横河 健(よこがわ・けん)
 
 1948年東京都生まれ。1970年ワシントン州立大学交換留学生。日本大学芸術学部美術学科卒業。1982年横河設計工房設立。2003-13年日本大学理工学部建築学科教授。2014-15年日本大学理工学部建築学科特任教授。2016 武蔵野美術大学客員教授。
 
 主な作品にトンネル住居 (1978/JIA日本建築家協会25年賞)、警視庁日比谷公園前派出所 (1987/東京建築賞 /都市計画局長賞) 、平成ドミノ・堺 (1998/日本建築士連合会奨励賞)、HIROO COMPLEX (1998/CSデザイン賞大賞)、グラスハウス (1998/日本建築学会賞作品賞、ベネディクタス賞特別賞)、CESS/埼玉県環境科学国際センター (2000/グッドデザイン賞、BCS賞、JIA日本建築家協会環境建築賞、日本建築学会作品選奨)、武蔵野市立0123はらっぱ (2001/日本建築学会作品選奨) 、THE TERRACE (2002/MYCOMオフィスアワード大賞、BCS賞、横浜・人・まち・デザイン賞)、平成の二畳台目 (2004/茶室コンペ優秀賞)、桜井邸/多面体 館山 (2009/千葉県建築文化賞) 、杉浦邸/多面体 岐阜ひるがの (2010/JIA日本建築家協会協会賞)、早坂邸・那須塩原の多面体 (2012/栃木県マロニエ建築優良賞)。 主な著作:「KEN YOKOGAWA landscape & houses」(新建築社)、「応答編 漂うモダニズム」(共著) 左右社。
 
LINK:http://www.inuiuni.com/


 

雨のみちデザインアーカイブス

3:横河 健 / Ken Yokogawa

 

瞬間ごとのシーンが、
自然とつながる建築と
それを支えるディテール

(2/2)

2019/4/23
インタビュアー:真壁智治、編集:大西正紀(mosaki)
  

建築のディテールとは何か?

 
— 都市部の狭小住居でも、建築家の手を借りることで、ここまでの豊かな空間に住んでみたいと強く想うクライアントは多いと思います。ただ、「豊かに」と思っていても、それがどんな空間かは、クライアントだけでは想像できません。敷地の環境と同時に、そこからの「豊かさ」をイメージさせるのにクライアントの方々とは、どのように向き合われるのですか。
 
横河:どのプロジェクトでも、そのクライアントが、うまく楽しく暮らせることがひとつの目的です。だからこそ、そのクライアントの方たちをよく知ることが当たり前に大切なことです。クライアントが変われば、年齢も育ちも趣味も、全く異なります。その唯一のクライアントに、唯一の敷地の条件が合わさっていきます。
 
 このクライアントの方なら、こういうものが好きだろうなとか、こういうものは許してくださる方だろうなとか、逆にこういうことは嫌だろうなとか、そういうことをコミュニケーションを取りながらきちんと想像できるようになります。それらがわかってからしか設計はできないものですし、逆にわかってしまえば、そこからはどんな設計をしても、きちんと喜んでいただけると確信を持ってデザインができるものです。
 
— しかし、そうしたクライアントの最大許容値から生まれた「日本橋の竪穴住居」の最上階のトップライトの曲率やカーブのしなやかさは、相当デリケートなものですね。
 

 
横河:そうなんです。すごくデリケートな曲面になっています。上のトップライトは円形で、そこから下の正方形の床面まで、ゆるやかに変化させています。円形から正方形になっていく、とても複雑な曲面を、お金をかけずに具体的にどうつくっていくかが、とても悩ましかったです。さまざまな検討の結果、最終的には、木ずり下地を採用することにしました。鳥かごのようなものをつくって、そこにペラペラな薄いベニアを張り付けていって、曲面をつくっていきます。さらにそこにパテの研ぎ出しと塗装を何度も手作業でくり返してつくり上げていきました。
 

 
— このトップライトに見られるように、横河さんの建築は、手摺やドア、あるいは水切りまで、どのディテールにも「美しさ」があると感じています。人の手に触れたり、目に触れる部分のディテールに対しては、どのようなことをお考えですか。
 
横河:たとえば、アプローチを通り、玄関に至り、玄関の扉を開けるまでのプロセスだけを考えてみても、人はいろんなところに目がいき、身体が感じます。アプローチを歩いていると、足元に目がいきますし、そこから建物を見上げたりしながら、玄関の扉に近づいていきます。そういった自然な流れをつくるためにも、それぞれが目に留まってしまうようなディテールをつくっては駄目なのです。気にならずに、すっと目に入ってくるくらいのディテールが良い。ディテールのためのディテールになっては駄目だと考えています。つまり、ディテールは気が付かなくて良いのです。
 
 しかし一方で、あるシーンを静止画で見たときには、それがひとつの風景としてきちんとしていなくてはいけません。つまり、その瞬間ごとのシーンが、ずっとシームレスにつながっていることが大事です。“きちんとしている”ということは、“きちんと考えてつくっている”ということでもあります。もちろん、正解はひとつではありませんが、結果がどうであれ、考えたプロセスがあるかどうかが大事。建築のディテールとは、そういうものだと思っています。
 

敷地の中に“ここに居たい”場所をつくる

 

 
横河:たとえばこれは、 「洗足の家」という住宅です。アプローチから建物に近づいていって見上げると、アルミの既成の窓が見えます。こういうときは、アプローチを歩いてきて、建物が近づいてくるときの心構えを考えながらディテールのデザインをします。
 

 
逆スラブになっているので、玄関の直前でコンクリートの裏側やそこにある窓の水切りも目に入ってきます。だから、普通のペラッとした普通の既製品の水切りは付けたくありませんでした。その上で、このような削り出しの水切りをデザインしました。
 

 
— この窓の水切りは、汚垂れ防止でもあるわけですね。
 
横河:そうですね。 ルイス・カーン設計の 「ブリティッシュアートセンター」という美術館がイエールにあるのですが、その建物はカラーステンレスという少し不思議な表情を持つステンレスの外壁パネルの下に、大きな水切りが付いています。それをはじめて見たとき、一見豪快なデザインだと思いながらも、
一方で、デザインとは機能を満たすだけではなく、きちんと見せることを考えなくては駄目だと考えさせられました。
 

「ブリティッシュアートセンター」(設計:ルイス・カーン)の外壁を見る。カラーステンレスの外壁パネルの下に、大き目の水切りが付いている。( photo:Taís Melillo)
 
真壁:シーニックに建築と空間を連続体験としてスタディし、その中に「ここに居たくなる場所」を場として分節化していき、そこを起点にする横河建築のマジックの一端が少し明かされたように思いまいた。
 そして、“雨のみち”のディテールが「建築」のディテールにまで昇華されているところに横河さんのデザイン力を見る想いもしました。やはりそこには多くの横河ファンを惹き付ける魅力があることが良くわかりました。
 ディテールのためのディテールにないところにこそ、今回の「雨のみちデザインアーカイブス」収録の所以となるものです。本日はどうもありがとうございました。
 
2018年 2月 13日(火)横河設計工房事務所にて収録