建築家、堀啓二さんによる新連載「雨のみち名作探訪」。第6回のテーマは、「樋のないデザイン」。建築家、槇文彦の建築に見られる樋のデザインには、どのような秘密があるのでしょうか。今回は長野県に建つ研究施設や展示室などから成る建築群「TRIAD」の雨のみちのディテールを紐解いていきます。

2016.06.16


TRIAD―自然と呼応した一つの彫刻のような建築群

 
 長野県安曇野、表情豊かな自然に恵まれた穂高の山並みの中腹、緩やかなひな壇上の敷地に穂高の山並みをバックにして彫刻のように建つ美しい建築群。この地に工場を持つハーモニック・ドライブ社のエントランスプラザを構成する建築である。ハーモニック・ドライブ社は、最先端工業・科学機器に用いられる精密可動部品を扱う会社で、創立30周年を迎えた2000年に次の世紀に向けてさらに創造性の高い精緻な仕事を目指し、新たな出発点としてこの建築群が建設された。


 この建築群は、製品の精度向上のための試作・研究を行う研究棟、技術開発に携わる従業員の感性を高めるためのギャラリー棟である飯田善國作品の常設展示場「IIDA・KAN」と高いセキュリティーを実現する工場入り口の守衛棟の3つの建物で構成されている。これら3つの棟が複合していることから「TRIAD」=三和音と名付けられた建築群は、独自のフォルムを持ちつつ、全体として豊かな穂高の自然に溶け込んだ美しい景観をつくり出している。

雨樋のない美しい建築群

3つの棟は“テクノロジー”“アート”“セキュリティー”という異なる機能を高度な技術と機能に適した独特なフォルムによりつくられている。独特のフォルムはそれ自体が無駄を削ぎ落とした彫刻のような建築である。それゆえ、フォルムを崩す雨樋は全くない。また、それは積雪の多い穂高の自然環境に適応している。その美しい形態をつくる“雨のみち”を見ていこう。
 

研究棟—雨を導く非対称形曲面

 研究棟は非対称の断面を持つロールケーキの端部を斜めにカットしたようなユニークな形態をしている。これは、精密部品の試作と研究に適した室内環境をつくりだす、天井と壁が連続した滑らかな曲面をそのまま形にした物である。その局面に沿って空調空気の渦流が恒温室内を循環する。ギャラリー棟とともに構成する緩やかなアンジュレーションを持つ庭に対してはボリュームを抑えるために、非対称の曲面としている。外部では屋根と壁の区別がない滑らかな曲面は、高い断熱性能を施し、ステンレスで覆われ、雨はその曲面に沿って地面に導かれる。地面には建物に沿って円型側溝が設けられている。開口もほとんどないマッシブな形態ではあるが、溶接工法のステンレス版と妻側入口の薄い壁が軽やかさを生み出し、雨樋のない独特の美しいフォルムはアンジュレーションの芝生にそっと置かれた美しい彫刻のようである。
 

ギャラリー棟

 

 飯田善國は戦後日本を代表する独創的な彫刻家だが、その出発点は油彩による絵画である。ギャラリー棟での収蔵•展示の中心は1950年代の若き日の絵画作品と1983年の「SCREENーCANYON」という巨大な彫刻である。ギャラリー棟は四角い収蔵庫を回遊するように展示空間が取り囲んでいる。展示室は、巨大な彫刻の背景となる人を自然と導き安曇野の景観に開く柔らかい曲面の壁で構成された開放的な展示室と絵画作品の場となる開口が限定された四角い展示室で構成されている。膨らんだ曲線の形態は人の流れをつくりだすとともに研究棟の形態に呼応している。屋根は開放的な展示室と閉鎖的な展示室の交点を結び、そこを谷樋とした二葉の屋根の組み合わせになっている。


 先端には三角形の吐水口が設けられ、谷樋に集まった雨は樋なしで地面に流れ落ちるようになっている。鳥のくちばしのようでなんともかわいい。雨を受ける地面は楕円形の砂利敷きである。まさに雨のみちが視覚化されるとともに美しいフォルムをつくり出している。

 

 安曇野の景観に開かれた彫刻の展示室にはウッドデッキのテラスが連続して設けられている。テラスは絵画展示室の壁と出入り口の設けられたベンチ付きの庇により、一つの領域感を生み出し屋外展示空間となっている。

 庇には雨樋はない。降った雨は、庭側の庇の上部の金属のジョイント部に小さな吐水口があり、庭側の砂利敷きに落ちる。薄い版の庇は柱と庇と同厚の壁で支えられたシンプルな構成で、雨樋のような他の要素がなく、それ自体がシャープで美しい。L型の薄い版の庇は建物とともに門型を形成しアンジュレーションの庭、研究棟と山並みがつくりだす美しい景観を絵画のように切り取る。
 

守衛棟

 この工場には景観を生かすため塀やフェンスが一切ない。アプローチからは施設群は雛壇の上にありかつ緑に覆われているため見えない。その緑豊かな緩やかな雛壇上の景観の中で我々を迎えてくれるのが守衛棟だ。

 ガラスの面で妻面が開いたボックスカルバートのシンプルなコンクリートの箱が斜面からかすかに浮かべられそっと置かれている。ここにも雨樋はない。北側の平面のパラペットの一部が欠き込まれ二対の吐水口があり雨が落ちる仕組みだ。極力余計な物を省いた宙に浮いたシンプルボックスは、コンクリートなのに重さを感じさせない軽快さを感じさせる、守衛所というよりもエントランスを示すシンボルのようである。

 
このように雨樋がない3つの独特なフォルムは、安曇野の豊かな景観とともに「TRIAD」という名のように共鳴仕合美しい景観を奏でている。

著者略歴
 
堀 啓二(ほり・けいじ)
 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。大東文化大学板橋キャンパス(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事賞)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか

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