連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?

建築家。1986年東京都⽣まれ。2009年東京⼯業⼤学⼯学部建築学科卒業。2011年同⼤学⼤学院 理⼯学研究科建築学専攻 修⼠課程修了。2011-2018年同⼤学博⼠課程単位取得満期退学。2012年ELEMENTAL(南⽶チリ)。2012-2013年Tsukuruba Inc. チーフアーキテクト。2013年ツバメアーキテクツ設⽴。2021年-江戸東京研究センター プロジェクトリーダー。2023年-法政大学 准教授。
主なプロジェクトに「下北線路街 BONUS TRACK」「虫村」「ICI STUDIO W-ANNEX」「奈良井宿 古民家群活用プロジェクト」「上原屋」「森の端オフィス」ほか。主な受賞に「第34回JIA新人賞」「「SDレビュー2022朝倉賞」「Under 35 Architects exhibition 2020 Toyo Ito Prize」「グッドデザイン賞ベスト100(2021)」「第48回東京建築賞 一般一類部門最優秀賞及び新人賞」ほか。
URL:ツバメアーキテクツ
TAKUTO SANDO #4 2025.3.19
広葉樹のススメ
飛騨には豊かな広葉樹の森が広がっている。家具産業が有名であるが、飛騨の家具製品の多くは輸入材でつくられているという現状である。森の木は小径木が多く、樹種ごとのデータベースがあるわけでもないので大量生産に向かない。裏山に木が生えていても産業的には容易く使えない、ということだろうか。
イヴァン・イリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』によると、社会と道具の関係には分水嶺があるという。社会が便利になる最初のステップよりも、道具を維持するために人間側が使われるという逆転が起きたり、特定の誰かに道具が専有されたりする次のステップ(第二の分水嶺)に気を付けなければならない。
最初に書いた家具産業が、裏山の木を使えず、輸入材に頼り、山の整備がなされず森が不健全な状態になっているとしたら本末転倒、それはまさに第二の分水嶺的な現象の一つと言えるかもしれない。
地域の持続性を考えれば、飛騨の森を前提としたあり方からデザインを考えられると良いのだと思う。つまり、材が小さい、樹種が特定しづらいのであれば、そこから考えると飛騨の森の特徴をそのまま体現したようなものが作れないだろうか、と考えを巡らせることができる。
家具からはじめる
そんな思いでデザインしたツバメアーキテクツのプロジェクトにKINOKO(2017)がある。


「KINOKO」(2017) 設計:ツバメアーキテクツ photo by TSUBAME Architects
小径木を製材すると、幅 200〜 300の材として取り出される。そこから切り出せる円の組み合わせが、3つ集まれば椅子やローテーブル、もっと集まればベンチやテーブルになると考えた。
飛騨の森で採れたミズメ、ヤマザクラ、トチ、クリ、ブナ、キハダ、ホオを用いているが、その時々で採れる樹種によって変化することが表現されるデザインとなっている。
建築にする
次は建築にチャレンジした。
こうした広葉樹の活用を進める、 「飛騨の森でクマは踊る」 (通称:ヒダクマ )という企業がある。上述した KINOKOもヒダクマと協働したプロジェクトである。その後、ヒダクマのオフィス 「森の端オフィス」(2022)はツバメアーキテクツで設計している。

「森の端オフィス」(2022) 設計:ツバメアーキテクツ + chidori studio(Photo= hidakuma inc.)
森の広葉樹活用に取り組んできた hidakumaは、森とまちの端に位置する製材所の中に、活用を促進するための拠点をつくることにした。流通や製材の過程で時たま出てくる個性的な木や部位の活用を考えるためには最適な立地と言える。
もちろん広葉樹で建て、その可能性を体現できる場所にするために森に入って木を選ぶことから始め、製材の各工程に関わりながら、都度、利用できる材の条件に合わせて設計を調整していくプロセスで進めた。積雪が多く、斜面に生える飛騨の広葉樹は、曲がり木が多い。そこで、短い部材を組み合わせたトラスを組んでいく。一般的な家具用材と同じく、仕上がり厚 30mmで挽くこととし、構造上必要な枚数を変化させながら、重ね合わせてボルトで固定。ここでも樹種は混ざり、耳 (材の端のシルエット )を切らずに残して使っている。加工の過程で発生するカンナ屑や木毛は、断熱材に利用したり、圧縮して木質ボードにするなどして活用を試みている。
建具へ展開する
続いて建具などに応用してみる。

森の建具群 児童発達支援事業所(2024) 設計:ツバメアーキテクツ(photo= TSUBAME Architects)
我々も広葉樹の癖や扱いに慣れていくと、クライアントワークにおいても応用を試みている。たとえば、建具や建具枠に個性的なシルエットを持ちいたプロジェクト 「森の建具群 児童発達支援事業所」(2024)がある。
求められた機能上の必要諸室をフロアに並べていくと、既存躯体の構成的にどうしても建具同士の距離が近接し反復してしまう。そういったことを逆手に取り、広葉樹の樹種を混ぜ、しかも材の耳 (端部 )を残し建具枠や建具を作ることで、個性的な輪郭や色が空間に飛び出してくる。子供たちの個性に寄り添う児童発達支援事業所の枠組みともシンクロし、手触りを作ろうとする試みである。
設計教育に応用する
自身の法政大学デザイン工学部山道研究室の学生と広葉樹を使って毎年ものづくりを進めている。飛騨の森、土場、製材所、森の端オフィスなどに連れて行き、森からプロダクトに向かう流通や製材のプロセスを体感してもらいながら、各所で材料をハントしていく。
学生が自分達で使うので、クライアントワークでは、まだなかなか使うのに勇気が出ないような部分を積極的に思考の対象としている。たとえば、巨大な曲がり木、あるいは小径木よりもさらにずっと細い枝、樹皮、コブ、端材活用して出たさらなる端材、などなど。

研究室の学生との合宿の様子(photo=Hidakuma)
図面を描くのも一苦労である。個性的な材料と、それらを 3Dスキャンをしたデジタルデータの間を行き来しながら、図面に落とし込んでいき、現地の職人さんと打ち合わせをしていく。
過去 3年で8つほどのプロダクトを学生と作ってきたが、最近笑えたのは、枝を活用した木の球を転がすコースター。グネグネした枝でできているので、 10回に 1回くらいしか成功しない。それがかえって成功した時の熱狂につながる。


学生による「枝のコースター」 (photo=Sando-Lab.)


学生による「コブステーション」(photo=Sando-Lab.)
他にもコブチームも面白い。コブはすでに見た目や手触りのキャラが強烈なので、それ以上にどう面白くできるのか……と学生は頭を悩ませていた。最終的にはコブのサイズや穴などを手がかりに建築学科の製図室で使いたくなるような機能を落とし込んだコブがたくさんぶら下がっている「コブステーション」として結実した。
終わりに
以上、さまざまなカテゴリーにおける広葉樹との関わりについて述べてきた。真っ直ぐではないデコボコでぐにゃぐにゃしたものと格闘していると、容易にコントロールできないことで人と資源とが対等になるような感覚がある。
さて、「驟雨異論」では4回のエッセイを書いた。特に最初の回には「異種から総合へ」というタイトルで建築的思考の応用可能性やその連動について書いた。今回の広葉樹は、産業、流通、生産、意匠、教育……という、まさに総合的な眼差しを養い試すのには面白い対象と言えると考えている。こうしたカテゴリーを横断したトライアルがこれまでに見たことがない緊張関係(あるいは笑える関係)を生み出すことができればまだまだ新しいデザインの種を見つけられるのかもしれない。
|ごあいさつ
2023年度4期の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通り配信することができました。 4期を担ってくださった小野田泰明、中島直人、寺田真理子の三氏に厚く御礼申し上げます。ご苦労様でした。 建築・都市を巡る状況は、平穏なものではありません。 民間資本による都市再開発の乱立と暴走、建築建設資材の高騰化と慢性的な人手不足、無策なまま進行する社会の高齢化と縮小化と格差化、気候変動と「with・コロナ」そしてオーバーツーリズムの波etc、克服が容易でない大きな課題が山積状態にあり、今こそもっと建築・都市へ「ここがオカシイ」と声を上げなければなりません。批評の重要さが増している。 その上からも「驟雨異論」の役割は、貴重になります。ここから声を上げてゆきましょう。 2024年度5期では 貝島桃代、難波和彦、山道拓人、各氏のレビューが登場します。 乞うご期待ください。
2024/04/18
真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
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