建築時評コラム 
 連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


樫村芙実(かしむら・ふみ)

 
建築家。1983年神奈川県生まれ。2005年東京藝術大学建築科卒業、2007年同大学院修了。八島建築設計事務所、Boyd Cody Architects勤務を経て、2011年小林一行とともにTERRAIN architects設立。2019年より東京藝術大学講師、現在、准教授。
 
主な作品に、AU dormitory(アガ・カーン建築賞ファイナリストほか)、Yamasen Japanese Restaurant(Archi-Neering Design AWARD最優秀賞、グッドデザイン金賞他)、かしまだ保育園(神奈川建築コンクール優秀賞ほか)。
 
URL:
TERRAIN architects

FUMI KASHIMURA #4     2025.1.22

“同じ” に抗うオルタナティブ

写真提供 = 筆者
 ウガンダの大統領選挙が1月15日に行われた。この連載の初回に「 (選挙の)結果は国の情勢に大きな影響を与えるだろう。政治が人々の生活に強く、直接的に影響する国に関わる者として、この変化の時代をどうか平和に乗り越えてほしい。」と書いた。これまでの選挙と同様に、野党の集会では複数の暴動や野党候補者の拘束が起きたが、選挙前より、現行の ムセベニ大統領が当選するのは確実と言われていて、その通りの結果となった。警察と政治を強く結びつけ、長く国を統治していた彼のパワーは絶大にみえる。私たちを含めたウガンダに関わる人々の多くが恐れているのは、その後いつになるか分からない大統領の交代時の混乱である。
 

ウガンダの街中に貼られた大統領のポスター。黄色い部分は「不正な投票はするな」「あなたを支援する」「Yoweri Museveni 2060年ビジョン」と書かれており、下部黒地に白文字は「腹だけ太って後退している」という彼を批判する文面。


 1986年から権力を握っている彼は御歳81、アメリカ大統領も現在79歳であるから、年齢だけが退陣の理由にはならないだろうけれど、彼の場合これまで40年間もその座に居続けていて、そのために在職中に自ら憲法で定められた在職期間すら変えてきた。次にその座を譲ろうと息子の地位も着々と上げている。6割以上が30歳以下と言われるこの国の若者の多くは野党を支持しており、その時がくれば、何かしらの混乱が生じると予測される。
 
 我々の事務所の現在と未来に直接的に影響するので、遠く日本にいながら、現地とのオンラインでの打ち合わせのたびに様子を伺い知るのだが、関わりある日本人の絶対数が少ないために日本語のニュースにはなりにくく、もし目にしたとしても、多くの日本人にとっては、アフリカのいち途上国の汚職にまみれた仕方ない状況として静観されるのがオチだろう。かつて 近藤紘一さんが『 目撃者 近藤紘一全軌跡』(文藝春秋、1987)の中で、諸外国の政況の動向にヤキモキし、その一進一退をおおごとだ!!と叫んだとて、
明日の通勤ダイヤに影響するわけでもなし、外交関係者に漂う特有の空気を「シラけ」と表現したように、その温度差は無理強いして埋められるものではないのだと承知している。
 
 他方、宗主国を含むヨーロッパに住む人たちは、今、アフリカをどのように見ているのだろうか。昨年10月、縁あってチューリッヒで行われたセネガル出身の学者・作家、 Felwine Sarr(フェルウィン・サール)教授の講演会に聴講者として参加した。講演が行われたのは300人規模の講義教室で、興味津々で10分前に中央席に陣取った私の周辺席はみるみる埋まっていき、人数オーバーのために開始時間前に別室が設けられることとなった。
 
 NADEL(ETHのグローバル協力と SDGsゴールを目指し学外機関との関係の中で活動する機関)による紹介、対談形式の本編、止まない質疑、その後の立食の様子からも、シラけた様子は全くなく、熱望するアフリカの生の声を聞いて場内一体が盛り上がる、かなりアツい講義であった。経済学出身で現在は哲学者・作家としての肩書きを持つ彼の近著 『Afrotopia』に基づき、プライドを取り戻すために国境を超えてアフリカ大陸を再度イメージしようというもので、各国の認識はおろか、東西南北の違いもまだ鮮明とは言えない日本でのアフリカに関する議論の、実に一回りも二回りも先を行っていた。唯一違和感を覚えたのは、市内文化研究所に勤務する若い黒人女性(後に名刺を交わした)が質問の冒頭に「まず、この教室を美しく染め上げてくださった教授、ありがとう。」と感謝をのべて拍手喝采となった瞬間であった。セネガル出身の彼が聴衆にアフリカの今を知る機会を与え、多様性を求める中でも稀有なアフリカ色でいっぱいだ、という意味であろうが、日本でもウガンダでも経験したことがなく、欧州全体として持っているアフリカへの罪悪感からくる仰々しい仕草に感じてしまった。
 
 この講演の様子をETHの学生や教員に話してみると、アフリカは大陸として認識する前に多くの国の集まりでしょう?とパンアフリカ思想を先進的すぎると捉える学生もいて、特段の専門ではなく現地に行った事がない学生とでもいち議論できる程度に解像度は高かった。印象深かったのは、オーストリア人都市計画家との雑談で、ディコロナイゼーシヨン(脱植民地化)もサステナビリティも流行り言葉にすぎず、次は地球上で誰がディスポーザブルか探しのゲームだと語っていたことだ。“ディスポーザブル /使い捨て”というほど分かりやすい表現では登場しないとしても、例えば地球規模で環境問題対策を合意するはずの COP(各国が気候対策を交渉する国連の会議)における主に地球の南側から発せられる複数の怒りのスピーチを聞いても、美しい正義感に満ち、世界が一丸となって課題解決!とは言い難く、政治的な利害関係が複雑に絡まっていることは、シラけの中でも気づいてしまう。例えば、ウガンダ政府系の環境保護分野の組織はその規制や影響力を徐々に強めており、長期間化する許可申請に我々も一喜一憂しているが、掲げる大義名分から窺い知れる意義ある活動といったアピールも、実際はそういった制度整備は政府や諸外国からの援助がつきやすいという理由が大きく、制度そのものの有効性や実効性には大いに疑問がある。
 
 政治はその時代の建築の可能性やありようを決定的に方向づける。しかしそれは永遠に持続するものではない。建築を成立させていた状況が、突如として終焉を迎えることもあれば、またその逆もある。比較的不安定な政状下では、さまざまなことが未整備であるという劣等感と、効率的な成長や開発を求める欲求とが結びつき、政府は次々に厳しい制度や規制を敷いていく。その影響は、国家や都市のスケールにとどまらず、個人の日常生活にまで及び、画一化や均質化を強く促していく。単線的な経済成長の先には、豊かで “ cool/格好いい” 先進国が理想像として位置付けられている。我々が建築家としてこの不安定な場所に敢えて関与する意義は、標準化によって唯一の道筋へと収束していく社会に対し、これによってこぼれ落ちる個別性を建築として一時固定することで、個別的な解としての “先例/オルタナティブ” を示し続けることにある。個別に対応できる彼ら自身の力を積極的に使いながら建築をつくることで、十分にコンテクストと結びついた建築を芽吹かせたい。そこに実際に行かなければ決して理解することのできない、特別で、これまで見たことのない建築空間を内包した豊かな場所がたくさんある、それが我々が残し強化したいその地域固有の魅力であるし、未来においても失われないように繋がりを持っていたい。
 
Link :
ETH NADEL "Reimagining Africa" with Prof. Felwine Sarr

|ごあいさつ

 
2024年度 5期「驟雨異論」も無事予定通り配信することが出来ました。レビューする力を示した貝島桃代、難波和彦、山道拓人の各三氏には熱く御礼申し上げます。昨年は、ポストモダニズムを切り拓いてきた建築のイデオローグが相次いで亡くなりました。一つの時代の終焉を象徴的に示すものではありますが、時代は益々「困難な全体(Difficult Whole)」(R・ベンチュリー)の度を増し、建築の危機を色濃く映し出しています。この事態に立ち向かうにはむしろ硬直したイデオロギーにとらわれることのない自在な発想と、そこに生まれる共感こそが強く求められるのではないでしょうか。レビューの場を通して少しでも声を上げていきましょう。2025年度6期「驟雨異論」は樫村芙実藤村龍至藤原徹平の各三氏が一年間を順繰りにレビューを展開してゆきます。ご期待ください。
 

2025/04/10

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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