(せお・りょうすけ):瀬尾製作所株式会社 代表取締役社長(四代目)。1980年富山県高岡市生まれ。大学卒業後、2002年にCRCソリューションズ(現、伊藤忠テクノソリューションズ)に勤務、流通関係のシステム構築や運用業務等、IT関連の仕事に従事する。2008年に生まれ故郷である富山にUターンし、家業である瀬尾製作所㈱に入社。高岡市の伝統産業である「高岡銅器」に関わる金属を素材とした「ものづくり」を学びながら、製品開発に取り組む。2018年より同社代表取締役に就任。
 
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「雨のみち」にまつわる各分野の人やモノに着目し、「雨」をさまざまな側面から見つめ直すクロスポイントのコーナー。今回は、瀬尾製作所の瀬尾良輔さんにお話をうかがいました。NEXTコーナーの羽鳥達也さん(日建設計)のインタビューにも登場する「コープ共済プラザ」のファサード全体に使われている鎖樋は瀬尾製作所によるもの。ぜひ、羽鳥さんのインタビューも合わせてお楽しみください。 

 
インタビュアー:真壁智治、谷田泰(タニタハウジングウェア代表取締役)タニタ社員(岡田斐加・開発部、飯島清一・開発部、大町健太郎・マーケティング部)
編集:平塚桂、写真:大西正紀

2020/12/22
 

金属加工メーカーの精度で、建築のファサードを実現する

 
—「コープ共済プラザ」では南北二面のファサード全体を瀬尾製作所の鎖樋製品が覆うという大胆な使われ方がなされています。日建設計からはじめに相談があったとき、どのような印象を持たれましたか。
 
瀬尾:正直、冷やかされているのかなと思いました(笑)。ある日突然、日建設計の羽鳥さんのチームの方から、 「御社は鎖樋を年間どのくらいつくれますか?」という問い合わせをいただきました。弊社が生産可能なキャパを確かめたかったのだと思うのですが、聞かれたのが金額ではなく量だったので、何を意図して聞いているのだろうと思いながら、このくらいならつくれますと説明しました。しばらく間を置いて再度お問い合わせがあり、本気なのだなとわかってきました。そこから会社にお伺いし、実際のプロジェクトとして動きはじめました。
 

瀬尾製作所株式会社 代表取締役社長の瀬尾良輔さん。


— 鎖樋がファサードとなる使われ方は、はじめてのことでしたか。
 
瀬尾:はじめてですね。開発陣の中では、面で使えたら面白いのではないかと可能性を論じたことはあるのですが、実現性は高くないと思っていましたし、ここまでの規模感では考えていませんでした。それが 「筒(toh)」という製品を発売して1年くらいで話をいただき、かつしっかりと形になって驚きました。
 
— 窓際を二重構造にすることで断熱対策などを行い、建物本体の負荷を軽減するような試みは「豊島区庁舎」や「渋谷ストリーム」などでもなされて注目されています。いずれも実験的なつくりをしており、「渋谷ストリーム」の場合はデザインアーキテクトを務めたCAtによる先行作「恵比寿SAビル」での経験が応用されています。実験的な建築にはスタディがつきものです。しかし「コープ共済プラザ」はぶっつけなわけですが、瀬尾さん、よく話に乗りましたね(笑)。
 
瀬尾:必要な強度を確保するため、既存の製品とは全く構造を変えました。元々はワイヤーではなく一つひとつの鎖樋を特注のネジを使ってつないでいくような構造なのですが、ビルの上で使うことを考慮した場合、さらに十分な強度が必要と考えました。特注で鎖樋を製作し、1本のステンレスワイヤーで構成させたことで強度を確保し、実験も重ねた上で採用してもらいました。
 
タニタ社員:施工仕様も変えましたか。
 
瀬尾:変えました。大きな台風が来ると正直ドキドキしますが、しっかりと強度を確保して作ったので問題ありません。ワイヤーはたわむのですが、締め直せるように下の接続部分にターンバックルを入れ、調整できるようにしています。
 
—「コープ共済プラザ」では、あわせて何メートルの鎖樋が使われたのでしょうか。
 
瀬尾:3キロメートルから4キロメートルですね。これまでにない規模になりました。それまで大きな物件でも数百メートルだったので、その10棟分ほどあるわけですから、なかなかのボリュームです。
 
— 生産上、問題はなかったのでしょうか?
 
瀬尾:なによりピッチをきれいに揃えないと外観に影響しますので、上から下まで±2ミリくらいの狂いにおさまるよう精度を徹底しました。それは人間の手で担保するのは無理だったので、専用機を導入しました。納期も厳しく、言われた納期で実現するのは難しかったので、実は発注前から先行して機械をつくっていました。
 
— ±2ミリという精度はすごいですね。建築躯体の方が大きな誤差が出ているはずです。
 
瀬尾:±10ミリを求められましたが、でも僕ら金属加工メーカーとしての精度は普段コンマミリの単位で仕事をしていますので、±2ミリの精度でつくりました。
 

シンプルな、存在感のない鎖樋をめざして

 
— 瀬尾製作所の本社は、鋳物産業が盛んな富山県の高岡にありますが、背景は仏教関係の施設に関係されるのでしょうか。
 
瀬尾:そうですね。元々仏具などお寺に関係するものをつくっていたようです。
 

リビングデザインセンターOZONEにある瀬尾製作所株式会社のショールムを案内していただいた。


— 谷田さんと瀬尾さんは元々お知り合いだそうですが、どういったご関係なのでしょうか。
 
瀬尾:2010年か11年頃にある展示会でお会いして、まず板橋にあるタニタの本社に、つづいて秋田の工場にもお伺いして、高岡の私たちの本社にも来ていただき、徐々に関係を持たせていただきました。
 
— タニタハウジングウェアと瀬尾製作所の違いは、どのようなところにあるのでしょうか。
 
タニタ社員:瀬尾製作所は仏具製作から発展したプレス技術を得意とされています。やや厚めの金属加工が中心です。一方、タニタは銅板・銅コイルによる雨樋製作から発展したプレス技術を得意としているので、やや薄めの金属加工が中心となります。お互い、若干製法や市場が違うということもあって、つながりが生まれやすかったのだと思います。
 
それに瀬尾さんのカタログを見ていたら、タニタの樋の先に、瀬尾さんの鎖樋が付いている写真が載っていたことがありました。これは会わないわけには行かないなと思っていました(笑)。
 
— 共に開発を行うとか、そういったものづくりを通じた交流はおありですか。
 
タニタ社員:そこまではなくて、これまではあくまで情報交換です。
 
— タニタハウジングウェアからも鎖樋を出されていますが、これは瀬尾製作所の製品よりも後発にあたるのでしょうか。
 
タニタ社員:タニタでは鎖樋の形状について、そのままの形であるチェーン型と、カップ型に分けて認識していました。その中のカップ型の鎖樋は、実は瀬尾さんが最初です。瀬尾さんのところで出されたものが世に広がり、それを受けてタニタもカップ型を出した形になります。
 
— タニタさんのほうでの、カップ型鎖樋の開発の経緯やご苦労を教えてください。
 
タニタ社員:まず、まったく新しい製品を考えようという話から、開発がはじまりました。
 

岡田斐加(タニタハウジングウェア 開発部)


— カップ型の鎖樋製品は、元々おありでしたか。
 
タニタ社員:あったのですが、設計事務所をまわる中で「とにかくシンプルな、存在感のないものを」というニーズが浮き彫りになってきたので、そこから新製品のあり方を探っていきました。
 
タニタ社員:テーマはありましたが具体例がなかったので、まずはベンチマークをしてあたりをつけようと軒先を模した実験台をつくり、瀬尾さんの製品もふくめて既存の鎖樋を片っ端から集めて水を流して観察しました。建築家をお呼びして実験を見てもらったこともあるのですが、面白がってくれましたね。たとえばカップ型のものは集水するといったことが、視覚的にわかるので。
 
— 製品のみならず、水の特性もわかる実験ですね。
 
タニタ社員:そこから建築家の方に、計画が進んでいる物件で試作品に採用していただきました。この製品のこの部分の飾りをカットした製品を試作できないかなどと要望が出て来る度に工場に問い合わせて試作をし、建築家の方のレビューを受けるというプロセスを繰り返しました。鎖樋の存在を消したいという意見を受けて、細くしたりブラインドのような見えにくい形状にしたりと、いろいろと試しました。
 
 タニタのマーケティングチームには「和くさくて駄目」だとよく言われました。従来の鎖樋はチューリップのような形状でしたが、花びらを模した曲線がマイナスの意味での「和」の要素にあたるのではないかと考え、曲線のアールを取って直線にしたりしました。試作は何タイプ試したでしょうか。数え切れないほどですね。
 

大町健太郎(タニタハウジングウェア マーケティング部)


タニタ社員:以前、日建設計の方々から言われたのが「できれば鎖樋をつけず、何もないところにまっすぐ雨を落としたい」ということで、存在感があるのは駄目なのだなと、考え方がアップデートされました。
 
タニタ社員:社内でチェーン型でいくか、カップ型でいくかという方向決めで悩んでいるときにも、建築家の方に助けていただきました。いろいろな設計事務所を訪ねて市場調査したところ、そもそもカップ型の鎖樋を建築に採り入れるというイメージがないことがわかりました。知っていてもお寺に使われているものだという認識で、シンプルなカップ型というコンセプトは空白地帯なのだと気づき、カップ型で行くことに決めました。
 
— 樋を主力製品とするタニタハウジングウェアの場合、樋との連動性も重要ですよね。
 
タニタ社員:鎖樋は、雨樋の竪樋の代わりを担うパーツです。竪樋と異なって風が抜けるなど通常の竪樋にはない柔軟性の高さも特徴です。また物流面でのメリットもあります。近年トラック運転手の人材確保が難しくなっているのですが、鎖樋は縮められるので普通免許で運転できる小さなトラックにも積み込めます。
 
— 一般向けに販売されている理由は、後付けがしやすいパーツだからでしょうか。
 
タニタ社員:竪樋よりは容易にできます。
 
瀬尾:やりやすいですね。上下が多少ずれていてもファジーな形なのでなんとかなります。
 
タニタ社員:悩みどころは玄関庇や下屋に取り付けるイメージで開発したので、強度を変えられない構造であることです。2階の屋根から一気に落としたいという要望があったとしても、風の強い地域だと材質面で限界があったりします。それでも使いたいといわれた場合は、間にワイヤーを通すなどひと手間かけて使っていただくこともあります。
 

鎖樋のもたらす、情景の心地よさを伝えたい

 

左:飯島清一(タニタハウジングウェア 開発部)


 
— 本日「コープ共済プラザ」を拝見し、鎖樋のファサードからは機能面にとどまらないさわやかさを感じました。
 
瀬尾:鎖樋は、内側から見たほうがきれいなんです。空間に影が浮かび、シルエットがきれいなのです。
 
タニタ社員:軒裏で過ごす安心感のような効果がありますよね。
 
タニタ社員:瀬尾さんの原体験が、まさに鎖樋に囲まれた暮らしなのですよね。
 
瀬尾:実家が鎖樋のメーカーだったということもあり、生まれ育った家には竪樋はほぼ全て「鎖樋」という家に住んでいたので、雨の日に縁側から鎖樋のある風景をよく眺めていました。

— 夏の風物詩のひとつになりうる情景を表現できる製品なわけですね。
 
タニタ社員:そういった魅力をどう伝えていくかというのは、我々の課題です。建築家の方にはまだまだ鎖樋が、和くさいとか雨が跳ねるなどのネガティブなイメージをお持ちの方もいらっしゃいます。そうなると、そもそも鎖樋を用いるという発想にはなかなか至らないので、どう広めるかが悩みです。
 
タニタ社員:数ヶ月前に意見交換させていただいた際、瀬尾さんから「レインチェーン」というキーワードを使ってホームページまで立ち上げていると伺ったときには、新鮮な驚きがありました。
 
— 呼び名というのは大事ですね。
 

谷田泰(タニタハウジングウェア代表取締役)。


谷田:瀬尾さんの場合、事業のターゲットに一般の住まい手の方が含まれていらっしゃるからか、マーケティング面で先行されているところがあると感じます。また足元の処理に使えるアイテムをしっかり用意されています。我々は銅にしてもガルバにしても鎖樋ではおもり(enムスビ)しか用意していないので、チャレンジしていくべきところです。材料は何ですか?
 
瀬尾:御影石で作られた、鎖樋を固定するためのおもりです。
 
— 鎖樋に巻き付いた植物の自在な様子もよいですね。まだらでも美しいのは、鎖樋の精度が担保しているからでしょうね。日建設計の羽鳥さんは8種類の植物の絡まり方をスタディしたと言っていましたが、どのように見ていましたか?
 
瀬尾:うまく巻き付かないのではないかと心配していたのですが、大丈夫でしたね。
 
— 冬になると植物が枯れ、全面に鎖樋があらわれるという話も興味深かったです。
 
谷田:羽鳥さんは「植物勝ち」「金属勝ち」とおっしゃっていて、植物を建材と同じレベルで捉える考え方に、はっとさせられましたね。われわれが関わっている「緑のカーテン」の活動では、毎年秋に植え替えをしていますし土も入れ替えます。年間通じて植物の状態をコントロールするのは難しいはずですが、メンテナンスをどう工夫されているのかも気になりました。
 
タニタ社員:「コープ共済プラザ」の鎖樋の間隔がまちまちだったのは、どうしてですか?
 
瀬尾:ワイヤーで作った結果、個々のパーツが上下に移動できるような構造なので、植物の力で押し上げられた結果、徐々に上がってしまったようです。
 
谷田:植物、恐るべしですね。瀬尾さんのところでは、径の大きな樋の要望はありますか?
 
瀬尾:そうですね。多くの雨量に対応できるようにという要望があります。タニタさんのほうではいかがですか?
 
谷田:こちらも要望としてはありますが、踏み込んではいないです。
 
タニタ社員:非住宅用途なのだと思われますが、タニタの鎖樋ensuiは40φ程度の排水能力なのですが75φのensuiをくださいと言われたことがあります。
 
谷田:鎖樋は、下屋につけることを想定してつくっていますが、本屋根につけたいと言われます。
 
タニタ社員:支持がなくて済むアイテムであるということから、ファサードの意匠に活用するなど、さまざまな用法を考えてくださいます。
 
— 今回インタビューをさせて頂いて、メーカーさんと設計者との出会いやその後のコラボレーションの様子を伺うと、なによりも瀬尾さん自身がトップダウンで対応していたからこそ場面々での決断が早く、設計者も熱心に取組んでいけたんだと思います。谷田さんにも、そうした部分を感じています。設計者の具体的な要望に即座に答えうるのはクリエイティブなトップなのですからね。瀬尾さんと谷田さんの知己も頷けました。本日は貴重なお話ありがとうございました。
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2019年10月8日 収録