雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
presented by  株式会社タニタハウジングウェア


 
手塚貴晴(てづか・たかはる)
1964年、東京都生まれ。1987年、武蔵工業大学卒業。1990年、ペンシルバニア大学大学院修了後、1994年までリチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドン勤務。1994年、手塚建築研究所を手塚由比と共同設立。1996年〜、武蔵工業大学専任講師。2003年〜、武蔵工業大学助教授。2009年〜、東京都市大学教授。
 
手塚由比(てづか・ゆい)
1969年、神奈川県生まれ。1992年、武蔵工業大学卒業後、ロンドン大学バートレット校に留学。1994年、手塚建築研究所を手塚貴晴と共同設立。1999年〜、東洋大学非常勤講師。2001年〜、東海大学非常勤講師。
 
2002年、『屋根の家』で第18回吉岡賞、JIA新人賞。2003年、同作品で日本建築学会作品選奨賞、2005年『越後松 之山「森の学校」キョロロ』で日本建築学会作品選奨賞、2008年『ふじようちえん』で日本建築学会賞作品賞など受賞多数。 主な著作として『きもちのいい家』(2005/清流出版)、『手塚貴晴の手で描くパース』(2009/彰国社)などがある。
 
LINK:手塚貴晴+手塚由比 手塚建築研究所


 

07:手塚 貴晴+手塚 由比
/ Takaharu Tezuka + Yui Tezuka

 

このコーナーでは、建築家の方々に登場いただきながら、"雨のみち"のコンセプトや方法を、実際の作品に即して話をうかがっていきます。第7回のゲストは、建築家の手塚貴晴さんと手塚由比さんです。手塚さんたちにとっての「雨」は設計やデザインにどのような関係があるのか。

 

人間と雨が共生する、艶やかな建築へ

2014/08/18

雨のみちを理解する

 
 
----- 冒頭から雨仕舞のシビアな話を伺いますが、例えば、<森の学校・キョロロ>のような建物でも、雨漏りはほとんどないのでしょうか。
 
手塚貴晴(以下「貴晴」と表記):はい。キョロロだけでなく、私たちがこれまで設計した建物で、雨漏りしたものがありません。ただひとつだけ、現場が私の指示を間違えて施工したことで、軒裏に水が入ったということはありました。そのときは、溶接するところを間違えたんですね。
 


<キョロロ>外観(photo=Katsuhisa Kida/FOTOTECA)
 
----- 雨仕舞については、かなり用心を重ねて、スペックや仕様について考えているのですね。例えば、<屋根の家>や<ふじようちえん>などは板金工事を使っていますか。
 
貴晴:屋根は板金を使っていますが、基本がしっかりわかっていれば雨は漏らないと思います。ただ、製品の性能で雨漏りがおきることがありますよね。それと、現場で製作したものから漏れる。私たちの設計自体に問題があるのではなくて、製品自体で起きるということはあります。
 
手塚由比(以下「由比」と表記):そうですよね。既製品のトップライトを色々試していても、これは、水が入ってしまうじゃない!とわかるものもあるんです。
 
貴晴:我々と関係のない現場を見に行くことが、たまにありますが「ああ、それじゃあ漏れちゃうよ!」という所はたくさんあります。私たちがつくったものについては、今の所大丈夫です。
 

<屋根の家>外観(photo=Katsuhisa Kida/FOTOTECA)
 
----- 建築をつくる、それぞれの部品がシンプルであっても、部品そのものの性能が問われるというのは大問題ですね。漏水試験など、単体として実験はしていると思いますが。基本的に雨漏りを起こさないための大きなポイントはどのあたりにあるとお考えですか。
 
貴晴:ポイントは、まさに“雨のみち”を理解することだと思います。要するに、あそこは雨が入りそうだな、ということをちゃんと理解するということです。理解すると言っても、水が山から川に移動して海に注がれるように、建物の断面を見ればわかるような、本当にごく当たり前のことだと思います。
 
 

雨の日こそ家をオープンに

 
由比:<屋根の家>は、私たちが初めてきちんとした軒をつくった建物です。以前、雨の日に<屋根の家>に行ったのですが、軒の出があると雨でも窓を開けっ放しにできるんです。
 


<屋根の家>内観(photo=Katsuhisa Kida/FOTOTECA)
 
貴晴:雨の日に窓を開けているっていうのは、ものすごく優越感があるんですよ。というのも、雨が降っている時は、すごく涼しいんです。先日、子どもを連れてキャンプ場へ行ってきたのですが、雨の前日のテントの中は熱くてすごく居心地が悪いんです。だけど、フライシート(※)があってその下にテントがあると、風が抜けて涼しいですよね。そうなると「ああ、雨の方がいいじゃん」というふうになります。聞こえてくる雨の音もいいし、生きている感じがします。<屋根の家>もご飯を食べながら見える軒先で雨樋に入りきらない雨が流れている様子や、雨の時の風がとても気持ちいいんです。
 
※フライシート:テントの設営時に、テント本体との間に通気・通風のための間隔をもって重ねて張り、風雨の侵入を軽減するための防水処理された布地。
 
----- <屋根の家>は窓がフルオープンになりますからね。
 
貴晴:そうですね。それと、雨の日って蚊がいなくなるんですよ。雨が蚊を撃墜してくれるんです。とにかく、雨が降ってきたら窓を閉めてしまうという暮らしはとても残念な話で、本当は雨の時こそ窓を開けるべきだと思います。
 

 

雨の中のモダニズム

 
貴晴:最近、雨の景色の中に建築があるのが好きになってきたんです。だから、写真を撮るときも、雨が降っていると美しく見える建物に惹かれるようになりました。例えば、これは箱根の彫刻の森美術館の中にある、<ネットの森>(2009)という建物です。
 


<ネットの森>外観
 
 実は、この写真を撮った時は雨が降っているんです。普通、雨の日は撮らないでくれという話になるのですが、この写真は、あえて雨の日に撮影して、幽玄な情景が伝わってくる一枚になっています。基本的に建築は雨から人を守るためにあるので、濡れている時はちゃんと仕事をしているんだ、という感じがするんです。
 
 特に、この<ネットの森>は雨が降っていることでモノとしての存在感がすごく強くなりました。自然の中に包まれて、それと共生している実感というのが、雨の中では感じることができます。空気自体が質量を含んでいるせいか、手を動かすと肌にくっつく雨粒の感覚があって、空気が重く感じるんです。吸った時には胃の中に空気が入る感じがするし、特に傘や雨具をつけて歩いていると、生きている感じがする。その感覚と建築の存在っていうのは非常に近いかなと思っています。建築は晴れている時だけのものではないので、雨が降ったりした時に建築が働いている時の景色が私たちはすごく好きです。
 
----- ルイス・カーンのダッカの<バングラデシュ国会議事堂>は、光と影という世界ですが、特に日本の建築は、もう少しウェットな空気を大事にすべきだと思いますね。
 
由比:そうですね。特に最近、日本は熱帯雨林になりつつあります。宮崎駿のとなりのトトロのような、どこか神秘的な雰囲気が、日本にはあると思います。

 

働く建築は美しい

 
貴晴:最近では、人は光の向こうに何を見ているのか、人は温度の向こうに何を感じているのか、その上で人は建築の向こうに何を感じているのか、ということを考えるようになりました。要は、モノ自体が目的ではなく、そこで起きている出来事が大事という考え方です。
 
 少し雨の話から離れますが、照明デザイナーの角舘政英さんとお話ししたときに、「なぜ夜景が美しいか知っているか?」と言われたことがあります。夜景というのは、赤く光っている所には、おまわりさんがいて、動いている光があれば、車に乗ったカップルがいて、白く光っている所は塾で子どもたちが勉強している所で、ひとつの光に対して“人の命の瞬き”を感じるから、夜景は美しいのだと。明るさ自体を見ても意味(美しく)はなくて、明るさという現象の向こうにある“はじまり”を見るのがものすごく大事だよ、という話を聞きました。
 
 建築も、晴れの時は光をきれいに反射しています。でも極端に言えば、晴れていい環境の時は、建築はいらないものです。雨の多い日本の環境では、雨が降っている時こそ、建築の出番なんですよ。
 
由比:最近、<茅ヶ崎シオン・キリスト教会>という建物を設計しました。教会を設計したのは、はじめてだったのですが。クリスチャンの教会です。これが教会の内観です。
 


<茅ヶ崎シオン・キリスト教会>内観(photo=Katsuhisa Kida/FOTOTECA)
 
貴晴:この建物は木造で、すごく細かい木を割いて、樽のように貼っています。晴れている日はトップライトから光がきちんと、綺麗に入るのですが、あまり神秘的な感じがしないんです。ところが、逆に雨の日の柔らかい光が入ってくると、和の光になるんですよ。特に、トップライトに水がたまっているくらいの感じがすごく良くて、いわゆる水気を含んだ綺麗な光がこの中に立ち込めてくるんですよ。
 
----- いやー、綺麗ですね!これをよく木造でつくりましたね。
 
貴晴:雨の時の景色には特別な思い入れがあります。その考えが設計に表れてきたのがここ10年ぐらいですね。歳を取ってきたなという感じもするのですが(笑)。
 
----- 現代建築の傾向として、庇などをなくしてしまいがちです。まったくないものも多く見受けられます。
 
貴晴:日本の建物は、特に田んぼや畑の多い地域の家では、だいたい地面に立って腰くらいの高さの所に床がありました。その時に、床が上がっていることに意味が出てくるんです。昔は草履を脱いで家の中に上がったように、その一段上がって家の中に入ると、雨の世界から抜け出たという実感が沸いてきます。
 
 さらに軒の深さが、きちんと出ていないと意味がないんですよ。靴も濡れてしまいます。よく雨だれを建物にかかるのを防ぐためと言われますが、それだけではなくて、軒が出ていることは、この空間が人に与える印象が建物にとってものすごく大事なんです。

自然に溶け込むためのしつらえ

 
---- 手塚さんは現在、沖縄に建築物を手掛けているとお聞きしました。沖縄は台風の通り道ですが、やはり大変ですね?
 
貴晴:不妊治療のためのクリニックを設計しています。雨も風もあるし、すごいですよ。でも、雨を敵だと思わないっていうことがすごく大事だと思っています。
 
---- 沖縄の古い住宅には雨端(あまはじ)というものがあります。それと近いものを感じますね。
 
貴晴:雨端というのは何ですか?
 
---- 雨端は、庇の下にたたきがあって、犬走をもう少し機能的にした、縁側下の空間です。犬走りは少し細いですが、それよりも広いスペースになっていて、雨の時でも農作業ができたり、子どもが遊んだりできます。縁側と地続きにつながったような外部空間のような感じです。
 
貴晴:京都や奈良の建築には、庭に砂利の位置と雨水落ちの場所がきちんとありますよね。それが雨落ちの位置が機能的な場所になっているということですね。それは、きちんと見ていなかったです。
 


<沖縄・空の森プロジェクト>全体模型
 
---- この建物は、手塚さんがはじめて手掛ける群体の建築だと思います。今までの手塚さんの作風の中で新しい局面を見せるのではないかと、思うのですが。
 
貴晴:沖縄の森を再生するというテーマがあります。沖縄は第二次世界大戦時に米軍に焦土化されてしまって、ほとんど自然がありません。その後に植えられた木は、米軍がアメリカから持って来た木で、植生が完全に破壊されてしまいました。そこで、沖縄に本来あるべき木を植えて、自然の環境の中で治療したり、メンタルを整えていこうという考えで造っています。
 
 診療所というには大規模なのですが、不妊治療なので、短期的にしか人は入りません。要は1、2日間だけ入って、人工授精をするという施設なんです。

環境データを突き詰めても、人間にいいものはつくれない

 
----特に患者さんにとっては、きわめてナーバスな主題ですから、やはり、癒しのような、ある種神聖な場が必要になってくるんでしょうね。これが都市のビルの中だと、うまくいく気がしません。
 
貴晴:ビルの中で治療するのと、自然に囲まれた場所とでは精神的な面で全然違いますね。音や光、空気もあって、雨もある。本当は、自然界の一部の中でこそ人間の機能が発揮されると思うのですが、現代の建築は自然をバシッと切り落としてしまっています。小説家のイタロ・カルヴィーノ『見えない都市』(1972)の中で、音や光や温度を、人間は、いらないと切り落としてしまったけれども、そこにはものすごく重要な要素があると思っていました。だけど、人間は自然を欲しがっている。みんなそれに気が付いてないんです。
 
 
建築は内部環境をつくるときに、湿度環境や温度環境について突き詰めれば、アカデミックに最適な数値が出てくるのですが、データに基づくだけでは人間にいい環境はつくれないんです。
 
 結局、人間というものは、本来の自然環境の中にいるときが一番幸せなんですよ。だから自然から離れた時に、どうそれを補うかという所が重要になります。本当は、建築をつくるときに、本来の自然環境の一部に人間がなれるように、設えをつくるっていうことが大事だと思うんです。
 
 設えっていうことを私は外国人の方によく話すのですが、設えとはシェルターとは違います。ヨーロッパの建築は、基本的に外の環境からいかに自分を守るかということからつくられています。だから、屋根ができて、壁ができて、それが建築と呼ばれるようになりました。
 
 しかし、日本の建築は、基本屋根しかありません。天気のいい時には屋根がなくてもよくて、環境が変わったときは、ちょっと屏風を立てたり、茣蓙を敷くだけで、異なる設えが生まれる。英語では“セットアップ”というのですが、雨が降った時に屋根があって、壁はいらないような、既に周りの環境の一部になっているような空間が理想的です。
 
 元々日本の環境は人間に対して自然に溶け込んで住める状況を提供しています。だから、それに少しだけ手を加えているという感覚が大事なのです。あるふたつの設えがあったとして、科学的に見ると同じものでも、一方で自然環境を加味すると、素晴らしい味わいが出てくるほうが、いわゆる日本の建築の在り方なんだと思います。屋根を付けて、少しだけ雨を遮ってあげるだけで、自分が自然環境の一部であるということを楽しむことができます。
 
----手塚さんの屋根への思いというのは、他の建築家とちょっと違って、“人間の存在が主題になった屋根”なわけですね。手塚さんは屋根を低く、合理的に考えています。
 
由比:そうですね。あとは、軒が高いと雨がたくさん入ってきてしまうので、軒は低いほうがいいと思います。
 
----ヨーン・ウツソンさんも日本の建築のイメージとして屋根だけが空中に浮いている家をスケッチにしていますね。
 
貴晴:自分が住みたい建築を考えていると、屋根だけの建築になってくるんですよ(一同笑)。そうなると、どのような屋根の形がいいのか、という話になってきます。
 

雨を感じる建築

 
---- 手塚さんは、樋やガーゴイルについてなにか感じていることはありますか?<ふじようちえん>は、キャストなんですか?
 
貴晴:シート防水で、樋の幅40センチと広いので、キャストではありません。ただ、元々大雨になったときは樋から水が溢れるということで設計しているのですが、近年は一度に降る雨の量が増えてきたので、大雨が降るとすぐあふれます。
 
由比:でも、樋などで雨を完全に隠してしまうと、雨に対する感覚が薄れてしまう気がするので、やはり雨は見えた方がいいですよね。
 


<ふじようちえん>外観(photo=Katsuhisa Kida/FOTOTECA)
 
貴晴:<ふじようちえん>が建つ東京の立川は平らな土地なので、まず坂道のことを知る必要があります。それと、平地で川がないので、そこで暮らしている人は、雨がどう流れているか知らないのです。結局、雨水は道路横の溝に吸い込まれて、いつの間にかどこかへ消えてしまうもの、という位置づけになってしまっています。<ふじようちえん>だと、雨が降れば樋に入りきらない雨水が屋根からどどっと溢れてくるので、“雨のみち”に対する実感が湧いてきます。今は、本来当たり前の風景だったものがあまりにも失われていると思います。
 
---- 以前、手塚さんの講演会の中で、雨と水の関係が子どもたちはよく理解できていなかったというお話をうかがいました。子どもたちは、雨が川になるところが想像つかないと……。幼稚園の子どもたちが、雨が降ることによって起こるある種の変化っていうのを把握できるようになるといいですね。
 

<ふじようちえん>につくられたガーゴイル。雨が降ってきたら、そこは子どもたちの遊びの場。
 

軒の利便性

 
---- 手塚さんの作品は、軒をしっかり出して軒樋がついているものが多いように思います。
 
貴晴:軒や樋は、その土地の気候によって変えています。例えば、埼玉県秩父市はよく雪が降るのですが、雪の降る場所では軒樋をつけても折れてしまうので、つけていません。雪が解けて氷になって樋が割れてしまうこともあります。
 
由比:逆に暖かい場所でも、縦樋はつけないこともあります。
 
---- その場合は、鎖か何かで落とすということですか?
 
由比:いや、鎖もしないですね。その際は代わりに下に雨受けを置いています。
 
貴晴:もちろん縦樋がある建物もありますよ。今、計画中の沖縄の診療所は、縦樋を300本ぐらい付けます。それこそ距離にすると、とんでもない長さの、キロメートル単位になりますよ。
 
貴晴:被災地に建てた<あさひ幼稚園>にはすごく深い軒を作りました。敷地の南三陸は梅雨が暑くて冬が寒いんです。冬はマイナス15度、夏は40 度まで上がります。寒暖差の大きい場所で軒の下はものすごく有効なんです。これも雨の時はすごくいい建築だなと思っています。軒が3メートル出ていて、廊下の幅も2mあるので、雨の時でも軒下を走り回れるんです。ただ、雪が1mつもるので、樋は付けていません。
 


<あさひ幼稚園>外観(photo=Katsuhisa Kida/FOTOTECA)
 
---- この建物も衝撃的でした。ちょっと沖縄のような風景にも見えます。
 
貴晴:近代建築をつくろうと思ったわけでも、伝統建築の真似をしようと思ったわけでもなくて、詳細を見ても全然伝統的な工法はつかっていません。
 
 

水の滴る、艶やかな建築

 
貴晴:雨の時にいい建築っていうのは本当に良いですね。
 
----特に、日本の神社はそうだと思います。例えば、<出雲大社>は、ジトっとしている時の方が美しいと思います。
 
貴晴:そうですね。苔庭がからからに乾いた場所にあったら味気ないですよね。しとっと雨が降っているところで、観光客もいないようなところが一番いい。いつも思うのですが雨の時に寂しくならない建築をつくりたいです。
 
----雨が降った時に、むしろ艶やかでいられるものになりたいということですね。先ほどうかがった雨の中の風景もそうですが、手塚さんのなかで、雨の中って素晴らしいなと感じた建築作品はありますか?
 
由比:古い日本のお寺っていうのはしっかりと趣があるので好きです。<金閣寺>とかはどちらかというと見る建築ですよね。だから、あたりまえに生活で使っているものの方がすごく説得力がありますよね。
 
----雨の時にほっとできるというか、自分を想ってくれているという実感を建物からほしいですね。
 
貴晴:私は<桂離宮>がとても素晴らしいと思うんです。縁側にじーっと佇むっていう、現代建築にはあまりない要素があって……。
 


<桂離宮>の縁側に佇む人(photo= mel in japan)
 
----今の建築は、雨が降っていても関係ないっていうのがあるかもしれませんね。五感に感じないというか……。超高層ビルやドーム建築など全天候型建築は、その典型です。
 
貴晴:うーん、現代建築はさみしいですね。
 
----雨というファクターで見ると、途端に現代建築の弱点が見えてきますね。
 
貴晴:うーん……。そういえば、以前、雨の時にコルビジェの<ラ・トゥーレット修道院>に行きました。斜面があって地面がびしょびしょに濡れていて、梅雨の中に建物が建っているという、静かな感じがいいんだと思いました。
 
由比:インドネシア・バリ島にある<アマンダリ>というホテルは、雨の中でも良い建築だとおもいます。
 
貴晴:あとは、ジェフリー・バワの建築もいいと思います。ただ、近代建築と言えるのかどうか微妙ですが……。つまり、近代建築というのは、様式というよりファッションだったんでしょうね。今の近代建築は建築をリニアに捉えすぎていますが、近代建築のいいところも江戸時代、・室町時代の建築のいいところも全部同時に持ってきていいと思うんですよね。どれとどれを掛け合わせたんですかっていわれると、そういう問題じゃないよって訴えたくなります。単に様式を掛け合わせているのではなく、普通に考えれば、いいとこ取りになりますよね。
 
----今日は、雨のみちデザインについて、こんなにも手塚さんたちと、盛り上がることができて、とても有意義でした。お話をうかがってきて、手塚建築のベースにある生態学的視点や環境共生発想が、よくわかりましたし、今後さらに手塚さんの作品の世界が広がっていく予感を得ました。
 
(2013年7月30日|東京・等々力の事務所にて|インタビュアー:真壁智治、編集協力:安部ひろ子|写真クレジット特記以外はすべて 提供 = 手塚建築研究所)