建築時評コラム 
 新連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


 
黒石いずみ
(くろいし・いずみ)

 
青山学院大学客員教授。大谷幸夫研究室に勤務後ペンシルバニア大学でPh.D.取得。日本大学、青山学院等で建築理論と歴史、設計、デザイン史を教える。香港大学、ロンドン大学、デルフト工科大学、CCA等で客員研究員・教授。著書翻訳に『建築外の思考:今和次郎論』『東北の震災復興と今和次郎』『Constructing the Colonized Land』『アダムの家』『時間の中の建築』、共著に『時間の中のまちづくり』『住まい方事典』『Adaptive Strategy of Water Heritage』『Confabulation of Architecture』。近刊予定に『Design and Modernity in Asia』『The Routledge Companion to Architectural Drawings and Models』『COVID-19の現状と展望:生活学からの提言』

IZUMI KUROISHI #2     2022.08.20

戦後の都市建築デザインの政治史的議論の意義

 
 Covid-19の感染やウクライナ問題をきっかけに、海外で起きる過激なテロリズムや侵略戦争に対する我々の感覚は、大きく変わったと感じる。いまや国内の家族生活や食、産業、教育や文化事業、開発事業やオリンピックなどのイベントが全て、世界の政治的な出来事とつながっていることを意識せずにはいられない。そして、そこには第二次世界大戦から継続する様々な関係性が、いまも根強く存在していることを改めて思う。何気ない穏やかな「日常」の貴重さと同時に、その背後にある自分の価値観や感覚、ものの考え方全体が、決して恒常的なものでないこと、気づきにくい多様な要因に影響されてきたことを見直す必要が増している。 
  
 では、我々はその「日常」生活空間の政治性を、どこまで意識して都市や建築のデザインや研究に反映させてきただろうか?第二次世界大戦前後の、都市や建築の生成に関係する膨大な政治的な事実とそれが現代に及ぼしている影響について、正面から取り上げることを微妙に避けてきたという面はないだろうか?その一因に、国や都市のインフラと建築環境の再建と近代化を当事者として支えてきた為に、話題にしにくい部分があった事は否めない。しかしそのまま話題にしないだけで良いのだろうか?特に都市や建築の計画や歴史研究を行う立場にとっては、これは根本的な問題であり、避けて通るわけにはいかないものだろう。 
  
 アメリカの国立公文書記念館の第二館には、機密指定を解かれて公開された太平洋戦争などに関連する書類、占領期の資料の外交文書や写真、図面、地図、映像などの資料が保存されている。日本だけでなくヨーロッパや中東、アジアの各国の研究者が多数訪れて調査研究を続けており、機密指定された核心の資料が得られなくとも、地道な研究によってさまざまな戦後の都市計画や都市・建築行政、デザイン運動の背景や内実が読み解かれている。日本の国会図書館や大学でも、その資料を複写保存して、読み解く作業が行われている。 
  
 著者もご支援を得てこの時代についてのささやかな研究を続けている。 2016年から参加したイギリスのデザイン史研究者たちによる第二次世界大戦期のアジアのインテリアデザインについての企画では、都市や建築、インテリアデザインの題材そのものだけでなく、雑誌や展覧会などのメディア、通商の場で、日常生活がどのように捉えられ、どのように新しい価値観や造形、文化的潮流が生まれたかが議論されている。例えば、日本の戦後復興に大きな貢献をしたロックフェラー財団が、日本の建築美をアメリカで紹介する  MOMAでの数寄屋建築の展示や、建築界やデザイン界の多くの人々の活動を支えたように、戦後の文化的交流は米国政府による冷戦期の政策の影響を受けてきた。それが実際に日本の都市や建築、デザインにどう反映されてきたかは、被害者・加害者という問題以上に、現代に及ぶ長期的な意味を持つ歴史的事象として読み解きが始まったばかりだ。 

 

1955年にMOMAで開催された数寄屋建築の展示ポスター


 そのような国際的な研究の潮流を考えたとき、上記にあげた日本国内の都市建築研究の限界を思い知る機会があった。近現代史研究では、ご存命の方や近年亡くなられた方を対象にすることが多いが、そのような研究に対して、建築家の名を冒涜し自分勝手に事実を歪める行為ではないか、という批判を目にしたのだった。それはある意味で純粋な建築愛から先達の業績を敬愛し、また建築史の学問的な厳正さのために自明な証拠に限定して推論を排除する立場なのだろう。しかしそもそも、人間的・社会的・政治的要因を伴わない都市や建築の創造行為はあり得ず、そこに建築家が置かれた時代の社会状況が及ぼした影響は排除できない。戦時期や戦後の史料を読み込むことは極めて困難で、注意深く進めるべきではあるにしても、それを研究しようとする意図を否定するのは、建築的創造活動や歴史学への偏狭な姿勢だと言えないだろうか。さらに、今まで明らかになってこなかったものに、真摯にチャレンジする研究を否定して目を塞ごうとしては、それこそ政治的に歴史を歪める行為になるだろう。 
  
 近現代の戦時期を含む建築教育の歴史をあらためて見直す試みも、現在、いくつかの大学や学会で行われている。過去の伝説的な建築家の業績を讃えるだけでなく、幅広い視点や意見を集めて自分達の歴史を批判的に相対化し、さらに現状への問題意識を多世代の研究者が共有することで、ようやくその困難な歴史からの学びが生きてくるのだろう。実は来年は私が所属する日本生活学会の創設50年にあたる。このような記念事業に対して「いつまで古いことを繰り返し称揚して、今和次郎に依存しているのか?」と若手からの批判もあり、新たな取り組みが模索されている。 2023年は関東大震災から 100年にあたる。前述の戦後史問題を含めて、20年代から70年代に至るまでの先達の営為、それから現代に至る都市や建築の生活からのアプローチを再検証するいい機会だと言えよう。しかし 20年代の考現学を 70年代に様々な人々が創造的に展開したのに比較して、現在の我々自身はどうだろうか? 「日常生活批判」の政治的問題意識が改めて大事になっているように思う。

|ごあいさつ

 2021年度の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通りに配信することができました。太田佳代子、布野修司、連勇太郎の執筆者各3氏に改めて御礼申し上げます。それぞれの関わる分野、立ち位置、キャリア、そして世代の違いから見えてくる問題意識の多彩さと語り口に興味を抱かされた一年間でした。本当にご苦労様でした。
 
 2022年度では新たな執筆者の陣容として、千葉学、黒石いずみ、南後由和の3氏が登場します。3氏のシナジーがどのような批評空間を生み出すのか大変楽しみなところです。
 
 これまで建築・都市時評を通して、広く「問題」(批評)の所在を共有することを狙いにウェブマガジン「雨のみちデザイン」に新たなコンテンツとして「驟雨異論」がスタートしたのが2020年。
 
 次のステップとして、そこから多くの思考や批評が反応・応答としてつながることを望みたい。そのためにも、建築系コンテンツのレビュー空間に加わるべく、2022年度より「驟雨異論」をnoteからも配信していきます。noteでの「驟雨異論」ではレビューアー別に時評が構成され、アーカイブ性を保つことで、レビューアーの持ち味に出会えるものとしていきます。
 

2022/03/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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