建築家、堀啓二さんによる新連載「雨のみち名作探訪」。第二回は、シュレーダー邸からいくつかの事例を通して、建築に溶け込む雨樋に着目していきます。
ファサードの構成要素となる樋
/ 樋を樋として見せないデザイン
第一回目で「シェルターとしての安全性、耐久性やメンテナンスを考えると雨の処理は、建物外部で処理するのが基本であると私は思う」と述べた。その中で「樋をアート化する」という手法で、樋を面と線の構成要素の一つとして見せているシュレーダー邸(設計:ヘリオット・トーマス・リートフェルト(1888 - 1964))を例にあげた。これは雨樋を雨樋として見せないデザインの美しい例である。今回はシュレーダー邸に代表される建物外部で雨を処理しながらも、建築に溶け込み一体となって雨樋が感じられない美しいファサードを紹介したい。
面と線によるシュレーダー邸
設計者のヘリオット・トーマス・リートフェルトは、家具デザイナーであり建築デザイナーである。彼は、家具職人である親の跡を継ぎ、家具・インテリアのデザインからスタートした。
後に、ピエト・モンドリアンに代表される前衛的な芸術運動「デ・スティル運動」に参加、皆さんが一度は見たことがあると思う図のような実験的で前衛的な家具デザインで脚光を浴びた。一枚の紙を折り曲げた少し座るのをためらうアクロバティックな「Zig zag chair」、座と背の面とそれを支える線材で構成され、赤、青、黄色の原色と黒で色度られた「Red&Blue Chair」。これらの家具は、機能だけでなくインテリアを彩る美しいオブジェにも見える。
そのような経歴の彼が、最初に手がけた建築が「デ・スティル運動」の理念を具現化した建築として一大センセーショナルを巻き起こした「シュレーダー邸」だ。シュレーダー邸の外観は、幾何学的な面と線で構成されている。モンドリアンの絵画を3次元で表現したかのようにすべての幾何学的構成要素を等価に扱っている。この面と線の構成がレンガ造、石造では得られなかった開放的な開口部をつくり出し、光が溢れ風が流れ、豊かな眺望が確保できる居心地の良い場を創り出した。
外観の街路に面する主な面は南と西である。この2面には2層の大きな壁が地面から建っていて、その他の面は宙に浮遊したように軽やかに表現されている。それがリズミカルでありながら、ヒューマンなスケールを創り出している。露出した雨樋は、この大きな白い面に偏心して面の中にバランス良く配置され、大きな面を和らげるとともにデザインのポイントとなっている。シュレーダー邸を実際訪れた時、遠景ではこの雨樋の存在は全くわからなかった。近づいてじっくり観察し、でんでんがあることで初めて樋だとわかり、その巧みさに驚かされた。このように雨樋も面と線の構成要素の一つの線として扱われ、雨樋と感じさせない美しい外観を創り出している。
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フレームを構成する化粧雨樋 西調布集合住宅
集合住宅の外観は、手摺、開口、庇、屋根、隔て板、PS、雨樋、ドレーン管、連結送水管、空調室外機など様々な構成要素でできているが、ファサードデザイン上は不必要な要素も多い。これらの内、雨樋以外の設備的なものは極力目立たないように配置や納まりを検討してできれば隠蔽し、外観に出ないようにしたい。極力構成要素を減らし、単純で整理された形態が美しい。しかし、集合住宅では雨樋の隠蔽は難しく、バルコニー側と開放廊下に必ず露出で出てくる。デザイナーにとって最も処理が難しい部位の一つと言える。
難しい点は主に2つあると私は思う。一つは必ず出る横引きが各階の軒裏に出て表情を乱す。もう一つは隔て板、バルコニー、廊下のスラブを受けるキャンティレバーの梁(跳ね出しが2mを超えると必要な場合が多い)や柱部分での通路幅の確保などで柱の芯からずれることが多く、全体のリズムを乱してしまうことだ。
これらを解決すべく検討し実現したのが、西調布のコスモ・ザ・パークス調布多摩川である。このプロジェクトの特徴は、多摩川の眺望が広がる南西面に120mの長大なファサードを持つことだ。また、良く見かけると思うが日影規制のため西に向かい段々とセットバックしている。圧迫感がある上にスカイラインを乱す。まずはセットバック部分を最上部庇とスラブの水平線と縦リブの垂直線によりフレームを構成、整形となるように調整しスカイラインの輪郭を整えた。縦リブはPCなどが多いが、ここではこれを雨樋兼用化粧柱とすることで雨樋の存在を無くした。ここで使用したのは既製品であるが、スラブを欠きこみ、化粧柱とスラブ先端を同面にしたことと、化粧柱の見付けとスラブの見付けをほぼ同寸としたことで、フレームデザインを強調した、軽やかでリズムのある美しいファサードを創り出した。
既成の雨樋が端正なファサードをつくる ヌーヴェル赤羽台6・7号棟
集合住宅において開放廊下側のファサードは特に単調になりがちで、さみしさが漂いがちである。このプロジェクトには、コミュニティの延長として開放廊下に出ニッチと読んでいるベンチ付きのガラススクリーンボックスを設けている。夜は行灯のように光り、夜の風景を創り出す。
問題の雨樋は、スラブ先端の配筋には十分な検討を行い、横引きドレンを介して、手摺前面に既製品のアルミバンドレスを使用した。そうすることで鬱陶しい横樋を無くし、宙に浮いたような軽やかな美しい縦のラインを生み出した。アルミの横リブ手摺との対比や、出ニッチと協調しあい、リズム感のある楽しいファサードを創り出した。
上:ヌーヴェル赤羽台6・7号棟外観
上:ヌーヴェル赤羽台6・7号棟開放廊下
上:ヌーヴェル赤羽台6・7号棟開放廊下
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。大東文化大学板橋キャンパス(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事賞)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか