建築時評コラム 
 連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


難波和彦(なんば・かずひこ)
 
建築家、工学博士。1947年大阪生まれ。 1969年東京大学建築学科卒業。 1974年同大学院博士課程修了。1977年:(株)一級建築士事務所 難波和彦・界工作舎設立。2000年〜2003大阪市立大学 建築学科教授。2003年〜2010東京大学大学院 建築学専攻教授。2003年〜2015年グッドデザイン賞 審査委員。2010年東京大学 名誉教授。2013年〜2017年放送大学 客員教授。2016年グッドデザイン・フェロー。現在(株)一級建築士事務所 難波和彦・界工作舍代表。
 
主な受賞に「新建築吉岡賞」(1995)、「住宅建築賞」(1995)、「東京建築賞」(1995)、「JIA 環境建築賞」(2004)、「日本建築学会賞業績賞」(2014)
 
URL: 難波和彦・界工作舎
 

KAZUHIKO NAMBA #4     2025.2.28

〈建築の4層構造〉の世界観と構造

 私の建築観は〈建築の4層構造〉という図式に集約されている。〈建築の4層構造〉は建築を総合的にとらえるための図式であり、設計の実務では設計条件のチェックリストともなっている。連載の最後に、その理論的根拠について検証してみたい。
 

世界の階層構造

 
 〈建築の4層構造〉の根底には「世界は階層構造を成している」という世界観がある。私はこの世界観を1980年代のニューサイエンス運動が提唱した〈ホロン〉の概念や、複雑系における〈自己組織化〉〈創発〉の理論から学んだ。それはそのまま建築デザインプロセスのモデルになる。自己組織化理論は抽象的なシステム理論だが、具体的な例は〈進化〉のプロセスである。宇宙は単一の原子核である水素の核融合によって現在の〈元素周期律表〉を形成するさまざまな元素が生み出される。周期律表にある元素は基本的に無機質な物質だが、それが何らかの契機で化学的に複合し、有機物質であるタンパク質が生み出される。
 
 一般に、炭素を含む化合物を有機物というが、一酸化炭素、二酸化炭素や炭酸カルシウムなどの簡単な炭素化合物は無機物に分類される。 炭素以外に有機物を構成する元素として主なものには,水素や酸素や窒素がある。次にタンパク質が何らかの契機によって自己複製する構造を備えたDNA(デオキシリボ核酸)が生み出され、生命の発生の端緒となる。タンパク質からDNAが生成されるメカニズムについては、現在もまだ解明されていない。したがってDNAの誕生は〈偶然〉の産物すなわちホロン的な〈創発〉ではないかと考えられている。DNAの複製による生命体への生成ステップは一種の〈必然〉的なプロセスである。偶然から必然がうみ出されるDNAの発生プロセスのメカニズムを生化学的に研究したのが、フランスの生化学者ジャック・モノーである。偶然から必然が生まれるというプロセスは、筆者にとってはデザインプロセスの原型的なモデルになっている。
 

進化の階層構造

 
 チャールズ・ダーウィン『種の起源』に端を発し、生命科学・進化学の進展によって明らかにされた生命の進化とは、単細胞生物から細胞分裂によって複雑な器官がうみ出され、多種多様な生物種へと展開し、さらに複雑な器官を持った生物へと分岐・進化していき、最終的には脳を持った霊長類である〈ヒト〉に至るという長大な時間をかけた創発プロセスだといってよい。進化において新たな生物種が出現する創発プロセスは、具体的にいえば、遺伝子における〈突然変異〉すなわちDNAの複製ミスである。複製ミスによって生まれる新種の生物のほとんどは、環境や生物群へうまく適応できないために生き残ることはできず、子孫を残すこともできない。逆に気温の変化や天災などによって環境が変化し、それまでの生物よりも環境に適応した別種の生物が生き残る場合もある。このようなプロセスを総称して、ダーウィンは〈自然淘汰〉と名づけた。〈突然変異〉と〈自然淘汰〉の組み合わせは、環境条件をデザインの条件だと見做せば、デザイン・プロセスにおけるアイデアとその検証プロセスに似ているように思える。
 
 以上を整理するとこうなる。生命は〈物質〉によって形成されているが、無機的な物質の特殊な結合によってタンパク質という有機物が生まれ、それが二重螺旋に組み合わされてDNAが生まれる。DNAは自己複製をくり返して単細胞生物となり、細胞分裂をくり返すことによって多種多様な生物へと進化し、さらには複雑な機能を持つ器官を備えた(有機的な機械)すなわち生物の〈身体〉となり、外部から〈エネルギー〉を採り入れることによって生長していく。そのようにして生まれたヒトの脳も、物質からなる複雑な有機的機械だが、複雑さがある臨界を越えると、そこに〈意識〉という現象が生じる。意識は外界だけでなく自らをも映し出し、対象を記号化し、最終的には言語化する。複雑な器官としての脳が、意識を生み出すメカニズムはいまだに解明されていない。かつてルネ・デカルトは身体(脳)と意識(心)はそれぞれ独立した別の存在であると考えた。いわゆる〈心身問題〉である。しかしながら進化の視点から見れば、意識の発生は、複雑な有機的機械としての脳から創発した現象と考えることができるのである。
 

層の理論

 
 人間の脳は有機物なので、そのまま建築のモデルとして適用することはできない。そこで建築に近いコンピュータを例に考えてみよう。コンピュータは以下のような4段階においてつくられ、はたらいている。
 

  1. コンピュータの部品はシリコンチップを含めてすべて複雑に連結されたシステムだが、あくまで無機的な〈物質〉である。
  2. それが電源につながれ、電流すなわち電気〈エネルギー〉が流れると作動を始める。
  3. すると組み込まれた部品が作動しアプリケーション・ソフトを立ち上げる。部品は機能的なはたらきを備えた〈器官〉と見なすことができる。
  4. その結果、目標とした結果が液晶画面上に表示され、使用者の〈意識〉によって意味が読み取られる。

 
 この4段階は、上で述べた生物の進化のプロセスの結果とほとんど同型であり、それぞれが独立したシステムであると同時に、互いに密接に結びついている。しかし進化はあくまでボトムアップな自己組織化システムであり、物質―有機体―生命組織―意識は、それぞれ自立したシステムである。4つのシステムはそれぞれ独立したシステムでありながら〈層〉を成していると考えていい。コンピュータも同じように4つの層を成すシステムだが、目的とする働きに合わせてトップダウンにデザインされた4層機械である。〈建築の4層構造〉はこのコンピュータの4層構造をモデルに考案されている。
 

〈刺激―反応〉図式から〈主体―認識〉図式への転換

 
 建築家にとって建築は表現の手段であり目的である。建築家の重要な課題は、自らがデザインした建築が社会にどう働きかけ、社会がそれをどう受けとめるかということである。建築家が考える〈主体〉は建築であり、ユーザーと社会は建築が働きかける〈対象〉である。〈主体=建築〉⇨〈対象=社会〉という図式は、建築家の暗黙の思考回路といってよい。建築デザイン教育に携わった経験から分かったのは、〈主体=建築〉⇨〈対象=社会〉の図式は、建築教育においても隠れた前提になっていることである。私が〈刺激―反応〉図式が錯誤であることを確信したのは、イマヌエル・カント『純粋理性批判』1781)を学んだ時である。カントは、人間は世界を〈空間・時間・因果関係〉という生得的〈認識図式〉によって捉えることを明らかにし、〈刺激―反応〉図式を逆転させた。これは認識論の〈コペルニクス的転回〉と呼ばれている。生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュル18641944)は、生物はそれぞれの種に独自の認識図式を備えているという〈環世界論〉を唱えた。この発見はアメリカの心理学者J・J・ギブソン1904-1979)に引き継がれ、〈 アフォーダンス〉理論へと展開された。文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロース19082009)はこう主張している。
 
 「精神はそれ自身の枠組みを持っているということ。精神はその枠組みを、精神にとって到達不可能な現実というやつに押しつけるのだということ。この枠組みを通してしか、精神は現実を把握できないということです」。至言である。
 

建築の認識図式

 

〈建築の4層構造〉の世界観と構造


 ローマ時代の建築家 ウィトルーウィウス『建築書』において、建築術は 〈強・用・美〉という3つの理が成り立つようになされるべきだと主張している。〈強・用・美〉は建築の要素というよりも建築を捉える認識図式である。〈強・用・美〉の3概念を、〈層の理論〉に当てはると、〈構造〉=モノとしての建築、〈機能〉=建築の社会的なはたらき、〈形〉=意味を持った記号としての建築、となる。私はこの3概念に〈環境〉=エネルギー制御装置としての建築、を加え 〈建築の4層構造〉という認識図式を提唱したのである。(図〈建築の 4層構造〉)
 

4層の統合

 
 〈建築の4層構造〉のそれぞれの層は独立した視点である。では各層はどのように統合されるか。科学哲学者のマイケル・ポラニーは、言語化されない無意識の知識である〈暗黙知〉について論じている。暗黙知とは分析的な要素を全体へと統合する非言語的な能力である。デザインとは暗黙知の働きのひとつといってよい。暗黙知が要素を統合するのだとすれば、建築を構成する要素を明示化した〈建築の4層構造〉に統合の論理が存在しないのは当然である。しかし暗黙知の働きを最大限に引き出すには、暗黙知によって統合される要素を、可能な限り豊かにする必要がある。〈建築の4層構造〉はそのために明示化され、共有をめざした知識と考えるべきだろう。明示化されているとはいえ、〈建築の4層構造〉は閉じた図式ではない。それは歴史的に制約されている点で開かれているだけでなく、論理的にも自己完結していない。〈建築の4層構造〉の開放性をもたらすのは、第4層の〈記号性〉である。〈建築の4層構造〉全体が、記号性のなかに折り畳まれているといってもよい。そのような自己言及性が〈建築の4層構造〉の〈可能性の中心〉である。
 

参考文献
1)『建築の四層構造―サステナブル・デザインをめぐる思考』(難波和彦:著 INAXo出版 2009
2)『ホロン革命』アーサー・ケストラー:著 田中光彦+吉岡佳子:訳 工作舍 1983
3)『自己組織化する宇宙―自然・生命・社会の創発的パラダイム』(エリッヒ・ヤンツ:著 芹沢高志+内田美穂:訳 工作舍 1986
4)「自己組織化と進化の論理 : 宇宙を貫く複雑系の法則」スチュアート・カウフマン著 米沢富美子:監訳、日本経済新聞社1999))。
5)『偶然と必然』(ジャック・モノー:著 渡辺格+村上光彦:訳 みすず書房 1972))
6)「偶然を必然に変える意志―佐々木睦朗試論」『構造・構築・建築―佐々木睦朗の構造ヴィジョン』(佐々木睦朗:著 LIXIL出版 2017)所収
7)『生物から見た世界』(ユクスキュル+クリサート:著 日高敏隆+羽田節子:訳 岩波書店 2005))
8)『生態学的視覚論』(JJ・ギブソン:著 古崎敬:訳 サイエンス社 1986
9)(『遠近の回想』(クロード・レヴィ=ストロース+ディディエ・エリボン:著 竹内信夫:訳 みすず書房 2008
10)『ウィトルーウィウス建築書』(森田慶一訳 東海大学出版会 1979
11)『暗黙知の次元』(マイケル・ポラニー:著 佐藤敬三:訳 紀伊國屋書店 1980)。

 

|ごあいさつ

 
 2023年度4期の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通り配信することができました。 4期を担ってくださった小野田泰明中島直人寺田真理子の三氏に厚く御礼申し上げます。ご苦労様でした。 建築・都市を巡る状況は、平穏なものではありません。 民間資本による都市再開発の乱立と暴走、建築建設資材の高騰化と慢性的な人手不足、無策なまま進行する社会の高齢化と縮小化と格差化、気候変動と「with・コロナ」そしてオーバーツーリズムの波etc、克服が容易でない大きな課題が山積状態にあり、今こそもっと建築・都市へ「ここがオカシイ」と声を上げなければなりません。批評の重要さが増している。 その上からも「驟雨異論」の役割は、貴重になります。ここから声を上げてゆきましょう。 2024年度5期では 貝島桃代難波和彦山道拓人、各氏のレビューが登場します。 乞うご期待ください。
 

2024/04/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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