難波和彦(なんば・かずひこ)
1947年、大阪府生まれ。1969年、東京大学工学部建築学科卒業。1974年、東京大学大学院(東京大学生産技術研究所・池辺陽研究室)博士課程修了。同年、石井和紘とLANDIUM開設。1977年、界工作舎を設立。1996年、大阪市立大学建築学科教授。2003〜2010年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授。2010年、東京大学名誉教授。放送大学客員教授。主な作品に、「箱の家」シリーズ、なおび幼稚園、アタゴ深谷工場など。主な著書に『箱の家 エコハウスをめざして』(2006/NTT出版)、『建築の4層構造─サステイナ ブル・デザインをめぐる思考』(2009/INAX出版)、『進化する箱─箱の家の20年』(2015/TOTO出版)など。


LINK:難波和彦+界工作舎




09:難波 和彦 / Kazuhiko Namba

このコーナーでは、建築家の方々に登場いただきながら、"雨のみち"のコンセプトや方法を、実際の作品に即して話をうかがっていきます。第9回のゲストは、建築家の難波和彦さんです。難波さんはこれまで、150以上にもわたる、ローコストで高気密・高断熱を実現した「箱の家」シリーズの住宅をはじめ、さまざまな建築を設計してきました。そこでは雨もしくは水というものを、どう捉え設計に活かしてきたのか、これからの時代の雨について考えるポイントも含めてうかがいました。


雨・水をポジティブに取り込む設計デザイン

2015/11/22


雨のみちに適したディテールを導き出す





----- 難波さんは「雨」の対応というものを、建築として基本的にどういうふうに把握されているのですか。


カッシーナ外観(写真=上田宏)難波:例えば、これは家具ブランド<カッシーナ>の日本の工場ですが、軒はあっても樋はありません。基本的には、できるだけ単純な収まりにして、雨が屋根から外壁に沿って落ちるのを見せるという納まりをやろうと思いました。だから、外壁には窓がなくなるので、はじめは社長に「窓がないなんて暗くて絶対ダメだよ」と強固に反対されました。


 20年前に別の工場で波型スレートで同じような納まりをしたことがあって、それ以来、屋根も壁も全部同じ材でやると安価になるということとか、窓がなくても暗くはならないことは実際に経験していたので、全然心配なくやりました。完成したときに、ハイサイドライトだけで十分明るいことに社長たちはびっくりしていました。


----- この工場では、雨水利用はしているのですか。


難波:やっています。毎年、夏にやるのが、屋根への散水です。水は蒸発するとすごく涼しくなりますよ。水1cc(1g)が水蒸気になる時、奪う熱量は何カロリーかご存知ですか?


----- うーん。わかりませんね。(一同)


難波:意外にこういう基本的なデータをみんな知らないんです。建築家も同じです。答えは539キロカロリーです。氷になるのは90キロカロリー。つまり熱量というのは、相転移する時に熱を放出したり吸収したりするわけです。ですから散水というのはすごく効果があるのです。

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必ず屋根に勾配を取る理由は



----- 軒や防水を見てみると、軒も出す人と出さない人がいます。防水も塗膜やシールで止めちゃう派と、断面でしっかり考えよう派がいたりして、ふたつに大分されているようです。難波さんはそのあたりどのようにお考えですか。


難波:極端に言うと、モダン派とポストモダン派ですね。僕はモダン派だけど軒があったほうがいいと思います。防水というのは、何も水だけの問題じゃなくて、光や風も関係してきますよね。例えば僕は、どんな小さな窓でも引違窓であれば“霧よけ庇”を付けます。これも昔風のものをただ付けると恰好悪いので、スチールプレート一枚を曲げて亜鉛ドブづけメッキしたものです。最近ではアルミで製品化されたものがありますけどね。


「箱の家150」断面図 フラットルーフを徹底してこだわる、というデザインが世の中にはありますよね。だけど僕のつくる建物は、実はそうではない。僕の場合どんな箱でも、フラットに見えるけど1/20の勾配をつけてあります。フラットな構造体と勾配屋根の間のスペースを利用して通気をとり、鳩小屋を作る。最近は1/12ぐらいの勾配にして天井裏を取って、そのまま鳩小屋を消したりとかもやろうとしています。


----- つまり「箱の家=スーパーフラット」ではないのですね。


難波:そうです。軒も壁から10センチでも出ているだけで、外壁の耐候性がぐっと増します。シトシト雨であればほとんど壁に水が当たらなくなるからです。「箱の家001」は81平米(9m×9m)の屋根にたて樋が一本しかないんですよ。片流れですから、軒の片方に200・150・100Φの結構でかい内樋をつけてます。計算上はこれで100mm/時でもOKです。

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箱をえぐり取るように設計していく





----- 雨関係の納まりのデザインで、難波さんの記憶に残ってるものってありますか?


難波:雨というわけではないのですが、屋根については考えますよね。2000年の雑誌『GA JAPAN』でやっていたミサワホームの創立者・三澤千代治さん(1938-)と二川幸夫さん(1932-2013)の対談で、住宅には3つの絶対必要条件があって、「屋根」と「収納」と「子育ての空間」この3つあれば十分だって話されていました。つまり屋根がない家なんて家じゃないってことなんです。


 基本の三寸勾配の屋根は、日本の伝統的な屋根ですね。あらゆる屋根材、例えばコロニアルや瓦なんかは三寸勾配を前提につくられている。これ以上にゆるやかな屋根は、屋根とは考えられていない。「箱の家」もそうですけど。


----- 今の時代に、屋根とは?樋とは?と、もう一度考えることは、日本の風土を改めて捉える絶好の機会なのかもしれません。モダニズムの時代は、吉村順三1908-97)にせよ前川國男(1905-86)にせよ、みんなやっていたことだと思うんですけどね。


難波:僕の記憶だと1960年代までは、建築学科の設計課題では、勾配屋根は許されなかった。僕は1969年に大学を卒業しましたが、当時、学部の設計演習で屋根をつけたデザインをやると評価は「C」でした。

 1967年、僕が大学3年の時、フランク・ロイド・ライト(1876-1959)設計の「帝国ホテル」が壊されるっていうので見学に行って、ゆるい勾配の瓦屋根にみんなすごく感動しました。そのうち2、3人のセンシティブな学生は次の課題ですぐ勾配屋根をやったら、評価は「C」。当時の教員、鈴木成文先生(1927-2010)はカチカチのモダニストでしたからね(笑)。「ひとつの機能にひとつの箱がなきゃいけない」っていうわけです。僕はまじめな学生だったんで、先生の言われた通りにやって「A+」。でも、なんてつまらないんだろう、あいつのはかっこいいなーって思っていました。


 その後、1972年頃に伊東豊雄さん(1941-)とか毛綱毅曠さん(1941-2001)とか、いわゆる「野武士の世代」が出てきて、一斉に屋根をやりはじめました。建築雑誌すべてが屋根の特集みたいになっちゃって。その時に胸のつかえがすーっとはずれたような記憶があります。でも、その時の屋根って45度や円形なんですよ。だから「三角形なのか屋根なのか」と議論になったことがあります。典型的なのが相田武文さん(1937-)の「積み木の家」。あとは横浜で坂倉準三さんがやった「横浜人形の家」。あれも軒がないんですよ。


----- 野武士の世代ってのは、それはもう強烈なものでしたね。六角鬼丈、石井和紘、毛綱毅曠、石山修武。今考えると当時の45度勾配は積み木の三角であって屋根ではない。キュービクルでフォルマリズム。そこは空白ではなく、実のボリュームをもつ三角という屋根型記号に過ぎなかった。
 2000年に入ってから真に屋根、軒や庇という問題が考え出されますが、その急先鋒は隈研吾さんと内藤廣さんでしょうか?「箱の家」シリーズも、同時期にそこにずっとあると思いますが。


難波:内藤廣さん(1950-)は明らかにプレモダンな屋根を素形と言って、意識的にやろうとしてたよね。だからあえて瓦屋根にしたりする。急先鋒は、やはり明らかに内藤さんじゃないでしょうか。


----- 屋根の素形をポストモダン以降、議論に持ち出したのは確かに内藤さんですね。けど、ボックス型に見えながらゆるい屋根勾配をつけていてる難波さんも議論にのぼるべきだと僕は思います。


難波:僕はあえて見せないようにしているんですけどね(笑)。コンセプトとしては、寒天のような箱があってそれを削り取っているという感じです。そうすると庇とベランダが残る。箱になにかを付けていくという感じではなくて、えぐり取っていくという感じ。実は僕の設計という行為自体がそうなんです。寄せ集めて設計するって考え方じゃないので、単純な箱にするためにそういう逆のやり方をしています。その結果として軒ができるので、確かに屋根という感じはなかなかしないかもしれない。部屋をつくって屋根を乗っけるっていう発想とは違います。

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最も蓄熱する物質、それは水





----- 先ほど散水の話がありました、他にこれから水の活用方法で十分主題になる可能性があるものはありますか。


難波:僕は、蓄熱式の暖房として床の下に水のパックを敷くシステムを使っています。先ほど話したように、水1グラムの温度を1度上げるのに必要な熱量は1カロリーです。ではコンクリート1グラムの温度を1度上げるのに必要な熱量は? こう聞くと大抵3〜7カロリーと返ってきます。しかし、実は水よりも比熱が大きい物質はこの世には存在しないんです。水が一番蓄熱する。だから床の下に水を敷く。すると蓄熱してくれて、さらに水は液体なので自然に対流してくれる。そういう床暖房を普段は使っています。これはつまり地球が水で覆われていることが、いかに気候を安定させているかということと同じです。雨をそういう風に捉えてみることも大事だと思いますね。


アクアレイヤーの施工風景「アルミエコハウス」ではアクアレイヤーを2階の床下に敷いているのですが、これは水のレトルトパックみたいなもので。厚さ6センチ、幅30センチ、長さ十数メートルの水袋が、床下全面に並べられています。これが結構な量で、4,5トンぐらいになるんです。水は1センチ×1平米で10キロですから、相当な重さになります。厚さ6センチだとすると60キログラム/平米になる。これを2階の床下に敷いてるわけです。

 これに対して「アルミエコハウス」の自重は50キログラム/平米ですから、水の方が重くなってしまうので、水を乗せるときは荷重について考えなきゃいけない。ちなみに、一般的に木造は150キログラム/平米、鉄骨は250キログラム/平米、コンクリートは1トン/平米です。


 以前、僕の研究室には「軽い感じ」と「実際のフィジカルな軽さ」を比較する研究をした学生がいて、すごく面白い研究でした。歴史や構造の先生は「なんの意味があるんだ」って全然ピンときてなかったのだけど(笑)。例えば、ミースの<ファンズワース邸>って、すごく軽く見えるじゃないですか。でも実際計算するとものすごく重いんですよ。地面にべたっとくっついてなくて、浮いてるから重い。だけどそのおかげで軽く見える。これを面白いと思わないの?これがデザインでしょって(笑)


オフィスマシン外観(写真=坂口裕康) 例えば、同じ1985年に竣工している、<スパイラル>(設計:槇文彦先生、構造:木村俊彦)と、僕と構造家の佐々木睦朗さんでつくった<オフィスマシン>を比較すると、平米あたりの鉄骨重量が、<オフィスマシン>は、<スパイラル>の1/3なんですよ。<スパイラル>は超重い。けど、見るとすごく軽い。これは槇先生のデザイン力。けど、無駄なことをしてるとも言えるかもしれない(笑)。こういう感じで、重量の問題ってのは、面白い検討ができるんですよね。

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雨と錆、素材とデザイン





----- そういう意味で、「箱の家」はデザイン上の軽さが表出しています。基礎は、意図的に見せないようしているのですか?


難波:基本的に建物をポンと押すと、すっと動くように見せたいんですよ。ちょっと浮いてるというか。実際には箱は基礎で地面にくっついてるんだけど、ちょっと浮いてて。例えば<KAMAISHIの箱>なんて完全にそういうデザインです。松杭が90cmピッチで打ってあるんですが、その上に15~20cm浮かせて被るようにデザインをしています。杭は黒く塗って、見えないようにしていて。


----- 樋や庇は、ドブづけをされたものが多いようです。これは意匠的に好きなのですか?


難波:素材については、表面の亜鉛の結晶がいいなと思います。ふわっと、もわっとしたラフな感じが良い。普通にペンキを使うと、塗り直しが必要になってきますからね。塗り直しが必要なくてデザイン的に面白いっていうものは、ドブづけ以外に考えられません。


----- 水切りなどで金属素材をそのまま使うと、雨がかかって必ずどこかにしずくが辿りついて、錆び汁が出ます。こういうことについて設計上、考えていることはありますか。


難波:イオン化傾向対策は大変ですよね。僕がガルバリウム鋼板を使うのは、鉄と亜鉛のイオン化傾向が同じなので、そういう錆の問題が起こらないからです。デザインを経年変化で損なうようなことは避けたい。



エドワード鈴木さんや杉本貴志さんなどが、時々やっているのを見かけるのですが、赤土色の錆鉄板仕上げの壁は難しいですよね。錆びを出すために塩水を塗るんだけど、そうすると錆が一気に出てくるわけです。けど、止まらないんですよ。僕はそれでひどい目にあったことがあります。6ミリの鉄板が2年で穴が開いてしまったんです。そんなこともあって、一時期すごい神経質にイオン化傾向のことを調べたことがあります。けど、ガルバリウムで大丈夫だって結論が出てからは、余り考えなくなりました。


アルミエコハウス外観(写真=坂口裕康) アルミニウムの住宅をつくった時に、精錬場と銅の精錬所とアルミの精錬所の3ヶ所を見学しました。それぞれ特徴があって、まず鉄工所は暑い。そして銅の精錬は電気分解するから臭い。最後にアルミの精錬所は静かだけど電磁波のせいで腕時計とかが全部壊れる。『新建築』の対談の時にそれを「暑い」「臭い」「見えない暴力」って言ったら、対談相手の伊東豊雄さんが「アルミの精錬所って難波さんみたいですね」って言われました。(笑)


 アルミの精錬所では、ものすごく電気を使って電磁力で酸化アルミニウム(ボーキサイト)を電気分解するんだけど、酸化アルミニウムはとても安定している材料なんですね。だから酸化アルミニウムで表面を被覆したアルマイト仕上げのアルミニウムは一番錆びない仕上げになるんです。逆にジュラルミンとかは、すぐ錆びてしまう。同じアルミでも全然違います。

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あらゆる素材は、どう雨と対話しうるのか





----- 最後に「雨のみち」ということで、これからの建築を考えると、何が大事なポイントになってくるのでしょうか。


難波:ひとつ重要なことは、時間に耐える耐候性という考え方だけではなく、むしろ時間の経過によって刻まれていくという考え方をするときに、雨の力は、かなり重要になってくると思うんです。昔の煉瓦や瓦、木材のような自然素材はそういうことがポジティブに刻まれる材料なんだけど、工業製品でもポジティブに時間が刻まれるような材料があればいいですね。


 例えば、セメント板を素地で使うとセメントのアルカリ成分が酸性雨と化合して自化し、空中のごみがそこにへばりついて黒い汚れみたいになる。表面にそういう汚れが出てくると、施主は汚いと言ってそれを落とそうとする。しかし、それは表面がどんどん丈夫になってるということだから黒くなるまで放っといてくださいって言うんだけど、なかなか認めてもらえない。それと、真っ黒けになったJRのスレート波板。表面が中性化して皮膜ができてるからあれで安定しているんだけど、それをみんな小汚いって言う。


 そういうふうに雨どいや水切りといった単体の製品という視点とは別に、素材が雨とどう対話するかということは、これからの隠れた大きなテーマになると思いますよ。

----- いずれにしても、雨を受け入れるという態度が、これからは大きなポイントになってくるということでしょうか。素材や収まりや形状に渡って、それはテーマとなってきます。

(2014年7月5日|東京・神宮前の事務所にて|インタビュアー:真壁智治



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