谷尻 誠
 
(たにじり・まこと):1974年広島県生まれ。1994年穴吹デザイン専門学校卒業後、本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て2000年建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。2014年より吉田愛さんと共同主宰。現在、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授。
 
LINK:サポーズデザインオフィス

2019/10/28   

1/3 自分の落ちこぼれ具合が「共感」に

 
ー 谷尻さんが共同代表をされているサポーズデザインオフィスでは、数多くのプロジェクトをされてきて、今では多くのスタッフを抱えられていると思いますが、設計事務所の組織としての育ち方、スタッフの育ち方は、どのような実感を持ってこられていますか?
 
谷尻:それが、どうもあまり考えずに人を入れちゃうんです。人に会うと、あぁ、この人いたほうがいいんじゃないかなと思って。会ってしまうと、採用しちゃおうかみたいな。メールや手紙だけでは、そんな気持ちにはなりませんが、1度会うとなっているときは、ある程度採用する気持ちで会うという感じもあります。
 
ー すばらしいのは、その上できちんと仕事が多いってことです。
 
谷尻:建築家って基本的に敷居が高いじゃないですか。僕、いつも医者に例えて話すんですけど、お医者さんって、いざというときに頼む感じじゃないですか。先生、お願いします、みたいな。うちの娘の命を何とか助けてください的な。けど、僕の立ち位置は町医者です。○○さん、元気でやってる?っていう、普段から町の人とコミュニケーションする町医者です。町の人と関わりながら建築をやりたいなっていう。
 
ー なるほど。民兵的で気軽に相談できるお医者さんというか。フランクに話し掛けられて、話しやすい、そういう建築家でいたいと。
 
谷尻:町医者でも『ブラックジャック』みたいに、ちゃんと手術がうまいみたいになれると最高じゃないですか。
 
ー あれは憧れます。
 
谷尻:ゴッドハンドっていうんでしょうかね。
 
ー そういう関わり方がもうなんか、今までの建築家とは多分ちょっと違うから頼みやすいんだと思います。“谷尻マジック”の中で非常に大きな要素は、純粋に谷尻さんという人が、人気があることなだと思いました。その原因は、ある種の自由さなのかなと思ったんです。谷尻さんが生み出すものの自由さが人気の支えになるのかなという。
 
谷尻:僕も自分のことを少し、なぜ仕事が多いのか、仮に人気があるかどうかはさておき、人気があるとしたならば、なぜ共感されるのかってことを自分なりに読み解いてみたんですよ。それで自分の答えとしては、やっぱり落ちこぼれだからいいんだなと思ったんですよ。
 
ー 鋭いですね。
 
谷尻:建築家ってみんな優秀なんですよ。
 
ー そうですね。
 
谷尻:僕からするとサラブレッドで、やっぱりエリートな感じがするんです。僕、正直勉強全くしてこなかったので落ちこぼれなんですけど、安藤忠雄さんが人気な理由も落ちこぼれが頑張って成功したっていう、このストーリーに人が共感しているところもあります。映画でも漫画でも最初から強い野球チームだとつまんないじゃないですか。弱かったチームが頑張って成功してるっていうストーリーに社会は共感して、その人を応援したりだとか、自分と重ね合わせて自分も頑張ろうって思うので、そういう点で落ちこぼれのほうが社会には共感されるはずなんですよ。だから僕は世の中の有名な建築家の人よりも共感されるんじゃないかなと思います。
 
ー そこは、卑屈になったりしないでも……。
 
谷尻:いや、昔は卑屈でしたよ。「新建築」とか「住宅特集」の建築雑誌を見ては、やっぱり建築の大学行ってないと、こういうふうになれないんだって、すごいコンプレックス抱いていましたし、コンプレックスの塊でしかなかった。

 

ー 谷尻さんのレクチャーのシートを見ると、そこには、わかりやすい“身近な新しさ”が常にあります。それが非常に鋭いなと思っていました。
 
谷尻:ほとんどの建築家の言うことは、一般の人には何を言ってるかが分かんないじゃないですか。僕らは分かっても、町のおばちゃんに聞いてもらっても分からない。でも、建築家って素晴らしいことをやってるんだから、もっと社会に伝わる伝え方で話せばいいのになっていうのはずっと思っていて。ある種落ちこぼれの僕は、その社会の人の気持ちがある種よく分かるので、その人たちの目線で何かを伝えたり、つくったりしたいなって思ってきました。
 
ー だんだん、そういう社会との近しい距離感が、この10年でより求められるように変わってきました。東日本大震災は、そのひとつのターニングポイントかなと考えています。
 
谷尻:本当そうですよね。だから、やっぱり僕らがもっと人のことを考えて、人とコミュニケーション取りながら、ものつくったほうがいいと、2000年に事務所をはじめてから、ずっと言ってきました。それが周りにはずっと伝わらなかったんですけど、でもあの震災以後、徐々に伝わるようになっていきました。
 あれを契機に、例えば伊東豊雄さんたちが、「みんなの家」のプロジェクトをやりはじめると、やっぱり人だよね、と建築業界もシフトしていきました。建築雑誌にも、人が映り込むようになりました。それは、建築界がそれまですごく閉じた世界だったということを語っています。
 
ー 2000年以前は、建築雑誌の写真にほとんど人間は写っていません。昔、ある巨匠の建築家は、写真に人間が写り込むことに「そんなもの、おぞましい」「邪魔だ」と言う人もいたくらいでした。ところが2000年代に入ってきて、だんだんその作品の中に人物が入ってきました。これは本来、当然のことなんですよね。
 
谷尻:そう、生活そのものですから。

 

建築界ではなく、外に、社会に、声を届けるわけ

 
ー コンプレックスの塊だった谷尻さんが、それでもこれはやっていけると確信できたのは、いつごろだったのですか。
 
谷尻:コンプレックスはあっても、建築のアカデミックな世界に、あんまり流されないようにする感覚はあったかもしれないです。建築雑誌を見て、建築家の皆さんは素晴らしいものをつくられていたし、敬意は払っていました。けど、どこかでセンスの良さは感じてませんでした。
 
ー 鋭いです。
 
谷尻:例えば、コルビュジエのような有名な家具が並べられて、家がつくられていること自体も、妙な気持ち悪さがありました。海外の建築を見てみると、有名無名問わずいろんなものがちりばめられて、すごいセンス良いものがたくさんある。片や日本の建築雑誌見ると、ショールームみたいで、誰もいなくて、真っ白い壁できれいな空間がずっと並んでいます。そのときに、僕はやっぱり海外のほうにセンスの良さをずっと感じていました。『新建築』や『GA』に出るような建物を素晴らしいなと思う反面、物足りなさも感じてるのがずっと並走してた感じでした。
 
ー 谷尻さんがもうひとつ面白いのは、そういう自分の建築に対する立ち位置を内向きに建築業界にしゃべるのではなくて、外に対して、世間に対してしゃべってるってことなんですよ。だから社会に、世間に通じるんだと。
 
谷尻:社会性を持って仕事をしないといけないのに、アカデミックな中で評価し合うことで満足する。ここしかやらないから、日本では建築家の威厳が足りないと感じます。だから、大事なときにあまり建築家が呼ばれないわけじゃないですか。でも海外の建築家は違うから、すごく社会的に大事な状況が起きると、必ずそこに建築家が呼ばれるわけで。
 日本で建築家が呼ばれないのは、建築家が本当はいろんな能力があることを、社会に認知されてないことだと思ったんです。だから内向きに声を張るよりも、外に対して声を張ったほうが、絶対に建築家としては大事なんじゃないかなって思っていて。
 とはいえ、もちろん内向き、業界のメディアにもきちんとつくったものを発表していかないと、アーカイブされない、歴史に残っていかないので、それはそれとしてやっていくという意識でやっています。

 

建材を人々の生活の中で捉えたとき

 
ー 今日、タニタハウジングウェアで開発した銅の人工緑青を見ていただきました。そのときにおしゃっていましたが、こういうものを単に建材として見るだけはもったいないという発想は、ある種メーカーの抱える盲点だと思うのです。
 
谷尻:その建材が、どれだけ社会に可能性を持っていても、建材を建材としか見ないとそこにとどまる。これも今の建築や建築家の話と一緒です。どんな建材だって、これは何になるのか?って、もっと考えるとすごい可能性が広がりそうですよね。
 タイルメーカーの方にも、なんでタイルメーカーの人は食器をつくらないんですかって、よく言います。もっと生活に入っていけるものにしたほうが、商品もたくさん売れると思うんです。
 例えば、「食事」って誰でもすることじゃないですか。ひとつの材料も、そういう生活に必要なものにできれば、自然と生活に親まれていく気がします。なじみがないから、値段も高くなるし、使うことに抵抗も覚える。けど、見慣れた材料だとみんな平気で使うわけです。だから、この緑青もそのようになれば、すごいいいと思いますけどね。
 
ー その通りだと思います。

 

谷尻:あと、この銅の人工緑青は、あまりコントロールし過ぎてほしくないです。そもそもが自然現象なので、それを人間の手でコントロールし過ぎて、どの緑青も均一になってしまったら、本当の魅力がなくなってしまう気がします。
 
ー あの経年変化の世界が持つ美しさがあります。そういうものを日常の中に取り入れることができればいいですよね。
 
谷尻:雨といも、もっと雨が流れにくいとかのほうが、いいんじゃないですか。
 
ー 流れにくい!?
 
谷尻:言っても、雨といは、雨を地上に降ろすだけの装置じゃないですか。でももっと水が建物の表皮を、時間をかけて下まで降りてくれて、結果的にそれが涼しさを手に入れる設備になってしまうようなものを、例えば開発するとか。打ち水をして涼しくなるのは、そういう効果なわけですから。
 
ー 屋根から落ちる雨水に触れることができれば、ある種の冷気を感じます。そう考えると、いろんな可能性がありそうです。
 
タニタ社員:さきほど見ていただいた鎖といは、付けてみると、住んでいる人が、雨の日にわざわざ写真や動画に撮ったりとかしてくださいます。雨水が目に見えるようになるだけで、関係性が変わるのは、新しい発見でした。

 

取材日:2016年8月3日

インタビュアー:真壁智治

編集:大西正紀 / mosaki