石川廣三(いしかわ・ひろぞう)
1942年東京都生まれ。1964年早稲田大学第理工学部建築学科卒業。1969年同大学院建設工学専攻博士課程修了後、東海大学工学部建築学科に勤務。助手、講師、助教授を経て1981年教授。1982年より1年間英国Sheffield大学客員教授。2007年に東海大学を定年退職し、名誉教授。主な研究領域は屋根、外壁の防雨・耐久計画。日本建築学会材料施工委員会・内外装工事運営委員会主査、同屋根工事小委員会主査、同JASS12(屋根工事)改定小委員会主査、日本建築仕上学会副会長等を歴任。退職後の現在は主に建築工事関連の紛争処理や戸建て住宅の防雨,耐久に関わる諸団体の調査研究に協力関与している。
著書 :「雨仕舞のしくみ―基本と応用」(2004/彰国社)
“雨仕舞”、それは形と納まりで水対策をすること
people 02:石川廣三 / Hirozo Ishikawa
「雨のみち」にまつわる各分野の人やモノに着目し、「雨」をさまざまな側面から見つめ直すクロスポイントのコーナー。今回は、雨仕舞の研究者で東海大学名誉教授の石川廣三さんに話をうかがいました。
建築学における雨仕舞分野の立ち位置
----- まず、石川先生のこれまでの研究分野は何になるのでしょうか。
他には何もやっていないので、ひとことで言うと雨仕舞につきます(笑)。分野としては「建築材料構法」になりますが、建築学会などでは「材料施工部門」に含まれます。
----- 石川先生が大学で学ばれていた当時は、雨仕舞についての研究はたくさんされていたのですか。
いいえ、建築の雨対策についての研究は、ほとんどが防水で、どちらかというと雨仕舞の研究は、本流ではありませんでした。また建築学会の材料施工分野でも、研究者の半分がコンクリートについての研究に関わっている方々です。ここで言うところの防水は、ビルもの、つまりRC造や鉄骨造が主な対象です。僕が扱ってきたテーマが関係する部分が多いのはどちらかというと日本の伝統的建築である木造のほうになります。
----- 建築学会では、あまり木造の雨仕舞について研究される方は少なかったのですね。
材料施工部門でも、木造について研究している方は少ないですね。日本の建築生産で木造の占める割合は依然として多いわけですが、今,建築学会の大会で材料施工部門の研究発表プログラムを見ると「木」という文字が出てくるテーマは数えるほどしかありません。「木」は戸建てとも言い換えられるので、いかにRC造を中心とするビルもののテーマが多く,戸建てのテーマが少ないかということがわかります。
一昨年、富山県で開催された建築学会の大会で、長期優良住宅の時代の防水についてのシンポジウムがありました。そこでも議論のベースになっているのがほとんどRC造の建物なのです。だから、私は長期優良住宅を切り口とするシンポジウムで、今でも住宅の7割が戸建て、その大半が木造である中で、RC造の話だけがされて木造建築については論じられないのは、問題意識の欠如ではないかと発言させていただいたほどです。
----- 歴史的に雨仕舞の研究分野、その先駆者はどなたになるのでしょうか。
(左:「雨仕舞法の理論」の内容イメージ、右:「雨仕舞法の理論」の奥付。それぞれ石川さん自身にスキャンしていただいた。読んだ当時の書き込みが見える)
歴史的にそもそもは、もちろん大工さんでした(笑)。だからアカデミズムとしては、それほど古いわけではありません。僕らがバイブルとしていたのが、有名な松下清夫先生(1910-2003/東京大学名誉教授)の本「雨仕舞法の理論」(1949/工学図書出版社)でした。先生は建築のディテールと性能の関係の理論的解明に取り組んだ先駆者です。また,建築の耐用性や安全性についてさまざまなプロジェクトにも指導的役割を果たされていました。例えば新宿西口に建つ超高層ビルの損保ジャパン本社ビル(旧 安田火災海上ビル)もそうですね。
技術が進化しても、問題を起こし続ける雨仕舞。その基本は?
----- 石川先生の解釈では、簡潔に雨仕舞とはどのようなことだと言えますか。
雨仕舞と言うと、戸建て専門の技術ととらえられることもあるのですが、実はそうではありません。また、雨仕舞とは材料をつかって水対策をするということでもありません。雨仕舞とは、形と納まりで水対策をするということです。だから、戸建てであれRC造であれ、雨仕舞の形は共通です。
よく防水の専門家の方とも話をしますが、屋上防水などでも一番難しいのは納まり、つまり雨仕舞だということを言います。平場の防水は、今では技術も進化しているので雨漏りはほとんどありません。けど、みんな納まり、雨仕舞のところでトラブルを起こしてしまうのですね。
今、平場の防水の話が出て,ふと昔の話を思い出したのですが、以前,陸屋根には線防水という考え方がありました。つまり面ではなく線状に防水する。PC板自体は雨が漏らないから、そのつなぎ目の防水だけを考えればということですね。結局それでは駄目だということにたどり着くわけですが、初期の公団住宅などは線防水でつくられていましたね。
----- 大学時代は、具体的にどのようなことを研究されていたのですか。
大学院に進学して、はじめての研究対象が“水切り”でした。水切りはいろんな形があるのですが、水切りの下面を逆勾配にして、水が這い上がらないようにはどのくらい傾斜があるといいか、溝形にする場合は幅がどれくらいあると水が切れるのかとか、そういうことを模型で実験を重ねていくわけです。2、3年くらいはそういうことばかりやっていました。
当時、研究室には外国の本がたくさんあって、あるとき組積造のディテールを見ていたのです。そうしたら、軒蛇腹とか胴蛇腹等という出っ張りの下面に必ず水を落とすための溝とか段差があるわけですね。
組積造教科書より蛇腹ディテールの図面
これはおもしろいなぁと思いました。そこで、どのくらいの大きさが必要なのだろうか、と思うわけですが、説明が書いていない。じゃあこれは実際にどれくらいの寸法で水が切れるのかと。それが一番最初のテーマだったわけです。
ちなみにその研究を学会に発表した時に表題に使ったのは、防雨という言葉でした。あえて雨仕舞と表現していなかったのです。“防水”に対して“防雨”というのはどうだろうと、指導してくださった先生と相談して一連の研究を発表しはじめたわけです。
----- 雨を降らせる実験装置というものが、当時あったのですか。
当時は、ありませんでしたので、単純に表面に水を流す方法で実験をしていました。雨というものは、結局、壁にあたったものが壁面に沿って流れ落ち、下端でくるりと回り込みます。その水を放っておくと、いろいろと問題が起こるのですね。だから、そこで落としてやる必要がある。そこに水切りをつけておくわけです。
----- 日本の伝統的な木造建築だけではなく、組積造についても基本的な考えは同じなのですね。
そうですね。組積造は材料がレンガやモルタルなので、耐水性はあるのですが、浸水経路が非常にたくさんある。全面が浸水経路になるわけですからね。だから組積造は、できるだけ水を壁から離すことで、伝統的になりたっていったわけです。ガーゴイルがその良い例です。
ガーゴイルについては、建築家・大嶋信道の連載「雨のみち探偵団vol.1」でも取り上げました。(photo=大嶋信道)
現在の主要な研究テーマ
——近年になって、石川先生の研究テーマの周辺にはどのような変化がありますか。また、どのようなものなのでしょうか。
あいかわらず材料施工分野では、防水分野の研究が多く、その内容はより細かい部分に入っている気がします。例えば、防水層の耐根っこ性についての研究とか。防水については、必要最小限の基本的対策は確立しているので、現在は建築の可能性を広げようとしたときに出てくる、さまざまな問題に対応する研究となっているようです。だから、未だに私のように雨について研究している人は、材料施工分野ではほとんどいません。
ただ、おもしろいのは、分野の異なる環境工学の分野からアプローチが出はじめてきました。これまで環境工学の分野は、温度や音、風といったことを扱っていましたが、雨はテーマにはなっていなかった。ところが最近は雨にも関心をもつようになってきていると思います。
最近では、環境工学の先生と同じグループで研究をすることも増えてきています。特に湿気による劣化対策に取り組むと、そこでは雨の水と湿気の水を共に考える必要があるわけです。環境工学の先生は湿気については得意だけども、劣化要因としての雨水については計算にとり入れることがむずかしい。そこで環境工学の先生からお声がけをいただいて、共に研究をするようになりました。私自身も他の分野に目をやることはほとんどありませんでしたので、こういう流れには、とても期待が持てますね。
——今では、家型のものからキュービックな四角い箱までさまざまな形の家があふれているからこそ、雨に対する耐候性や耐久性の基礎的研究は、まだまだ必要ではないかと思うのですが。
戸建て住宅のデザインは、全体的にはどんどん和風からより洋風というか、四角いものが増えていますよね。都会の窮屈なところに建つからやむを得ないのだと思っていたら、意外と広々とした別荘地のような敷地でも軒を出さない四角い住宅が同様にある。こういう傾向をまのあたりにすると、やはり雨のことが危惧されます。
最近は、“雨がかり”が私の中の大きなテーマです。雨が壁面にどのくらいあたり、それが軒の出や軒下の寸法でどのように変化をするのかということを調査しています。例えば、90センチと15センチの軒の出でどのように違うのかを計算して比較していくわけです。(下図)
昔の住宅は、材料があまり水に対して強いものではありませんでした。例えば土壁や障子がそうですね。板壁は耐水性はあっても、いつも濡れている状態では腐ってしまいます。じゃあ、そういった材料を使うなかで日本建築はなぜ長く保ててきたのかというと、それは雨がかりの考えがしっかりしていたから、というところへ行き着きます。
それが近代になると、徐々にモルタル仕上げになり、やがて建具もアルミとなって、耐水性も抜群だから、水はどんどんかけてもいいやということになる。ところが実際は、そこでもかかった雨によるトラブルが増えているというのが、現実なんです。
——今は、そういった意味で、もう一度仕組みを考え直す転換期なのかもしれませんね。
少し話が離れますが、今、太陽電池を屋根にのせることが普及していますよね。おそらく大手ハウスメーカーの住宅の半分以上には付いていると思います。そこで気になっているのが太陽電池パネルを屋根にのせる際の、取り付け部分の不具合なんです。特に既設の屋根に取り付ける場合は屋根材の種類にもよりますが、大半の方法は屋根材にボルトを貫通させて屋根下地に留める。その貫通部分には屋根材から入ってきた水を受ける下葺き材というのがあるのですが、それも太いネジやボルトでつきやぶって、貫通部にはシール材を貼り付けて対応しているというのです。
これでは、それほど長く持たないのですね。屋根工事業界の人たちは、そこに危機感を持っています。ただ、屋根工事を行う職人が太陽光パネルを取り付けられるのであれば、雨仕舞の工夫ができるのだけど、実際には太陽電池パネルメーカーの人が設置までを指導しているわけですね。
——ソーラーパネルや集熱、温熱などさまざまな機器と目的が屋根にハイブリッドしてきたときに、それでも残るのが雨仕舞の問題だということですね。
屋根の基本は、あくまでも雨風から家を守ることです。ところがハイブリッド化して屋根のもつ可能性が広がっていくなかでは、よくよく注意をしないと屋根にほころびが出てしまう。まさに庇を貸して母屋を取られるということわざどおりです。
雨と建築の共生
——石川先生のこれまでの知見や研究を踏まえて、“雨と建築の共生”ということについて、ご意見をいただけますでしょうか。
そのようなことについて、具体的に考えたことはないのですが、“雨と建築の共生”を考えるには、まず軒の出の話も含めて、雨の降り方には風土性があるということを知らなくてはなりません。風土に根ざした雨の降り方にその土地の伝統的建築のスタイルやその納まりがなりたっています。そういったことを無視し続け、ただやみくもに意匠性を優先してしまうと、雨と建築との共生は難しいでしょう。
思い出話になるのですが、私は1982年に大学から一年間の時間をもらい、イギリスへ留学させてもらいました。そのときは何か大きな研究の目的はなかったのですが、せっかくの一年間を有意義に過ごそうと、その時盛んに考えたのが、風土性の違いを味わってこようと思ったわけです。
風土のことを調べていくと、日本では和辻哲郎の本にいきつく。そんな本もそれまでは手に取ったこともありませんでした。そこには日本とヨーロッパの文化の違いの根本は雨の降り方にあると。ヨーロッパに夏草は生えない。それは日本のように夏に集中して雨が降り、冬はあまり降らないという気候ではないからだと。ヨーロッパは冬も適度に雨が降るのですね。それに気付いたことがとても大きな啓示だったと著者は書いていました。
イギリス留学時に取り組んでいた、壁面に当たる角度別の雨量測定関連資料
私はやがてイギリスの大学で、細々と研究らしきものをはじめました。研究室の外壁に雨量計をつけて、壁面に当たる角度別の雨量を測定しはじめたのです。それまでは、どちらかというと材料が吸う水や目地に入り込む水など、建物表面から浸入した後の水の動きをテーマにしていたのですが、このころから入り込む前の水にテーマが移っていきました。帰国後は、水切りで切れた水がどう動くのかということ、そして、雨が表面にどのように当たるのかということのように、どんどん雨水の動き自体に関心が移っていくことになります。
——防水の仕組みを考える工法や材料の仕組みもありますが、実際に雨がどのように壁にあたるのか、あたった雨はどのような悪さをするのかということは、確かにおもしろい。そういった研究者の活達な視点の展開はおもしろいですね。
近年、アルゴリズムなどを使った、より複雑な次元の形態操作によって建築がつくられることも増えてきていますが、こういったところにも、もちろん雨仕舞を組み込んでいかなくてはいけない。そういったコンサルティングをされる方も出てくるのでしょうか。
——超高層ビルでも雨の問題は難しいのですか。
<霞ヶ関ビル>が設計されたころには、シール目地しかありませんでした。当時、設計した方は、外側と内側両方にシールを施し、間は溝にしていたそうです。もし外から水が入ってしまったら、溝に落として抜くということを考えていた。先年、改修工事をして見てみたら、意外に多くの箇所でシールが切れていたそうです。それでも二重シールだったので問題にはならなかった。こういうところにも、たくさんの雨に対する技術とアイデアがつめこまれているのですね。
ちなみにその後、外部のシールに依存しないで、水密性を高める方法として等圧ジョイントというものが、登場しました。考え方は北欧やカナダから入ってきました。そのときに日本のカーテンウォールメーカーは取り入れようとしたのだけど、特に大手の設計事務所は理論的に説明できないと採用しないわけです。そこで、ちょうどそのとき等圧設計の基礎的な研究をしていた私に色々な方面から声をかけていただいて、当時日建設計におられた横田さんともその頃出会ったわけです。この頃私の頭の中には、雨がどう建物に当たるかということよりも、それは織り込み済みで、表面に付いた水に圧力がかかったときにどう戦うかということしかありませんでした。
——海外では、雨の問題に取り組む人は日本よりも多いのですか。
日本では雨の問題をまじめに取り上げている人は少ないのですが、これが海外に行くと関心を持つ人が少なくありません。海外には“建築物理”という領域があるんです。そこでは熱や音、といろんな分野があるのだけど、雨もそこでひとつのテーマとなっています。特に雨の降り方については、イギリスや北欧の研究がとても古くからあります。
——ここのところへ来て、建築物理といったようなキーワードも日本で聞かれるようになってきました。やはり雨仕舞も含めて伝統的な知見にもう一度立ち返る必要があるということなのでしょうか。
庇や軒が出ていないから、すぐに家が駄目になるということではありません。ただ、庇や軒を適切に出すことができれば、不具合が起こる可能性が確率的に低くなるということですよね。そのような考え方をいっさい排除して設計するのではなく、先人の知恵を生かしながら、控えめにつくっていく。いろんなやりたいことや要望はあっても、自然との対話を忘れないこと。これは大前提だと思います。
(出典:JIO友の会情報誌「ジオ楽間」4号)
以前、雨がかりのシミュレーションのデータをある住宅関係の雑誌に掲載させていただいたことがあります。軒の出があるほど、雨がかりの度合いが比例的に減りますと書いたわけです。もちろん、そのときの建築家たちの反応はわかります。「きっとそりゃそうだよね。だからなんなの?」という反応ですよね。かつて同じ大学にいた、建築家の吉田研介さんなども、そりゃ軒を出すことができれば安全になることは分かっていると。ただ、軒が出なくても雨漏りを防げるようにすることが、防水や雨の研究者がやるべきことだろうと言うわけです(笑)。
そういう発想で受けとめる読者も少なくないと思ったので、私は軒が出るほど雨がかりが減るということを、建物の生涯メンテナンス費用が減るとして捉えて下さいと、そこでは書きました。そういう捉え方をしてもらえれば、今度はクライアントの人たちに対しても説得力がでるのではないかと考えたのです。
——今日は、雨のみちデザインへの重要なヒントをうかがった気がします。雨の降り方の風土性を把握し、壁や屋根に対する雨の動き方を理解する。その上で水を切ったり、切った水がどう流れるか。それを考慮しながら建築を「断面」でとらえること。しかも控えめに、そして何よりも自然を第一に。雨のみちデザインはこれに極まるのでしょう。本日は大変面白いお話を、ありがとうございました。
(2012年4月5日|東京都・中央林間にて|インタビュアー:真壁智治)