建築時評コラム 
 連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


 
南後由和(なんご・よしかず)

 
1979年大阪府生まれ。明治大学情報コミュニケーション学部准教授。社会学、都市・建築論。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。デルフト工科大学、コロンビア大学、UCL客員研究員などを歴任。主な著書に『ひとり空間の都市論』(ちくま新書、2018)、『商業空間は何の夢を見たか』(共著、平凡社、2016)、『建築の際』(編、平凡社、2015)、『文化人とは何か?』(共編、東京書籍、2010)など。
 
URL:個人ウェブサイト
明治大学情報コミュニケーション学部南後ゼミ

YOSHIKAZU NANGO #2     2022.09.20

バーチャル素材化する渋谷

 

photo=Koukichi Takahashi


  真壁智治『臨場――渋谷再開発工事現場』(平凡社、2020)には、2027年度完了に向けて進行中の渋谷再開発において、 「ブラック・ボックス化しやすい施工過程あるいは工事現場という建築生成の中間域」(p.264)が、大量のスナップ写真とテキストによって克明に記録されている。たとえば、工事現場の軀体、仮囲い、足場、波状鋼板など、無機質だが剥き出しで荒々しさのある物質群だ。渋谷再開発の特徴のひとつは、各街区の超高層ビルに縦動線である「アーバン・コア」を設置して、地下から地上への人の流れや、各種動線の結節点にランドマーク性を生み出すとともに、渋谷川の移設や歩行者デッキの新設によって人びとがスムーズに水平移動できるようにした土木スケールの工事にある。
 真壁はこのような渋谷再開発に見られる複数の超高層ビルの巨大な壁面と横断歩道橋によって形作られた空間を歩く経験について、 「フワッと浮いているような歩行感覚から大きな壁面、大型建築に自動的にアクセスしてゆく。巨大さの全体が感じられず、距離感や規模感が曖昧になり、さらに物質感も希薄化する」(p.181)と指摘している。そして、小さなガラス・パネルのユニットによる壁面の分節化によって、巨大な超高層ビルの輪郭を曖昧にし、ボリュームや圧迫感を視覚的に緩和する効果を持つデザインを「バーチャル・デザイン」と呼んでいる。
 真壁はあくまでファサードのデザインなどによる超高層ビルの圧迫感や量塊の希薄化というバーチャル・デザインについて言及しているのだが、ここではデジタル空間における 渋谷の〈バーチャル素材化〉について考えてみたい。というのも渋谷という街が存在感を放っているのは、いまやデジタル空間との関係においてと言っても過言ではないからだ。
 

 
 近年のデジタル空間と渋谷との関係は、大きく四つに分類できる*1。一つ目は、物理空間としての都市が各種デジタルメディアの背景や舞台として切り取られるタイプである。たとえば、若者たちがTik Tokの動画を撮影するMIYASHITA PARK。ストリートダンサーYouTuberの駒沢アイソレーションが、アクションアドベンチャーゲームのキャラクターのようなパフォーマンスを再現した動画渋谷でゲームあるある再現してみたシリーズ(2020-)のハチ公前広場から渋谷中央街一帯などだ。
 二つ目は、ARなどによって物理空間が拡張、上書きされるタイプである。たとえば、渋谷のさまざまな商業施設内に設置されたQRコードをスマートフォンで次々と読み込んで回遊しながら謎解き・宝探し・バトルなどを体験する新すばらしきこのせかい×FIELD WALK RPG2021)。ARを活用してバーチャルアートを展示する渋谷 PARCOのSHIBUYA XRSHOWCASE(2019-)などだ。
 三つ目は、VR などによってデジタル空間に完結するかたちで物理空間としての都市が再現されるタイプである。たとえば、VR法人Hikkyによる「バーチャルマーケット」2018-、2020年以降は年2回開催)のパラリアル渋谷(2021)などだ。
 四つ目は、VR などによってデジタル空間に物理空間としての都市が再現されるにとどまらず、両方の空間が連動して互いに変化していくタイプである。たとえば、渋谷5Gエンターテイメントプロジェクトの渋谷区公認バーチャル渋谷(2020-)などだ。
 三つ目と四つ目のタイプともに、VR・メタバース上の「バーチャルシティ」と称される点は共通している。ただし、三つ目のタイプが、物理空間としての都市の様態がデジタル空間に反映される「物理空間としての都市→デジタル空間」という一方向であるのに対し、四つ目のタイプは、「物理空間としての都市→デジタル空間」のみならず、デジタル空間での出来事が物理空間としての都市に反映される「デジタル空間→物理空間としての都市」という双方向の性質を持つ点が異なる。
 もちろん、デジタル空間と物理空間としての都市は相互に影響を与え合っているため、いずれのタイプにおいても、互いを切り離して論じることはできない。その影響は、渋谷のみに見られるものでもないことは言うまでもない。とはいえ、シカゴ学派の都市社会学者ロバート・E.パークによる「実験室としての都市」という言葉に倣うなら、デジタル空間と物理空間の掛け合わせをめぐる先駆的な取り組みが着手される実験室として、まず渋谷が選ばれる傾向にあることはたしかだ。
 

 
 ではなぜ、デジタル空間と物理空間の掛け合わせをめぐる実験室として渋谷が選ばれるのだろうか。この問いについて考えるには、それ以前のメディアの変遷の過程、いわば〈メディアの地層〉と呼ぶべき通時的な観点が重要になってくる。テレビにおいても、渋谷――2000年代以降はとくに渋谷スクランブル交差点――は、イメージアビリティの高い場所としてあり続けてきた。たとえば、天気予報の番組では、定点ライブカメラで渋谷スクランブル交差点が繰り返し映し出されるのが定番となっている*2。コロナ禍の人流の増減に関する報道においても同様である。
 外国人観光客が、渋谷スクランブル交差点を目当てに渋谷を訪れることも日常茶飯事である。リオオリンピック閉会式で上映された東京大会のPR動画は、渋谷スクランブル交差点から始まり、安倍元首相がスーパーマリオの土管を経由してリオへとワープする場所も渋谷スクランブル交差点だった。東京オリンピック2020閉会式の会場デザインにおいても、スクランブル交差点がモチーフとして採用されたことは記憶に新しい。日本人のみならず外国人にとっても、渋谷は東京を代表するイメージアビリティの高いスポットとしてあり続けてきた。
 デジタルメディアではどうだろうか。周知のように、外国人観光客がスマホを使って渋谷で撮影した写真や動画は、ソーシャルメディア上で流通している。ハロウィンで渋谷に集まる人びとが撮影する写真や動画も同じである。渋谷という都市のイメージは、マスメディアとソーシャルメディアを横断して拡散し続けている。このようなテレビを中心としたマスメディアの層に、ソーシャルメディアが重層しながら形成された〈メディアの地層〉のうえに、デジタル空間と物理空間の掛け合わせをめぐる「実験室としての都市」は位置づいている。
 なかでも道玄坂や宮益坂などの坂道が交差してできた、すり鉢状の谷底に位置し、周囲をデジタルサイネージ付の建築物で囲まれた「包囲性」のある渋谷スクランブル交差点は、群衆を集めることのできる動員力とともに、それら群衆を動態的な塊として縁取って一望できる特異な空間構造を持っている(三浦展・藤村龍至・南後由和『商業空間は何の夢を見たか』平凡社、 2016)。2019年にオープンした渋谷スクランブルクスエアの展望台・渋谷スカイをはじめ、近年の渋谷再開発で新たに竣工した超高層ビルからは渋谷スクランブル交差点を見下ろす視点場がいくつも確保されている。つねに大勢の人がいるだろうという期待値が高く、群衆が行き交う動態的な空間イメージが、渋谷を象徴する都市イメージにほかならない。
 

 
 少し話が脇道にそれてしまったが、冒頭に述べたデジタル空間における渋谷の〈バーチャル素材化〉は、上述の分類のうち、三つ目と四つ目のタイプに当てはまる。これらのタイプにとって、渋谷のようにイメージアビリティが高く、群衆の量や動態性が担保された場所は相性がよい。なぜなら、現在のところ「バーチャルマーケット」も「バーチャル渋谷」も、エンターテイメントおよび企業とのタイアップなどの性格が強く、エンタメの市場拡大や企業による新たな顧客層の獲得にとって、動員力や集客数は欠かせないものだからだ*3。渋谷は「都市のイメージ」が広く共有されているため、VR・メタバース上の「バーチャルシティ」でも人びとの関心や注目を集めやすく、臨場感も生み出しやすい。
 「バーチャルマーケット」は、世界中のユーザーがクリエイターとして自ら作った3Dデータ商品を展示販売でき、フリマやコミケのVR・メタバース版のような性格を持っているが、そのなかの「パラリアル渋谷」は、企業がリアル商品を販売・PRする企業出展会場として設定されていた*4。「バーチャル渋谷」も、コロナ禍により、例年のように群衆が集まることが難しくなったハロウィンの時期には、音楽ライブやトークショーなどが繰り広げられる「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス」が開催された。両方とも、VR・メタバース上に自律した経済圏を作ろうとしている点が共通している。
 渋谷という物理的な都市の動員力は、オンライン上の同時接続数に置き換えられ、経済圏の拡大という企業側のメリットとして機能している。このことは資本主義の原理の、物理的な都市と「バーチャルシティ」を横断しながらの拡張と捉えることもできる。
 新宿や池袋という副都心、六本木・虎ノ門、品川・高輪ゲートウェイ、大丸有などとの都内の地域間競争という観点から見た場合、渋谷の弱点のひとつは、大型オフィスの床面積の少なさにあった。そのため、渋谷再開発では大型オフィスの床面積を増やすことを狙いとし、新たに建設された超高層ビルの低層部以外は、ほとんどがオフィスとなっている。渋谷は若者から大人へ、消費から生産へと舵を切り、渋谷で働く人たちのライススタイルに最適化したアメニティを充実させることに重きを置くようになった。
 

 
 その一方で、渋谷では、ミニシアター、ライブハウス、アパレルショップをはじめ、近年はエンタメ・商業施設の閉店が相次いでいる。コロナ禍はこの流れに拍車をかけた。VR・メタバース上の「バーチャルシティ」は、渋谷において衰退するエンタメ・商業施設の機能を補完する役割を期待されている。
 社会学者の北田暁大は、90年代から2000年代にかけての携帯電話やインターネットの普及を背景として、もはや渋谷という物理空間としての都市は、これらデジタルメディア上のコミュニケーションを駆動させるために参照・引用される素材にすぎなくなったことを指摘していた(北田暁大『増補 広告都市・東京』ちくま学芸文庫、[2002] 2011)。北田の見立てを発展させるならば、近年の渋谷は、VR・メタバース上に人びとを動員し、コミュニケーションを駆動させるために再現される<バーチャル素材>と化していると言える。
 興味深いのは、上述の三つ目と四つ目のタイプでは、実在する渋谷という都市そのものではなく、何らかの〈意訳〉を経たうえで、VR・メタバース上に渋谷らしき「バーチャルシティ」が構築されている点である。ここでは個別具体的な〈意訳〉についての考察はしないが、「バーチャルシティ」を構築するうえで、都市らしさ(渋谷らしさ)として抽出されているものとは何だろうか。
 たとえば「パラリアル渋谷」では、ゼンリンの地図データを活用しながら渋谷の街並みを忠実に再現し、空模様もその日の実際の渋谷の天気に合わせて変えている。「バーチャル渋谷」では、「仮想空間に入ったユーザーの誰もが「渋谷に訪れている」とすぐに感じられるよう、過度に仮想空間を強調する表現は少なくし、スクランブル交差点周辺の視覚的な再現や街の雰囲気を感じるための雑踏音の追加等を優先した」(『バーチャルシティガイドラインver.1.0』バーチャルシティコンソーシアム、2022、p.12)という。
 ケヴィン・リンチは、パス(道)、エッジ(縁)、ディストリクト(地区)、ノード(節点)、ランドマークという5つの物理的・視覚的な構成要素によって「都市のイメージ」が形作られると述べたが(ケヴィン・リンチ『都市のイメージ 新装版』丹下健三・富田玲子訳、岩波書店、2007)――リンチはメディアによって形成される都市のイメージについては触れていない――、リンチが指摘した物理的・視覚的な構成要素は、VR・メタバース上でも再現されている。これらに加え、VR・メタバース上では、聴覚的な構成要素についても加味されている。
 その一方で、VR・メタバース上では、著作権・商標権の問題から削除および改変されている看板があったり、デフォルメされた建築物などが登場したりする。「パラリアル渋谷」であれ「バーチャル渋谷」であれ、実在する物理空間としての渋谷に、付け足されているものや消されているものがある。すなわち、〈足し算〉と〈引き算〉がなされている。
 では、このような〈足し算〉と〈引き算〉があってもなお、私たちがVR・メタバース上の「バーチャルシティ」を都市的なるものとして認識することを可能にしているものとは何か。実在する物理空間としての都市にあって、「バーチャルシティ」にはないものとは何か。逆に、実在する物理空間としての都市にはなくて、「バーチャルシティ」にあるものとは何か。1990年代の「サイバースペース→サイバーシティ」と2020年代の「メタバース→バーチャルシティ」をめぐる議論を比較すると何が見えてくるだろうか。メタバースという言葉はいまやバズワードと化しており、その行方を予測することは難しいが、実在する物理空間としての都市とVR・メタバースとの関係について今後も考えていきたい。
 

*1:そのほかのタイプとして、国土交通省による3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクトである「PLATEAU」などのデジタル・ツインも挙げられる。
 
*2:中野豪雄・南後由和監修、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科学生有志・明治大学情報コミュニケーション学部南後ゼミ『Tokyo Scope 2021』(Tokyo Scope Books、2021)の記事「定点ライブカメラ――常時視聴される被写体・東京」では、2021年7月5日〜11日までの1週間、NHKと民放キー局5局の情報番組の定点ライブカメラ映像を調査し、東京の定番スポット別の登場回数や割合を比較している。各局の合計をとると、渋谷スクランブル交差点がもっとも登場回数が多いことがわかった。
 
*3:渋谷区公認の「バーチャル渋谷」は、イベントでの「投げ銭」を区内の清掃活動に活用するなど、公共の福祉に還元する仕組みを整備しはじめている。2022年4月に公開された『バーチャルシティガイドラインver.1.0』にも記載されているように、都市連動型メタバースにおける「公共性」のあり方、パブリックスペースとプライベートスペースの関係は、重要なトピックである。
 
*4:「バーチャルマーケット」が再現する都市は、一定以上の人口の集積、商業施設の量、エンターテイメントなどと結びついた「都市のイメージ」が広く共有されているという条件をクリアしていれば、別に渋谷でなくてもいいとも言える。実際、同じ2021年の企業出展会場には「パラリアル秋葉原」もあり、それ以降は日本国内のみならず、ニューヨークをはじめ、海外バーションも作られるようになっている。

|ごあいさつ

 2022年度3期の建築・都市 時評「驟雨異論」を予定通りに配信することができました。これも偏にレビュアー千葉学黒石いずみ南後由和、三氏の真摯な問題意識からの発言に緊張感がこもるからこそのものです。執筆者三氏に改めて御礼申し上げます。建築・都市への眼差しが自在・闊達になることを念頭に「驟雨異論」では益々の面白さと熱気を帯びた発言を引き出してゆきたい。2023年度4期では、小野田泰明中島直人寺田真理子、各氏のレビュアーが登場します。
 

2023/04/6

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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