玉水新吾(たまみず・しんご)
 
1953年生まれ。名古屋工業大学建築学科卒。ハウスメーカーで、住宅建設現場の施工管理や品質・保証・安全衛生、技術研修などを担当した後、独立。NPO法人雨漏り診断士協会の技術研究所長として、雨仕舞いの技術的指導に当たっている。「ドクター住まい」主宰。一級建築士、一級建築施工管理技士など保有資格多数。
http://www.doctor-sumai.com/
 

「住まいづくりの品格 スクラップ&ビルドシステムの終焉 [Kindle版]」(著:玉水新吾・都甲栄充2013/ビープラスシステムズ株式会社)
 

「写真マンガでわかる 住宅メンテナンスのツボ」(著:玉水新吾・都甲栄充/2013/学芸出版社)


 

雨漏りを受け入れ対処していく家が、私たちを幸せにする

people 06:玉水新吾 / Shingo Tamamizu

 

「雨のみち」にまつわる各分野の人やモノに着目し、「雨」をさまざまな側面から見つめ直すクロスポイントのコーナー。今回は、雨漏りの研究者でNPO法人雨漏り診断士協会・技術研究所所長の玉水新吾さんに話をうかがいました。

2013.12.19

 

雨漏りは“リスク費用”

 
----- 玉水さんのお仕事は、いわば住宅における臨床医のようなお仕事ですね。基本的にどんな依頼に対しても、いきなり雨漏りという視点ではなく、家の総合的な性能という所から入っていくのですか。
 
そうですね。私は雨漏り専門でやってきたわけではなく、トータルで施工を見ています。ただ、そこに雨漏りというものは、大きな因果性を生みがちです。だから雨漏りに対するお仕事が多くなるのです。
 
----- これまでの住宅産業は、いろんな職方、いろんなメーカーが関与しながら生産・再生産してきたわけですが、特に雨の問題になると、責任の所在が不明確になってくることがありますね。建築に関わる機構の中で、玉水さんが名乗られている「ドクター住まい」というある種の専門知見は、産業自体が必要としているものなのでしょうか?
 
私がサラリーマンとして働き現場を見ていた頃から、何が一番問題になっていたかというと、やはり雨漏りでした。それについては、材料のレベルをアップしたり、勉強会をすることによって大分良くなったと思います。ただ、台風が来て100軒雨漏りが出れば、いろんな人が、ものすごいエネルギーとお金を使って走り回るのですね。その負担は大抵、元請けが負担します。場合によっては、責任の所在を巡って争うこともあります。そういう事態に備えて、元請けでは雨漏り関係の予算として年間何億円規模の予算を組むわけです。
 
----- すごい費用ですね。しかし、それもある種のリスク費用ですね。
 
ある時期は、こういった予算もどんどん増えていたのですが、あるときから、このような雨漏りの予算が一番無駄じゃないのかと言われるようになりました。そこから徐々にマニュアル化を行ってきました。雨漏りに関する専門知見が求められたのも、そのころからだと思います。


 
 

家のデザイントレンドと雨漏りの関係

 
----- 前職の大手ハウスメーカーでの勤務は長かったのですか。
 
34年間、エス・バイ・エル(株)に勤めて、技術開発、生産管理・技術研修などの仕事をしていました。
 
----- ハウスメーカーが生産・デザインするものは、当然トレンドがあります。今までも片流れがあったり、シンプルモダンがあったり、屋根勾配がフラットになるなど、さまざまなものがありました。そのようなある種のデザイントレンドと雨漏りとは、どういう関係があるものでしょうか。
 
やはり意匠的な特徴を盛り込むと、構造的な問題を解消するためのお金がかかります。要は水を溜めるように設計してしまっているものが多いんです。設計の段階で一つのリスクになっているものが、施工時にきちんと対応するように頑張らなければ、雨漏りは減らすことができません。
 
----- 昨今のハウスメーカーはシンプルモダンな建物が多くなってきました。庇が整理されてくると、これはこれで問題が出てきます。
 
本来、庇は日本の家屋にはつけるべきものです。しかし、デザイン的な視点から、庇をなくしてしまうのが圧倒的に多いです。写真だけ見ても問題がありそうな建物は多くあります。庇が無い分、せめて防水しやすいような形状をしていただかないといけません。
 
----- 雨漏りしないためのデザイン条件というものはあると思いますが、意匠の開発、マーケティングからすると折り合いをつけることは、なかなか難しいのでしょうか。
 
タニタハウジングウェアであれば、例えば建築の材料の一つの観点として、雨漏りしないデザインの庇を開発していただけるとありがたいのですが……(苦笑)。今の庇は防水テープが張りにくいようなデザインのものもあるから、そういったものは求められるし、つくることはできると思います。
 
----- つまり施工の手順は、デザインと連動してないとうまくいかない。これはハウスメーカーだけではなく、フリーランス・アトリエ系の建築家にも同様に言えることだと思います。
 
特にアトリエ系の建築家の中でも、屋根をもう一度見直して、平屋の家も重要だと言う時代になってきていて、比較的屋根量が多くなってくる傾向にあります。屋根の処理、あるいは屋根と壁の納まりといった基本的な部分で、さらに雨仕舞の性能が上がる情報発信が求められると思うのです。以前のようにデコラティブなデザインから、シンプルなデザインへ移行してる中で、トラブルを発生させてしまうと、見識がないという結論になってしまいますからね。それでは非常にダメージが大きい。
 
一般的にメーカーは失敗したものは公開しないのですが、現場での事例を教えてくださることもあります。そういった雨漏りの事例を見て回ると、これでも駄目なのか!?というものがたくさんあります。例えば、柱のところに、わずかな通気がなくなっているだけでも、結露が発生したりします。そういった過去の失敗事例を、どんどん活用していかなくてはいけません。

現場管理のチェックポイント

 
—— 玉水さんの話を聞けば聞くほど、特に現場管理の、雨漏り関係のチェックポイントが、きちんと文書化されていたらと思います。建て方から、工事過程のプロセスごとに、現場管理のポイントのマニュアルがあると助かるのではないでしょうか。
 
工事管理者は現場管理を行います。その過程で配筋検査や構造検査などさまざまな工程があるのですが、本来は屋根の下葺材の検査や外壁の下葺材の検査もやるべきだと考えています。これをプラスしたとしても、そんなに時間はかかりません。ただそのとき一緒に職人の責任者が立ち会ってくれればいいだけなんですよ。これだけでも雨漏りの状況は大分変わると思います。
 
屋根は雨が降ったら作業が困るので、下葺材が現場に入ったら一気に作業して、半日足らず張ってしまいます。そうではなく、きちんと業者同士が手を組み、お客さんも納得させてあげたいですね。そのために、せめて屋根と外壁の2回だけ仕上げ材を張る前に下葺材の施工検査の日を作ってほしいのです。
 
後は、チェックシートで残す記録がないということも問題です。電子データでもいいので記録があれば、誰と誰が立ち会って下葺材検査したということがわかる。それがあると後々助かります。通常、集合住宅などは現場管理者が常駐しますが、会社によっては住宅を何十軒も掛け持ちすると、一週間に一度しか現場を見ないこともあったりするようですから。中には、電話だけで現場の工程を確認するだけということもある。そのようなことがリスクになっていくわけです。
 
----- どのような建物でも樋の取付けというものは、全ての工程の一番最後です。竣工日が直前にせまり、もう足場が取られてしまうというタイミングで「早く終わってよ!」と急がされるように取付けられるわけです。やはりそうではなく、フィニッシュの樋を取付けるところ、雨のみちをデザインするところまで意識して計画に入れるべきですよね。それによって建物の美しさも変わると思います。まずそれには設計者が現場に踏み込み、協議していく力も必要ですね。
 
そうですね。今の時代は設計者の方々も、現場では「どうすればいいですか?教えてください」という世界ですから、やはり職人や親方の意見をきちんと聞いてあげることが大事ですね。彼らはいろんな現場を経験して分かっている。知識と経験があるのですから、それなりの提案も出してくれます。そういうことをなるべく採用していくことができれば、現場全体のモチベーションも上がります。それに今までは早く回転してつくることが企業としても求めていましたが、これからは長持ちするものを建てる方向へ移っていかなくてはいけない。その方が絶対にお客さまが幸せになりますから。

外壁サイディングの通気工法の例。写真は、バルコニー腰壁の最上部、バルコニー笠木のすぐ下部にあたる。通気層として、約15㎜の空間を設けることで、建物の耐久性がアップする。空気が流れることで、雨漏りや結露による水滴も流れて排出される。あるいは蒸発する。通気層が無い場合には毛細管現象により、入った水滴は乾燥することなく、建物に悪影響を及ぼすこととなる。

 
 

一次防水で処理できなかった雨水が、二次防水であるアスファルトフェルト・透湿防水紙の上を流れ、外壁材の下に設けた通気層を伝い基礎に出てきてしまっている。浸入した雨水が、通気層によって速やかに排出できたことは良かったが、土台水切りの上に出てくるはずの雨水が、土台水切りの下に出てきてしまっている。土台水切りの立上げ材の上にアスファルトフェルトがかぶっていない。

日本住宅の通気層のすばらしさ

 
家を長持ちさせるということを考えたときに、通気層は重要なポイントになります。例えば、通気層を壁だけではなく屋根の方にもきちんと取ると、おそらく十年分くらい耐久性はアップすると思います。
 
----- 通気層が義務づけられたのは、どれくらい前のことなのですか。
 
ここ十数年のことだと思います。それより以前のものはサイディングも直貼りでした。通気層の義務づけは、日本の住宅で大いに貢献したと思います。最初は5㎜ほどしかありませんでしたが、やはり15㎜ぐらいが一番良いだろうということで、落ち着きました。5㎜も15㎜も、永く建つ建物のことを考えたら、厚みのことはたかが知れているので、ケチらないでほしいですね。コスト優先の建売住宅などでは、見えないところは削りがちですが、通気層がないことは絶対に避けて欲しいと思います。
 
----- 日本の家の寿命化という面では、15㎜の通気層はサッシの高性能化よりも評価されるべきものかもしれませんね。
 
そうですね。本当は表彰もできるくらい素晴らしいものだと思います。できれば、左官業界でも、新しい物に関しては通気性も考えて開発していただきたいですね。他にも、例えばタニタさんの屋根材料を使うのであれば、通気層を絶対につけなければいけない、といった縛りをつけるのもいいと思います。(一同笑)
 
----- 屋根と壁、雨に関する問題は、どちらの方が多いのですか。
 
実は、雨に関する問題は、屋根よりも圧倒的に壁の方が多いです。開口部はもちろん、壁は屋根やバルコニーなど、さまざまな取り合いが増えるからです。

東大寺大仏殿(8世紀前半)

 
 
 


小屋裏の結露などを、屋根の換気トップから排気するための小屋裏換気扇。小屋裏の結露解消対策だけではなく、夏場の小屋裏の温度が下がることで、2階の居室の温度が下がることになる。

雨の行き場がなくなってしまった現代住宅

 
 
昔の法隆寺や東大寺といった木造建築は、基本的には雨漏りがありません。万が一、雨漏りしたとしても、その水はごく自然に排出されて、なりたっていました。しかし、現代の家は、雨漏りに対して過剰に神経質な構造になってきているように思います。高気密で高断熱になり、外断熱など家の仕組みが複雑になる。閉じきった家の中で、雨の行き場がなくなってしまっているのです。言いようでは、雨の方が最大の被害者かもしれません(笑)。
 
----- お寺などの木造建築は全部オープンで結露は起こらないので、建物が傷まない。日本人は古来、雨との上手な付き合い方をしてきたわけですが、近代化の中で、雨を忌み嫌いながら、雨を遠ざけるような生活を生み出してしまいました。あるいは技術が万能になることで、雨との共生が阻害されてきているように思います。
 
ここで今一度、高気密・高断熱というものを、なかったことにできればいいのですが、そういうわけにもいかない。とにかく、家の中の空気をもっと循環させたりすることが重要になってきますよね。
 
もうここまで高気密・高断熱となってくると、多くの人は昔の家には戻れないでしょう。その上で、空気を循環させることはとても大事で、例えば、調整機能付きの換気扇は、一日6時間ほど動かしますが、毎月の電気代は100円ほどです。そのくらいであれば自然の風にこだわるのではなく、もう少し換気扇を使った方がいい。
 
雨についていえば、とにかく漏れないものをつくる。そして、漏れたらすぐに直すということが重要になってきます。直すときに雨の浸入口を見つけることが、とても難しいんです。雨水の出口が1箇所であっても、浸入口は複数あることは多いです。雨がどこから入り、それにどう対処するのかが、一番のポイントになるのですね。
 
----- そういう意味では、昔の民家のような家は、クリアボックスのようであったわけですね。梁や天井のように家の構造を見えるようにすることが、家の長寿命につながる。要するに矛盾やずれが出てきてもそれらを発見できるようになります。

雨のコンサルタントとして

 
----- 玉水さんのこれからのお仕事の分野は、雨のプラスとマイナス、両方のコンサルタントが対象になってくると思いますが、どうでしょうか。
 
効率的に考えると、雨のプラス面は少なくなってしまいます。例えば、雨水を貯めるシステムをつくったとしても、結局庭の水やり程度にしか使えません。そのことと経済性とを釣り合わせることは難しい。日本は雨を上手に利用することを昔からしていたので、雨水の活用は面白いことですが、もっと市民的な趣味など、純粋に楽しい世界で価値を見いださなくてはいけません。
 
----- 今の住宅の在り方をもう一度批判し、発言する人が出てくれば、プラス面、マイナス面の受け入れ方も変わってくるのではないでしょうか。雨が災難として受け取られる時代になりつつありますが、災難として受け入れられる前に、もっと根本的な部分から見直していくべきだと感じます。
 
その通りですね。戦後、断熱性・気密性を優先した結果、閉じた家の傷む速度は速くなりました。結果として日本の住宅は約30年で建て替えの時期をむかえますが、イギリスは約140年、アメリカは約100年もちます。地震など、地盤との因果関係もありますが、アメリカの住宅は2×4(ツーバイフォー)で同じく閉じていても、こまめにメンテナンスして悪いところを直すので、長寿命です。
 
---- これからはもっと、一般の人に家の仕組みをわかりやすく伝える必要があるのですね。どうやって合理的に住まうかということを、生活する人が理解しなければ、真のサスティナビリティは実現しません。家についての知識を布教する上で、玉水さんのお仕事は、今後さらに重要になってくると思います。

 

(2013年4月15日|東京都板橋区・タニタハウジングウェア本社にて)

 
 

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