雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
presented by  株式会社タニタハウジングウェア
 建築時評コラム 
 新連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


 
野沢正光(のざわ・まさみつ)

 
1944年東京生まれ。1969年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1970年大高建築設計事務所入所。1974年野沢正光建築工房設立。現在、横浜国立大学建築学科非常勤講師など。主な作品として「熊本県和水町立三加和小中学校」「愛農学園農業高等学校本館」「立川市庁舎」「いわむらかずお絵本の丘美術館」など。著書に「環境と共生する建築」「地球と生きる家」「パッシブハウスはゼロエネルギー住宅」「住宅は骨と皮とマシンからできている」など。

MASAMITSU NOZAWA #4     2020.2.20

負担が作り出す「コモン」

 

(提供=野沢正光建築工房)

 
2021年の春に至りました。驟雨異論への寄稿の誘いを受けすでに約1年、今回にて終わりとなります。ありがとうございました。この1年、驟雨はまさに終わりの見えないコロナと並走することとなりました。息をひそめるような長く終わりの見えない時間、これがこれからの社会に何をもたらすのか、何ももたらさないはずはありません。今は何もわかりません。ただし、このこと自体が大きな変革のはじまりであることは間違いがないことであり、私たちの在り方に大きな変革が求められている、そして私たちはその大きな変革をしなくてはならない、今回の事態はそれを知らせている、のかもしれません。1年を経てコロナの終息はいまだ見えません。今、私がこの稿を起こす今、1月の末、災禍はこれからますます大きなものになる気配でさえあるとも思えるのです。

 
翻って考えます。ほぼ1年にわたって考えたこと、ここに書き記したことがこれまでの社会の中に沈殿する無意識下の悪しき仕組みについての私なりの思いであったのではないか、こうなったのはこのコロナ禍という空気の中での思索の結果かもしれません。あるいは与えられた「驟雨異論」というお題のせいであったのかもしれません。
 
これからの社会の姿は、必ず夢想せねばならないのです。夢想するために気になることのいくつかを記すことが仕事であったということでしょうか。私たちにとりこれからの社会はどのような姿であってほしいのか、それを確たるものでとして今考えることはもちろんできません。今考えてみる、そして試みてみる、それらの事々が少しずつ積み重ねられ実現され検証される中でこれからの社会は作られていくことになるのですから。
 
もちろんカッコつきではあるのですが、戦後の高度経済成長の懐かしい記憶、成功体験があまりにも大きく、結果として積み上げられた既存の規範が重く圧し掛かり曲がり角に来たはずの社会の変革を妨げている、そう思うのです。劇的な人口増はすでにピークを過ぎ、逆に劇的な人口減少社会に突入していることは巷間言われているとおりです。ジェットコースターは経験のないスピードで急降下しているのですが私たちはそうは思いたくない、昨日と同じ今日であるはずだ、という感覚のマヒした乗客なのです。昨日までの社会は批評し新たな規範なりルールを考え試みることがとても難しい社会であったように深刻に思うのです。
 
先日、あるメディア関係者と話をする機会がありました。私が目下上梓しつつある郊外についての、わけても郊外の荒廃についての本のことが主な話題でした。この著作の一部序論部分はnoteにアップされていますのでweb上でお読みいただけますから趣旨はここでは触れないでおきますが、私が著作で指摘するこれほどまでの郊外の風景、景観を改めて既存の眼とは異なる「コロナ後の眼」で見たいと思うのです。敷地の極端な狭小化とそこに建つ住宅の腫れあがったかのような巨大化、郊外がこれほど混沌とすることに至った時間その経緯についてです。果たしてここまでのことの責任はどこにあるのか。彼はジャーナリストらしく「野沢さんたちの世代のせいだ」といいました。
 

note「郊外を片づける-住宅はこのまま亡びるのか」
 

高度経済成長が作り出した郊外の住宅地の風景


経済優先、グローバリズムの中でこの国の目的を失ったとしか思えぬ混乱は郊外にその姿を記すばかりではありません。都心部の混沌はさらにその上をいくものです。例えば、 渋谷の乱立する建築群の作る混乱し収拾のつかない風景に顕著であるでしょう。 銀座通りの街並みがいつの間にか今までの2倍ほどに高層化した姿にもそれはあり、見渡せば 室町日本橋周辺の変貌にもあります。もちろん 東京駅周辺も同じことであり、近代建築史にその名前を刻む建築物の背後には容積率により膨らみ切った超高層ビルがあります。残された歴史的建築物はその表皮を言い訳のように残すのみと言っていいのです。それらどれもが経済優先の結果として存在します。ここだけは既存の規制を大幅に忘却する容積率ボーナスがまかり通る、都市の記憶を抹殺する、忘却することを私たちに強いる残酷な風景なのでしょう。
 
強いて言えば明治期以降の都市計画を下敷きにしていることでなんとか都市的構造を持ちその構造の中で踏みとどまっているのかもしれない 丸の内、銀座、日本橋地区に比べ、渋谷という自然発生的で民間企業による経済主導的エリアがたどり着いた混沌とした秩序なき集積が見せる混乱は社会がいつの間にかコントロールすることを忘れその方策を放擲してきた究極の結果なのではないかとさえ思うのです。渋谷には近づきたくない、という会話はあちこちで耳にします。
 
ここでもう一度考えます。建築は単独では非力でしかない。社会は「私」の持ちだす「負担」により作られる「共」により構成されます。そこには社会的コンセンサスの構築があり、それに私たちの総意が反映されていなくてはなりません。総意とは協議を重ね合意した試みのことをいうのでしょう。いまこの国には「共」であるはずの都市計画、地域計画が経済のしもべとしてしか存在せずいわば蹂躙されている、そう考えるべきではないか、と思うのです。この不在これを上回る経済という原則に支配されているとき建築はいくら頑張ってもそれは実にささやかな内向きのものにしかならないのではないかとの述懐です。私を含め建築家や建設業に携わるものたちは、もちろん社会にとり有益で意味のある仕事がしたいのです。
 
 
 

中央に園路を持つソーラータウン府中(2020年8月撮影/Ⓒ相羽建設/Photo = Emotional image)


 
ご報告です。昨年秋の 2020年度GOODDESIGN賞において、驟雨異論# 2で触れた 「ソーラータウン府中」がグッドデザイン金賞に輝きました。分野を横断する 5000近い応募の中、ベスト 20、栄えある顕彰です。正直かなり驚きました。かかわってくださった方々、お住いの方々に心から感謝です。
 

● 2020年度グッドデザインの受賞結果
https://www.g-mark.org/award/describe/50889
● ソーラータウン府中のドローン動画
https://www.youtube.com/watch?v=21sXYVem2V4&feature=youtu.be

 


ベスト 100に選定されたのちに 4分間のプレゼンテーションが義務付けられ短い時間の中でプロジェクトを説明せねばなりませんでした。このときの私のプレゼンは YouTubeupされていますから是非ご覧ください。プレゼンの内容を考えながら、どうしてこのプロジェクトは竣工からそう長くはない時間の中で、それも偶然にここに住むことになった 16世帯の人々をこんなに緩やかに見事に繋ぐ力を持っていたのだろう(自分で言うのもおこがましいのですがあえて言わせていただきます)と考えました。我々が任務とするところで、できるところは「もの」を作ることまでであり物理的環境を作ることにとどまる、それがここに暮らす人々が知りあい緩やかに繋がることを果たしている、我々が考え実現した家と家の隙間にちょっと手を加えた「園路」おそらくそれがあることをきっかけにし人々が近しい関係を結び、寄り合いバーベキューを頻繁に開いている、そんなことが起きている、ということは聞き知っていました。
 
のちに聞くところによると、グランドピアノの音についてのこんなエピソードまでもあったのです。レッスンが一段落したとき窓の外からどなたかの拍手が聞こえてきた、気が付くといつもは窓を閉めてのレッスンがこの日に限り、締め忘れた小窓からピアノの音が漏れていたというのです。この方はこの拍手によって閉め忘れに気づいたというのです。騒音ととらえられるピアノの音です。お隣にはどんな人が住みどんな生活をしているのか、お互いにお互いを知っていることからだけ生まれる交流なのでしょう。もう一つ最近聞き知ったエピソードがあります。 「大学生の息子に小学生の子供たちが遊びに誘いに来る」というのです。小学生の子供にとり大学生はもう大人、大きいお兄さんなのかもしれません。世代を超えた人と人との交わりが教えてくれることは双方にとりたくさんあることです。住宅地が本来持っていた交流、しかしこれも今日多くの住宅地で失われているものと考えていいでしょう。特に新しい住宅地では望むべくもないことなのではないでしょうか。この 16棟の住宅地では人々が住み始めわずか6,7年でこんなことが起きているというのです。
 

住民の共を育む場となった園路(Ⓒ相羽建設)


園路という「もの」を工夫したのは私たちです。しかしそれがこのようなことにつながるとは計画の当初から私たちが予想していたわけではなかった、といっておくべきでしょう。
 
なぜだろうか。私はこんなことを考えてみたのです。ここで起きたことの本質は「負担」とそれによる「利益」ということにつながることなのではないか。
 
この住宅地は 16戸の住宅が計画され 16分割された土地により構成されています。園路はこれら 16戸の住宅所有者が自ら所有する土地の一部を「地役権」設定し共有化しているのです。平等に等しく供出することにより成り立っているいわば「コモン」がここには現出していると考えられるのです。ですからここに住むことは明らかにほかの住宅地とは異なる「負担」があるということになります。私は「負担」をしている、そしてその「負担」はここに住むほかの 15世帯の人々も同じ様に同じだけ担っている、「そのことを私は知っている」そしてこの「負担」は私に明らかで具体的な「利益」をもたらしている。きっとこのことが人々をつなぐことになっているのではないか、と思うに至ったのです。
 
大きく考えると民主主義社会は公益と私益の天秤の上に存在する、私益の一部を公益のために負担する。それにより何らかのコモン=共通の利益が形作られる、税はその典型でしょう。政府、都道府県市町村など行政という組織もそうしたものと考えられるでしょう。しかしたとえば税という「負担」が共通の利益と密接につながる実感は実は乏しい、市議会議員の選挙にもそんなに興味を持つことがない、それは負担と利益の応答があまりにも遠く、あまりにも規模が大きすぎることによるのではないかと思うのです。ちいさなコミュニティが作る目に見える形での「負担」、とそれにより享受することになる目に見える「利益」、これがスケールを重ね段階を踏みながら地域、市域、県域、国とつながることがあれば人々の「負担」に対する考え方、そしてそれに伴い当然得るべき「便益」についての構えも当然のように違うものになるのではないか、と壮大に考えてしまいました。
 
府中にはきっと小さなしかし具体的な 「社会=コミュニティ」ができた、私はそう考えたのです。
 
この仕事に至る道のりはいくつかの偶然によるものでした。都の企画したプロポーザル、東村山での 「むさしのiタウンプロジェクト」をきっかけとして工務店との共同による街にかかわる仕事を模索し始めたのです。今回のことを通じ、少しだけ都市計画を思い地域計画を思う、そんなことを建築を作ることとかろうじてつなげる試みにたどり着いたのかなと思うのです。これからの人口の急速な縮減を迎える社会の中でこそ地域を整え地域を作り地域を生きたものにすることが必ず求められます。ソーラータウン府中で見聞きしたことは私にとってきわめて大きいきっかけはきっとここにある、そう思いたいのです。
 
コロナ後の社会を考えることは私たちの責務です。考え続けたい、試み続けたい、と思います。
 
一年弱にわたりお読みいただきありがとうございました。コロナの終息とその後の社会が安寧であることを祈ります。

|ごあいさつ

 建築・都市への批評の場が少なくなって久しい。場の消失は、さらに批評の衰退を加速させてきました。
 しかし今、批評を必要としている時代だからこそ、批評を共有する機会をつくり出さなければなりません。
 そこで『雨のみちデザイン』では、細やかながら建築時評の場を設けました。
 2020年度の1年間は、北山恒、野沢正光、山本想太郎の3氏の執筆者が、順繰りに3ヵ月おき各4本の建築時評を連載します。
真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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