石原沙織(いしはら・さおり)
2004年、東京工業大学総合理工学研究科環境理工学創造専攻修士課程修了。2011年、東京工業大学総合理工学研究科環境理工学創造専攻 博士課程修了。2011年、東京工業大学応用セラミックス研究所建築物理研究センター 研究員。2012年、千葉工業大学工学部建築都市環境学科 助教。
http://www.ishiharalab.com/
建物を長く使い続ける
そのために防水性の研究はある
people 07:石原沙織 / Saori Ishihara
「雨のみち」にまつわる各分野の人やモノに着目し、「雨」をさまざまな側面から見つめ直すクロスポイントのコーナー。今回は、防水の研究者、千葉工業大学工学部建築都市環境学科助教の石原沙織さんにお話をうかがいました。
建築材料との出会い、そして防水へ
----- 大学院の修士課程、博士課程では、かなり独創的なこと研究されていたそうですが、まず、学部のときは、どのようなことをされていたのですか。
学部では、建築ではなく理学部で物理を勉強していました。4年生のときにいろいろな研究室がある中で、畳を専門としていた南澤明子先生の研究室に入りました。「物理分野でもこんな研究があるんだ。一番身近な材料だしとっつきやすいな」と興味を持ちました。その時はじめて建築材料に触れたのですが、理学部だったので工学的な観点ではなく、細かい部分の話が多かったのです。もっと実現象に近い研究をしてみたいなと思ったのがきっかけで、大学院では工学部のある東京工業大学で建築材料について学ぶことにしたのです。
----- 大学院で工学に移られてから、屋上緑化を研究テーマに選ばれた。そのきっかけは、どのようなものだったのですか。
大学院では、防水で有名な東京工業大学の田中享二先生の研究室に所属していました。当時漠然と「環境にも関係するような建築材料の研究をしたい」と考えていたところ、先生からアドバイスを頂き、修士論文のテーマに屋上緑化を選んだのです。屋上の押え層を、コンクリートではなく砂利や砂、土にしたらどうなるのかという研究は、当時田中研究室で少し行われていたのですが、屋上緑化そのものについて取り組んだのは、私がはじめてでした。
大学院の修士に入ったのが2002年なのですが、その数年前にゲリラ豪雨で神田川が氾濫し、練馬で大きな被害が出たことがありました。そのような状況もあり、屋上緑化が一つの機能である雨水を貯留するということに着目されはじめた頃だったのかもしれません。
----- 屋上緑化といえば、荷重の話が中心になりがちですが、まさに防水層とからんでくる部分です。緑化屋根の雨水排水の遅延効果というものは、建物の軒下にある犬走りを屋上に持っていったようなものなのでしょうか。
そうですね(笑)。土に保水された水は徐々にしか排水されません。この性質を利用して、 土に一旦保水させることで建物からの雨水排水を少しでも遅らせようということなのです。土をバッファー機能として使うということですね。
研究室があった建物のペントハウスが4m×5mくらいだったのですが、そこを研究室のメンバーに手伝ってもらいながら実際に緑化して試験体としました。他にも様々なパラメータをふった3×6板の大きさの屋上緑化試験体も作製しました(下写真)。それに自作の人工降雨装置から雨を降らせた時の排水挙動を測定したり、実際に台風の最中に泊まりこんで30分置きにどれくらい排水しているかを測定する実験をしたりしました。
屋上緑化の雨水排水遅延効果の実験状況
研究や実験はおもしろいです。実験装置はどこかに売っているものでもないし、特に今まで誰も測ったことのないものを測るためには測定するための装置を自分で作らなきゃいけない。さらにひとつずつ組み立てていって、こういうふうになるだろうなと予測した通りの結果が出てきたりすると、やっぱり嬉しい。そういうことにやりがいや喜びも感じます。
これまで研究の過程では、熱環境的な観点から屋上緑化を研究されてきた同じ東工大の 梅干野晃先生にもいろいろと教わりました。また、雨が降った時に土の中を通って流れていく水のシュミレーションモデルをつくるときには、同学科の水理学の 石川忠晴先生やその下にいた研究員の方にお世話になりました。
日本最古の屋上緑化から学ぶこと
----- 屋上緑化で植えられる植物にはどのようなものがあるのでしょうか。
今日に至っては、屋上緑化で植えられる植物は、多種多様です。セダムや芝生のような地被植物だけ植えている所もありますし、庭園のように樹高の高くなるような樹木も植えられている所もあります。常緑樹だけではなく落葉樹や、それこそシダレザクラやソメイヨシノといったものが植えられている所もあり、四季が楽しめたりもします。ただ土の層の厚さは気をつけなくてはいけません。土の層が薄いと、育ちが悪くなる可能性が出てきたり、耐根性の観点からは、植物の根と防水層が近くなるため危険度が増します。また、屋上面には風が吹くと負圧が働きます。ですので特に高木の場合、耐風性の観点からはしっかりと固定されている必要がありますが、支柱が不十分であったり、土の層が薄く十分に根を張れず、不具合につながる可能性もあります。
耐根性がないと根が防水層を貫通してしまう
----- 日本において屋上緑化の古い事例というのはありますか。また、そういった古い事例から学ぶべきこともあるのでしょうか。
現存する日本で最古の屋上緑化といわれているのは、山口県の下関にある<旧秋田商会ビル>(下写真)です。大正4年に竣工された地上3階建ての社屋ビルで、竣工当初から屋上緑化されていたそうです。見学に行った際に「漏水して困る」と聞きました。確かに天井を見ると水が漏れた跡や染みができていました。こういう貴重で高い文化財的価値を持っている建築物は、適切な形で保存し続けて欲しいと思います。
<旧秋田商会ビル>外観
他にも既往の研究では、古い屋上緑化において、陸屋根の押えコンクリートの目地に根っこが入ってしまっている事例がありました。根っこはそういう弱い部分を巧みにみつけ、入り込んでいきます。地上部でもアスファルトを隆起させて、亀裂から生えている植物がありますよね。やはり植物の力はすごいわけです。
根の肥大生長によるアスファルト舗装の不具合
防水性能を上げるために必要な施工技術の定量化
— そのような修士の研究から、博士に移ると次の研究の感心は防水材料の耐候性へと移っていったそうですが、例えば、地震との関係については、どのようなことがあるのでしょうか。
東日本大震災が起きてから半年後くらいに、個人的に田中先生と建築試験センターの方と3人で被災地へ行きました。
当時はまだ、車から降りるのもままならない状態だったので、被災状況を車内から調査するだけでした。ただ、地震が起きると当然建物には非常に大きなムーブメントがかかります。当然防水層にも亀裂が発生する可能性があります。例えばシート系防水のジョイント部では、剥離が発生する場合もあるでしょうし、防水材自体が破断する場合もあります。それは塗膜防水でも言えます。また仮に亀裂や剥離は発生しないとしても、このように脆弱した部分というのは、紫外線や気温や水などといった環境因子の影響により劣化し、いつかは破断してしまう可能性が高まります。
----- なるほど。耐候性と一時的な力の負荷とは、また別の問題なのですね。
石原さんの研究では、水を流す一番最後の吐水口の端部というものはどのように考えていますか。
いろいろなドレンの引き方がありますが、屋上緑化の場合はそこに土や葉っぱや根っこが入らないようにするというのが第一です。管理可能なある程度のスペースを維持した上で、排水のところからは少し離して緑化させるとか、枠を作っておくとか、そういう工夫が必要です。また防水メーカーが屋上緑化専用のドレンカバーを作ったり、ドレンを覆うためのネットやガーゴイルといった規格品もあります。
----- 防水とその施工技術というのは、無縁ではないですよね。
その通りです。防水の施工性は、今まで研究されてきませんでした。ちょうど今、我々はその研究をしています。塗膜系の防水層を施工する際には、ある程度の膜厚を確保しなくてはならないのですが、それは使う道具や希釈率で違ってきます、当然職人さんの施工技能や施工環境によっても違ってきます。これまでは職人さんの経験に頼ってきた部分が大きいのですが、施工性について定量化し、どういう条件の施工がどのような品質を生み出すのかという事を明らかにする必要があります。またそれを、どんどん社会に発信していく必要もあります。
塗膜防水の施工性に関する実験状況
また、屋上緑化の施工では、まず防水屋さんが来て次に造園屋さんが来て、ということが多いです。それぞれ職人さんとしての技能は素晴らしいのですが、ここは防水の大切なところだから注意して扱ってほしいというところを、造園屋さんは分からない。結果、破ってはいけない防水層を破ってしまったり、スコップで突いてしまったりということが、まだまだあるみたいです。
----- そういったことは、設計事務所レベルでは、十分に管理できないですね。
伝統的建築建材を見直そう
----- 石原さんは、伝統的な建築材料についても現在取り組んでいるということですが、その興味のきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
日本には和室という素晴らしい文化があるのに、現在では和室のない家も沢山あります。古くから永く使われているものは、それなりの良さが沢山あるのに、例えば漆喰壁よりも施工が簡単な壁紙が普及していますし、畳よりもフローリングが普及している。せっかく天然素材を使った素晴らしい材料があるのに、もったいないという想いが常々ありました。
----- 伝統的な建築材料の研究をしている中で、今、おもしろいと考えていることにどんなことがありますか。
今は、主に内装材料である壁と床材に着目していて、畳と漆喰壁を研究の対象としています。
例えば漆喰壁の場合、シックハウスが話題になって以降、ホルムアルデヒドの吸着の研究は、いろんなところでされているのですが、実は吸放湿についての研究は、それほど多くありません。一般の関心が高まったこともあり、市場には、手軽に施工できる漆喰壁ということで既調合漆喰というものがありますし、漆喰塗料というものもあります。
そこで、同じ塗厚の昔ながらの工法で施工した漆喰と既調合漆喰の吸放湿性能を同時に測定しました。すると既調合漆喰の吸放湿性能は、漆喰の吸放湿性能のおよそ半分だったのです。やはりより高い吸放湿性能を確保したいのであれば、左官屋さんが何層にも重ね塗る昔ながらの漆喰が良い。ただ既調合漆喰が悪いということでは決してありません。手軽に施工できますし、施工期間も短くて済みます。適材適所ということで、昔ながらの工法で施工した漆喰も一つの選択肢に入ることが、ごく当たり前になってくれると嬉しいですね。
学術的な研究というのはアカデミックな研究で終わってしまいがちですが、それではあまり意味がないと思っています。実社会にどのように活かされていくかというところで本当の意味が出てくるので、産官学が連携してやっていくことも、これからは必須だと思います。
性能を引き出すための工法の検証を
----- 石原研究室としては、現在、全体的にどのような研究をされているのでしょうか。
屋上緑化防水に関する1テーマに2人、伝統的建築材料の吸放湿性能に関する2テーマに2人、防水の工法に関する1テーマに1人、太陽光発電の耐風性に関する1テーマに2人の学生をつけています。今年は防水の施工性をテーマにした学生が結構多かったですね。
太陽光発電の耐風性については、普及しているわりに、実は検証などがあまりやられてこなかったので、その予備的な研究に取り組んでいます。一番危険なのは、太陽光発電パネルが家電量販店で気軽に買えてしまうこと。そして、それらを施工する際に施工業者が、特に気を付けないために防水層に穴をあけてしまうことなのです。
新しく確立した工法では、これまでとは違う見方で検証しなくてはいけない場面に出くわすことがあります。例えば、機械的固定工法の防水層は、ビスで下地に止めつけるのですが、今までは風圧を鉛直方向だけとして捉えてビスの強度も上に抜ける力だけで考えられていました。しかし、田中先生が主査となった建築学会の委員会メンバーを中心に、実際に宮古島に建屋を建てて固定部に作用する力を測定したところ、上に引き抜くのと同じくらいの力が横方向にも発生していたのです。だから、本当は両方の力でビスの引き抜き強度が考えられなければいけなかった。
これと同じことが太陽光発電パネルの固定部についても言えると思い、研究を始めました。まず第一段階として、固定部にどのような力が働いているのかを測定する方法を考え、大学の風洞実験装置を使って測定し始めているところです。
2013年7月16日(火)13:30〜15:00 千葉工業大学津田沼キャンパス石原研究室内にて収録