大西正紀(おおにし・まさき)
1977年、大阪府生まれ。2003年、日本大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。2003-2004年、Ushida Findlay Architects (UK)勤務後、2004年、mosaki共同設立。mosakiでは編集及びデザインを担当する。後藤繁雄 "スーパースクール"9期生。2004-2007年、日本大学理工学部建築学科助手。2010年より「けんちく体操」の活動を開始。主な編集に『新しい建築のみかた』(著:斎藤公男|2011|エクスナレッジ)、INAX出版による[建築のちから]シリーズ『藤森照信 21世紀建築魂』(2009)、『20XXの建築原理へ』(2009)、『地域社会圏モデル』(2010)ほか。主な受賞に日本建築学会教育賞(教育貢献)ほか。
銅製の雨といといえば、寺社神社仏閣や立派な和風の建物を想像しがち。けれども、最近になって伊東豊雄や藤森照信、アトリエ・ワンなどをはじめとしたアトリエ系建築家たちが、経年変化をする銅の風合いをもった雨樋を採用する場面を目にするようになった。そこで、使われているのが、タニタハウジングウェアが新たに開発したハイブリッド型雨とい「SusCu(サスク)」だ。この製品は、ステンレス綱と純銅がハイブリッドされているという。そのメリットは何なのか? 設計者たちは、何に惹かれるのか? その開発の秘密を探るべく、製品がつくられている現場を訪ねた。
自分たちの手で研究する.
部室のような秘密基地で誕生した「SusCu(サスク)」
2014年2月某日。東京・板橋区、JR浮間舟渡駅から歩くこと十数分、小さな川を渡ったところにタニタハウジングウェア(以下、タニタ)の本社はあった。出迎えてくれたのは、今回取り上げる「SusCu(サスク)」の開発に携わっている企画課の飯島清一さん。さっそく本社の建物へ案内されるのかと思ったら、あれよあれよと裏手に通され、たどり着いたのは倉庫の一角だった。
扉を開けるとそこには...
部室のような部屋が現れた。「雨水」と書かれたバケツが目を引く。
元々は倉庫として使われていたこの場所を、数年前から自社での研究スペースとして使用している。サスクの研究もここで重ねられてきたのだという。そのきっかけは、どのようなものだったのだろうか。
「当社は、1970年に銅雨といの加工を開始し、以後、日本中の多くの建物に採用されてきました。ところが、近年になって銅雨といに孔が開いてしまったといった事例が、でてきたのです。原因は、酸性雨によるものが多いということが、わかってきました。
そこで、これまでのような純粋な銅雨樋を改良し、内面に塗装をした銅雨といを開発しましたが、抜本的に新しいタイプの銅雨樋をつくらなくてはいけないとも考えていました。それが、「SusCu(サスク)」開発のきっかけとなりました。」
かつでは“一生もの”とうたわれていた銅雨樋。しかし、各地から届けられてくる、数十年前に取り付けられたそれらを手に取ると、いくつもの孔が見られた。等間隔に孔が開いているのは、すべて瓦からたれて落ちる雨の水滴がピンポイントでそこに当たったことによる劣化なのだそうだ。新たな研究は、この劣化について分析するところからはじめた。そう話しながら、飯島さんはさらに奥の部屋に入っていく。
そして、そこに鎮座していたのは… なんだ、コレは一体!?
謎の装置が!?
「これは、自分たちで作った試験装置です。まずは、雨そのものが銅雨といにどのような影響を及ぼすのかを研究しながら、さらにどんな素材や塗装が、有効に対応するのかを調べていきました。これを見てください。点滴のように試験体に擬似的な酸性雨をポタポタと降らせています。このポタポタが、孔が開く要因の一つなんです。」
試験装置をのぞきこんでみると、いくつもの試験体が並んでいて、そこにポタ、ポタと疑似的な雨粒が落ちていく。複数の試験体は、一見同じように見えるが、ひとつひとつを見ていくと、そこに現れている劣化の状況が異なっていることがわかる。
「現在、工業生産で用いている金属の塗装膜は20ミクロン位で、髪の毛の1/4程度の薄さになります。キズが付かないように塗膜を厚くしたり固くすると製品加工ができなくなるし、柔らかすぎると使用時にキズがつき易くなる。つまり、耐食性と後加工しやすさを兼ね備えたバランスを考慮した結果の厚さです。しかし、目に見えない数ミクロンの傷がついたとしても、長期的に見ると酸性雨はそこからでも染み込み、科学的な反応を起こして腐食させていくということもわかりました。このように自前での研究を重ねていきました。当初はフッ素系で塗膜の厚い塗料も考えたのですが、高温焼付けによって表面が酸化する銅の洗浄工程や、製品加工後の塗装工程等が重なることで、お客様の手にとってもらえないほどの高コストになってしまう。それでは製品化ができないというジレンマを感じていました。
そこで金属でかつ酸に強いものはないだろうかと考えていた矢先、ある金属メーカーの方が営業にいらしたのです。そのときにステンレス綱はどうだろうという話になって、一気にプロジェクトは進みました。結果、数年前にステンレス綱という他の金属と従来の銅の特性を併せ持ったハイブリッドな金属に至ったのです。」
これまでに同様の研究を塗料メーカー等と協働したこともあった。しかし、そのときの体制は、あくまでもクライアントであるタニタの性能要求に対して既に規格化された個々のテストを実施するだけ。そこから新たに生まれる問題を洗い出し、最終使用環境を加味したクリエイティブな解決策、飛躍的な発想につながることはなかった。
いっそのことそれなら自分たちでやればいいのではないか。ものづくりの現場に生まれた、部室のような小さな研究所で、開発や営業、職人といったさまざまな立場の社員たちが、手作りの試験装置を介して議論を交わしていく。「SusCu(サスク)」は、このような場所だからこそ生まれた製品だった。
銅雨樋の進化版サスク
サスクの外見は銅製の雨樋だが、内部はステンレス綱でできている。具体的には、外側はメッキ処理の約10倍厚い0.1ミリ厚の純銅、内側は0.3ミリ厚のステンレス綱。それぞれを原子間で熱癒着させたハイブリッドだ。結合部は金属結合となるため、剥離や変形に対しても強さを発揮する。内側をステンレス綱にすることで、圧倒的な耐候性と合わせて施工性も高めた。従来の銅雨樋は、扱いが繊細で、運ぶ際にゆがんでしまわないように気をつかわなければならなかったが、サスクは現場でも職人たちは気軽に持ち運ぶことができる。
外見については、これまでの銅雨樋と同じように経年変化し続けることが、大きなポイントとなった。赤橙色から赤褐色、そしてやがては緑青が発生する。その色調変化、風合いを出すことにも成功した。
さらに新しいサスクとこれまでの銅雨樋の使い方にも、特徴がある。なんとそこもハイブリッドだ。
「当初は従来の銅雨といとは別のシリーズとしてハイブリッド型の銅雨といサスクを発売しましたが、これまでは組み合わせて使うことはできませんでした。そこで今回は、この新旧を一本化したいということになったのです。つまり、これまでの純粋な銅雨といと、新しい純銅の風合いを活かした耐候性のある雨といサスク、この2種類をうまく組み合わせて、適材適所でセレクトすることができます。このことで、コストパフォーマンスも上げることができると考えています。」
上:岩沼「みんなの家」(設計:伊東豊雄 / 2013) 中:「はま松ハウス」(設計:藤森照信 / 2012) 下「タママチヤ」(設計:アトリエ・ワン)
歴史的な銅雨樋を現代のものとしてハイブリッド化させたサスクは、製品化と同時に少しずつその事例を増やしてきているそうだ。近年では、伊東豊雄や藤森照信、アトリエ・ワンなどをはじめとしたアトリエ系建築家たちによる採用も目に付く。このことを建築プロデューサーの真壁智治氏は、下のように捉える。
「これまで銅の風合いには、和風、高級素材といった固定観念がありましたが、今の時代に建築家の方々に使われているのを見ると、そのようには見られていないことがわかります。むしろ、銅雨樋というものが、家全体のデザインを決して邪魔しない存在として扱われている。
つまり銅雨樋は、建物の品格を崩さず、現代の建物にもフィットするもの、さらにはアクセントになるものだということが実証されたわけです。」
ハイブリッド銅雨樋サスクの登場によって、雨樋に新たな選択肢が登場した。その射程は、これまでの寺社仏閣といった日本の伝統的な建築物から、現代建築までと広範囲に捉える。アルミでもなく、スティールでもなく、銅という素材を建物が身にまとったときの、高品格、高品位が、これからの日本の風景を少しずつ変えていきそうだ。
誰もが体験できるタニタラボスペース
上段:タニタの倉庫の一角にオープンしたラボスペース 下段:ラボスペースでは、現在人口緑青を施す実験を行っている。均一に色を出したり、あえてランダムな模様を施すなど、さまざまな可能性を見ることができる。
最近、タニタでは倉庫の一角をオープンして、サスクはもちろん、雨樋や壁材、屋根材といったあらゆる製品を展示する場を設けている。実際のものを気軽に手に取ることができると、噂を聞きつけた建築家や材料の研究者たちが、日々訪れているという。最近では、その場で銅板の表面に人工緑青を施す実験が行われていて、それも見学することが可能だ。まさに建築家にとっては、遊び場のような場所だ。
「タニタは、設計者や工務店の皆さんに、ただ製品を提供するだけではなく、どんな難しい依頼にも、ひとつひとつ応えていくことができればと思っています。だからこそ、私たちのものづくりの場をオープンにして、どんどん来ていただいて、いろんな意見をいただきたい。そうして、より良いものづくりをこれからもしていきたいと考えています。」