雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
presented by  株式会社タニタハウジングウェア


 
千葉 学(ちば・まなぶ)
:1960年東京生れ。1987年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。1987-93年日本設計勤務。1993-2001年ファクターエヌアソシエイツ共同主宰。1993-96年東京大学工学部建築学科キャンパス計画室助手。1998年東京大学工学部建築学科安藤研究室助手。2001年千葉学建築計画事務所設立、東京大学大学院工学系研究科准教授。2013年東京大学大学院工学系研究科教授。
 
LINK:千葉学建築計画事務所


 

11:千葉 学 / Manabu Chiba

 

このコーナーでは、建築家の方々に登場いただきながら、"雨のみち"のコンセプトや方法を、実際の作品に即して話をうかがっていきます。第11回のゲストは、建築家の千葉学さんです。軒といはあまり好きではなかったという千葉さんが、改めて「屋根」のデザインに向き合い、軒といに新しい美学を見出すようになったのは、何がきっかけだったのでしょうか。今、千葉さんが考える、雨と樋と建築の新しい関係とは?

 

軒といに新しい美学を見つけたい

2016/11/1
 

市民を包む大きな屋根

 
— 千葉葉さんは、これまで「雨」というものを、どれくらい意識されてきましたか。
 
千葉:「雨」と聞くと、若い頃にサーフィンをして遊んでいた頃のことを思い出します(下写真)。当時は毎日のように天気図をチェックするのが日課でした。どの辺りに低気圧や高気圧があるのかとか、雨が降れば、この雨は北東気流による雨だとか、南岸の低気圧によるものだとか、どういう状態で雨が降るのかということを常に意識していました。
 雨の降り方だけでなく、海に入って遊ぶとか、水と戯れる機会が多かったので、大学を出て社会で働きはじめた若いころから、雨仕舞いのことはすっと理解できました。水がどういう振る舞いをするかが自然とわかっていたので、設計をしていても、起こりうるリスクがイメージしやすかったのだと思います。ディテールをひとつひとつ覚えなくても、水の基本的なメカニズムを理解すれば、雨水に関することの多くは防げるということは、今でも思っています。

 

(写真提供=千葉学)


— まず「大多喜町役場庁舎」の話をうかがいたいのですが、もともと建っていた今井兼次設計による古い建物の雨仕舞いには、手を入れたのですか?
 
千葉:増築工事の際に、最初は旧庁舎の防水をすべてやり直そうとしていたのですが、予算が限られていたこともあり、最終的には削られてしまいました。しかし、古い庁舎をリニューアルするのに、防水がそのままということでは本末転倒なので、竣工してからも折に触れて防水工事の必要性を訴えていました。その訴えを町長が真摯に受け止めてくれ、ようやくこの夏に予算がついて、実現できることになりました。ただ、改修が終わってから改めて屋根の防水工事をするのは大変ですね。工事中に雨が降るリスクもありますから。しかも旧庁舎には、ほとんど水勾配がついていなかったんです。
 

「大多喜町役場庁舎」外観(photo=鈴木研一)


— 千葉さんの設計によって新たに増築した建物の雨の処理はどのようになっているのですか。
 
千葉:あまり複雑な雨の処理は行っていなくて、基本は片勾配で雨を流して樋で受けているだけです。僕は、パラペットを立ち上げてプール状にする防水は、リスクが大きいのであまり好きではないんです。水は、できるだけ建物の外に早く出した方が良いと思っています。だから、「大多喜町役場庁舎」の増築の場合も、基本片流れで一番外側に樋を出して、エレベーターシャフトに雨水をまとめて、オーバーフローした際も建物の中には入らないように処理をしました。
 
— 「大多喜町役場庁舎」の増築部分は、とてもシンプルな構成でできているように感じます。
 

「大多喜町役場庁舎」内観(photo=西川公朗)

千葉: 「大多喜町役場庁舎」の増築部分は、屋根のデザインがすべてと言ってもいいですね。

 大多喜町へ行くとわかるのですが、あのような小さなまちでは、役所という場所が極めて大切なんですね。僕らのように東京に暮らしていても、都庁へ行くことはほとんどありませんし、区役所に行く用事も、多くは出張所などの電子的な手続きで済んでしまいます。でも大多喜町ではまちの中心に役場があって、まちの人たちは、税金の相談や健康相談など、本当にちょっとしたことでもみんな気軽に出かけていくんです。
 そのような光景を見ていたら、まずは人が集まる場所として庁舎をイメージした方が良いと思うようになったのです。そこで、今井兼次さんが設計した旧庁舎に対して、四角くて大きな屋根をつくろうと考えました。機能的には事務室空間ですが、ちょうど桜の木の下で花見をするような、木漏れ日が落ちてくるような空間にして、たくさんの市民が集まれる場をつくろうとしたわけです。
 その意味で大きな屋根は、この建築で一番重要なものでした。それを鉄骨の門型フレームを重ね合わせることでつくり出しています。今井さんの旧庁舎がコンクリートのフレームが連なることでできているので、同じ形式を鉄骨に置き換え、それらを重層させることで、旧庁舎との関係性を築きながら現代的な表現を目指したのです。
 
— このプロジェクトは、今井兼次さんが設計した元々の庁舎建築の文脈に寄り添いながら、新しいまちのシンボルとして、どう設計するかが重要だったわけですね。それにしても古い庁舎の改修も、どこまでがオリジナルで、どこからが千葉さんによる改修がされているのか、わからなくなっているのが、とても良いですね。
 
千葉:改修という意味でも、大変面白かった計画です。建築家が改修に取り組むと、とかく古いモノに対して新しいモノを挿入するといった、対比的な表現を指向することが多かったと思います。僕も設計段階では、そういう方向で案をまとめていたのですが、現場に何度も通ううちに考え方が変わっていきました。引っ越しが終わった旧庁舎の空間の清々しさに心打たれたこともありますし、モノを通じて今井さんの様々な想いも伝わってきていたので、可能な限り元の姿を尊重しようと考えるようになったのです。
 だから、オジリナルを尊重しつつも、半分は今井さんと対話をするように設計を考え直しました。小さな部分の改修ひとつ取っても、今井さんならここはどうするかな?と考えたり、逆にこんなことは今井さんは思いつかなかっただろうなと、新たに手を加えてみたり。だから、結果としてどこからどこまでが新しいのか古いのかがわからない、曖昧性を持った空間になりました。本来時間は連続的なものなので、そういう断絶を表現のテーマに据えないほうが良いと、今は思っています。
 

「大多喜町役場庁舎」内観(photo=鈴木研一)


— 建物を受け継いでいくという意味で、「大多喜町役場庁舎」は、絶妙な事例になりましたね。
 
千葉:このプロジェクトを通して、ひとつの建築物に複数の建築家の履歴が残っていくことは、良いことだなと思いました。
 随分前に、台風で被災した室生寺の五重塔の再建ドキュメントを見たことがあります。宮大工は、屋根をオリジナルの反りに戻すか、それとも人々の記憶に残っている長年の時間経過によって少し垂れ下がっていた反りに戻すかで、悩むんです。そこで感動したのは、宮大工は、あえてそのどちらでもない、自分なりの解釈を加えて再建したのです。オリジナルでもなく、壊れる直前のものでもない、宮大工なりの新しい美学を重ね合わせる。これが素晴らしいと思ったんですね。
 建物の保存となると、すぐにオリジナルに忠実かどうかが議論になりがちですが、時代と共に建物にはいろんなかたちで人の手が加わり、解釈も変わっていくべきだと思うのです。そういうなかで、更新の度に、大工や建築家の想いが投影されていくことは、すばらしい。オリジナルを尊重しながらも、自分なりの解釈と創造を加えていくという意味で、今回も同じだと思いました。
 
— 結果、今井さんの建物は、生き返っています。
 
千葉:今井さんの旧庁舎のほうも、市民がレクチャーや催し物など、様々なことに使ってくれていて、とても嬉しいです。けれどこれは、新築と改修の両方を同時に行ったからこそ実現できたのだと思っています。市民が自由に使える場所を新築で計画しようとしても、なかなか与件に盛り込めない。でも、今回は古い建物があって、その執務空間だったところを別の場として活用する方法について考える機会が与えられた。だからこそ、このような自由な空間が残せたのだと思います。
 「大多喜町役場庁舎」のプロジェクトに限らず最近は、“建物がどう年をとるか”ということにもとても興味があります。雨についても、たとえばどういう雨が建物を汚すのか、などとよく考えます。その点日本特有のしとしと降る雨は、建物の経年劣化にとって手強いですね。それも、ちょっとした配慮で防ぐことができますが。

樋代わりになっている回廊の屋根 

 
— 「日本盲導犬総合センター」の雨の処理はどのようになっているのですか。
 
千葉:あの建物は、蛇行する回廊が巡っているのですが、その回廊自体が樋の代わりになっています。僕は、傾斜屋根をつくる場合は板金で仕上げることが多いのですが、最近は、隙間があるとみんなシールで塞ぐという発想になっていますね。でもそれが様々なトラブルにつながりかねない。だから基本シールは使わず、雨を水の振る舞いに従って流すようにしています。板金の職人さんが丁寧にそれを納めていけば、雨の処理は全く問題になりません。だから、「日本盲導犬総合センター」「大多喜町役場庁舎」も屋根は板金です。
 
— 「日本盲導犬総合センター」の回廊の屋根は、独特の厚みを持っていますね。
 

「日本盲導犬総合センター」外観(photo=西川公朗)


千葉:僕は、ディテールのためのディテールにあまり興味がないんです。例えば、屋根を薄く見せるためのディテールとか。そうではなく、さまざまな技術や材料や構法によって建築ができる仕組みそのものを素直に表現したいと思っています。
 「日本盲導犬総合センター」の回廊は、あの建築の中でも一番大きな要素になっています。回廊の屋根が厚くなっているのは、樋を兼ねているということもありますが、富士山の裾野の圧倒的な傾斜を持った大地に対して、厚みをもった屋根が力づよくへばり付く方が良いと思ったからです。
 
— 僕は、「日本盲導犬総合センター」に2回行きましたが、確かにあの風景のなかでは、ある種の安定感が、あの回廊の屋根の厚みによって生まれています。
 

「日本盲導犬総合センター」外観(photo=西川公朗)


千葉:屋根の側面も板金で仕上げているので、ベコベコしています。建築は日常性の中で価値をもつものなので、あまり建築を工芸品のように扱いたくありません。ありふれた日常性が、ある瞬間突如として美しいものとして立ち現れる、そのことにとても興味を持っています。だから全体も、周辺にたくさんある牛舎や鶏舎のように小さな小屋が集まることで、見たこともない風景を生み出せないかと考えて設計しました。
 
 
 

屋根への興味が沸いてきた 

 
千葉:最近は、屋根にとても興味があります。今設計している住宅では、屋根がもっとも大切な要素になっています。
  「茅ヶ崎の家」は、ものすごく小さくてローコストな住宅です。ありふれた家の形をしているのですが、中はリビングに架かる屋根の天井裏が4つの領域に分かれていて、多様な場を生み出しています。
 

「茅ヶ崎の家」内観(photo=西川公朗)


「LOFT」内観(photo=西川公朗)


 もうひとつの 「LOFT」は、平屋です。こちらは 「大多喜町役場庁舎」に似ていて、諸室がすべて天井裏でつながっています。家で暮らす家族それぞれの気配が天井裏でつながることで、一緒にいることも、ひとりで過ごすことも快適な場になればと考えました。
 僕は世代的には、ポストモダニズムの時代に建築家としてスタートした世代なので、ひとつ上の世代が気軽に屋根を架けるのを見て、そういう表層的なことはしたくないと思うところがあったわけです。だからなるべく余計なものはつくらないようにやってきました。ところが最近 屋根が気になる存在になってきたんですね。
 
— 何かきっかけとなるプロジェクトがあったのですか。
 

「諫早市こどもの城」外観(photo=西川公朗)


千葉:長崎県に建つ 「諫早市こどもの城」を設計したことが大きく影響しました。用途は子供の遊び場なので、最初は地形的な空間を提案しました。山の上に建つので、床が地形のように様々な断面形をしていて、あとはさらっと屋根をかけようと。けど、実際に設計がはじまると、バリアフリーのこともあって、床は平らでなくてはならず、床がいじれない。だったら、屋根に起伏をつくればいいと考えたんです。
 子供は、押し入れのような籠もれる場所が好きな一方で、だだっ広い場所で走り回るのも好きですよね。だから、籠もれる場所、開けた場所、 いろいろな場所を、屋根によって生み出そうと考えました。
 ある日ふと思い出したのですが、僕が子供のころ暮らしていたのは父が設計した木造の家でした。小さい家でしたが、探検ごっこをするのが楽しい家で、押し入れに入ってかくれんぼをしていたのです。ある時屋根裏に行ける扉があったのを見つけて、そこを覗いてみたら、家全体が見渡せるんですよね。こんな空間があったのか!と、僕にとってはかなり感動的な体験でした。そういう原風景も、少し影響しているのかもしれません。
 

「諫早市こどもの城」内観(photo=西川公朗)

軒といに新しい美学を見つけたい

 
— 千葉さんは、やはり軒といをつけることは、基本的に抵抗がありますか。
 
千葉:そうですね。タニタさんの前で言いづらいのですが、いつも軒といは嫌な存在だと思っています。けれど、屋根をつくると樋無しというわけにはいきません。内といはよほどのことが無い限りやりたくないので、そうすると軒といも付けざるをえない。その樋をどうデザインするかは、毎回大きな問題になります。最初にお話したようにRCの建物でも、パラペットを立ち上げることにあまり積極的でないので、軒といを使うことがよくあります。
 軒といが嫌だなと思うのは、これまでの軒といに、過剰なデザインがされたものが多かったからなんです。それで、ずっと軒といは隠したりしていたんですけど、「茅ヶ崎の家」を設計したときにタニタさんの軒といを見つけて、これなら堂々と出してしまったほうが良いのではないかという気持ちに初めてなれたんですね。「日本盲導犬総合センター」の時は、長い回廊を樋にして、そのまま厚みをみせてもいいじゃないかと思った。どちらにも必要だったのは、軒といを一つのきっかけとして、新しい美学を見つけるということでした。
 
— 面白いですね。そういった関心の所在は、モダニズムではもちろん、ポストモダニズムの時代にもありませんでした。軒といに対してどこに新しい美学を見つけるか、といったようなテーマは、これからの時代は全体的なテーマにもなりうるのだと思います。
 
千葉:たとえば林昌二さんの名作である「毎日新聞本社」のような雨の処理は、素晴らしいと思う一方で、僕はもっと日常的なものを美しく見せたいなと思うんです。「毎日新聞本社」の縦といのファサードは美しいけれど、あそこまでいくと普遍性がなくなってしまう。僕はもっと大衆的な、新しい規格をつくりたいといつも思っています。つまり、軒といみたいなありふれたものに、新しい美学や納まりを見つけられれば、一気に普及するような新しい規格につながるのではないかと考えています。
 一度思いついてしまったら、みんなが使ってしまうような規格って、素晴らしいじゃないですか。たとえば、アップルの様々な製品にも、似たような新しさを感じます。それは、もちろんパッケージのデザインが素晴らしいこともありますが、それ以上に、みんなが使いはじめることで生活や行動が画期的に変化してくることにあると思っています。それが新しい規格を生み出すということです。建築でも、同じ意味での新しさができるのではないかという想いがあるんです。
 
— ぜひそういう機会がご一緒にできると嬉しいです。これまで、「日常的なものを美しく見せる」という千葉さんの基本的な設計の姿勢から「窓」のデザインの取り組みが、よく見られました。そして近年は、「日本盲導犬センター」や「大多喜町役場庁舎」を通して「屋根」を主題化されてきました。
 いよいよ日常的なものの典型である「軒とい」がデザインモチーフとしてスタディされる。しかも、その先に「新しい規格」が千葉さんの美学として生み出されるとしたら、とても意義のあることだと思います。今日は長時間、ありがとうございました。
 
 


(2014年6月25日、千葉学建築計画事務所にて|インタビュイー:真壁智治)