vol.01:パレスサイドビル

建築家、堀啓二さんによる新連載「雨のみち名作探訪」。第一回は、雨を視覚化し、楽しむような雨のみちデザインに着目。その中でも「パレスサイドビル」にクローズアップして、建物と雨のみちの関係、そのデザインのディテールに迫ります。

 建築は人が活動して初めて生き生きとした場となる。そのため、建築は人が生きて行く上でかけがえの無い存在で、人の活動をサポートするとともに人の安全を守るためのシェルターである必要があり、風、雨、日射、暑さ、寒さなどの自然の脅威や外敵から身を守る役割を担っている。

 その中でも、雨の処理は、デザイナーにとっていつも悩ましい問題となる。雨は屋根で受け集めて地面に戻す必要がある。その処理の方法は、大きく建物外部で処理する方法と、建物内部に隠蔽し見せない方法の2つがある。内部に隠蔽する方法は、デザイン的にはスッキリ収まるが、漏水の恐れがついてまわる。シェルターとしての安全性、耐久性やメンテナンス性を考えると雨の処理は、建物外部で処理するのが基本であると私は思う。そう考えると、必ず外部に雨の道が形として現れる。

 例えば、水平性のある伸びやかな大屋根の軒先には軒樋がつき、それを地上まで導く竪樋が必ず見えてくる。横引きを伴う縦の配管は伸びやかな水平性を阻害しがちである。この様に雨の道はその処理によってその外観の良し悪しが決定すると言って過言ではない。

 雨を視覚化し見せ、楽しむように雨の道をデザインした素晴らしい建築は数多くある。

建物自体に組み込む

 古い街であるアルベロベッロがその一つとしてあげられる。トウルッロと呼ばれる石積みの円錐形のドーム屋根が連続する美しい集落である。川が少なく降水量が年間700mmと極端に少なく、雨の水を地下に貯留して利用している。屋根に降った雨は建物と一体化した軒、玄関鴨居や中庭の階段をゆっくりと流れ、地下の貯留槽に導かれる。


アルベルベッロのトウルッロ(photo=Verity Cridland)

樋をアート化する

 樋をアート化し美しいファサードを創り出している多くの建築がある。
 樋を面と線の構成要素の一つとして見せているシュレーダー邸(リートフェルト)。ロート状の美しい形態によりファサードを構成したパレスサイド・ビル(林昌二)。樋とそれを受ける水盤が一体となって美しい牧野富太郎記念館(内藤廣)、メゾン・カレ(アルヴァ・アアルト)。流れる雨自体がデザイン要素となっているガーゴイルを持つル・コルビュジェ、マリオ・ボッタの建築、香川県立体育館(丹下健三)。鎖を伝わる雨、樋なし+犬走りによる雨のカーテン等開放型のデザイン。雨垂れ自体をデザイン要素としたリコラ・ヨーロッパ社工場・倉庫(ヘルツォーク&ド・ムーロン)等、その手法は多彩である。
 
 これらの美しい雨の道デザインを詳しく述べていく。今回は、パレスサイド・ビルを訪ねてみよう。


上段:シュレーダー邸(1924/ヘリット・リートフェルト)(photo=frm_tokyo)
二段:牧野富太郎記念館(1999/内藤廣)
三、四段:メゾン・カレ(1950/アルヴァ・アアルト)(photo=workflo)
下段左:香川県立体育館(1964/丹下健三)
下段右:リコラ・ヨーロッパ社工場・倉庫(1993/ヘルツォーク&ド・ムーロン)

 

180m×38mの長大なファサード、パレスサイド・ビル


 パレスサイド・ビルの前身はリーダーズ・ダイジェスト社屋である。 アントニン・レーモンド(1888-1976)によって設計され、戦後4年後の1949年に竣工した近代建築の傑作である。それから約15年、日本は高度経済成長時代に入り、都市環境は激変、建築は大規模化の方向に進んで行く。リーダーズ・ダイジェスト社屋の敷地でも、地下鉄東西線開通の竹橋駅完成に合わせて、12万平米の当時最大の建築が計画された。こうして経済性が最優先され近代建築の傑作も消える運命をたどる。

 新たにできたパレスサイド・ビルは、将来の環境の変化に対応できるように、長い寿命を持つ骨格と可変性の高い内装、更新の早い設備を分離した。今では当たり前の思想であるSI(スケルトンインフィル)を実現していたのには驚かされる。
 パレスサイド・ビルは、床面積の有効率を最大限に上げるため、コアを外部に出した中廊下の雁行した平面形をしている。そのため、皇居に面し長さ約180m(皇居に面するウイングは約128m)高さ38mの長大なファサードとなった。この様な巨大な壁の外観は、単調で圧迫感のあるものになりがちである。水平性のルーバー、スラブ、垂直性の雨樋とFIXガラスというダブルスキン的な2面の単純な構成で、リズミカルでヒューマンなファサードを創り出している。
 

左:パレスサイドビル西側よりみる全景。中:パレスサイドビル正面外観。左:パレスサイドビル東側よりみる外観(写真提供=堀啓二)

 

環境をコントロールするファサード

 
 アルキャストの美しいルーバーとコンクリートのキャンティレバースラブは水平性を強調するとともに、日射をコントロールし熱負荷を低減している。コンクリートのスラブは FIXガラスの清掃用のデッキにもなっている。FIXガラスは縦の樋に合わせ、当時最大の2.4m×3.2mの1枚ガラスで構成、現在の環境を考えると自然換気が取れないなど問題はあるが、奥行きの深い事務室への採光を確保するとともにシンプルで美しいファサードを実現した。

雨の道を視覚化した美しい雨樋

 
 屋上は第2の自然として緑化された庭園として計画された。当時の設計者の一人である平井氏が次のように述べている。
 
「屋上庭園の芝生の枯れ草が樋を詰まらせる恐れがあった。詰まったらすぐに分かることが大切。吉村順三の『新宮殿』(1966年)の樋も分節されている。形状の違いこそあれ、その考え方は似ている。」
 

左:パレスサイドビル雨樋詳細。右:パレスサイドビルを見上げる(写真提供=堀啓二)

 


 漏水を考慮し、雨樋は外部に露出する計画となった。雨樋は各階で分節、ロート状のトップで雨を受ける形をしている。まさに雨の流れが視覚化かされ見ていて楽しい動きのあるファサードである。この雨受けはアルミのキャストでできた、平面形で直径396mm、高さ340mmの半球をのばした様なロート状の形状をしている。受けた雨を縦に流すパイプは細かい縦のリブを持つアルミの押出し材で垂直性を強調している。
 またリブによる陰影が柔らかい表情をつくる。雨樋はまさに外観を彩るオブジェとも言える。このロート状のオブジェが縦横約3mピッチに整然と並ぶ姿は、リズミカルでありわくわくする様なかわいさがある。分節された雨樋は詰まった場合、ロート状の部分からオーバーフローするためすぐに特定できるというメリットがあり、メンテナンスが容易である。
 このようにパレスサイドビルは、この時代以降オフィスビルではガラスカーテンウォールの単調なファサードが大半を占める中、現代でも十分通用する機能と環境を併せ持つ大胆でありながら繊細で美しいファサードをこの時代に創り出していたのには驚かされる。


堀 啓二(ほり・けいじ)

 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。大東文化大学板橋キャンパス(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事賞)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか