建築時評コラム 
 連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


貝島桃代(かいじま・ももよ)

 
建築家。1969年東京都生まれ。1991年日本女子大学住居学科卒。1992年塚本由晴とアトリエ・ワン設立。1994年東京工業大学大学院修士課程修了。1996~97年スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)奨学生。2000年東京工業大学大学院博士課程満期退学。2000~09年筑波大学講師。2009年~2022年筑波大学准教授。NPOチア・アート理事長(2024.8-)
 
Harvard GSD、ETHZ、The Royal Danish Academy of Fine Art、Rice University、TU Delft 、Columbia University GSAPP、 Yale School of Architectureで教鞭をとる。2012年RIBA International Fellowship。2018年第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館キュレーター。2022年ウルフ賞芸術部門(建築)受賞。 2017 年より、現職 ETHZ Professor of Architectural BehaviorologyおよびNPO法人チア・アート副理事長。
 
URL:
Atelier Bow-Wow
スイス連邦工科大学チューリッヒ校
NPOチア・アート

MOMOYO KAIJIMA #4     2025.1.30
森のふるまいのための建築

 
 スイスは地球温暖化による問題が深刻である。気候学者 サミュエル・ジャカールは、産業革命以前の温度から世界全体が 1.5度上昇すると、スイスでは約3度上昇し、アルプス氷河の融解が加速して低地での積雪が減少、農業が最も水を必要とする夏場の雨が少なくなり、冬には雨が多くなるとする。( 参考リンク:気温が1.5度上昇するとスイスはどうなる?)。実際に年々暑くなる夏の気候や、スキー場で減少化する雪の問題など、生活実感もあり、特に若い世代はこうした問題に意識が高い。飛行機を避け、ベジタリアンになり、コロニアル問題や南北問題にも敏感である。
 
 ETHZ( スイス連邦工科大学チューリッヒ校)でも環境の持続可能性についての議論は最重要課題であり、未来のデザイナーとしての行動を経験することが、将来の基礎になるのではないかと思い、私自身の講座でもこうしたテーマを取り上げ、2年生のデザインスタジオの後期を企画している。建築のふるまい学では、建築の形を環境の連関として読み解く道具と考え、空間的変化を連関の連続と分断として読み解く。建築は公共の環境の知のプラットフォームになることを自覚した上で、そうした作業を通してその連関をほぐし、組み換え、建築的提案をすることで、より良い環境を目指す。読み解く作業では、建築の外側にある環境の連関の専門知識を持つ、専門家との協働が欠かせない。その難しさと楽しさを学ぶことも重要である。
 
 2022年夏から、 ETHZのヘンケルベルグキャンパスに隣接する森で、環境教育を運営する団体 ヴァルドラボ(ドイツ語で森のラボラトリー)との協働を始めた。 ETHの生物学者らが主体となり運営する自然教育研究プログラムで、市、州、森林所有者団体、森林職員協会、国の研究所と市民を巻き込み、 100年後の森の持続性について、実際に森で実験を行いながら、模索している意欲的な取り組みである。例えば、気候変動で、病気や虫の発生など被害がおきるスイスの森を持続させるため、3度上昇する気温に合うヨーロッパ南部樹種の植樹をし、その成長過程を見守りながら、今後のチューリッヒの森にあった樹種を調べる、害虫によって枯れてしまった木は伐採せずそのままにして、あえて巣を集中させて環境の変化を見る、雷に打たれ消失してしまった林の自然再生の経過観察を行うなど、さまざまなことを行っている。
 
 激化する気候変動のスイスの山も日本の山と同じように、薪炭林や林業などにも利用されてきたが、自然保護区域に設定されると、それまでの里山としての活用がなくなり、多くの木は巨木化している。スイスの自然林の伐採は、森林管理者の計画か、大雪や嵐などの災害ででた倒木の処理に限られる。人工林がかつての里山のような人の手が入らないことも、森の環境が悪化する理由ともなっている。こうした状況下で大雪による大量の倒木があった冬の 2021年夏に、学生たちが倒木をつかって、ヴァルドラボの 2年の期限付きのパビリオンをキャンパスに作ったのが、彼らとの最初のプロジェクトだった。学生たちが、与えられた倒木の製材を地元製材所でお願いし、接合には釘を使わず、建設、解体できるよう、固定は紐や金物のベルトとし、建設は周囲の学生を巻き込み、人力で自力建設した(参考リンク: Timber Behaviorology Summer Workshop: Final Review)。
 

2021年の夏に行われた「Behaviorology Summer Workshop」のファイナルレビューの様子。


 こうした経験は、現在の2年生のスタジオにも引き継がれている。パッチワーク状になった人工林から、 2023年春には6つの敷地を、 2024年春には 12の敷地を設定し、プロジェクトがなされた。学生たちは、それぞれの森の特徴を生物学者とともに学び、ランドスケープデザインの講座の教員や設計者に講義や参考文献の案内を受ける。これを手書きの森と人の関わりのアクターネットワークドローイングとして、ひとつの敷地に対して2つの3人組グループでまとめる。その後、2つのグループは合体して6人グループとなり、 20分の1で各自が考えたアイデアを下敷きに、議論を深め、案をまとめる。過程では、構造、構法、材料、タイポロジー、ランドスケープ、プログラムなど、ひとり一人がエキスパートとして、提案を支える研究を行い、案を収斂させていく。これを1分の1で建設、最後の1週間はその様子を観察し、最終レポートにまとめ、3分のプロモーションビデオを作成し、最終講評会を迎える。最終講評会は、森を散策しながら、作品をめぐり、学生たちと意見交換を行う。講評会終了は、森の BBQの場で、焼きソーセージとビールで1年の課題終了を祝う。
 

2023年に「Public Space Behaviorology in Switzerland FS23」のワークショップで学生たちによってつくられたパブリックインスタレーション。


 森の設計では基礎の設計が重要である。生物学者からは表土以下が建築によって侵食されることや、森にない素材や材料を持ち込むことに制約が設けられている。その一方で、建築としては公共の場に置かれるため、一定の強度や安全性が求められる。そうしたごくごく当たり前の建築としての責任に学生たちは向き合う。簡単ではないが、それを悩み、解決案をさぐっていくことで、彼らは大きく成長する。提案されるものは、大人の活動の拠点や子供の遊具になったり、森の場作りを促す可動式の家具になったり、森の自然観察の振る舞いを促したり、次第に朽ちて自然に帰る家具であったり。多くは、森の循環や、そのより良い振る舞いを促す道具立てとしての、森のふるまいのための建築が目指されている。
 
 2025年の春学期は森の水のテーマに挑む。森は水を貯め、流れを遅くする機能があり、これらはスイスの乾燥しつつある気候においてはますます大事な環境となる。水を専門とする生物学者やランドスケープデザイナーに協力を仰ぎ、この2月から始まる。これらは講座のホームページに順次アップされていく予定である。未来の建築の縮図ともいえる森の小さな建築のチャレンジを、ぜひ見守ってほしい。
 
Final Review – 2nd Year Design Studio FS24
Final Review: Public space Behaviorology in Switzerland FS23
Public Space Behaviorology in Switzerland – Final Review
 

|ごあいさつ

 
 2023年度4期の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通り配信することができました。 4期を担ってくださった小野田泰明中島直人寺田真理子の三氏に厚く御礼申し上げます。ご苦労様でした。 建築・都市を巡る状況は、平穏なものではありません。 民間資本による都市再開発の乱立と暴走、建築建設資材の高騰化と慢性的な人手不足、無策なまま進行する社会の高齢化と縮小化と格差化、気候変動と「with・コロナ」そしてオーバーツーリズムの波etc、克服が容易でない大きな課題が山積状態にあり、今こそもっと建築・都市へ「ここがオカシイ」と声を上げなければなりません。批評の重要さが増している。 その上からも「驟雨異論」の役割は、貴重になります。ここから声を上げてゆきましょう。 2024年度5期では 貝島桃代難波和彦山道拓人、各氏のレビューが登場します。 乞うご期待ください。
 

2024/04/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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