雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
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建築家、堀啓二さんによる連載「雨のみち名作探訪」。第8回のテーマは、「日本の美を追究した雨のみちデザイン」。建築家、谷口吉郎・谷口吉生親子の建築に見られる樋のデザインには、どのような秘密があるのでしょうか。

2018.10.10

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 堀 啓二(共立女子大学 家政学部 建築・デザイン学科 教授)
 
 

重厚さと繊細さ 日本の美を追究した雨のみち

谷口吉郎・谷口吉生(前半)

 
 日本の美しさには2つの相異なる面がある。繊細さと重厚さだ。
 
 ひとつは、繊細さだ。日本は樹木に恵また環境にあり、木は柔らかく暖かみを感じるが故に、日本が持つ“木の文化”は、繊細なものと感じる人が多いかもしれない。
 

 
 たとえば、農家の 「北村邸」、町屋の 「吉田家」、書院の 「慈照寺東求堂」、そしてミニマリズムとも呼ばれる数奇屋の 「桂離宮」(上)は、究極的にスリムな柱で構成され、その軽快さは際立っている。 “夏を旨とすべし”とされ、柱梁の軸組構法でつくられた開放的な空間を持つ日本の住宅にもつながる。細い柱が、大きな茅葺きや瓦の屋根を支えることで、軽やかな落ち着いた外観をつくっている。
 
 しかし、一方で、重厚な面もある。世界最古と言われる 「法隆寺五重の塔」(上)。日本の建築構造の特徴のひとつに、小さな部材の組み合わせで跳ね出しの屋根を支える繊細な 「斗栱」という構造がある。「法隆寺五重の塔」は、この数多くの「斗栱(ときょう)」により、跳ね出された屋根が重なる。そのシルエットは繊細で美しいながらも、どっしりとした安定感がある。
 

 
  「東大寺大仏殿」は、太い柱に支えられた大屋根が荘厳さを醸し出し、その大きさと重厚感に圧倒される。しかし、大屋根は同様に数多くの斗栱により跳ね出され、重厚さの中にも繊細さが感じられる。細い柱と梁に支えられた屋根、太い柱と繊細な貫や斗栱で支えられた大屋根、ここに見られる繊細さと重厚さは、共に日本の美であり、愛される存在だ。
 
 「雨のみち名作探訪vol.3|深い庇の雨の処理/牧野富太郎記念館」で詳しく述べているが、日本建築の大きな特徴のひとつは、 “深い軒を持つ大屋根”である。繊細な柱が支える重厚さを持つ大屋根には、樋がなく、半端なく落ちる雨は、 “雨のカーテン”となって犬走りなどで大地に導かれる。樋が邪魔することのない屋根は、屋根本来が持つシャープな水平性を実現すると共に、重厚感、荘厳さを持つ美しいファサードも実現する。
 
 親子2代に渡り、この“雨のみち”を確保しながら“日本の美”を実現している建築家がいる。それが、 谷口吉郎谷口吉生の親子である。今回は日本建築の大屋根の特徴である水平性の庇の美しさを追及した、谷口吉郎の建築について述べていこう。
 

繊細かつ安定感のある 五重の塔のような美しさ

「香川県庁舎」(1958/丹下健三)

 
 戦後の近代建築のひとつに、「柱」「梁」「軒」といった木造伝統建築の要素を持ったRC造による表現があった。その代表とも言える建築家のひとりが、丹下健三である。RC造は、木造と比べ物にならないほど、その構造断面は太くなり、自ずとその外観は重厚性を増す。
 

 
 丹下の代表作でもある 「香川県庁舎」は、戦後民主主義にふさわしい建築を目指し、県民に開かれた建築として、威圧的な形態ではなく、誰でもが気軽に出入りできる自由な空間が表現されている。 県庁通りと敷地をスムーズにつなぐピロティを持つ 「低層棟」も、そのひとつである。「低層棟」の後ろに控える 「高層棟」は、跳ね出しの細い梁と分節された梁で支えられた水平のバルコニーが四周に巡り、何層にも重ねられた水平の庇で構成された塔のようである。
 

 
 樋は分節されたダブルの梁の間を通り、柱と一体化し、外観の一部となることで、圧迫感を軽減している。この繊細なコンクリートの表現も、建築物全体から感じる親しみ易さにつながっている。道路正面に立つと、そのシルエットは、伽藍配置の回廊の後ろにそびえ立つ、五重の塔のようで美しい。
 

内勾配で実現した美しい軒の水平性

「国立博物館  東洋館」(1968/谷口吉郎)

 

 
 谷口吉郎が設計した 「国立博物館東洋館」は、「勾欄付きバルコニー」(縁側)「柱」「梁」、そして「水平の軒」と、木造建築が持つすべての特徴を持つ。
 
丹下の繊細さと異なるのは、谷口はRC造の断面を生かした骨太で重厚なプロポーションを選択したことだった。遠景からは、大屋根のシルエットが見えるが、近景では水平の軒先のみが感じられる。そこに日本建築の原風景をも見ることができる。ここでは、雨の処理そのものが、水平の軒先の美しさに直結する。そこで、谷口は、雨を内側に導き、登り梁をダブルとして竪樋を通し、柱の中にそれを隠蔽した。
 

 
内勾配により、雨といが軒先にでない美しい軒の水平性を実現している。また、軒を支える桁が、柱の上でピンで支持されていることで、屋根自体が柱の上に浮いたように見える。重厚でありながら、水平性が強調された美しい屋根は、さまざまな知恵により実現されている。

 

コンクリートによる究極に薄い軒先

「東京工業大学70周年記念講堂」(1958/谷口吉郎)

 

  「東京工業大学70周年記念講堂」は、コンクリートとは思えないほど、軒の水平ラインが薄く美しい。フラットルーフにおける庇の軒先を薄く見せるためには、さまざまな工夫が必要である。本体の講堂部分を見てみると、必要な高さを確保したヴォールト屋根は、先端の軒といで雨を処理している。その講堂を囲むように、廊下や待合ホールには、低い水平の庇が回っている。庇はコンクリートの片持ちスラブの跳ね出しとなっていて、根元が太く、応力が少ない先端は細く絞られている。
 

 
 跳ね出しスラブは「国立博物館東洋館」と同じように内勾配となっていて、先端に雨といを出さないことで、美しい軒の水平性を実現している。さらに、先端にいくほど、庇は跳ね上がり、より庇の水平性のシャープさを増している。コンクリートを最小限まで突き詰めた、ミニマリズムとも呼べる美しい建築である。

著者略歴
 
堀 啓二(ほり・けいじ)
 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。大東文化大学板橋キャンパス(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事賞)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか