建築家、堀啓二さんによる新連載「雨のみち名作探訪」。第4回のテーマは、「切妻大屋根の雨の処理」。建築家、内藤廣氏の建築に多く見られる切妻の大屋根の美しさ、その背後にはどのような雨の処理が施されているのだろうか。3つの作品からその雨のみちのディテールを紐解いていきます。

 
 
 前回、日本の建築の特徴である大屋根=深い庇を美しく見せる雨樋の手法について、内藤廣氏の<牧野富太郎記念館>を例に話をした。前回の<牧野富太郎記念館>をはじめとして内藤氏の建築には大屋根が多い。現代建築においてこれほどまでに多くの屋根を追求した建築家は少ない。高温多湿で雨の多い日本にとって屋根は建築の基本であり、日本の景観の原型である。まさに我々の原風景を創り出していて、懐かしく落ち着いた空間を創り出す。<牧野富太郎記念館>が自然の地形に寄り添うように緩やかなカーブを描いた柔らかな大屋根に対して、他の多くは蔵のような毅然とした切妻の大屋根である。
 
 「この建物は倉庫のようだ、といった人は正しい。わたしの建物の作り方は以下にも素っ気ない。使いてがその空間に対して何も行動を起こさなければ、たちまち倉庫になってしまう。」
 
 と内藤氏は<安曇野ちひろ美術館>のコメントに対して述べている。確かに切妻の大屋根はシンプルで大きな倉庫のようにも見える。あくまでも建築は人の活動を受け止める器であり、人が活動して始めて生きた空間となるという意味だと思う。活動が喚起されない建築は建築でなくただのオブジェである。内藤氏の大屋根は、単独の切妻と連続する切妻と大きく2つに分類できる。環境に対する絶妙な配置や空間の連続性を喚起するように連続する切妻の大屋根がもたらす景観は懐かしくとにかく美しい。この美しい景観=美しい切妻の大屋根を創り出しているのが雨樋の美しい処理である。その美しい造形について詳しく述べたいと思う。
 

屋根を美しく見せるシンプルな樋・宙を走る樋
<海の博物館>(竣工:1992年)

 
 海の博物館はバスで行きバス停から歩くのが良い。いつも思うのだが建築はそこに至るシークエンスがとても大切だ。そういう意味で自然に抱かれた施設は車でアプローチするとその素晴らしさを見逃してしまうことがある。海に向かうアプローチを下っていくと、海を背景に樹々に抱かれた屋根並みが見える。重なり合う落ち着いた瓦屋根が自然と一体となって美しい景観を創り出している。期待感でワクワクし歩くスピードも自然と速くなる。研究棟の小振りのヒューマンな切妻屋根を横に見つつエントランスへと進むと、水盤を抱いた2棟の深い庇を持つ大きな展示棟が迎えてくれる。整然とした南北配置に対して一番奥の展示棟の1棟のみ約30度軸が振れて配置されている。南北配置の多くは棟の方向が南北だが、収蔵庫Aは棟の方向が東西で、軸の触れた展示棟に連続している。この絶妙な配置が様々な豊かなシークエンスを創り出している。
 
 展示棟2棟は木造で外壁は黒く塗装された杉板貼りだ。足元高さ1.5mは柱の外側に張り出して、内外面一でガラススクリーンを設けている。このガラススクリーンが重くなりがちな単純な形態を軽やかに見せるとともに、内外の連続性を創り出し明るい気持ち良い展示室を生み出している。
 
 このような深い庇の屋根と外壁に雨樋をつける場合、どうしても屋根呼樋部分とガラススクリーンの上部で曲がりがでてみっともないことになる。ここではまず、直径130mmのアルミパイプを地面の中でスラブに固定し上部では外壁から持ち出して、独立した柱のような宙に浮く樋として設けている。その上部を欠き込み呼樋を差し込むだけのシンプルなディテールで構成している。また、樋は妻面から外した位置に設けている。これらの配慮で、シンプルで美しい景観を創り出している。

 

樋を感じさせない工夫
<志摩ミュージアム>(竣工:1993年)

 
<海の博物館>が庇を持つ家型に対して庇のないシンプルな切妻の単独建築である。分節され守られたコンクリートの単純な箱の上に、少し控える様に木造の柔らかい切妻屋根がそっと置かれている。一般的には軒先に軒樋が設置されるため木造場合構造上、軽く薄い素材が使用されることが多く、水平性を確保するのが難しい。ここでは軒先から持ち出すのではなく、溝型鋼と思われる軒樋がコンクリートの分節された箱の上に架け渡されるという単純なディテールでシャープで美しい水平性を創り出している。この軒樋は軒先の鼻隠しの役目を果たしつつ、コンクリートの壁と切妻屋根の分節の役目を果たしている。縦樋は軒樋から曲がりもなくコンクリートの壁面に沿って細い柱のように設けられている。屋根がコンクリートの壁面壁面より控えているため、竪樋もほとんど目立たない。この単純なディテールが樋をまったく感じさせない美しい屋根を実現している。

建築化する樋
<安曇野ちひろ美術館>(竣工:1997年)

 
 内藤氏の屋根の特徴は連続する切妻屋根だ。<安曇野ちひろ美術館>は遠くに白馬連山を望む緩やかなアンジュレーションの公園に建っている。元は緩やかな棚田で夏は鮮やかな緑の絨毯、そして秋は稲穂の黄金色の絨毯に埋め尽くされる懐かしく美しい風景を創り出していた。このような素晴らしい環境に対して内藤氏は次のように述べている。
 
 
「建物を目立たせぬこと、ランドスケープの中で周囲と一体化させること、そのことばかりを考えてスタディを重ねた。
 屋根の形は、全体のボリュームを小さく見せるには小さな切妻を連続させるのが、一番であることが分かった。これをモジュール化すれば、後で増築したとしても全体の印象は変わらない。地元の唐松材を使い、地元の砂を混ぜた左官壁を使い、鳥小屋のようでもあり農家の倉庫のようにも見える不思議な美術館が出来上がった。この場所での一番のごちそうは、山や川や田園や澄んだ空気なのだから、建物は控えめの方が良いに決まっている。」
 
 
 この言葉の通り美術館は遠景では樹々と緩やかな起伏に溶け込むようにひっそりと建っている。近景では連続する小さな切妻屋根が白馬連山に呼応し、自然と一体となったヒューマンな外観を創り出している。二度の増築が行われているが、全体の印象は統一感があり変わらない。
 
 このように屋根が連続する場合必ず谷樋が必要となり、その処理が機能的にも重要だし、形態を規定する。ここでは、1.8mと7.2mの2つのスパンを交互に使用、1.8mをコンクリート躯体とし7.2mの木造の切妻屋根をフワリと架け渡している。この1.8mの部分が谷樋の役目を果している。妻面では樋状の部分が跳ね出しその下に、フッ素樹脂塗装された直径125Aの白ガス菅を外壁から離して、独立した柱のような宙に浮く縦樋として設けている。このように樋を建築化することで風景と一体となった美しい景観を創り出している。

著者略歴
 
堀 啓二(ほり・けいじ)
 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。大東文化大学板橋キャンパス(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事賞)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか