建築時評コラム 
 新連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


 
太田佳代子(おおた・かよこ)

 
建築キュレーター、編集者。ハーバード大学デザイン大学院研究員。2018-21年、カナダ建築センター(CCA)特任キュレーター。2014年ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館コミッショナー。2012年までオランダの設計事務所OMAのシンクタンクAMO勤務。共著書に『SHIBUYA!』(CCCメディアハウス、2019)、共訳書に『S,M,L,XL+』(筑摩書房、2015)など。2004-07年、雑誌「Domus」副編集長・編集委員。

KAYOKO OTA #4     2022.1.20

ターニングポイントとしての東京海上日動ビル

 
 丸の内の「 東京海上日動ビル」(1974/前川國男)の建て替え決定を受けて、建築家の 豊田啓介さん(ノイズ・アーキテクツ共同代表)が面白い行動に出た。建て替えの設計者はすでに レンゾ・ピアノに決まっていることとは無関係に、ビル解体後の代替案「 Tokio Marine Nichido Headquarters Building Renovation」を発表したのである。この行動パターンは日本では異例ではないだろうか。
 

noiz architectsによる「東京海上日動ビル本館・保存改修計画」(2021)。前川國男デザインのオフィスタワーを高性能の「外皮」で包み込む。(c) noiz


 現実の場所にビジョナリーな構想をぶち上げ、オルタナティブな未来像を示してみせる、というのは メタボリズムのメンバーをはじめ、 原広司磯崎新もやった。だが、いずれもヴィジョナリーなヴィジョン(空想的な絵)にすぎなかった。豊田さん率いるノイズの提案がそれらと違うのは、緻密なリサーチと現実的な構想を盛り込んでいて、すぐにでも採用可能に見えることだ。それは、建築を思想や世界観の表象としてではなく社会的な装置としてとらえ、都市空間の未来のなかに超高層ビルを位置付け直している。そこには将来、私たちが実際に働き、憩う、今とは違った高密度オフィスの光景が見える。
 
 保存か否かの二項対立を超えてノイズが提案を発信した相手は東京海上日動ビルではなく、超高層ビルが都市インフラとして捉え直せることを示す相手としての、社会全体だろう。超高層ビルというのはオフィスタワーかタワーマンションであり、いずれも市場経済のサイクルの中で取り引きされる商品と捉えるのが現実的だ。なるべく多くの床を積み上げ、ショッピング客を惹きつける商業施設を並べ、建物全体の魅力向上につながるパブリック機能を盛り込んだ、巨大な商品。オフィスタワーで言えば、これまでどんなファクターがどれだけの収益を上げ、資産価値を上げたかの実績から、競争に勝てる設計への方程式がつねに更新されている。最新の方程式の解が、ビジネス街区を静かに新陳代謝させているわけだ。東京海上日動ビルは本社ビルなので商品とは言えないが、オフィスタワーの作り方としてはテッパン方程式の解と変わりない。歴史的建築の解体決定をきっかけに、超高層ビルのタイポロジーそのものを問い、次世代へ向けた更新を訴えかけたのがノイズ提案だった、と私は理解している。
 
 丸の内・大手町のスカイラインは、外観・内部ともに無機質性を鍛え上げた、微妙な差異の密集地域である。この風景のなかで唯一、違和感を放っているのが、前川國男の「東京海上日動ビル」だ。この建物を初めて見た時、私には前川自身のブランドと化したかのような赤茶色のレンガがお堀端のオフィス街には強烈すぎ、巨匠のスタンドプレーとして映った。だが、今は少し見方が変わった。確かに浮いてはいるが、まわりに忖度しすぎて地味な服ばかり着たがる老人的調整能力を発揮するよりは、建築家としてリスペクトできるのではないか。少なくとも彼の時代には、超高層ビルは未来都市のシンボルでもあって、ひとつの建物以上に都市の未来像を示そうという意志があったはずだ。前川のビジョンそのものに共感できるかどうかは別として、丸の内のビルのように社会性をもつ建物のデザインを通して超高層ビルの新しいモデルを示す、という彼の姿勢そのものは注目すべきである。なぜなら、そのような姿勢が今は衰退し、建築の力が弱まってきているように見えるからだ。
 
 「東京海上日動ビル」については、歴史的遺産としての保存改修を社会に訴えかける運動も始められている。今年10月には解体工事が始まるので、説得力のある改修案の作成に知恵が結集されているところだろう。ただ、建築保存の議論が難しいのは、建築の専門家たちの論理ばかりが前面に出て、肝心のユーザーにとってその建物が実際どうだったのかが見えづらいという点だ。建物を所有し使用する企業としては、50年前と異なる未来ビジョンを得たがゆえの建て替えだろうが、東京海上日動の社員や外部ユーザーからみた良し悪しはどうやって評価するのだろうか。それを建築史的価値と同じ平面で論じることは可能だろうか。
 

noiz architectsによる「東京海上日動ビル本館・保存改修計画」(2021)。既存ビルを全方向に拡張する「外皮」としてのボリュームと、外部との接続性を高める機能性の高い半屋外シャフト。(c) noiz


 ノイズ提案は建物を残しつつボリュームを足して機能を更新するというもので、さきに書いたように斬新かつ現実的なアイデアをあちこちに盛り込んでいる。ただ、前川があえて自らの美意識を主張した外壁が、予定調和的な微差群の中で何かを主張したのだとすれば、その外壁を別の美しい外皮で覆うという手法は、露出すべきものをオブラートに包んでしまうことにならないだろうか。保存の意味が問われるところだ。
 
 一方、外部との隔離、柔軟性のなさ、構成空間の画一性、動線の限界といった、超高層ビルが積年抱えてきたさまざまな課題と取り組み、次世代向けの解を提示した点でノイズ提案は画期的だ。情報技術や移動技術を組み込んで、超高層ビルを都市インフラとして活用し、社会で共有できるものとして見直そう、というビジョンにも説得力がある。超高層ビルの保存改修に共感を得るには、実際ここまで踏み込む必要があるのではないか。
 
 それにしても、豊田/ノイズ提案がなぜ世間で論じられていないのか、不思議だ。メディアはどこもノイズの声明を伝えて終わり。保存論争に対する解決案として見ているのかも知れないが、先に述べたように、この提案の本質は保存論争とは一線を画す。むしろ、一建築事務所が「社会的な価値を提示する責任」(※1)を果たそうと、都市社会に欠かせなくなった建築のタイポロジーの更新を社会に対して提言した、というのが本質だろう。建築が商品化し、都市開発の市場から中小の設計事務所が疎外されるなか、建築家として自主的に社会提言するという姿勢には、いまとても大きな意味があると思う。
 

※1ノイズのウェブサイトへのリンク
「Tokio Marine Nichido Headquarters Building Renovation」
https://noizarchitects.com/archives/works/tokio-marine-nichido-headquarters-building-renovation

|ごあいさつ

 2021年度の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通りに配信することができました。太田佳代子、布野修司、連勇太郎の執筆者各3氏に改めて御礼申し上げます。それぞれの関わる分野、立ち位置、キャリア、そして世代の違いから見えてくる問題意識の多彩さと語り口に興味を抱かされた一年間でした。本当にご苦労様でした。
 
 2022年度では新たな執筆者の陣容として、千葉学、黒石いずみ、南後由和の3氏が登場します。3氏のシナジーがどのような批評空間を生み出すのか大変楽しみなところです。
 
 これまで建築・都市時評を通して、広く「問題」(批評)の所在を共有することを狙いにウェブマガジン「雨のみちデザイン」に新たなコンテンツとして「驟雨異論」がスタートしたのが2020年。
 
 次のステップとして、そこから多くの思考や批評が反応・応答としてつながることを望みたい。そのためにも、建築系コンテンツのレビュー空間に加わるべく、2022年度より「驟雨異論」をnoteからも配信していきます。noteでの「驟雨異論」ではレビューアー別に時評が構成され、アーカイブ性を保つことで、レビューアーの持ち味に出会えるものとしていきます。
 

2022/03/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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