつくらないでもできるでしょとか言われることもあるんですけどね(笑)。
 
いわば、それは開発費であり試作費ということですね。
 ところで、「トレド美術館ガラスパビリオン」をはじめ、妹島さんは他の建築家と比べて、ガラスを使った透明なイメージがありますが、ガラスについても、試作のなかでいろいろと発見があるそうですね。
 

「トレド美術館ガラスパビリオン」(photo = trevor.patt)


妹島:ただ、こういう一分の一の試作は、何でも万能ってわけではないんです。時には、一分の一をつくるほど、不安になってしまうこともあります。最終的には、建築が建つその場所で、最終的な素材できちんとつくらないとわからないこともあるので、そこの判断は見誤らないように気をつけないといけないんですよね。
 それから、ガラスって透明だと思うじゃないですか。けど、それだけでは語れないんです。 それに、私たちがつくる建築は、よく「透明」と言われることが多いのですが、モノが透明なことが、透明だというわけではなく、どんなふうに組み立てられているかがわかることが透明なんだ、と思うんです。
 
 

妹島さんの後ろにも一分の一の図面が貼られていた。事務所には、一分の一の模型や図面を至るところに見ることができる。

雨季のインドへ行ってみたい

 
妹島さんはこれまで世界中でさまざまな建築を設計されてきて、そして世界のさまざまな場所へ行ってきたと思います。唐突ですがが、今、「雨仕舞い」と聞いて、どんなことをお考えになりますか。
 
妹島:雨仕舞いという観点から言うと、やっぱりヨーロッパは楽だなと思いますね(笑)。世界のいくつかの場所で設計してきましたが、日本の雨は難しいと思います。日本の方が、雨に対してすごく複雑なディテールが必要になってきます。
 
確かに「雨」とひとえに言っても、世界中場所によって全く性質が異なりますね。
 
妹島:雨季のインドにぜひ行ってみたいと思っています。雨季じゃないときに2度ほど、ムンバイアメダバードへ行っているんですが、現地でよく雨季のすごさを聞くんです。
 

(写真提供 = 妹島和世建築設計事務所)


 アメダバード郊外にある、「サルケジ・ローザ」(上写真)というところでは雨季がくると、建物の回りに巨大な池が出現するらしいんですよ(下写真)。
 

(写真提供 = 妹島和世建築設計事務所)


 降り出したら止まらない雨もあるそうです。一カ月一度もやまないときもあるというから、どんな感じだろうって。風景ももちろんですが、そのなかでの人々の暮らしに興味があるんですよね。その周辺に生まれる池では、住人たちは洗濯していたりするそうで、その光景とかもぜひ見ていたいんです。大雨によって緑も大きくなってジャングルになって、一方で山に振った雨が川となって流れてくる。もちろん雨によって大変なこともあるけど、雨によって豊かなサイクルが生まれているわけですから、それも含めてすべてを体感してみたいんです。
 
インドと言えば、スタジオ・ムンバイの拠点です。彼らには、雨に対するそうした感覚がありそうですか。
 
妹島:以前、スタジオ・ムンバイの建築をいくつか訪ねました。もちろん住宅の設計はすばらしいのですが、中でもすごいなと思ったのが、ランドスケープでした。住宅の周辺を土で固めているのですが、少し盛り上がらせているんです。雨季になるとそこに雨水がせき止められて川ができる。どうやって雨水を流すかってことが、敷地全体にデザインされていました。

雨の中の建築の捉え方

 
しかし、妹島さんが「雨季」に注目されていることが、とても面白いですね。モダニズムのコルビュジエ以降、基本現代建築は「乾季」が似合うものが多かったのかもしれません。以前、青木淳さんが、自分の設計する建築は曇天に一番合うとおっしゃっていたのが印象的でした。
 
妹島:実は「金沢21世紀美術館」を考えていたときも曇りっていうのが、ひとつのポイントでもあったんですよ。金沢は天気の悪い、曇りの日が多くて。コンペの審査では、金沢らしさとは何ですか?と聞かれたわけですが、私はそれに対して、金沢の曇りの日に合うものをつくりたいと答えました。雨が多くて曇りが多いなかで綺麗に見えるものをつくりたいって。
 

「金沢21世紀美術館」(photo = 金沢市)


そうだったんですね。そいうふうに、モワっとしたものすごい湿度の中に建物がある風景や、「雨」のなかに建物がある風景というものを、日本人の作り手は、改めてしっかりもたなくてはいけないのかもしれません。
 先日、雨の日の早朝にたまたま表参道を歩いていたんです。そうしたら妹島さんが設計された「Dior表参道」に雨が当たっているのが、すごく綺麗でした。
 

「Dior表参道」(photo = mosaki)


妹島:そうですか。あの建物はガラスがダブルになっているから水滴が、すごく綺麗に見えるかもしれませんね。
 昔、「Y-HOUSE」という住宅を設計しました。その住宅は両サイドが全面ガラスなんだけど、そこに住む奥さんは、月がこっちから上がってきて、逆側に動いてくるとか、嵐の時も水滴がとっても綺麗なんですよって言ってくれる方で。怖いって思う人もいるかも知れない。けど捉え方なんですよね。雨が建築にまとうことで生まれる美しさというのもあるってことを、逆に教えていただきました。 

日本ならではのウェットさを取り入れる

 
— 地域のコミュニティに根ざした話から、屋根や庇といったものまで、これまでの妹島さんの建築では、要素としてはあまり主題としては見えなかったことをお話いただいたので、とても新鮮でした。今、そしてこれから設計していくものについて、少し「雨」と絡ませながら、どんなことをお考えかお聞かせ下さい。
 


 
妹島:最近は、東南アジアでもプロジェクトがあるのですが、やはりこれまでの建築は、基本的に北ヨーロッパから来たものをベースに設計やデザインをしてきたと思います。エネルギー問題についても同じですよね。北ヨーロッパの人たちがつくったエネルギーの論理がそのまま日本に入ってきてしまっていて。雨ひとつとっても日本とは違うから合わないところがあったり、矛盾していることをよく感じます。
 本当はそうではなくて、日本の生活のスタイルに対して無理をさせないスタイルが、あったらいいなぁと思います。たとえば、ウワ〜っと雨が降って、湿気が立ちこめるときにもある種の快適さってあるじゃないですか。そういう感覚を日本人は持っていると思うんです。
 だから、日本はもちろんアジアのプロジェクトでは、そういうことをうまく取り入れることをしたい。たとえば、全部ガラスということではなくて、庇の下の部分をつくって風を入れて、少し暗かったり、少しウェットな場所があったりと、その環境の自然を直接感じることができる建物をつくりたいなと、最近は考えています。
 
— 改めて、私たちが住むアジアモンスーン地帯という風土を、よく吟味していかなければいけない時期にあるのですね。それは美学としてもです。そして、その中でのサスティナビリティをしっかり考え直す。欧米の受け売りではないバナキュラーな最適解を見つけ出していかなければならないのでしょう。妹島さんがおっしゃった「ウェットな自然環境」と建築はこれから興味深いテーマですね。本日は、ありがとうございました。
 
(2014年7月18日、東京・豊洲の妹島和世建築設計事務所にて|インタビュアー:真壁智治)