建築家、堀啓二さんによる連載「雨のみち名作探訪」。第10回に取り上げるのは、グンナール・アスプルンドとともに森の火葬場(ストックホルム)の設計に携わったスウェーデンの建築家、シーグルト・レヴェレンツ。竣工した建築の数は少ないが、その作品の完成度はヨーロッパでは評価が高い。今回は、彼の雨のみちを見ていこう。

2018.7.25

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 堀 啓二(共立女子大学 家政学部 建築・デザイン学科 教授)
 
 

豊かな内部空間を包み込む
多様な形態に対応した樋

シーグルト・レヴェレンツ

 

原初的要素でつくられた豊かな建築

 
  シーグルト・レヴェレンツは、日本で有名な グンナール・アスプルンドとともに 「森の火葬場」(ストックホルム)の設計に携わったスウェーデンの建築家である。竣工した建築の数は少なく日本での知名度は低いが、その作品の完成度はアスプルンドと同等で、むしろヨーロッパでは認知度とともに評価が高いという話も聞く。
 

Church of St Mark (photo : Håkan Svensson Xauxa)


 シーグルト・レヴェレンツは、寡黙な建築家である。しかし、創り出された建築は寡黙でありながら饒舌でもある。現在、建築は創られた空間の素晴らしさというよりも、そのつくり方、いわゆる創られるまでの過程、創る理論がその建築を評価する。建築は使う人が主人公であるという視点に立てば、その評価も納得できるものではあるが、少し違和感が残る。
 
 理論が先行しできた居心地の良さが感じられず美しさも感じられない建築が、本当にこれから何十年も使い続ける上で、そして建築がつくりだす街や環境にとって良いのだろうか。私はそうは思わない。そんな違和感を感じているのは年のせいか、はたまた私の考えが古く私だけだろうか。私はやはり創る過程は重要だと思うし、それを実践している。
 
 しかし、できた建築が美しくそしてプロポーションの良さから生み出される心地良さなど素晴らしいものでなければ、最終的には人々に愛されないと思う。シーグルト・レヴェレンツは多くを語らず、彼 が創り出した建築である空間あるいは形そのものを通して語りかけている。理論ではない人の心を動かす空間と形だ。 インターナショナルスタイル(あるいは正統派モダニズム)が世界中に広まる中、彼の創る建築はモダンでありながらむしろ古典的にも見え、その場の環境に溶け込んだ落ち着いた景観を創り出している。
 
  アスプルンド・アアルト・シレンなど北欧の建築家は素材の使い方がうまい。彼の作品を見ると特に外壁のレンガの扱い方が挙げられる。それと開口部の処理の仕方、そして”雨のみち”の処理もうまい。 1929年に彼は建築金物の設計と製造を始めた。このことで素材と建設のディテールに重きを置き、性能とかたちが一体化した。建築は赤褐色の煉瓦でほぼ全てが覆われている。その積み方・目地の取り方が秀逸だ。
 
 一般的にはレンガ積みは目地がはっきり取られその陰影により重厚感を醸し出す。目地幅は太くレンガのエッジがぼやける位、レンガと段差がなく同一面に目地が仕上げられている。そうすることで柔らかなファサードが生まれ親しみが持てる場となっている。またその積み方も場所によって異なる。同一のレンガを使うことでシンプルで統一感のあるイメージをつくりながら、動きのあるファサードをつくっている。
 
 開口部はシンプルの一言に尽きる。光を採り入れる開口部は FIXガラスの嵌め殺しのサッシ枠が外部からは見えないディテールで外壁と同面に納まっている。光の加減にもよるが外部から見た時はレンガの壁に空いた穴のように見える。サッシ枠が見えない分要素が少なくなりレンガの壁を引き立てている。
 

Church of St Peter(photo : Peter Guthrie)


 そして”雨のみち”である。今回取り上げる 「聖ペトリ教会」(Church of St Peter)「聖マークス教会」(Church of St Mark)は豊かな内部空間を包み込む多様な屋根(変形切妻屋根・変形ヴォールト屋根・片流れ屋根・化粧壁に隠れた折版屋根・ヴォールト屋根)が特徴だ。それに呼応するようにシーグルト・レヴェレンツの雨のみちは多彩である。多様な屋根に樋―雨のみちは対応していて、それ自体が手づくりでアートワークのようで楽しく美しい。
 

1.聖ペトリ教会(Church of St Peter
変形切妻の雨を導くガーゴイル


 一般的には軒先は水平でそこに横樋をつけ雨を受ける。受けた雨を竪樋に導くために横樋は微妙に勾配をつけて取り付ける。長くなれば上と下の差が大きくなり水平性を乱して目立ってしまう。


ここでは軒先自体に勾配をつける変形切妻とすることで先端に取り付けた横樋は勾配なりとなり軒先に溶け込んでしまう。
 

横樋の雨は妻の破風から伸びるガーゴイル状の樋で受け開放される。
 

屋根形状と樋が一体となった動きのあるファサードをつくり出している。
 

変形ヴォールト屋根を受ける横樋と竪樋

 
 聖堂の聖域を覆う変形ヴォールト屋根は中央を山にして谷に沿って両側に流れる。中庭側は、谷を流れた雨が飛び出さないように工夫された正面がカバーされた金物で、上下2段のずれた横樋に導き、各々左側端部の竪樋で地面に導いている。横樋がなぜ2本かは不明だ。雨の量か、多分そうではなくシーグルト・レヴェレンツ  の遊び心ではないかと思われる。ヴォールト屋根を彩る飾りのようで面白い。
 
 

2.聖マークス教会(Church of St Mark
化粧壁に隠れた折板屋根の雨を導くガーゴイル


聖堂の聖域は聖ペトリ教会と同様に折板屋根で覆われ静寂で豊かな空間をつくっている。

しかし外観は化粧壁によりシンプルなボックスとなっているが、垂直性の高いヴォールト壁とあいまって動きのある豊かな表情となっている。このシンプルな壁面に竪樋は似合わない。

谷を流れた雨は化粧壁を貫通した山形をひっくり返したガーゴイルで地面に開放している。この山形のかわいいガーゴイルがシンプルな壁面の単調さに彩りを与えている。。
 

ヴォールト屋根を際立たせる開放樋


 子供たちと事務室が入る南北に長い別棟はシンプルなヴォールト屋根で覆われている。一般的には軒先に横樋が付き雨を導く。ここではヴォールト屋根の大半の雨を一度 V型の堰で受け止めまとめ開放樋で地面に導いている。こうすることで軒先は板金の薄い納まりとなりスッキリした屋根を実現するとともに、雨が視覚化されている。この開放樋はキャノピーに連続するエントランスのヴォールト屋根の谷の雨のみちにも用いられている。
 サッシ枠のない開口部、多彩なレンガの貼り方と目地同面納まり、軒先と屋根頂部の薄い板金仕上げ、そして極力樋は先端にはつけない工夫により、レンガの壁面がとても美しい。

著者略歴
 
堀 啓二(ほり・けいじ)
 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。

主な作品に、大東文化大学板橋キャンパ(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか。

主な著書に、「家づくりのきまりとくふう」(インデックスコミュニケーションズ)、「断面パースで読む「住宅の居心地」」(彰国社)、「窓廻りディテール集」(オーム社)ほか。