建築時評コラム 
 連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


貝島桃代(かいじま・ももよ)

 
建築家。1969年東京都生まれ。1991年日本女子大学住居学科卒。1992年塚本由晴とアトリエ・ワン設立。1994年東京工業大学大学院修士課程修了。1996~97年スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)奨学生。2000年東京工業大学大学院博士課程満期退学。2000~09年筑波大学講師。2009年~2022年筑波大学准教授。NPOチア・アート理事長(2024.8-)
 
Harvard GSD、ETHZ、The Royal Danish Academy of Fine Art、Rice University、TU Delft 、Columbia University GSAPP、 Yale School of Architectureで教鞭をとる。2012年RIBA International Fellowship。2018年第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館キュレーター。2022年ウルフ賞芸術部門(建築)受賞。 2017 年より、現職 ETHZ Professor of Architectural BehaviorologyおよびNPO法人チア・アート副理事長。
 
URL:
Atelier Bow-Wow
スイス連邦工科大学チューリッヒ校
NPOチア・アート

MOMOYO KAIJIMA #2     2024.7.22
ダイバーシティの先にある建築とは

 

スイスのコメディ ドラマ映画『The Divine Order』(2017/監督:ペトラ・ヴォルペ)


 スイスでの女性の進出は遅い。女性参政権は連邦レベルでは1971年に認められ、その攻防をめぐる村の様子を若い一人の女性の視点からコミカルに描いた Petra Volpe監督の映画 「Die göttliche Ordnung」(2017)は話題を呼んだ。1981 年には男女平等に関する憲法条項が採択されるが、女性参政権を認めていなかった最後の州、アッペンツェル・インナーローデン準州においては、州レベルでの女性参政権を導入するよう連邦裁判所が強制、35年前の1990年にようやく全国で認められた。この遅れの背景について、スイスメディアSWIは直接民主制、中立国、兵役、保守的な国民性などを挙げているが、スイスの社会経済システムが「家父長制度」をとっていたことが大きい。個人的に、ドイツ人の先輩女性教授から聞いた、かつてETHZの給与振込の口座を開くのに銀行から夫の同意書が必要といわれ驚いた話が思い出されるが、スイス連邦は近代国家となり、二つの世界大戦で中立を貫いた。スイスの連邦体制は国を守ることも重要だが、小さな自治体が、歴史のなかで緻密に調整してきた多様なシステムを一律化するのではなく、その違いを保守するための仕組みというデモクラシーである。
 
 2021年には女性の権利に関する大規模な展覧会がスイス国立博物館であり、これも注目を集めた。女性の教育制限の問題、スイス近代産業発展の原動力となった「白い奴隷」とよばれた低賃金で働く女性労働者の問題など、スイスが抱える問題の根深さに改めて考えさせられた。2022年に公開された、 Cyril Schäublin監督の映画 「Unrueh」は、時計工場で働く女性が革命の思想に出会った感情のゆらめきを描いた美しい映像の物語であったが、多くの賞を受けたことからも、スイスの女性の立場についてまだまだ多くの問題があることが想像できるだろう。
 
 ではどうしたら人々はもっとジェンダーがもたらす偏見から自由になり、自分らしく生きられるのか。その一助となるのが学問であろう。スイス連邦設立の1948年の、その7年後に スイス連邦工科大学チューリッヒ校(以下 ETHZ)は開学した。当初から女性が学ぶことはできたが、実際に女子学生が入学したのは1871年にロシアからであり、スイスの最初の女子学生は1895年に自然科学を卒業した。最初の女性教授の登用は90年を経た1985年であり、建築家 Flora Ruchat-Roncatiだった。1993年には機会均等オフィスが誕生し、2007年に Heidi Wunderli-Allenspachが女性で初の学長を務めた。2023年、大学全体では女子学生の比率は44%、女性教授は18%となり、建築学部の女性学生数は52%と男子学生を上回った。建築学部の女性教授は、私の勤め始めた2017年で11%だったが、2023年には27%まで増加した。つまり歴史的にみて制度としては開かれているが、何らかの環境的な障壁がまだまだあるということである。これはすぐには変わらないが、挑戦を続けることによって問題が解決することを期待するしかない。
 
 その一方、こうした女性の参加により、具体的になにが変わったのかを考えることも必要だ。この7年の間に変わってきたETHZ建築学部の3つの潮流を見てみたい。
 
 ひとつ目は、建築デザインの主題の多様性である。ETHZの建築学部では建築と構法をテーマとして教えてきた。前回記事で、気候変動への挑戦、工芸のデジタル化、未来の環境、過去の生産化、建築と構法の強化などの新戦略を紹介したが、新規に登用された女性教授の講座に、新たな講座名がつけられている。私自身も講座を、 Architectural Behaviology( 建築振る舞い学)と名付けたが、 An FonteyneAffective Architecture(情緒的建築)Maria ConenArchitecture and Housing(建築と集合住宅)Anna PuigjanerArchitecture and Care(建築とケア)Mariam Issoufou MahamadouArchitecture and Heritage and Sustainability(建築と遺産と持続可能性)として活動する。これまでのETHZの伝統である建築と構法を踏襲しつつも、女性建築家たちが関心をもって取り組んできた建築の広がりをスイスの学生たちに伝えるために、手書きのアクターネットワーク図や詩、模型、インタビュー映像、マッピングなど、建築の周辺環境を組み上げるメディアをリサーチ手法として取り入れているのは特著的である。
 
 2つ目は、スタジオ運営の改革である。2021年から2022年にかけて、私の講座では Freek Persynの講座と協働し、I nformal Learning Spaceというスタジオを行った。大学図書館、環境システム科学学部、建築学部の一部のエリアを対象に、学習環境を高める提案を学生たちが関係者に提案した。その中から可動式キッチンが採用され、わたしのオフィスのある校舎の1階玄関脇のセミナー室にそれを導入し、大学予算で OPEN Kitchen Labとして2025秋から運用が開始することが決まった。それ以前にも、客員講師の Barbara Buserのスタジオでも日々の調理や食事をスタジオ運営に取り入れていたり、近年修士自由論文のテーマで色と建築の実験が行われていたこともある。こうした流れを1年をかけてみなで話し合い、スタジオを横断する交流や実験など取り込んでいきたいと考えている。また、固定席で学生の発表を複数の講評者が取り囲む古典的な講評会も次第に変化してきた。展覧会、学生たちが自主的に講評者をハントするマーケットスタイル、ワークショップ、ガイドツアーなど、双方向の学習空間が生まれている。ボロニアシステム以降、学生が増え、国際化する大学において、どのようにしたら生き生きとした教育、研究の質を高められるか、アクションラーニングが模索されている。
 
 3つ目は、学校運営に学生、助手の意見を求めるボトムアップである。毎年代表メンバーが入れ替わる学生グループ architekturaや助手・博士学生グループ AAAがあり、彼らに、カリキュラム、人事について意見を求めている。これは前からある仕組みだが、コロナ前の緊張関係をへて、近年より協調的な彼らとの対話やコラボレーションが増えてきた。自分たちが学びたいこと、学ぶべきこと、あるいは教えたいこと、教えるべきこと、大学のシステムを超えて、みなで話し合うことで、学びの理解を深めることは重要である。
 
 このように、学生が、教員が、新しい学びの形を探ることによって、建築はいったい何が変わるのか。それは建築の姿勢ではないか。これまでの建築において、限定された主体で実現された制度、管理システムが、排除、あるいは取りこぼしてきたものを含めることが期待される。女性、若者、学生、子供、高齢者など、多くの視線を取り込むことによって、まず計画の前提、あるいは範囲の見直しが行われる。またそれらを建築として組み上げる方法も、トップダウンではなく、ボトムアップへと移っていくだろう。上から既存知識を与え人々がある方向へと働くように管理されるために生きる場所ではなく、だれもがそれぞれの個性を楽しみ、学び合いながら、みなでより良い方向を決断していく場である。学校、大学など、集団的学びの空間の型こそが、未来の空間の型になると考えると、それが楽しく、生き生きとした場となれば、未来の建築空間の姿勢をも示すことができる。女性の進出はその変化の第一歩に過ぎない。 
 
 
参考文献
1 スイスで女性参政権の導入が遅れた4つの理由
https://www.swissinfo.ch/
2  History of Women at ETH
https://ethz.ch/

|ごあいさつ

 
 2023年度4期の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通り配信することができました。 4期を担ってくださった小野田泰明中島直人寺田真理子の三氏に厚く御礼申し上げます。ご苦労様でした。 建築・都市を巡る状況は、平穏なものではありません。 民間資本による都市再開発の乱立と暴走、建築建設資材の高騰化と慢性的な人手不足、無策なまま進行する社会の高齢化と縮小化と格差化、気候変動と「with・コロナ」そしてオーバーツーリズムの波etc、克服が容易でない大きな課題が山積状態にあり、今こそもっと建築・都市へ「ここがオカシイ」と声を上げなければなりません。批評の重要さが増している。 その上からも「驟雨異論」の役割は、貴重になります。ここから声を上げてゆきましょう。 2024年度5期では 貝島桃代難波和彦山道拓人、各氏のレビューが登場します。 乞うご期待ください。
 

2024/04/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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