雨と生きる。雨を活かす。雨の文化創造を考える。

 
presented by  株式会社タニタハウジングウェア
門脇耕三

 
かどわき・こうぞう:建築家、建築学者、明治大学准教授。1977年神奈川県生まれ。2001年東京都立大学大学院修士課程修了。東京都立大学助手、首都大学東京助教などを経て現職。専門は建築構法、構法計画、建築設計。建築の物的なエレメントへのまなざしに根ざした、独自の建築論も組み立てている。著書に『ふるまいの連鎖:エレメントの軌跡』(TOTO出版,2020)、建築作品に《門脇邸》(2018)など。
 

堀 啓二

 
ほり・けいじ:1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、同大学教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。

公開:2021/4/30(取材:2019/7/22)

Special Talk

構法から探る
木造建築の過去と未来

ゲスト

門脇耕三(明治大学理工学部建築学科准教授、構法計画研究室)

堀啓二(共立女子大学教授、山本・堀アーキテクツ)

モデレーター

真壁智治(雨のみちデザイン監修者)

編集

平塚桂(ぽむ企画)

なぜ今、木造建築が注目されているのか

 
— 近年は大規模木造建築が活性化しつつありますが、お二人は近年の木造建築の潮流をどう捉えられているのでしょうか。少し遡ってお話ください。
 
門脇:僕の専門は建築構法ですが、日本の場合はその知識体系の基本となるのは木造建築です。ただ木造にそれほど詳しいわけではないと前置きした上でお話しします。近年木造建築が活性化しているきっかけは2000年頃の木造建築に関する法改正だと思います。
 
内田祥哉先生がおっしゃっていたことですが、日本は木造の国でありながら木造が冷遇される時代が長く続いていました。特に中規模以上の建物は一切木造では建てられず、RC造の建物こそが正当という時代が続いたのですね。一時期はアカデミズムでも木造の研究者がほぼいなくなり、火が消えたと言っても過言ではない状況でした。もっとも大学人や大学を卒業した設計者・技術者があまり関わらない大工さんたちの世界は残っていました。いわゆる4号建築は、戦後の住宅不足のなかで小規模な木造を一般の人がつくる分にはしかたがないと特例的に扱われ、放っておかれた節があります。ところが1990年代ごろから状況が変わり、大規模な建物も木造でつくられるようになってきました。しかし、そうした大型木造は伝統的なものとはどうも違うようでした。
 
僕は1996年に大学に入学したのですが、その頃は金物のジョイントを使った大規模木造建築が注目されていて、新鮮さを感じると同時に少し違和感をもって建築雑誌を眺めていた覚えがあります。
 
堀:私の場合は教えていただいた先生に木造に取り組んでいる方が多かったので、木造建築が比較的身近にありました。構法も、在来軸組工法を基本に、木造から入りました。
 
1980年代から、少ないながらも大きな木造建築というのは生まれていて、たとえば大工棟梁の田中文男さんが伝統的な木造技術を背景に、体育館など特殊なビルディングタイプにも取り組まれていました。芸大の先生だった片山和俊さんが設計した「彩の国ふれあいの森 森林科学館・宿泊棟」(1994年)あたりから丸太など自然の木を活用した大規模木造建築が増えていったと記憶しています。かつては三寸、四寸角といった流通材しか使えなくて、大空間でもヒューマンなスケールが保たれていましたが、今は良くも悪くも多彩ですね。
 
— その多彩さには、構造家とのコラボレーションによる影響もありそうですね。
 
門脇:木造の構造設計は、ディテール次第でかなり考え方が変わります。たとえば稲山正弘さんはめり込み理論を考案し、古典的な日本の大規模木造がなぜ構造的に効くのかを理論化しました。金物でおさめるのとは全く違う、日本の伝統に則った考え方をされていて、独特で面白いと思います。稲山さんが構造設計を担当した「アキュラホーム埼玉北支店」(2016年)などは、まさにその考え方があらわれた作品です。一方で現在の多くの大規模木造においては、集成材を用いて部材に構造的な耐力を担保し、剛接合で組んでいく手法が主流です。鉄骨造に近い考え方ですね。
 
— 少し短絡的かもしれませんが、僕は昨今の木造建築の活発な動きにモダニズムそのものを突破していく期待感のようなものを見るのですが、活性化している要因にはどのようなことがあると思われますか?
 
門脇:ひとつは環境問題です。CO2排出量を抑えるために、二酸化炭素を固着できる木質材料を使いましょうという潮流です。ただそこに僕は疑問を抱いています。以前、小泉雅生さんなどと建物のライフサイクル上のCO2排出量マイナスを目指す実験住宅「LCCM住宅」をつくったのですが、そこでは人工乾燥をかけた木材ではCO2の収支が合わず、天然乾燥の材は反ってしまうので活用しづらいという矛盾に突き当たりました。単純に木材を活用するだけではCO2削減にはならないので、生産の仕組みを含めた更新が必要です。
 
もう1つは木材資源の循環です。戦後、木材を大量に使ったところ、森林資源が枯渇したので植林をしました。しかし植林後30年は木材を採れないので輸入材に頼っていたところ、輸入材のほうが安く手に入るので、国産材が売れず山が更新されなくなりました。それが問題として認識され、山を循環させるために木材を使おうという動きが出てきました。これは長らく言われてきた問題ですが、近年ようやく市民権を得て若い建築家なども取り組むようになり、今のような状況になってきたのだと思います。
 
— ここ数年で状況は変わりましたね。たとえば全国の工務店にも、中規模木造建築のマーケットに出ていこうという動きが見られるようになってきました。つくる方も設計する方も、あるいは発注する側も、木造建築に関心が向きはじめています。
 
堀:かつて植林された木材が育ち、中径木が採れるようになっているので、集成材として活かそうという議論があります。しかし集成材にしてしまうと原価率が下がってしまい、伐採後の植林にまわす資金がつくれないほどだといいます。
 
門脇:一方で今、日本の現場の技術レベルは目に見えて落ちています。日本の建設技術が高いと言われていた背景には木造技術がありました。たとえばRC造の建築が非常に高い精度でできていたのは、型枠などに木造技術が投じられていたからですよね。
 
堀:工法が単純化されているので技術が継承されません。どこの現場も職人不足を嘆いています。
 
門脇:松村秀一先生によると大工は年間2万人ペースで減っているそうです。若い世代の人口が減り、職人の世界に踏み込む人もどんどん少なくなってしまい、しかも住宅が建てられなくなっている。その反面、建築学科への入学者は年間1万2000人もいるので、松村先生などは建築学科から実際に建物を建てるような人が出れば良いと言っています。僕もそれには同感で、実際に若い方でCLT加工機などを駆使して材料調達・加工から施工まで一気通貫でやろうと試みる人も出てきました。
 
— 一方で木造でも和室に用いられる技術などは先が暗い状況で、日本建築学会に「日本建築和室の世界遺産的価値特別調査委員会」 という委員会ができて、和室を日本食のような無形世界遺産にしようという動きもあらわれました。
 
門脇:和室に関わる技術で言うと畳屋は減少していますし、襖の張替えなどが行われないので経師屋もほとんどいなくなりました。また和室に馴染みがない学生が増えていて、床柱を「ゆかばしら」と読んでしまうような間違いも散見されるようになりました。戦後しばらくのあいだは、RC造など西洋由来の近代的な技術でつくる建物に和風のデザインをいかに取り込むかは建築家にとって重要な課題でしたが、現代の建築にはそのような工夫はほとんど見られません。それだけ和室は縁遠いものになったということです。
 

書籍『和室学 - 世界で日本にしかない空間」 (住総研住まい読本)(編:松村秀一、服部岑生/平凡社/2020)。日本建築和室の世界遺産的価値特別調査委員会での成果がまとめられている。

 

地域の生産体系にひもづけた、木造建築の可能性

 
— 堀さんは木造建築の課題や可能性をどう捉えているのでしょうか。まずは設計事例を通してお話しください。
 
堀:南相馬市小高区復興拠点施設「小高交流センター」(2018年)は地方の公共施設です。これまで目立った公共建築がなかった地域なので、あえて住宅に近いスケールで設計しました。構造はRCと木の混構造です。壁を耐震要素のRC造として屋根を木造とし、水平力をRCで受けるハイブリッドな建築です。
 
南相馬市小高区は人口が1万人ほどの小さな地域で、そこにある比較的大きな地元の工務店が請けることが想定されていました。できる限り地場の木を使い、大工技術を継承していきたいとのことだったので、流通材しか使わないことを決め、新しく、かつ施工が難しくない架構を探りました。スパンが約7mとそれほど大きくない棟では四寸角(120mm角)の無垢材を用い、伝統構法を参考にした斗栱梁の架構としました。約13mスパンの棟「あそびばラシクル」は小径木を用い、なるべく鉄骨屋さんの手を借りずに組めるトラス梁の架構としました。

「小高交流センター・あそびばラシクル」(設計:山本堀・URリンケージ設計共同体)photo=北島俊治

門脇:地元の大工さんの手の中にある技術を活用する手法で、非常に共感できます。小径木を用い、地元の技術で、かつ斗栱を連想させる日本の伝統デザインを踏襲した方法は、地域に備わった生産基盤の延長上にあるのだと思います。法政大学の網野禎昭先生によると、CLTは旧社会主義国で発達したそうです。大型PC板で団地をつくるための揚重機技術があったからです。一方、日本でそこまでPC工法が発達しなかったのは、現場で型枠がつくれる優秀な大工さんがたくさんいたからです。技術の普及と地域の特性には強い関係があります。
 
東日本大震災の被災地では、地域の生産能力を上回るような発注を役所がかけたため、入札不調が起きて苦しむということが起きていました。僕も被災地でいくつか仕事をしましたが、地元の大工さんが扱えない技術は使えなかったり、地元の木材供給量や建物供給量に限界があったりして、苦労しました。「小高交流センター」のような地域と地続きの技術を用いた建物は、地元の生産能力をヒアリングしながらやらないとできません。ここではさらに、その少し先を狙うことが意図されているようですが、それは地域とともに建設技術を高めていくことにつながりますね。
 
— 近年の木造建築で、堀さんが注目されている作品はありますか?
 
堀:「下馬の集合住宅(2013年)は、部材認定や実験検証など実現までに時間がかかった建物だと聞いていますが、外周の斜材の扱いが興味深いです。斜材には小径木が用いられていて、構造的には効いているのですが水平力しか受けておらず、こちらが焼失しても建物は成り立つという理屈で耐火性能を満たしています。木材の性能をどこかで割り切ることで、使い方の自由度を高めるという考え方に可能性を感じます。
 
門脇:こちらも、とても共感します。「下馬の集合住宅」の場合、災害時に別の回路を用意することで、多くの木をあらわしで活用できる冗長さが生み出され、木材活用につながっています。機能主義的な合理性においてはいかに少ない材料で大きな空間をつくるかがテーマとなりますが、木造の場合、山を循環させるためには「たくさんの木材を使った方がよい」という発想になることがあります。材料を贅沢に使えば使うほど良いという観点で建築が建てられることはほとんどないので、この発想からは、これまでにない建築が生まれる可能性がありそうです。
 
そういう意味では隈研吾さんが初期に手がけた「那珂川町馬頭広重美術館」(2000年)なども同じような割り切りがなされた建物ですね。構造は鉄骨造で、木は仕上げ材として用いられています。できた当時は木がすぐに変色したり、変形するのではないかと指摘されていましたが、劣化したら交換すれば良いという考え方ですよね。昔でいうシャムコンストラクション(虚偽の構造)ですが、隈さんは「京王高尾山口駅」(2015年)や「新国立競技場」(2019年)といった近作に至るまで共通したやり方を取っています。見た目のためだけに木を使うことを良しとする逆転の発想で、木材利用の活路を開いたという意味で、エポックメイキングだと思います。
 

「那珂川町馬頭広重美術館」(設計:隈研吾)photo=Woranol Sattayavinij

— 今の木造建築の動きがモダニズムを乗り越えられるかという意味では、生産が地域に関わるという論点はかなり重要なのではないでしょうか。
 
堀:塚本由晴さんが「『地域の建築』は設計できるか」(『新建築』2019年5月号)で、モダニズムに立脚するRCや鉄骨造でできた「施設」には地域性はまったくなくて、そうではない地域の建築を提案していくことは、町をおこしていく上でも重要なのではないかと論じていました。そういう意味では木造は、地域の建築をつくる上で有効な方法なのではないかと思います。
 
門脇:広範な生産のネットワークに依拠している鉄やガラスなどとは異なり、木造の場合はローカリティに根ざした生産プロセスをデザインすることも可能で、その場合は誰がどこで手を動かしてつくっているのかが想像しやすくなります。生産者や生産組織を地域と紐付けながら建築を創造できることは、木造建築の大きな可能性だと思います。
 
塚本さんとはアーキエイドとして行った震災復興の活動の中でいろいろと議論をしてきましたが、そのなかに、いまお話しした「生産のネットワーク」の話題がありました。被災した低地の住宅を地域産材を使ってつくろうとすると、輸入材を使うよりも工事費が高くなってしまいます。塚本さんはこれにどう抵抗できるかと考えて、「生産ネットワークの質」というキーワードを出されました。近隣の木でつくる住宅は質のよいネットワークでできています。一方で輸入材は、薄く伸ばされた質の低いネットワークに依存しています。これは価格の高低に対抗する理論になりえます。
 
しかし塚本さんは反面、木造が政治的正しさをまといやすいことも懸念していました。近年の大規模木造建築も、自治体等がポリティカル・コレクトネスとして要求したコンペの仕様書に基づいてできているものが多いですよね。「新国立競技場」にも、非常にポリティカルな建物に見えるとの批判が出ています。
 
— 矛盾の先に、いかに真っ当な回答を出すのかというところが問われますね。
 
門脇:地域の慣習に盲目的に従うのではなく、地域のあり方に批評を加えるような態度もときに必要ですね。特に建築家にとって、批評性は地域性と向き合う上での基本的な態度として必須なのではないでしょうか。
 
— 木造建築や木質材料というものに向き合うと、さまざまな次元でいろいろな課題が出てくるのだと感じます。
 
門脇:作品単体では語り尽くせず、そこに紐付いたローカルな物語と照らし合わせてどうなのかという視点で語るべきものになってきています。いまはローカリティに無自覚な建築が多いので、事業者や批評する側が、個別の取り組みを背景まで含めて細やかに見ていく必要があると思います。

木造建築の折衷性と冗長性から生まれる、新しい建築のあり方

 
— 多様な木造建築があらわれていますが、それらはタイポロジーとしてどのように整理できると考えていらっしゃいますか。
 
門脇:木造建築は軸組型とパネル型に分けられます。日本の伝統的な木造は軸組的なものだと思われがちですが、それだけではありません。桂離宮に代表されるスカスカな軸組系のものがある一方で、農村などに見られる民家は暗い洞窟的な空間を持っていて、組積造的な空間性と近いものが感じられますし、城郭や蔵のように防火目的で塗り込められたものもあり、木造のタイポロジーは非常に広範です。まずはそこを踏まえて議論すべきかなと僕自身は思っています。
 
堀:最近の建物は、やはり軸組系が多いですね。 SALHAUSが設計した「 大船渡消防署住田分署」(2018年)は貫工法ですね。CLTなどはパネル系に分類されるでしょうか。
 
門脇:そうですね。一方でCLTのような大判木造は、建築家の想像力を失わせるのではないかという懸念を感じます。構造的にも均質で安定していますが、学生がスチレンペーパーで模型をつくれるようになって、力学的なことを考えなくなったのと同じようなことが起こらないか心配です。
 
堀:CLT自体で断熱までできるので、壁の内部で建築の多元的な課題を解決する仕組みを考えなくても空間ができてしまいます。
 
門脇:一方で日本の伝統的な木造建築の構法には、いろいろなヒントがあると思います。住宅系はあくまで簡素にシンプルにまとめる志向性を持っていて、たとえば真壁にしても、柱が見切り縁や戸当たりを兼ねていて非常に合理的です。しかし寺社建築などの場合は構造に過剰さがあります。
 
その過剰さはモダニズムがそぎ落としてしまったものなので、今後の発展性があると思います。これまでも 六角鬼丈さんなどが木造の表現の水準である種の過剰さを試みていましたが、機能的な水準においても過剰さを試みるという方向が、これからは可能性がある気がします。構造的な冗長性を試みるというのも、そうした方向性に含まれるかもしれません。立派な部材を使ったり、小屋組を工夫したりすることで今までにない建築を生み出し、かつ昔の建築が備えていた”威厳”といった表現を復活させるような試みもできそうです。
 

東京武道館(設計:六角鬼丈/1990)photo = Archs


 
— 内藤廣さんなどが先駆けて木造の構造表現に取り組まれていますが、若い方がもっと関心を持っていけば今の状況を突破していける可能性がありそうで、これからが楽しみですね。
 
門脇:そうですね。しかし若手による木造の作品は対称性が強い傾向にあると感じます。日本の木造建築も最初は左右対称の平面をしていましたが、それがだんだんと 桂離宮のような融通無碍な、非対称で環境に馴染んだものへと変わっていきました。そうした魅力を備えた木造建築は現代においてはまだ出てきていないのかもしれません。

「桂離宮」

門脇:木造建築が過去に学び、進化していくとしたら、屋根のデザインが重要なポイントになると思います。日本では、最近になって屋根をどうデザインするかという主題が復活してきました。日本の気候においては勾配屋根をつくることは至極当然のことなので、よい傾向だと思います。また瓦も見直されつつあります。瓦を用いる場合は屋根勾配を急にしなくてはならないので、デザインが変わってくる気がします。
 
戦後から近年までは金属板葺が可能になったことも影響し、コストを抑えるためになるべく緩勾配とする工夫が数多くなされてきました。たとえば乾久美子さんが設計した「釜石市立唐丹小学校・釜石市立唐丹中学校・釜石市唐丹児童館」(2018年)は、震災後の工事費高騰という状況も相まって”戦後的”な緩勾配です。
 
しかし木造建築の冗長さというものは、最も屋根にあらわれると思います。屋根は基本的に人間の都合とは無関係につくられるという点も重要です。モダニズム以降では、人間に寄与する空間をいかに組み立てるかということが考えられてきましたが、屋根を意識することで、人間のためではない、これまでとは異なる原理の空間を象徴的に構えることが可能になりそうです。

「釜石市立唐丹小学校」(設計:乾久美子)

— これからの木造建築を考える上で、エンジニアリング面にはどんな課題があるのでしょうか。
 
門脇:木造は、特にヨーロッパにおいてはいち早くデジタルファブリケーションが進んだ世界です。日本はこの流れに遅れを取り、 坂茂さんが何とかフォローアップしているところです。これからは木造建築に関する職人さんを育てるのと同時にデジタルファブリケーションを推進することも重要だと思います。そこで大事になってくるのは、不均質な材料の扱いだと思います。これまでのコンピューテーショナルデザインは、均質な材料を変形させていくことで多様な空間ができるという考え方が主流でしたが、これはおそらくコンピューターの計算能力があまり高くなかったころの名残なのでしょう。今は異なる形状や性状の材料や部材を1つのプラットフォームで扱える可能性が見えつつあります。
 
木は1本1本不均質なので、木造建築を通じて新しいコンピューテーショナルデザインを模索できると面白いですね。 黒川哲郎さんはかつて仕口のみをコントロールするという方法で、製材しない不均質な木を用いた架構に取り組んでいましたが、今あらためて学ぶべき考え方だと思います。また2018年度の東京藝術大学の修了制作には、仕口すら未加工の枝を3Dスキャンし、枝同士をつないでアーチ状の構造体を組むという作品がありました。方向としては、皮付きの曲がった木をどう納めるかという数寄屋の世界にも近いものですね。かつてこうした世界は、先進的な職人技術を育む場となっていましたが、デジタルファブリケーションもそのような土壌になり得ると思います。
 

くうねるところにすむところ:家を伝える本シリーズ『スケルトンドミノの家―日本の木でつくる』(著:黒川哲郎/平凡社/2014)


また2018年度の芸大の修了制作では仕口すら未加工の枝を3Dスキャンし、枝同士をつないでアーチ状の構造体を組むという作品がありました。方向としては、皮付きの曲がった木をどう納めるかという 数寄屋の世界にも近いですね。数寄屋では床という部分が先進的な職人技術を育む場となっていましたが、デジタルファブリケーションもそのような土壌になり得ると思います。

「静岡県富士山世界遺産センター」(設計:坂茂)Photo=Ennui

— 門脇さんがキュレーターを務める第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館の展示では、木造建築の可能性をどう捉えているのでしょうか。
 
門脇:展示内容を簡単にいうと、日本の木造建築をヴェネチアに持っていくというものです。持っていこうとしているのは1954年にできた木造住宅です。その後、何度も増改築されているのですが、結果的に、伝統的な木造の技術に、アルミサッシや塩ビなど軍需産業からスピンアウトしてきた工業的な技術の産物をゴテゴテとくっつけた、非常に奇妙な混成物といえるものになっています。僕はその折衷性を極めて面白いと感じています。
 
というのも、ああいったものが生まれた背景には、日本的な折衷の感覚があると思うのです。日本の建築は中国の様式も西洋の様式も取り込んでしまいましたが、戦後の住宅も、この感覚の延長上にあるのではないか。つまり、新たな技術を取り込むことで昔ながらの木造が変化してしまうことに日本人は無頓着で、そこが太い柱でもどんどん根継ぎして変えてしまうような、独特なものづくりのあり方の素地となっているような気がしています。

(仮) 高見澤邸の解体部材(© Jan Vranovský)

門脇:その木造住宅をヴェネチアに持っていくと、部材が欠損していくはずなので現地の材料で埋め合わせていく。いまはコロナ禍で建築家が現地に行くことができませんが、リアルタイムでやりとりできるオンラインの通信システムが構築できましたので、現地の職人と相談しながら欠損を組み合わせ、たとえば屋根をベンチに読み替えるといったことをして、住宅ではないものへと変化させていくという展示です。
 
もともとの住宅も増改築が繰り返されたものでしたが、そこにさらに建築家が手を加えると、どこかの時点で「完成」という感覚は希薄になります。磯崎新さんが「海市」で設計を複数者でリレーしていくことをしましたが、今回は当時よりも過去と現在、あるいは設計と施工の境界がゆるやかな、言うなればインターネット上の共有ドキュメントの共同編集のような感覚になるのではないかと思います。
 
こうした感覚は、世界はみんなの共同制作物であるという感覚にもつながるもので、これからはそうした感覚が当たり前になっていくのではないかと思っていますが、そこに日本建築の伝統が連なるのではないか、という見せ方をしようと考えています。
 
— ヴェネチアの展示はタイムリーかつ強烈なメッセージになるのではないかと感じます。木造建築をテーマに扱うことで、木造の本質にある地域やその土地との関係性を浮かび上がらせたり、木造の修理・修繕の場面を介して、そのブリコラージュな技の側面を示したり、材の見立てを語り合ったり、と木造建築の資質について広くゆるやかに共有する場としてヴェネチアでの展覧会は意味があり、おもしそうですね。本日はありがとうございました。
 

● インタビュー公開に合わせていただいた門脇さんからのメッセージ

コロナ禍により1年間延期された「第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」は、公式にアナウンスされているとおり、2021年5月22日に開幕予定で、日本館チームはわき目もふらずに準備にあたっています。この1年間は、コロナ禍で世界が分断される中、世界の連帯を示すような建築展とすべく、各国のキュレーターとたくさんの議論を積み重ねてきました。その結果、日本館展示では韓国館・フィリピン館・UAE館・ロシア館などとのコラボレーション企画が実現しそうです。開幕を楽しみにお待ちいただけるとうれしい限りです。

● 日本館ウェブサイト
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● Instagram
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