連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評
その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?
建築家。 1971年生まれ。1997年京都大学大学院工学研究科修了。伊東豊雄建築設計事務所勤務の後、2005年平田晃久建築設計事務所を設立。現在、京都大学教授。2025年イェール大学客員教授。
主な作品に「桝屋本店」(2006)、「sarugaku」(2008)、「Bloomberg Pavilion」(2011)、「太田市美術館・図書館」「Tree-ness House」(2017)「ハラカド(ファサード、屋上デザイン)」、「小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。」(2024)、「エアリスベース」、「EXPOナショナルデーホール レイガーデン」(2025)等。
主な受賞に2008年第19回JIA新人賞、2012年第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展金獅子賞(伊東豊雄・畠山直哉・他2名との共働受賞)、2018年村野藤吾賞、BCS賞、2022年日本建築学会賞作品賞など多数。著書に『Discovering New』(2018年、TOTO出版)など。
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平田晃久建築設計事務所
AKIHISA HIRATA #1 2026.7.24
日本直前の風景
日本的なるものへの違和感
日本について考えたり論じたりすることは、僕にとって長らく難しいことだった。しかし近年、いくつかのプロジェクトを通して、日本について自分なりの言葉で語れるかもしれないと思うようになった。
僕が「日本」というテーマに距離を感じてきた理由の一つは、一般に「日本的」とされる建築や美意識に、つくり手としてあまり共鳴できなかったからである。左右非対称で流動的、構築性よりも軽やかさを重視する感覚。あるいは俳句や茶室に代表される縮小の美学を、日本建築の本質として語る見方にも違和感があった。僕が目指したかったのは、フラットでミニマルな空間ではなく、新しい立体性を発見することだった。つくりたいのは、爽やかな竹林ではなく、多様な生命が絡み合うジャングルのような建築なのだ。
こうした違和感は、しばしば縄文と弥生という対比で説明されるかもしれない。僕自身も縄文文化への関心は強い。しかし、この二項対立だけでは、自分の実感を十分に説明できないという思いもあった。
万博と国家の舞台
レイガーデン外観 ©Kenya chiba
そのことを改めて考え始めたのは、 「2025年日本国際博覧会」(Expo 2025 Osaka Kansai)で設計した EXPO ナショナルデーホール「レイガーデン」がきっかけだった。各国のナショナルデーを中心とした催事が行われる劇場・展示施設・ラウンジからなるこの建築は、会場の中でも最も海に近い場所に建っている。
僕は敷地の対岸に見える大阪府堺市の出身である。幼い頃から百舌鳥古墳群に親しみ、大阪湾が古代以来、海外との交流の玄関口であったことを身近に感じてきた。そのため、この建築では、大阪の海が育んできた交流の歴史そのものを祝福する空間をつくりたいと考えた。
百舌鳥古墳群を東側から見る(写真提供 = 堺市)
万博は各国、つまり近代的な国民国家(nation-state)が参加する国際的な舞台である。しかし同時に、現在の僕たちは、近代国家という枠組みそのものが揺らぎはじめた時代にも生きている。国家は依然として世界秩序の基本単位であり続ける一方、その内部にも外部にも、多様な文化や共同体、ネットワークが存在している。万博という場もまた、そのような変化を映し出す場所になりつつあるのではないだろうか。
そうした状況を反映するように、僕は複数のラインが完全には閉じず、緩やかに束ねられる未完結な建築を構想した。建築を特徴づける帯状の構成は、この場所の卓越風の方向に沿っている。卓越風は関西の地形の襞をたどり、紀伊半島と淡路島の間を抜けて大阪湾へ吹き込んでくる。そのため建築の帯もまた、淡路島へ向かって開かれている。
その風景を見ているうちに、淡路島が 『古事記』の国生み神話において最初に生まれる島として語られていることを思い出した。
レイガーデン設計時のダイアグラム。地形や卓越風の流れ、古墳や神社などの位置も書き込まれている。(提供 = 平田晃久建築設計事務所)
日本以前の海
比較神話学では、 イザナギ・イザナミによる国生み神話には、台湾やフィリピンを経てオーストロネシア世界へ広がる創世神話との共通性が指摘されてきた(※1)。この神話の一部に、海洋文化圏に由来する要素が含まれる可能性も論じられている。
もちろん、それを直接証明することはできない。しかし、淡路島に 伊弉諾神宮があり、その対岸の大阪住之江には古くから航海神を祀る 住吉大社が鎮座するという地理的な配置を眺めていると、この海域が古代にさまざまな海人たちの往来する場であったことを想像したくなる。
そして、それは「日本」という国号が成立する以前(※2)の風景である。異なる文化や言語をもつ人々が海を渡り、それぞれの航路を交差させていた風景。そのような「日本以前」の世界が、この大阪湾には今も薄く重なって見えるような気がした。
近年の古代史研究でも、ヤマト王権は単一の勢力が一貫して形成したものではなく、複数の地域勢力の統合や再編を経ながら成立していったと考えられている。また、纒向から河内への政治的重心の移動を重視し、それぞれを異なる王権段階として理解する研究者もいる(※3)。見解は分かれるものの、日本の成立そのものが、多様な集団の統合の歴史であったことは確かだろう。
ここで僕が考えたいのは、日本とは完成した均質な国家や文化の名前ではなく、その成立の直前にあった異質な世界を、完全には消し去ることなく抱え込み続ける構造なのではないか、ということである。
「日本以前」と言うと、単に過去を指しているように聞こえる。しかし僕が考えているのはそうではない。それは、日本が成立するたびに、その内側へ折り込まれながらも、決して統合され尽くさない世界である。海を渡ってきた人々。縄文以来の生命感覚。山や海に結びついた共同体。大陸からもたらされた文化。そして各地の風土。それらは国家によって一つへまとめられながらも、その異質性を失うことなく、日本というものの内部で互いに緊張を保ち続けてきたのではないか。
大阪湾を眺めていると、そんな風景が立ち上がってくるような気がする。海人たちが行き交い、異なる言葉が交わり、まだ「日本」という名前すら存在しなかった海。その風景は過去へ消えたのではなく、日本というものの深いところで、今なお静かに息をしているように思える。
僕はその風景を、「日本直前」と呼んでみたい。この連載では、その異質性が重なり合う風景を手掛かりに、日本文化や建築、そして現代建築について考えていきたい。
レイガーデンの先端から大阪湾を見る (写真提供 = 平田晃久建築設計事務所)
※1:松前健『日本神話の形成』『日本の神々』など。国生み神話とオーストロネシア神話との比較は、その後も比較神話学で検討されているが、直接的な系譜関係については慎重な見解も多い。ここでは、国生み神話の一部に海洋文化圏との共通性を見出す議論を参照しつつ、それを断定的な起源論としてではなく、「日本以前」の海洋的想像力を考えるための手がかりとして扱っている。
※2:「日本」の国号は7世紀後半、天武・持統朝頃に成立・定着したと考えられている。それ以前にも倭・大倭などの呼称が用いられていたが、ここでは近代的な国家概念とは異なる古代王権の自己表象としての国号に注目している。
※3:纒向から河内への政治的重心の移動は広く認められるが、それを別系統の王権への再編とみるかどうかについては研究者によって見解が分かれる。上田正昭らは、ヤマト王権の成立を一枚岩の連続としてではなく、複数の段階や勢力の再編を含む過程として論じている。ここでは特定の王朝交替説を採用するのではなく、王権形成における異質な勢力の統合と再編という観点を重視している。
|ごあいさつ
2025年度6期「驟雨異論」も樫村芙美、藤村龍至、藤原徹平の三氏によるレビューを示すことができました。有難うございました。毎回私は、レビューアたちの日常性から把握される建築時評を楽しみにしています。それは、建築の現場性や状況性がよく分かるからです。ここで、新しい読み手の方も多いかと思うので、改めて「驟雨異論」レビューの仕組みを解説しておきます。1年に3名のレビューアーが、4回の連載を順繰りに展開して執筆するもので、3名のレビューアたちとのシナジー効果も読み手からは興味深いことになります。レビューには、4回の連載のテーマ性が貴重になり、これも読み手が納得して連載の推移を楽しみにするものでもあります。レビューのテーマ性が批評を持ってこそ、論理の展開が面白くなってゆくものです。「驟雨異論」のレビューのユニークさにも書き手の多彩さが見られ、ベテランから中堅、更に若手などによるレビューのテーマ性にもうかがうことができます。2026年度7期の「驟雨異論」は飯田善彦、中川エリカ、平田晃久の三氏が1年間を順繰りにレビューを展開していきます。ご期待ください。
2026/04/10
真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
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