雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
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建築家、堀啓二さんによる連載「雨のみち名作探訪」。第11回に取り上げるのは、建築家・安藤忠雄の雨のみちです。独学で建築を学び、1969年に事務所を設立した安藤忠雄と、同じ時代を席巻した建築家たちのコンクリート打ち放しによる住宅の“雨のみち”について見て行きましょう。

2021.5.17

text 堀 啓二(共立女子大学 家政学部 建築・デザイン学科 教授)
 

安藤忠雄の雨のみち

 
 皆さんは、当然、建築家の安藤忠雄はよく知っていると思います。その第一印象はコンクリート打ち放しではないでしょうか。
 安藤忠雄は、1969年に事務所を設立します。建築家への道は、大学を卒業し、どこかで修行をしてから独立するというのが一般的です。しかし現在では、どこにも所属せず、卒業後すぐ事務所をはじめる若い建築家が多くなりつつあります。それは、美しい形やプロポーション、納まり(ディテール)というよりも、“建築をつくるプロセス”がもてはやされる時代だからかもしれません。
 そんな時代とは違い、多くの建築家がどこかで修行していた頃、安藤忠雄は独学で建築を勉強し、建築家になりました。その点で建築の常識を超えた鉄筋コンクリート造の住まいが建築界に衝撃を与えたのではないでしょうか。
 
 鉄筋コンクリート造の建築は、産業革命後、鉄・ガラスの新素材とともにインターナショナルスタイルモダニズムの近代建築で、数多くつくられました。日本でも関東大震災後、第二次世界大戦に突入するまでの約20年間に、耐震と耐火性に優れた鉄筋コンクリート造によって同潤会アパートなど多くの建物がつくられました。この時期、各地でも若い建築家により、インターナショナルの「白い家」と呼ばれるインターナショナルスタイルの住まいが建てられます。呼び名の通り、その多くがコンクリートの打ち放し仕上げではなかったと思われます。
 
 しかし、敗戦がその事情を一変させました。関東大震災時とは比べ物にならないくらい日本は焼け野原となり、その日本を素早く復興するために、仕上げを削ぎ落とした禁欲的なデザインとしてコンクリート打ち放しが、日本各地の庁舎や体育館などの公共建築、大学校舎そして工場建築などに採用されていきました。
 
 これに対して戦後、集合住宅では前川國男設計の晴海高層アパート大高正人設計の坂出人口土地などのコンクリート打ち放しは見られますが、それ以降70年代後半の安藤忠雄の集合住宅までは、ほとんど見られません。
 
 個人住宅にいたっては、住宅の不燃化は当然考えられつつも、素早い住宅供給を第一とし、工期が短く供給体制も整いやすかった木造が主流となりました。その後、現在に至るまで、住宅においては木造が主流であり続けています。
 
 そのような流れの中、安藤忠雄が事務所を設立した前後の時代に、当時の若い建築家を中心に、コンクリートのマッシブさや素材感、型枠成形による豊かな表情を生かしたコンクリート打ち放しの住宅がつくられました。その代表例が、吉阪隆正設計の「VILLA COUCOU」(1957)、東孝光設計の「塔の家」(1966)、鈴木恂設計の「KIH」(1969)、藤木忠善設計の「サニーボックス」(1963)、そして安藤忠雄設計の「住吉の長屋」(1976)を始めとする住宅などです。
 
 では、今回は、当時のコンクリート打ち放しの住まいにおける“雨のみち”について話をしていきます。結論から言ってしまうと、実はほとんどの写真には雨樋はありません。
 

彫刻のようなコンクリートの表現

VILLA COUCOU/吉阪隆正/1957


  吉阪隆正設計の「 VILLA COUCOU」は、コンクリートの彫塑性を生かした彫刻のような住宅です。まさに師である ル・コルビュジエの「 ロンシャン教会」のような、コンクリートを塊(マッシブ)として表現した荒々しいコンクリート打ち放しです。
 アプローチからは緩やかにカーブした片流れの正面と、それに取り付くエントランスの低いボックスが見えます。背の高い正面には大小さまざまな表情を持つ開口がランダムに配置されています。このコンビネーションが圧迫感をなくし、程良いスケールをつくっています。打ち放しの仕上げも今のようなパネコートによる整ったものではなく、小幅板の木そのものの表情が仕上げ面となり、荒々しい中に柔らかさを醸し出しています。
 吉阪隆正さんは「打ち放しコンクリートの肌を見ていると、一見堅粗い鈍重なようなその中に、実に暖かいものを見出す」と述べています。この彫刻のような建築には樋は似合いません。当然、片流れの上のため正面には樋はありません。
 

都市の真ん中にそびえ立つ狭小住宅

塔の家/東孝光/1966


 都市にはさまざま々な利便性があります。さまざまな店舗、図書館などの公共施設、映画館などの娯楽施設、スパ、そして家の冷蔵庫とも言えるコンビニなど、必要最低限の水廻りと寝室があれば十分な生活が可能です。その反面、地価が高く狭小です。
 そんな中でも都市に住みたくて、都心に約6坪という狭小敷地を手に入れてつくった家族3人の住まいと仕事場を持つ住まいが、 東孝光設計の「 塔の家」です。
 敷地は、1964年の東京オリンピック時の拡幅により残ったキラー通りに面する三角形の土地でした。当時、周辺はまだ木造2階建の住まいが密集する住宅街でした。狭小敷地が故に住まいは空に伸び、小幅板の型枠をはずしたままの荒々しいコンクリート打放しがシンボル性を増し、まさに塔のようにそびえていました。当然、フォルムを乱す樋はありません。屋上の雨はルーフドレンで受け、室内に露出の樋で導かれています。
 

プリミティブなコンクリートの箱

KIH/鈴木恂/1969


  鈴木恂設計の「 KIH」は、彫刻家のアトリエのある住まいです。長さ15m、幅5m、高さ5mの単縦な箱です。今ではあまり考えられない厚さ18cmの内外コンクリートの打ち放しです。開口部も南側のリビングダイニングの居室以外は極端に少なくまさに粗い仕上げの箱です。
 この住まいが建てられたのは、ちょうどコンパネ(コンクリート型枠用合板)が普及しはじめた頃で、2×6の合板が使用されています。今のパネコートのような綺麗な仕上げではなく、下地を現しにするプリミティブな仕上がりでした。アトリエと居室はマッシブなコンクリートとは真逆な30mmのベニヤの薄い壁で仕切られています。アトリエにはトップライトと薄い壁に開けられた開口からの居室の自然光が差し込みます。その移り変わりがまるで光の彫刻のようです。このようなプリミティブで禁欲的なコンクリートの箱には樋は似合いません。
 

ファサードに溶け込む2本の樋

サニーボックス/藤木忠善/1963


 樋がある稀有な事例です。
 設計者・ 藤木忠善の自邸であり、設計者が自ら都市の住まいのあり方を追求した実験住宅です。1階は街に開くこともできる多目的スペース。2階・3階は背の高い壁です守られた宙に浮かぶ大きなテラスにより内外一体となった居住スペース。内部は階段を軸としたサーキュレーションが可能なひとつながりの新しいライフスタイルに対応可能な空間です。そして、狭い敷地をカバーする ル・コルビュジエが提唱した屋上庭園。これらがシンプルなコンクリート打ち放しの箱と宙に浮いた木のテラスに納められています。木製のデッキはコンクリートの圧迫感をやわらげるとともにヒューマンなスケールをつくりだしています。
 正面に律儀に樋が2本あります。律儀に平面図にもしっかりと表現されています。2本の樋は開口部の両端に沿うように配置され開口部端部を構成するエッジに見えファサードに溶け込んでいます。ただ、よくみると横引きドレンからの四角い受桝がありそれに丸い竪樋がついています。ファサードに溶け込んでいるものの樋とわかります。
 

住吉の長屋の雨のみちの秘密

住吉の長屋/1976/安藤忠雄


 さて、いよいよ本命です。
 皆さんもご存知の通り長屋で、外観の写真は正面しかありません。内部は町家のように光と風の環境装置となる坪庭を挟んで両側に居室があります。竣工時の発表された屋上の写真を見ると、正面右側にドレンが見えます。室内には竪樋はみえません。ということは横引きドレンで外壁に導かれ、狭い隣地との間に竪樋があると想像できます。普通は隠れてしまう樋の納まりや形状はあまり気にしないのが普通ではないでしょうか。
 

 現在は、隣接した建物が解体され駐車場になっています。なんと樋が見えるのです。普通であれば横引きドレンはエルボ又はT字管で竪樋に接続されます。T字管は竪樋が強調されますが上に伸びる長さは短く、樋と分かります。エルボ接続も当然樋と分かります。住吉の長屋では竪樋がパラペット天端まで伸び垂直性が強調され、樋と感じにくくなっています。見えない部分までこだわった樋の納まりです。このディテールは以後の安藤忠雄の住宅に引き継がれ、樋がファサードを構成する要素となっていきます。
 
 次回は、ファサードの要素となる住宅の樋に絞って話をしていきます。 

著者略歴
 
堀 啓二(ほり・けいじ)
 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。
 
主な作品に、大東文化大学板橋キャンパ(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか。
 
主な著書に、「図解 雨仕舞いの名デザイン」(学芸出版社)「家づくりのきまりとくふう」(インデックスコミュニケーションズ)、「断面パースで読む「住宅の居心地」」(共著/彰国社)、「窓廻りディテール集」(オーム社)ほか。