谷尻 誠
 
(たにじり・まこと):1974年広島県生まれ。1994年穴吹デザイン専門学校卒業後、本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て2000年建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。2014年より吉田愛さんと共同主宰。現在、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授。
 
LINK:サポーズデザインオフィス

2019/11/27   

3/3 「勘違う」ことで、1000%の世界へ

  
— 最後に少し谷尻さんのこれまでの言説から、お話をうかがたいと思います。谷尻さんの書籍に「1000%」という言葉が登場するのですが、それをはじめて見たとき、アートディレクターの浅葉克己さんのスタジオ名が「ASA1000」だったことを思い出しました。
 
谷尻:そうなんですか!
 
— 当時、富士フィルムやコダックは高感度フィルムとして「ASA100」を出していたのですが、浅葉さんは、自分のスタジオをつくったときに、「俺は、超高感度の『ASA1000』だ」っておっしゃってスタジオをつくられました。谷尻さんの言う「1000%の建築」は、どういう意味なのですか?
 
谷尻:社会の枠組みで評価されることよりも、自分らしい枠組みの中で、自分のことを捉えたほうがいい。そのことを、僕は1000%と表現しています。誰が、100%が一番いいと決めたのだろうか、ということもあります。
 
— あと、「僕は勘違いしながら生きてきた」というふうに「勘違い」というワードが出てきます。これは何に対する「勘違い」なのですか?
 
谷尻:「勘違い」って、残念なことなのですが、そうではなくて、意図的に「勘違う」ようにしている、という話です。例えば、目の前の雨といを触りながら、これを照明と考えることも、意図的に「勘違う」ことです。
 あとは、ネガティブをポジティブに変えるには、やっぱり勘違いするのが一番いいですよね。うちの子は学校に行かないんだというのは残念ですが、うちの子は学校に行かないと決めてるというのは、すごく意思の強い子なわけじゃないですか。空気が読めないは残念ですけど、空気を読まないは意志。これも紙一重なんです。自分に都合がいいように生きていったほうがいいという意味でも、全部勘違いしてエクスチェンジしていったほうが、楽しい人生になるんじゃないかなと思います。
 
— なるほど!それもまた1000%という世界につながるのですね。

 

共犯関係が、どんな問題も乗り越える

 
— 先ほど、お施主さんとのやりとりの話がありましたが、類は友を呼ぶように、サポーズデザインオフィスにいらっしゃるクライアントの方々は、とてもやわらかく相性のいい方が多いのでしょうか。
 
谷尻:確かに、おおらかな方が多いかもしれないですね。逆に事細かくて、うるさいクライアントさんがいたら、もう自分でつくったらって思っちゃいます(笑)。
 
— お施主さんさんとの付き合い方で、何か意図していることはありますか。
 
谷尻:昔からやり方は、何も変えていません。基本は、友だちに、仲良くなればいいと。建築家は、単独犯でお施主さんを言いくるめて、作品をつくって世に発表しようと思っている人のほうが、まだ多いと思うんです。建築家は口がうまいので、だますことは実は簡単にできる。でもその魔法が解けたときに、クレームになり、訴訟が起きるということが、たくさんあります。
 僕の場合、必ずお施主さんと共犯関係をつくっていくので、もし怒られることがあったとしても、一緒に解決していくという感じになります。共犯関係をつくりましょうと、スタッフにも、もちろんお施主さんにも、ストレートに話します。だから、騙すということはおきません。いいものをつくるために結託して、ひとつの作品をつくって、それを社会にどういう意味を持つのかまでをやる。それが建築をつくるというプロジェクトなのです。
 
— 建築家とクライアントの共犯関係ってすごく大事ですね。近隣との関係、役所との関係にしても、問題に対して共に戦ってくっていく視点がすごく必要になってくるんでしょう。
 
谷尻:僕は、“腹を割って話します”とだけではなく、“腹黒く全部考えます”ということも話します。腹黒いことって、誰よりもいろんなことを想像して考えることでもあります。だから、基本腹黒くないと駄目だと思います。
 世の中の人って、“もっと○○したい”とかたくさん思ってるけど、口に出さない。要は、企んでいて口に出さない人が多いです。そういう人のほうが、僕よりも腹黒い、真っ黒だと思います。そういう人と、企んでいるけど、公にしている人、どっちが正義なんだろうと考えたとき、僕は後者のほうがいいなと思ったのです。
 
— 引き渡し後、1年、2年と経ったときに設計された物件に改めて行かれることはあるのですか。
 
谷尻:あります。新しいお施主さんとの打合せを、以前のお施主さんの自宅でさせていただくこともあります。新旧のお施主さん同士が仲良くなったりするケースもあるんですよ。
 
— 新しいお施主さんにとっては、少し前のお施主さんが話すことは、一番説得力を持ちますよね。建築家の谷尻さんたちがいないときに、実際のところはどうなの?という話も聞きやすいですもんね。
 
谷尻:事務所で働くスタッフのリクルーティングについても、同じように思います。通常は、設計事務所って、経営者である建築家がリクルーティングするじゃないですか。でも、そこで話されることって、給料がいくらで、休みが何日で、福利厚生はこうですよとか、全部経営者の都合のことばかりなんです。でも、そんなリクルーティングよりも、新しく働きたい人たちが、うちで働くスタッフにインタビューしたほうが、きちんとリクルートできると思うんですよね。
 自分たちの会社をボスが語ると、大体盛り気味になります。でも働いてるスタッフなら、実際はこうだけど、こんな楽しいことがあるよ、と本来の姿を語ってくれる。そういうほうが絶対共感して新しい人が入ってくれると思うんです。
 
— 誰に対してどういう伝え方をするべきか、ということは大切ですよね。
 
谷尻:建築の話を音楽をやってる人に話すときは、音楽に例えて話をしたほうが分かるじゃないですか。料理好きの方には料理に例えて、アート好きならアートに例えて、常に建築をどう翻訳して伝えるべきかというのは、いつもすごく意識しています。
 
 タニタ社員:先日、サポーズデザインオフィスに併設されている「社食堂」(下写真)へ行ったときに、空間はしゃれっ気たっぷりでモダンなのに、キリンビールが似合う普通のグラスが使われていたり、あの意図的なバランスの崩しにとても感動しました。あの感覚は、住宅を設計するときにも同じように持たれているのでしょうか。


「社食堂」内観。ロの次型のカウンターの手前が事務所スペース、奥側にエントランスとカフェスペースがある。互いの空間は壁などで仕切られていない。

 

谷尻:スーツを着ていると息苦しいじゃないですか。でも、スーツにスニーカー履いたら急にセンスのいい人になる。そういう脇の甘さみたいなところがないと、人って近寄れないんです。元キューピーの常務の方が「自分に厳しく、脇甘く」が一番良いと話されていて、それにとても共感したんです。建築家って、自分に厳しく、脇も締めてる。だから、近寄りづらい。自分に厳しいのは、自分の話だけど、脇の甘さによって人が寄ってくるのであれば、そうしたほうがいいじゃないですか。
 
タニタ社員:「社食堂」に我々おじさん3人で入ったんです。最初は入りづらいなと思ったんです。でも、あのグラスが目に入ったときに、何か急に野郎同士でも大丈夫だって感じました。
 
谷尻:ちょっと入りにくいかなと思わせておいて、安心させる。基本的にはツンデレがいいなと思っています。だから、僕は自分のポートレートも笑わないって決めています。基本的はにこにこキャラですが、ポートレートでは笑っていない。するとクールで冷たそうな人だなと勝手に思って会いに来て下さる方が、実際に会って話し始めると、なんだ、めっちゃ話しやすい人じゃないですか!となる。
 人は、コントラストで物の価値を評価するので、その前提条件をどこに設定させるかは、すごく大事なことです。何でもお得に感じさせたほうが、自分も楽しいですよね。だから本当は、「社食堂」でも、メニューに「ミニサラダ」って書いておいて、実際におっきいサラダを出したいんです。
 
— 嬉しい方向に期待が裏切られる(笑)。
 
谷尻:うわっ、でか!!ってなるじゃないですか。普通のサラダって思ってたのに。「うちのミニサラダ、これなんです〜」って言った瞬間に、そこは、その人にとっていい店になるわけで。普通にミニサラダが出てきたら、何も起きません。
 
— これもまた奥が深い。「1000%」につながります。
 
谷尻:結局、人は裏切られたがってるんじゃないですか。“3秒後に泣くシーンがきます”という映画ほどつまらない。そうではなくて、思わず泣いてしまうときに、人はハッとします。それもやっぱりその前提と起きたことの落差があるからです。感動することのロジックもきっとそういうことです。だから、何を前提に感じてもらえるのかということは、とても大切にしています。
 
— こうして話をうかがっていると、谷尻さんの中では、何屋さんですよという感覚が強いのですか。あるいは、何屋さんですよとおっしゃっているのですか。
 
谷尻:僕はわざと「建築家」って言うようにしてるんです。
 もちろん、実際はいろんなことができます。けど、何でも屋って、あまり価値がないと思います。何でもできる人って、何もできない感じがするものです。でも、建築家と言っておけば、建築家っていろいろできるんですねってなるじゃないですか。だから、自分を建築家という枠にはめておきながら、活動は広くする。そうすると、建築家の職能が拡張される。社会の側が、建築家にはこういうことも頼めるんだなとなる。そういう価値観をもってもらえるといいなと思っているので。
 
— これまでの建築家に敬意を払いながらも、足元をすくうというわけですね。
 
谷尻:旧来の巨匠建築家の方たちだけでは、社会が良くならないじゃないですか。社会は若い人がつくるべきだと思うので、自分の会社もできれば3040代がリーダーシップ取る会社にしたいですね。トップダウンはあまり好きではないので、『ルパン三世』みたいな会社をつくりたいっていつも言ってます。みんなばらばらなんだけど目的は必ず達成する。
 会社ってみんなを一緒にしようとするじゃないですか。なんかルールを決めて。そうすると、会社の個性は消えていくわけです。だから、いかにルールを作らないかがルールだと思ってます。だから、スタッフがばらばらになってくると、そんなことしてたらルール作らないといけなくなるから考えてねって言います。例えば、みんなが好き勝手に時間がばらばらで働いたりとかし始めると、ルール作らないといけなくなるんだから、ルールを作らなくてもいいようにし続けるには、どうするべきかを考えて仕事してって言うわけです。
 
— 谷尻さんの「1000%」主義が新鮮でした。自分らしい枠組みの中で、自分を捉え、その流れで、施主にも接していく。そこに建築家と施主との共犯関係を自然に構築していく。
 そして、どうやら谷尻流「幸せな建築」の地平が存在しそうなことが、よくわかりました。社会の中の建築家の正しい処世術とは何かを改めて考える機会にもなりました。
 本日は面白いお話を、ありがとうございました。

 

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取材日:2016年8月3日

インタビュアー:真壁智治

編集:大西正紀 / mosaki