伊礼智(いれい・さとし)
 
1959年、沖縄県生まれ。1982年、琉球大学理工学部建設工学科計画研究室卒業。1983年、同研究室研究生終了。1985年、東京芸術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年、伊礼智設計室開設。2005年~日本大学生産工学部建築工学科「居住デザインコース」非常勤講師。2012年~住宅デザイン学校校長。主な著書に『伊礼智の住宅設計作法―小さな家で豊かに暮らす』(2009/アース工房)、『伊礼智の住宅設計―「標準化」から生まれる豊かな住まい』(2012/エクスナレッジ)ほか。
 

 
 
 
 
 

 

 

“標準化”こそが、質の高い住宅を創り出す

people 03:伊礼智 / Satoshi Irei

 

「雨のみち」にまつわる各分野の人やモノに着目し、「雨」をさまざまな側面から見つめ直すクロスポイントのコーナー。今回は、独立当初から住宅設計の”標準化”に取り組んできた建築家の伊礼智さんにお話をうかがいました。

 

 
----- 伊礼さんがそもそも住宅の設計において標準化という発想を考えはじめたきっかけはいつだったのでしょうか。
 
伊礼智(以下、伊礼と表記):10年ほど前に、たまたま相羽建設の相羽さんから東京の東村山の分譲住宅の仕事をいただく機会がありました。相羽さんがたまたま競売物件の土地を購入されて、ここに昔から夢だったOMソーラーと自然素材の住宅をつくりたいとなったのです。
 当時僕は、OM研究所に間借りをして自分の事務所をはじめたころで、機会があればOM研究所の仕事も手伝っていて、この仕事も一緒にさせていただくことになったのです。ところがはじめてみると分譲住宅なので、あまりお金をかけることができない。さらに時間もありませんでした。OMソーラーでやってきたことを、僕の設計で実践するチャンスだと思いました。それまでのがちがちのシステム住宅ではなく、もう少し丁寧に作られたものとして普段の仕事を分譲住宅に生かせないかと頑張りました。
 そのときに、標準化というものを考えなくては、この仕事は無理なのではないかと思ったのです。
 

左:ソーラータウン久米川上空写真 右:ソーラータウン久米川インテリア

 
 
----- 東京芸術大学の修士のころや、丸谷博男さんの設計事務所へお勤めの際も、標準化については考えることはありましたか。
 
伊礼:学生のころは、そんなことは全く考えていませんでした(笑)。ところが芸大の吉村派というのは、図面を描いてこそはじめて職人と対等になれる、図面を描かないと失礼だ、というのが基本的な考え方でした。それが叩き込まれていたので、僕が卒業後に務めていた丸谷博男さんの事務所でも、とにかく徹夜を続けて図面を描き続けました。丸谷さんの設計が変わると徹夜をして。また見積がオーバーすると徹夜をして。そうするとさすがにくたびれてきて(笑)。ある日丸谷さんと飲んでいたら、このままでは効率が悪いから、ある程度、標準化しようという話になったんです。
 まずは窓周り、開口部を標準化しようと。やりやすいからという理由もあったのですが、これがあまり役に立たなかったんですね。結局ひとつの納まりを標準化したとしても、違う開口部がぶつかりあうと、それをどう納めるかという問題が出てきてしまった。あとは、家具と開口部の問題です。壁のど真ん中に開口部があれば標準化できるのだけど、丸谷さんはよく壁の端っこに開口部をつけるので、家具と枠をゾロで納めたいということになると難しくなる。さらに素材か仕上げ厚などで、とても変わる部分なんです。
 つまり設計の仕方と、標準化の部位が少し合ってなかったのですね。あとは時代的に手描きの時代だったので、標準化してもなお、手で描いていました。そういうこともあって、そのときはうまくいきませんでした。
 
----- その反省が、東京の東村山のプロジェクトにどのように生かされていったのでしょうか。

 
伊礼:そうですね。そのときはまず 部屋ごとに標準化 したいと思いました。そうすると例えば、標準玄関ができたら、家具も開口部もいっぺんに丸ごと標準化することができるし、取り合いも決められる。部屋と部屋のつながりだけを考えることができるようになるので、敷地や要望に合わせてパズルのように基本プランが決められる。
 
一坪の標準玄関、一坪の標準階段(階段は一坪の周り階段と直進階段の2種類を用意)、洗面所も浴室もすべて一坪で標準化をつくっていきました。リビングやキッチンは大事なところなので、クライアントに合わせて自由に設計する。このやり方でいくと、僕であれば、2、3時間で設計できるんです。
 



上段左:標準玄関、上段右:標準階段、中段:標準階段図面、下段:標準浴室

 
 
----- 見積のソフトもそのときにつくられたのですか。
 
伊礼:見積のソフトは、OM研究所の迎川利夫さん(現、相羽建設)がつくりました。これも標準化したからできることですね。標準化は、変わらない部分と変わる部分が分けられることがポイントです。通常は一品生産なので、全部ちがうからできないのですね。
 これは後から検証したことなのですが、標準化をした上で、このソフトを使うと、一棟あたりの誤差が30万円程度で収まるんです。通常、一軒あたりの見積に、一人の人間が2週間くらいかかる。お金にすると20〜30万円程度らしいです。だから、ソフトを使っても決してはずしていない範囲だということがわかります。
 何よりも見積ソフトを導入すると、すべてがスピーディーになります。僕の基本設計が終わると、となりで迎川さんが20分くらいで見積を出してきて、例えば、あと200万円余裕があると、その場で住まい手にレスポンスができます。そうすると、じゃあ(あらかじめ標準化された)吊り戸棚を加えて15万円とか。住まい手の財布に合わせて、まずは全体をつかみ、あっという間に予算が決まると仮契約!相羽建設さんとは、そういうことをしていたんです。だから、見積に2週間も待たせてお客さんを迷わすことはない。待っているうちにやり手のハウスメーカーと契約なんてこともありますからね。こうして手早くすることで、お客さんとしても決断しやすくなるんです。
 
----- そんなにも部屋単位のユニットの設計がコンパクトになるのですね。
 
伊礼:これはなかなか面白いなと思いました。さらにいろいろとやっていくうちに、クレームも少なくなるし、完成度も高くなっていきました。最初のモデルを2つやって、それを改善していったんです。最初のプロジェクトが終わると、職人さんとも一緒に反省会をやりました。こうした方がいいとか、耐久性の問題についてとか、いろんな意見をくみ取り、改善していきました。
 次の家は、モデルハウスの後ろに建つことになるのですが、改善することで後に建つものほど良くなっていったんです。
 

久米川ソーラータウンの町並み全体模型

 
 
----- 具体的には、どのように変わっていたのですか。
 
伊礼:例えば、最初はOMソーラーのダクトが内部に出ていたのを、屋根につけるタイプに変えたりしました。ハンガーレールの金物があまりにも高価なので、リーズナブルなものに変えたり、構造材を性能表示された山長商店の紀州の杉かひのきに変えました。自然素材ほど性能のバラツキがあるので、JASの認定を受けた構造材を使用することで、住宅の品質を確保したいと思いました。
 

山長の性能表示された構造材

 
 
お風呂もユニットバスを使用した標準化をしたのですが、サワラの板を張っている場合は、どこにカビが入りやすいか、ということも1、2年使っていくとわかり始めます。つまり、繰り返しやってわかることがあるのですね。おそらくこれは、標準化ではなく、毎回新しい設計をしている中では気付かないことが多いということです。繰り返し、繰り返し、同じことを改善していきながらやっていく面白さとすごさ。その先にあるのは、確実なものを提供できるということなんです。つまり標準化は、クオリティを高めるという意味でも、とてもいいということがよくわかった。
 けど、これは他の分野では当たり前のことなんです。一品生産が平気でいられるのは、建築だけなんです。一品生産による弊害が出ても、工務店がカバーしてくれたり、クライアントが許容してくれたり。そんな分野他にはないですよね。
 


 

 

 

みんなが求めていた!ガルバの「スタンダード半丸」、開発秘話

 
----- 標準化がある種のクオリティを保つ上で必然だということに気付いたわけですね。少し部分の話になりますが、それ以前は、樋というものをどう捉えていましたか。
 
伊礼:樋については、既製品を選ぶしかありませんでした。樋は予算をかけない。デザインの範囲外のものだったんです。今でも、一般的に建築家たちは、デザインにこだわるので樋をつけないか、あるいは見せない場合も多いですよね。本体にエネルギーをかけて、雨樋はおまけのようにつけるのが一般的だと思います。けど、後々にそれが原因で問題になることを、知ることになると思います。
 
----- そういうなかで、伊礼さんがデザイン監修したタニタハウジングウェア(以下、タニタと表記)のガルバの「スタンダード半丸」の雨樋は、建築界に貢献していますね。機能的にもデザイン的にも安心して使えるものになっている。このデザインのコンセプトは、どのようなものなのでしょうか。
 

「スタンダード半丸」製品写真 (提供=タニタハウジングウェア)

 
 
伊礼:とにかくクセのないデザインであること、目立たないことですね。このことについては、標準化以前のテイストの問題です。いかにもデザインしたというものは、作り手のエゴが出てしまって、それは好ましくないと思っています。
 これは吉村順三先生の立ち位置でもあるかと思います。それを永田昌民さん、益子義弘さん、中村好文さんらが受け継ぎながら、ひと味もふた味も違うクリティの高い仕事をされてきた。そして、自分が設計するようになったとき、もっと昔からあるようなデザインで、目立たなく、誰も気付かない、新しさを感じないようなデザインの雨樋の方が、逆にいいのではないかと思ったんです。デザインのじゃまをしないから。
 
----- 目立たないデザインというものは、ある意味難しいと思うのですが。
 
伊礼:昔の建物を見ると、その建物に合った雨樋を板金屋さんがつくっていたんですね。それが本当に違和感がない。けど、現代の建物はこのガルバの「スタンダード半丸」ができるまでは、違和感だらけだったんです。何でこの建物に、こんな安っぽい雨樋がついてるのだろうと思うものがたくさんあります。逆に目立たない雨樋がここにあれば、どれだけいいものになるだろうって。
 
----- いくつも試作を作りながらデザインを検討していったのですか。
 
伊礼:最初にスケッチを描いて、こんな感じがいいのではないかと伝えて。そうするとタニタの方が、模型をつくってきてくださって、そこから試作品をつくっていきました。次に実際の僕が設計した家につけてもらって、そこからまたエルボの首が少し長すぎたので縮めたり、ラッパも少し小さくしたりしながら、完成しました。
 


上段:「スタンダード半丸」開発時の写真。エルボの首やラッパ部分などの検討をを行っていった 下段:改良後、実際の住宅に取り付けられた「スタンダード半丸」。その後、さらに手を入れてリリースされた。

 
 
----- 第一期の開発からさらに改良していった部分はありますか。
 
伊礼:形としては今お話しした程度なんですが、作り方などは細かい改良がタニタさんのほうで独自にされているのだと思います。
 
----- 市場に初めて出したのは何年ごろですか。
 

伊礼:試作品が東中野の「町角の家」(左写真)からなので、2006年10月以降ですね。これは上吊りをしたので、下から金物が見えないんです。これを見に来てくれた建築家の人たちは、自分も使いたいと、そういった反応は早かったですね。この頃は、建築家は他の建築家がデザインしたものは、使うのを嫌がるだろうから、名前は出さないでやっていました(笑)。

 
谷田泰(以下、谷田と表記):じわじわではなく、急加速で建築家の方々に使われるようになっていきましたね。まず驚いたのは、発売すると発表する前から問い合わせが来ていたんですよ。発売後も、九州に営業にいった営業マンが「伊礼さんが開発した雨樋ですよね」と言われて、ビックリしたとか。そういう話がたくさん聞こえてきました。
 
----- それまでもきちんとデザインされた樋がなかったわけではありませんでした。例えば、堀口捨巳や吉田五十八が設計したものは、板金屋さんが叩いてつくった樋などがあるわけですからね。しかし、それらは別注の域を出ることはなかった。それを伊礼さんが 標準品 として出したわけです。
 それまで樋が建築家たちに与えていたストレスを一気に開放させたのだと思います。それでいてデザインスタイルを選ばない樋のデザインなので、息の長いロングランになるといいですね。
 

スタンダード使用の外観

 


 

 

住宅外観の質を高めるデザインを目指して

 
—— 雨樋の次に、今、タニタと外壁も開発されているそうですね。

 
伊礼:雨樋のときは形だけを気にしていたのですが、一緒に今度は外壁をデザインさせていただけることになりました。外壁はどう取り付けるのか、排気フードなどとの取り合いなど、より建築的に考えなくてはいけないので、とても面白かったですね。
 一般的にガルバの外壁は、予算がないときの小波タイプと予算があるときの角波タイプの2種類があるのです。小波は、柔らかい感じがします。表からビスで止めていくので、これが安っぽい。しかし、コーナーの役物なしで折り曲げて使うことができてシンプルに納まります。角波はそれができません。役物を使うこともあって、小波よりはカチッとします。加えてサイディングになるので、表からビスが見えなくて高級感があるのです。
 けどそのなかで、角波みたいにカッチリした部分と小波の角から折り曲げていく良さ、そのどちらも取り込んだ製品ができないかと、新しく三角波というものを思いつきました。三角波って見たことがない。三宅一生のプリーツみたいなものです。三角波だともっと陰影がはっきり出るから、よりカチッとしたものができるし、三角だから角で折り曲げることもできる。
 実際につくってみたら、とてもうまくいったんです。ところが逆に陰影、メリハリがつきすぎてしまった。真横から見ると、もはや平面にしか見えないんですね。これではクレームになりそうだということになりました。
 

左:完全な三角でつくっていた改良前の「ZIG」 右:それらを実際の建物に設置して、さまざまな角度から見てみる。メリハリがつきすぎるのでさらに改良することに

 
 
そこで、三角山の部分に3ミリくらいの平らな部分をつくってもらったら、陰影の問題もクリアできたんです。今は、実際に物件で試験的に使用しながら、最後のつめをしているところです。これは周りの反応もよくて、今から使いたいという人もいるくらいです。またこれも角波のようにサイディング仕立てにしました。コストはかかりますが、やっぱりこの方が高級感がでます。
 


上段:改良後「ZIG」の断面 下段左:改良後の「ZIG」 下段右:ガルバ「ZIG」の使用例

 
 
—— 樋や外壁は、これまで板金屋さんが扱う物でした。そういった板金屋さんの声を拾ったり、彼らと歩調を合わせることに問題はありませんでしたか。
 
伊礼:板金屋さんの反応については、僕らも心配なことだったんです。谷田社長などは、僕以上に心配だったと思います。だから、こういった製品を新しくつくるときには、板金屋さんや工務店の方も来ていただいて、飲みながら打合せをしました(笑)。そこで問題点を洗い出すようにしました。
 僕にはよくあることなのですが、僕は図面をたくさん描くでしょう。だから、はじめて付き合う職人さんなんかは大抵、これは面倒くさいとか、これじゃもうからないとか言うんです。けど慣れてくるとそんなことはなくて、難しいものも完成すると職人同士が集まって、これはよくやったな!と言い合っている。するとお互い嬉しくなったりして、もっと難しいこともやろうとなるんです。
 だからもちろん今回のものも1回目は、どの職人さんも文句を言っていましたよ。
 
—— ある新しい製品をつくる際に、そこに現場で施工する人のことがきちんと入っていたということは、大事なポイントですね。伊礼さんにとって、こういった建築部材の開発の心得というのは、一体何なのでしょうか。
 
伊礼:僕のスタンスは、あくまで自分が使いたいものを作りたいということです。だから、たまたま谷田社長をはじめとして、いろんな方が一緒につくりましょうと言って下さる方がいたことは、とてもありがたいことです。
 

試作検証会の様子 (提供=タニタハウジングウェア)

 
 
—— ガルバの「スタンダード半丸」の雨樋は、発売されてから6年で、住宅を設計している人々には、かなり浸透してきたと思います。外壁の「ZIG」などもこれから同じように浸透していくことでしょう。
 一般的に「自分がつくりたいもの」というものは、自分が表現したいものなんだけど、伊礼さんの場合は、そこに自分というものが前面に出ていない「自分がつくりたいもの」なんですね。その抑制がすばらしい。明らかに住宅の外観のクオリティを救っていると思います。
 
谷田:「スタンダード半丸」などは、建築家の方も工務店の方も、本当にリピート率が高いんです。一度使うとやめられないようですね。塩ビの製品と比べれば、ガルバの製品は価格が3倍することもあります。それでも標準的に使っていただけるのは、すごいことだと思います。
 ガルバの「スタンダード半丸」がついてる建物は、本当にいい建物ばかりですね。横のラインをすごく考えて設計されているからこれを使って頂いているし、だからこそ見に行くと、いい建物で使っていただいているなぁと感動します。
 
—— 大きい組織であれば話は別ですが、標準化という理念から生まれてきた製品が、建築家にリピート率が高いまま使われていくということは、これからの建材や部材の開発の大きなポイントになるでしょう。
 
伊礼:昔から吉村順三先生は、どんなドアにもラワンのような安い材料を使ったとしても、金物だけは絶対にいいものを使いなさいとおっしゃっていました。もし予算がないからといって、金物を落とすようなことをしてしまったら、それはただのバラックになってしまうから、金物は大事なんだと。
 それは雨樋にも当てはまると思うんですよ。もし、外壁がただのモルタル壁になったとしても、雨樋を落としちゃだめだと僕は思います。雨樋をきちんとするかどうかで、建物の品が全然違ってきますからね。
 

左:スタンダード使用の実例「守谷の家」 右:スタンダード使用の実例「i-works・15坪の家」

 
(2012年8月31日|東京都・伊礼智建築設計室にて|インタビュアー:真壁智治)
写真提供:特記以外はすべて伊礼智設計室