雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
presented by  株式会社タニタハウジングウェア

五十嵐太郎
 
いがらし・たろう:建築史家、建築批評家。1967年生まれ。1992年、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学教授。「あいちトリエンナーレ2013」芸術監督、「第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館」コミッショナー等を務める。2014年「第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞。『日本建築入門-近代と伝統』(筑摩書房、2016年)ほか著書多数。
2018/5/31   

6th Anniversary Special Talk
屋根の時代を巡って  — 近代の底が抜けた時代からの再生(2/3)
 
・ゲスト:五十嵐太郎(東北大学教授)、堀啓二(共立女子大学教授、山本・堀アーキテクツ)
・モデレーター:真壁智治

 

変わらずあり続ける「屋根」という存在

 
五十嵐:屋根は、建築を構成するさまざまな部分の中でも最も変わりにくい部分だと思います。たとえば、壁などは使っていくうちにどんどん使い倒されていって変わっていきますし、加えられることもあれば、取られることもあります。けど屋根は、その形状が変わっていくなんてことは、ほとんどありません。
 
 それを痛感したのは、あるお寺の庫裏の実施コンペで審査員を務めたことがきっかけでした。短い期間にも関わらず、たくさんの応募があったので、短時間での一次審査を求められたのですが、僕は屋根に照準を絞って見ると決めました。宗教建築は屋根にアイデンティティが強く出ると考えたからです。
 
 そこで選んだのが宮本佳明さん(1961-)による『屋根・100年』という提案でした。宮本さんの提案は、100年間変わらないコンクリートで力強い屋根を作って、屋根の下の木造は、使い方によって変わっていくというものでした。二次審査の結果、この案が一等になって2009年に竣工したのですが、確かに屋根というものは、長い時間の中でも変わらないアイデンティティをつくるには、非常に有効な部位だなと思ったわけです。
 
堀:確かに屋根のシルエットは、時間が経過してもほとんど変わらないものですね。ファザードが変わることがあっても、屋根は変わらない。それが場所特有の景観をつくり出しています。

「ポンピドー・センター-メス」(設計:坂 茂)
(photo = Didier Boy de la Tour)


堀 啓二
 
ほり・けいじ:1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、同大学教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。
真壁:そう考えると、 坂茂さん(1957-)や伊東さんや取り組まれているようなシェルも、屋根としては可能性がありそうですね。特に木造シェルというものはこれからもっと出てくるように思います。坂さんの2013年にコンペを取られて現在建設中の 「スウォッチ・オメガ本社」の木造シェルは圧巻です。屋根が人をつなぐ新しい機能を持ち出しています。
 

「アイランドシティ中央公園ぐりんぐりん」


堀:私もそう感じます。モダニズムでフラットになった屋根は、 “第二の大地”としての機能を持ち、人々にうるおいと豊かな環境をもたらしました。最近では、伊東さんの 「アイランドシティ中央公園中核施設 ぐりんぐりん」(2005)のような波形の屋根や、地面が盛り上がっている、人が登れる丘のような屋根もつくれるようになってきて、屋根がつくる空間も豊かになってきています。僕らが学生のころでは、技術的にも考えられなかったですから。より構造や材料が発達していくと、形態の表現がより多様になっていく可能性は、まだまだあると思います。
 
真壁:これらの建築物のなかでも、個人的に僕は、集合住宅 「NISHINOYAMA HOUSE」(2013)や 「北斎美術館」(2016)など、妹島さんの建築に突然、屋根が多用されてきたことに、びっくりしました。さらに、2017年の日本建築学会賞(作品)を受賞した三分一さんの 「直島ホール」(2016)の屋根などは、空気を引っ張り上げたり(吸気効果)、屋根として相当新しい機能を持たせてきていることにも、驚きました。いずれにしても三分一さんは屋根を全面的に主題にして作品をつくっている屋根派です。屋根というものは原初的な意義に留まらず、新しい機能を付加させていく可能性も考えられるのだと考えさせられます。

「「NISHINOYAMAHOUSE」」(設計:妹島和世)
(photo = iwan baan)

 

堀:そう考えると、たとえ同じような形の屋根を持っていたとしても、まったく違うものになるということですね。同じ形の屋根でも、型としての家型であるポストモダン建築と、機能としての家型である今の建築が違うように。そういう比較からも、より時代の変化がわかりますね。
 
五十嵐:僕はここにある中で、一番驚いたのは「豊島美術館」(2011)でした。これまで2回行って、そのうち1回はものすごい豪雨の日でした。シェルの屋根がかかっているだけで、屋根に穴もあいているし、入口のドアも開いているので、雨も風もじゃんじゃん入ってくる。これは建築なのか?と、考えてしまうくらいで。内部の床からは、内藤礼のささやかな水滴が出てるのだけど、そんなものは、もう認識できないくらいになっているわけです。

「豊島美術館」(設計:西沢立衛)
(photo = cotaro70s)

「イエノイエ」

五十嵐:「豊島美術館」は、ある意味、ディテールがありません。学生がつくった簡単な模型のような、自由度の高い形態そのものです。でも、小さいバージョンのほうは出口付近にショップがあって、そこは室内をきちんとつくらないといけないから、開閉する部位のディテールが否応無しに発生していて、これは建築だとなる。建築か、そうでないかをいろいろと考えさせらえました。
 
真壁:掘さんは、コンペもふくめていろんな建築を考えこられてきたなかで、やはり屋根というものは相当に考えられてきていますね。やはり、近年は刺激的なテーマとなっていますか。
 
堀:伊東さんではないですが、今は、屋根はもちろん、構造と空間がすべて一体となってはじめて良い空間ということになってきていると思います。
 
 モダニズムのときは、構造と空間がまだプツッと切れていました。あの時代のピロティというものが“大地の開放”だったとしたら、家型ではなく陸屋根というものは、“空の開放”あるいは“屋上の開放”だったと思います。その後、それは普遍化していったのですが、屋根はそれ以上には進化していきませんでした。
 
 ポストモダンへ移って、今度はその批評として屋根の引用がされました。そのあたりをぐるっとひとまわりして、屋根が豊かに語られるようになってきたというのが、2000年ごろからの徴候なのだと思います。奇しくも、そういうことが五十嵐さんがおっしゃっていたように、平田さんの「イエノイエ」も含めて、“住宅”からはじまったということが面白いですよね。住宅は建築、建築は住宅なんだということを物語っています。
 
真壁:モダニズムは屋根を“第2の大樹”と言いましたが、そういう意味合いも引き継いぎながら、やはり屋根が重要な要素なんだということが、本当に見直されてきたと思います。3.11を経て「大きな屋根」が私たちの心を支えるものとして、再認識されたと共に、新たなバナキュラリズムが、今、まさに屋根からはじまった感があります。
 

取材日:2017年8月3日

編集:大西正紀 / mosaki

 

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五十嵐太郎
 
いがらし・たろう:建築史家、建築批評家。1967年生まれ。1992年、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学教授。「あいちトリエンナーレ2013」芸術監督、「第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館」コミッショナー等を務める。2014年「第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞。『日本建築入門-近代と伝統』(筑摩書房、2016年)ほか著書多数。
 
 


堀 啓二
 
ほり・けいじ:1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、同大学教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。
 
堀啓二さんの別連載も、お楽しみください!