雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
presented by  株式会社タニタハウジングウェア

五十嵐太郎
 
いがらし・たろう:建築史家、建築批評家。1967年生まれ。1992年、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学教授。「あいちトリエンナーレ2013」芸術監督、「第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館」コミッショナー等を務める。2014年「第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞。『日本建築入門-近代と伝統』(筑摩書房、2016年)ほか著書多数。
 

「窓学10周年記念 窓学展 -窓から見える世界-」ポスター

2018/8/17   

6th Anniversary Special Talk
屋根の時代を巡って  — 近代の底が抜けた時代からの再生(3/3)
 

ゲスト   :五十嵐太郎(東北大学教授)
       堀啓二(共立女子大学教授、山本・堀アーキテクツ)
モデレーター:真壁智治
 

日本の気候と雨と屋根

 
真壁:五十嵐さんが総合監修を務められていた「窓学」があるのであれば、今日話しているようなことを含めた「屋根学」というものも構築できると思います。純粋な計画学としてではなく、歴史やデザインを包括的に捉えたもの。そういうことがこれからはますます求められていくと思います。
 
五十嵐:「屋根学」はできると思います。そこで、大学の僕の研究室では、家型研究のときに、屋根を形態論として取り組みました。
 
真壁:「屋根学」とは、建築だけの話ではなくて、ある種の雨の生態ということまでも含めたり、文化人類学的な視点や人間の記憶などのさまざまな幅を持たせることができそうです。
 
堀:設計をしていく上で、雨は切っても切れないものです。だからこそ実は一番重要なんです。どうしたって雨は降るし、雨はどうにかして地面に導いていかなくてはいけない。でも設計をしていると、なかなか後回しになりがちです。
 
五十嵐:東北住宅大賞という賞の審査員をこの10年ほどやっているのですが、東北エリアの住宅は、雨はそんなに降らなくても、雪が降ります。その雪をどう処理するか、どうためるのかを考えなくてはいけないのですが、雪もある意味で雨だと思いました。少し固体化しているので、とてもゆっくり流れる水というか。独特な存在です。
 
真壁:ゆっくり流れる水! おもしろい表現ですが、確かにそうです。いかにゆるやかに流すのか、ですね。
 
五十嵐:去年インドネシアへ行って、現地の建築家たちが設計したいろんな建築を見てきたのですが、いろんなところに隙間があって、密閉されていませんでした。豪邸であってもセキュリティーは違うところでかけていて、家そのものは隙間があってもいいという考えでつくられていました。本当に驚きました。密閉されていて気密性を高めることよりも、とりあえず隙間があるくらいで開いているほうが、空気も流れていいよねと。建築全体がそういう考えでつくられていました。

「サラバイ邸」(設計:ル・コルビュジエ)
(photo = Didier Boy de la Tour)


堀 啓二
 
ほり・けいじ:1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、同大学教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。
 
 

絵本『あなたのいえ わたしのいえ』表紙

堀:インドなどでも、ほとんど開けっぴろげですね。屋根さえあればいいという感じです。日陰があれば、そこが一番涼しい場所になりますから。だからインドにあるコルビュジエの建築は、ほとんど外部みたいなものです。ただ、雨季ははっきりとある。だから、そのときのためにガーゴイルを付けて、外に流し出す。
 
 日本も昔はそうだったんです。高温多湿だから開けっぴろげで、いかに外から換気を取るかを考える。本来は、同じように屋根さえしっかりしていれば良い気候なんだと思います。町屋は別ですが、自然通風を主としたが故に、民家は十分な自然環境の中で建っていました。そのため、雨は自然に流しても、他の家に迷惑をかけずにすんでいました。だから、日本の建築にはそもそも「とい」がなかったのです。それが美しいシルエットをつくり出していました。
 
五十嵐:雨が降るところには、やはりまず屋根が必要です。先日、かこさとしさんの絵本『あなたのいえわたしのいえ』を読んだのですが、そこではある意味哲学的に、家とはそもそも何なのかということが描かれていたんです。
 
 そこでも、最初に雨露をしのぐ屋根があったというところからはじまるんです。日本ではそれがまず大切で、そのあとに壁が入っていく。
 
真壁:日本に昔からある藤棚の下に家族が憩っているイメージや、今の屋根への関心というものはすべて、つながっているのだと思います。
 
 堀さんは、このウェブマガジンで雨のみちのディテールを探索しながら、もう数年経つわけですが、やはり改めて雨や屋根を通して建築を丁寧に見るということにつながっていますか。
 
堀:そうですね。雨のみちである樋は、建物の外観の良し悪しを決める重要な要素のひとつです。改めて見ていくほど、本当にみなさん、雨のことをよく考えていると感じます。やはり雨のことを考えている建築は美しいし、考えていない建築は美しくないです。

 

真壁:ここにパノラミックに並べた建築写真を総覧してくと、少なくともこの中には、あまりきちんと雨のことを考えていないものも潜んでいるのだと思いますが、日本に連綿とあった屋根の文化、これを脱モダニズムから、今、捉え直そうという動き、海外との対比などのなかで、改めて五十嵐さんは、屋根をどう捉えられていますか。
 
五十嵐:屋根は特に近代以前はより地域性を表していました。ゼロ年代以降にまた屋根への関心が出てきたのは、いわゆる美しい景観論のような感じがあると思います。もちろんそういう側面があっても良いと思うのですが、同時に機械的に屋根さえつければ良い、というような意見もあるので危惧しています。
 
 伊藤滋さん(1931-)が、日本の街並みは醜いとおっしゃっています。屋上に室外機がいっぱい出ていて醜い。だからすべてのビルに三角屋根を付ければヨーロッパみたいな街並みになる、と書いていらして、それはちょっとひどいなと思いました。もちろん景観のなかでの話なのですが、それでもビルに三角屋根をいくらかけても絶対にヨーロッパのようにはなりません。屋根というものが、ナショナリズム的な意味や美しいものの記号として、無思考な状態で増えていくのは、少し怖いと思っています。
 
真壁:屋根のファッショ化ですね。
 
 ところで、近年、アジアの国々を見ていくと、屋根にはどんな傾向にありますか?
 
五十嵐:アジアでは、高層の集合住宅がガンガン立っているのですが、周回遅れのポストモダンのようになっていて、妙にデコラティブなスカイラインが増えている状況です。シンガポールなどでも日本の常識では考えられないようなタワーマンションをスターアーキテクトたちが設計していて、次々と立ち上がろうとしています。
 
 それらの頂部を屋根と表現すべきかはわかりませんが、遠くから見てもわかるある種の形態的な特徴を屋根につくっているわけです。ただ、それはアイコンではあるけれども、空間ではないと。 真壁:その自体もまた、屋根のファッショ化と言えなくもない。
 
堀:シンガポールのようにはいかなくても、日本の場合でも、やはりすごく象徴的、シンボリックな形で屋根がつくられてきていると思います。それは当然、外から見た景観ということが重視されてきたと思うのですが、もはや環境の時代に入っているからこそ、これからは屋根自体が何にどう機能していくかということが重要になっていくと思います。
 
 たとえば、石油に替わって水をどう確保するかということが、世界におけるテーマになりつつあります。その中で、屋根というものは唯一雨水を受けて、それらを集積できる機能を持っているものです。

 

堀:オーストラリアのグレン・マーカットさんがつくっている建築がそうなのですが、彼の建築は屋根自体が雨水を集積させるものなんです(右:一枚の大屋根で効率よく雨水を集める「サザンハイランドの住宅」(グレン・マーカット/2001))。この建築は水の少ないオーストラリアに建っているのですが、屋根自体が雨水を受け手、貯水槽があって、飲み水を確保しています。その機能を果たすために、屋根がとても綺麗につくられています。屋根の機能と形態が一致していて、これからのあるべき姿のひとつを示していると思います。 真壁:これから僕は、屋根の時代における“屋根の系譜学”みたいなものを追いかけていきたいと考えています。これからの時代を切り開いていくシンボリックな言語が、おそらく屋根から生まれてくるのかなという気がしてならないからです。
 
 屋根も、TNAによる「上州富岡駅」西沢立衛さんの「熊本駅東口駅前広場」アトリエ・ワンによる「JR北本駅西口駅前広場」に見られるような高い天蓋のような屋根があります。こういったプリミティブな屋根も含めて、屋根がどういう人の行動や心にどういう視覚的アフォーダンス効果を持つのかが知りたい。つまりは屋根の力を科学する時代に入っていくのではないかということです。  本日は、どうもありがとうございました。「一つ屋根の下」に見られる屋根の力もこれからも議論をしていきましょう。
 
(2017年8月3日/東京・表参道にて収録)

五十嵐太郎
 
いがらし・たろう:建築史家、建築批評家。1967年生まれ。1992年、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学教授。「あいちトリエンナーレ2013」芸術監督、「第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館」コミッショナー等を務める。2014年「第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞。『日本建築入門-近代と伝統』(筑摩書房、2016年)ほか著書多数。
 
 


堀 啓二
 
ほり・けいじ:1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、同大学教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。
 
堀啓二さんの別連載も、お楽しみください!