雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
presented by  株式会社タニタハウジングウェア

堀越英嗣(ほりこし・ひでつぐ)
 
:1953年東京都生まれ。1976年東京芸術大学建築学科卒。1978年同大学院修了後、同年丹下健三・都市・建築設計研究所入所。1986年アーキテクトファイブ設立・共同主宰。2005年堀越英嗣ARCHITECT5代表。04年から芝浦工業大学教授。17年より初代建築学部長、主な受賞歴に日本建築学会賞(業績)、BCS賞、日本建築学会作品選奨、土木学会デザイン賞最優秀賞、グッドデザイン大賞、AACA賞等共同受賞。
 
LINK:http://www.hh-architect5.com/



 

14:堀越英嗣 / Hidetsugu Horikoshi

 

モダニズムの“雨のみち”
雨との闘いから見えてきた建築の本質

(3/4)

2020/05/11
インタビュアー:真壁智治、編集:大西正紀(mosaki)
クレジット表記以外の写真・作画・作図:堀越英嗣 
 

アールヌーボーの雨のみち

 
堀越:次は、少し話が飛びますが、 アールヌーボーです。
 
 アールヌーボーって、デザインのためのデザインだから、機能なんてあまり考えていないと思いがちですが、実はそうでもないのです。
 

 これは ギマールがたくさん手掛けた1900年代の地下鉄の駅の入口の一つです。地下に入る階段は雨水が入っては困るので、必ずどの入口にも屋根が架かっているのですが、 正面のガラスのひさしの部分は人が入っていく真下に雨が落ちないように、人を迎え入れるように正面を高くして、後ろの屋根に雨を落としています。
 

 屋根はガラスの寄棟で周囲に梁を兼ねた雨受けがあります。さらによく見るとこの優美な造形の中に、横といと縦といが隠されています。
 

 そして、最後は水はけがよくなるようにこんなふうになっています。私はガーゴイルよりも好きだったりします。こういうものを見て、日本の地下鉄の入口を見るとひどいものです。表参道駅の地下鉄入口も、庇がないものだから、傘を畳みながら入らないといけない状態です。しかしオリンピックを控えて屋根がかかりはじめました。
 
 さらに、この入口はメトロのまさに顔になるわけです。綺麗なガラスで光も入り、雨もきちんと内側に寄せる。しかも鋳造でできていて、泣けます。このように 造形主義そのものに見えるアールヌーボーでも、プレファブ化したり、機能を入れ込んだり実はものすごく機能的な側面があるのです。
 
ー アールヌーボーには、どこかに、たとえば葉っぱの葉脈とか、人間の血管とか、そういったもののメタファーが埋め込まれていますね。
 
堀越:そうなんです。実は生命体っていうものは、いろんな中に液体が流れているもの、基本は水分の流れなのです。木も木の枝も同じです。樹液が根と幹と葉を行ったり来たりしています。だから、 木は“水のみち”なんです。木の幹を断面で見ると、真ん中は死んだ細胞が構造体になっていて、周りに導管が回っています。管を通って、地面から吸い上げた水が葉っぱまで行って、そこで光合成して生まれた栄養分を、戻していきます。
 
 だから枝もパイプシャフトみたいなものなのです。優美な曲線は、ちゃんと水が流れる道になっているのです。もし枝が直角で曲がっていたら、水が詰まって心筋梗塞みたいになってしまいます。そして、 とても大事なのは水を含むことで、風による何トンもの曲げモーメントに対して、水の圧縮力で耐えていることです。そういう意味で、アールヌーボーが自然の形を生かしているというのは、実は非常に合理的な形をしているとも言えます。
 

今和次郎と雨のみち

 
堀越:次に、バナキュラーという視点から雨のみちを見ていたいのですが。そうなると、 今和次郎は、観察がすごい上に、雨といから民家まで採集しているわけです。バナキュラーな建築は、ある種自然の生態系の一部です。地域ごとに手に入る材料を使い、そこにオリジナルの知恵と技術と工夫が合わさって、自然に形態を生み出したものになる。だから、地域ごとに統一された意匠になることはなく、場所や状況に合わせて多彩な変化を生んでいます。
 

さまざまに創意工夫された雨とい(引用元=今和次郎全集)


 ここに民家の本があります。今さんが、日本中のバナキュラーな建築を見てきたスケッチが無数に集められています。たとえば、 日本の茅葺き屋根は、雨水を吸い込むのです。
 

鳥取県、神護集落の民家


 ある時期、鳥取の茅葺き屋根の民家を訪ねたことがあったのですが、そこでは今でも普通に茅葺きの家で生活をされていましたそれは忘れられない美しい光景でした。
 
 それで、僕はあることに気付いたのです。 雨は音とも密接な関係があると。雨は降る場所によってはうるさい音環境をつくることもできれば、静かな環境をつくることもできる。雨は音を吸収するのです。なんか、雨音が染みこんでいく感じ。たとえばゴルフをする人は経験したことがあると思いますが、雨の日にゴルフ場に行くと、とても静かなのです。雨が降っているのに雨音がしない。降ってきた雨が、全部、芝生と土に静かに染み込んでいくのです。
 
 音は、ビジュアル優先の今の時代には、結構おろそかにされていて。 松任谷由実の歌に、「雨音に気付いて遅く起きた朝は」といった歌詞があるのですが、あの一瞬の情景を描写した詩が僕は好きで。音がもたらす状況について建築は、もっと考えたらいいと思うのです。建築家がつくる建築環境では雨の音は、こうも違うのだということがあってもいいと思います。
 
 だから、 建築をつくることを考えていると、雨のための屋根ということはもちろん出てくるのですが、最終的には建築にとって一番大事なのは「地面」なのかなとも思うのです。
 
ー もともと、堀越さんには、「IN-BETWEEN(イン・ビトウィーン)」という中間のものを把握するという思想を持たれていますね。それにも通じるように思います。屋根を介して、天と地がつながるわけですから。
 

伊勢神宮の雨のみち

 
堀越:そうですね。だから、いろいろなものには必ずと行っていいほど、行き先がありますよね。雨水の行く先は地面です。そうやって民家から紐解いていくと、もうひとつのバナキュラーの原点の、 伊勢神宮に辿りつきます。
 

古殿地


 伊勢神宮の中でも特にすばらしいと思っているのが、 古殿地です。もともと神殿と神様の心柱があったところは美しい石が敷き詰められて地面をふさいでいます。その場に佇むと、ものすごく神聖で静けさを感じる場所です。
 
 ここに雨が降ると、雨水が全部がスーと地面に入っていくわけです。木の掘立柱の伊勢神宮が、どうして20年保つのかというのは、やはり雨水が速やかに地面に入ってくことが考えられているからだと思います。そのための石なわけです。伊勢には20年ごとに遷宮がありますが、その際に、“お石持ち”という石を運ぶ行事があります。私も以前、地元の人と一緒に特別に白い装束を着ながら参加させていただきました。敷き詰めるのにふさわしい石を探すところからはじまるのです。上流のほうにあるものは、水がより染みこむそうです。
 
 やはりこれが究極というか、結局、 雨が地面に入ってくその部分が、建築の中のとても重要な要素だというとこに行き着くわけです。伊勢神宮は、式年遷宮という建築のつくられかたが話題になりますが、実は、建築というものは、そういう地面があってからこそ成り立っているということも伊勢神宮は伝えていることを強調したいわけです。
 

フランクロイド・ライト 落水荘の雨のみち

 
堀越:バナキュラーという意味で言えば、 フランクロイド・ライト落水荘は、モダンでありながら「場所の性質から生まれたそこにしか無い建築」というバナキュラーの本質をきちんと考えている建築だと思います。落水荘を2回目に訪ねたときは、ちょうど雨が降っていました。朝一番で行くと、雨がバルコニーに開けられた様々な穴の部分から一筋の水として垂れているのです。ライトの建築に多いのですが、雨水の排水がガーゴイルのようにオープン系となっていて、それは意図的と思うのですが、スーと流れ落ちる一筋の水の姿が見えるのです。
 
 落水荘は、もともと カウフマンさんの土地で、時々家族で滝の上の岩場でピクニックをしていて、そこがとても気に入っているという話を聞いて、じゃあ、あなたが座っているところをリビングにしよう、となったので、滝の上の岩場がリビングの暖炉の前にくるようになったそうです。
 
 だから、滝の水や雨水によって削られ磨かれた岩の素材感をとても大切にされています。雨の日に行ったからよくわかったのですが、室内の岩の風合いが、ものすごく川の岩の風合いと似ています。
 
 落水荘は、特別な環境と印象的な形態に目を奪われることは当然ですが、より近づき空間の意味を考える時、暖炉の火の前で、水によって磨かれた岩の上に集まるという家族の団らんのことがしっかり考えられている素晴らしさに気づく時、更に深く感動させられます。
 

 落水荘の雨の処理は、全部雨といです。雨といをオープン系で流して、落としていく。細長い水平のこれもかっこいい。
 

 コーナーのこのサッシの枠の形も雨のみちなので、流すようになっています。
 

 こういうことをライトはディテールまで水のみちをしっかり考えています。
 

 これは雨よけの庇です。鉄筋コンクリートの性質を生かした薄いスラブです。階段のところは外部階段に合わせてカーブした段状になっていて雨の日はカスケードのようで本当に素晴らしい。
 

 雨が降ってきてわかったのは、庇が低いのは雨のときでも外で居心地がいい。高いと雨が吹き込んできて落ち着いて過ごせない。これは高さが2メートルほどでしょうか。低いと雨からしっかりと守られます。ライトの建築は人がいる場所は特に天井が低いです。それは人が建築に守られてる気持ちになるためです。それが外に出た場所でも、そこでも庇を低くおさえる。
 
  自分は安全なところにひっそりと潜んでいて、その先にすごく広い自然が広がるという関係が原始からの人間のネイチャーなのです。だから居場所としてとても気持ちがいいわけです。まさにこういった人間の普遍的性質を踏まえて考えられているライトの建築が持つ雨や自然との関わり方が、落水荘の見どころのひとつです。
 

アントニオ・ガウディの雨のみち

 
堀越:彫刻的なアントニオ・ガウディのデザインは、雨と関係あるの?と思いますが、先ほどのアールヌーボーと同じで、とても関係があるのです。
 

 これは、 カサバトロという集合住宅です。
 

 今日、ここまで話してくると、みなさんももうわかりますよね。ほら、バルコニーの下端のあたりが水切りに見えてきません? 外壁の汚れを防ぐための水切りで、汚れが壁面を伝わらずに水が落ちるところまでデザインされています。
 

 別のところでも、壁面からの出っ張りの下端裏側を鋭角につくることで、水切りの形状になっている。バルコニーにから水が回りこんできたとしても、最後にはしっかりと切れるのです。ガウディも、雨のみちのデザインをきちんと考えていた! このことに触れた人はあまりいないのではないかと思います。この建築がしっかりと残っているのも、やっぱり雨のみちのことが必要な機能として考えられていたからです。
 

 これは、その近くにある カサミラです。一見すると、複雑で奇妙な建築に見えますが、これがまた近づいて見ていくと、どんどん意味が見えてくる。やはり外壁を伝わる水は、水切り状の下端で完全に切られているんです。
 

 出っ張っている石の下端エッジがシャープになっていて、外壁を伝わる水が、バルコニーの下端でピッと切れているのがわかります。
 

 中庭に入るときに雨がポタポタ落ちないように、庇先端部分が水切りになっています。
 

 屋上へ上がると、有名な排気口があります。
 

 そしてこれが建築意匠と一体化した雨といです。すごく考えられています。
 

 これは グエル公園です。
 

 列柱の並ぶ市場のスペースの上部の部分を見てください。ライオンの口から水が出てくるガーゴイルが並んでいます。上部が広場になっていて、湾曲するベンチが上にあるのです。
 

 みんなが座るベンチの後ろに樋があって、そのベンチに開けられた穴から雨水が抜けて、裏にまわって樋があり、最後はガーゴイルで外に出ていくという全体のシステムがデザインさているわけです。
 

 要するに屋上広場のエッジの樋の上に人々が座っているというわけですからね。立体的で柔らかい曲線とランダムでカラフルなタイルがかわいいですよね。
 

ミース・ファン・デル・ローエの雨のみち
 

堀越: ミース・ファン・デル・ローエの話もさせてください。
 

  ファンズワース邸へ、雨の日に行きました。完璧な平らな床です。ミースは本当に床を水平にしているから美しいと思います。そして薄い水面も美しい。フラットにするために、どれだけディテールを考えているかということを見ていくと、ここまでやるのかと思ってしまうくらいです(笑)。ほら、石の目地から入った水が、ここを通って下に流しているのですね。
 

 石の大きさもきちんと指示されています。今でこそ、公共建築などでは、床に勾配をつけずにフラットにするため、石を乾式工法で浮かせて、隙間から水を流すことをやりますが、ミースはそれを、最初からやっていたわけです。ミースは全体が濡れることを考えています。傾きがあると雨水の分布に偏りが出るので、水がまだら模様になってしまいます。だから、雨になったときに、美しい世界をつくるために、ここまでのディテールを追求するわけです。本当に徹底しています。
 

 薄い屋根にもしっかり水切りをつくっているんです。晴れた日は影でシャープに見えます。とても美しい。
 

 ファンズワース邸の美しさの秘密、一番大事なところってわかりますか? 写真を撮って、なんでこんな綺麗なんだろうと思います。豊かな自然と純粋な幾何学との関係? それはそうですがそれをピュアに実現する姿勢が違うのです。屋根から外側に柱をオフセットしているからなんです。だから、軒の直線が綺麗に一本の線として連続する。もし、柱が内側にあったら、ここで線が切れてしまう。そうしたら、天井面は1枚の抽象的でプレーンな面に見えません。1枚のプレーンな面に見えるように、外側に柱を置いているのです。そのことで床と天井が周囲の自然の風景をシンプルに切り取って見せています。それがこの建築の美しさをつくりだしています。
 

ファンズワース邸 デッキの出ティテール
(図:堀越英嗣)


 だから、床を圧倒的にきれいな抽象的な面にするために、あれだけの見えないディテールの追求という努力をしなくてはいけない、ということなんですね。これは伊勢神宮にも通じます。地面の面がピッと水を吸い込む地面と、シンプルな円筒の掘っ立て柱。 建築を見る時、様々な特徴的な形態につい目が行きがちですが、こういうところをしっかり見ていくと、先ずは地盤面との関係を考えることが大事だということがわかってきます。

— 建築と雨や水との関係を地盤面の扱いから名作建築を読み解いていただきました。流石です。さて、次は最後に、堀越さん自身の作品から雨のみちへの想いを語ってください。
 
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