雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
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建築家、堀啓二さんによる連載「雨のみち名作探訪」。第9回のテーマは、「日本の美を追究した雨のみちデザイン」建築家、谷口吉郎・谷口吉生親子の後編です。今回は、建築的要素を十分に検討し、究極に無駄を省いた美しい建築を創り出している谷口吉生の建築について見ていきます。

2018.7.22

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 堀 啓二(共立女子大学 家政学部 建築・デザイン学科 教授)
 
 

重厚さと繊細さ 日本の美を追究した雨のみち

谷口吉郎・谷口吉生(後半)

 

美しい建築を創り出す
ミニマリズムを実現する雨のみちー谷口吉生

 
 谷口吉生の建築は無駄がなく、形態そのものが美しい。日本の建築の美の一つである、究極に美しいプロポーションと巧みな構成による軽快な現代の数奇屋といえる。無駄をそぎ落としたミニマリズムの建築だ。その究極のプロポーションにはもちろん樋はない。しかし、しっかりと雨のみちはある。雨の流れそのものを「みせる」『鈴木大拙館』。雨を流す樋を建築の一部として「とけこむ(にせる)」『葛西臨海水族園』。雨の流れを柱梁内に引き込み「かくす」『フォーラムビルディング』。
 


鎖樋と開放樋が対極のシャープな軒先をつくる

鈴木大拙館(ー鎖・開放樋/2011/谷口吉生)

 

 立ち姿が美しい建築である。金沢出身の仏教哲学者、鈴木大拙の考えを展示する展示空間と来館者が静かに思索する空間からなる文化施設である。
 
 暖かな照明で落ち着いた展示空間を抜けると開放的な水盤の庭に出る。低い庇越しに緑と石の壁に囲われた水盤に浮かぶ深い庇を持つ白いキューブが見える。深い庇をつくる屋根は頂部にトップライトを持つ限りなく水平に近い宝形で、庇の軒先は限りなく薄く仕上げられている。限りなく軽やかな屋根であり、この屋根と白いキューブが水盤とともに静寂さを醸し出し、美しくシンプルでありながら豊かな思索空間を創り出している。

 この屋根の軽やかさを創り出しているのが、屋根と一体となった内樋と呼びどいが必要ない鎖樋と垂れ流しの開放樋だ。限りなく細い鎖は太陽光によりきらめき光の帯となり、雨の日は鎖を伝わる雨水がファサードの一部となる。雨上がり、開放樋から落ちる雨の滴が水盤に美しい波紋を描く。
 

空に溶け込むサッシと一体化した横樋と縦樋が

葛西臨海水族園(1986/谷口吉生)

 
 葛西臨海公園駅を出ると海に向かう軸線上に透明感の高いガラスの壁が見える。ガラスカーテンウォールのマリオンを構造にした透明感が高い建築である。空に溶け込み海に向かうゲートのようでとても美しい。葛西臨海公園展望広場レストハウス(1995年谷口吉生設計)だ。
 
 それを横目に見て進むとガラスのドームが見えてくる。海に向かうアプローチ、それに続く壁に囲われた正方形のゲート広場からは海は感じられない。階段を上りプロムナードを進むと海に向かって一気に視界が開く。この劇的な演出の中限りなく広がる水平線をバックに八角形の宙に浮いたガラスドームが私たちを迎えてくれる。

 
 直径100mの施設の上部が広場で、広場の海側の3/4は水盤で東京湾に連続した水の風景を創り出している。トラス構造の軽快なガラスドームは足元の太いアルミ丸柱の上にちょこんと乗っている。このプロポーションの差が軽快でありながら安定感を生み出している。ガラスドームには雨がドームに沿って流れ落ちるが樋は全く感じられない。

 
 ドームを覆うガラススクリーンにはガラスを受ける横桟がある。この横桟が上部より太いが最下部にも回っている。これが雨を受ける横樋だ。また、柱上部のトラスに沿ってガラススクリーンの縦桟が柱まで降りているように見える。これが竪樋で、横樋で受けた雨は柱の中に導かれている。雨のみちが建築にとけこみ、そしてその建築が海と空にとけこむ美しい風景を創り出している。
 

「かくす」

「フォーラムビルディング」 (2011/谷口吉生)

 

 端正で美しいプロポーションの建築である。ファサードは、410mm角という驚異的な寸法の柱梁による3.6m角グリットのアウトフレームでできていて、まったく重量感を感じさせない。グリット内のガラススクリーンをセットバックすることで、ファサードに陰影をつくり、グリットの骨格を際立たせ端正さを生み出している。
 
 また、グリットはビーズブラスト処理されたステンレスパネルで覆われていて、金属感を消した鈍い輝きが落ち着いた雰囲気をつくっている。このグリットの足元はピロティとなっていて、軽快感をましている。
 
 このピロティ空間は、東側の青山タワービル(1969年吉村順三設計)の歩道に開放されたピロティ、西側梅窓院(2003年隈研吾設計)に向かう竹林とともに連続した外部空間を創り出し、ビルで埋め尽くされた青山通りに開放感を生み出している。

 アウトフレームは美しいファサードを創り出すが、梁には埃がたまり雨により流されフレームを汚す。

 アウトフレームは垂れ流しが一般的だ。ここでは、梁上をアルミパンチングパネルとし、下部のパン(樋)で受け柱内の竪樋により降った雨を導いている。フレームに雨を垂れ流ししない美しさを追求した雨のみちのディテールである。
 

谷口親子に共通する“雨のみち”4つの特徴

 
 日本の美とは、繊細さと重厚さと言えるのではないか、と先に述べた。このふたつの美にそって敢えて分けるとすれば、谷口吉郎は重厚さ、谷口吉生は繊細さといえる。構造の解析技術は進み谷口吉郎の時代から比べると圧倒的に建築はスリム化している。設備、材料も然りである。この建築をつくりだす技術の差が、少なからず影響していると考えられるが、建築の目指す方向は一緒だと思う。それは、柔軟な発想とそれを実現するディテールを考え、美しい建築、美しい景観をつくることである。
 
 事例で述べてきたように二人の建築には、ファサードデザインに影響を及ぼす雨樋は見えない。しかし、そこには必ず考えつくされた“雨のみち”がある。
 
 1つ目は、雨樋を軒先から外したディテールである。屋根文化の日本では軒を深く出した軒先に雨を流す。先端に付く「樋」と「呼び樋」が美しい軒の水平ラインを乱す。内勾配という単純で効果的な逆転の発想が、軒の先端を雨から解放し、重厚さの中にも落ち着いた日本らしい美しい軒のラインをつくり出す。
 
 2つ目は、雨水そのものを見せるディテールである。鎖樋と開放樋が軒の先端を雨から解放し、限りなく薄く軽快で繊細な軒先をつくり出す。開放樋は水盤と呼応し、水盤に美しい波紋を描く。雨水そのものがデザイン要素である。
 
 3つ目は、樋がファサードと同化するディテールである。ファサードをつくり出す他の繊細な構成要素と同化した軒樋と竪樋が、統一感のある美しく軽快なファサードをつくり出し、樋そのものがファサードのデザイン要素となる。
 
 4つ目は、隠すディテールである。究極寸法の柱・梁内に隠された「樋=雨のみち」が、繊細なグリッドをつくり出し、建築を美しく、そして綺麗に保つ。このように重厚さと繊細さという違いはあるが、しっかりと“雨のみち”が計画され美しいシルエットと美しい景観をつくり出している。

著者略歴
 
堀 啓二(ほり・けいじ)
 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。大東文化大学板橋キャンパス(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事賞)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか