2022.9.14

text 堀 啓二(共立女子大学 家政学部 建築・デザイン学科 教授)
 

安藤忠雄の雨のみち 3

 
 今まで2回に渡り、樋を意匠の一部として積極的に取り入れてきた建築家・安藤忠雄の樋の話、中でも、フラットルーフにおける"雨のみち”について話をしました。確かにコンクリート打ち放しを主流とする安藤建築はキューブがよく似合います。しかし、当然フラットルーフではない切妻などの屋根のある建築もあります。
 第2回で話したようにフラットルーフには徹底した樋の特徴がありました。「まっすぐにのびる樋」「地面から生える継ぎ目のないまっすぐな樋」「パラペット天端まで伸びる対の樋」「フレームに隠蔽された樋」です。通常屋根形状がある場合、軒先には横樋がつき、呼び樋などで竪樋に導かれますが、安藤建築の屋根にもフラットルーフと同じように竪樋はあります。この横樋と竪樋が屋根の水平ラインとファサードを乱します。しかし、安藤建築の屋根の水平ラインは美しく保たれます。
 では、屋根形状のある安藤建築の"雨のみち”はどうなっているのでしょうか。神戸市異人館通のある北野町や山本通に安藤忠雄の初期の作品が8件あリます。その多くは屋根がある建築です。大きな特徴のひとつが型材を駆使したシャープな樋です。では詳しく見ていきたいと思います。
 


 

屋根のある樋

街の魅力を継承する型材樋
ローズ・ガーデン 1977

(神戸市中央区山本通2-8-5)

 


 神戸市異人館通のある北野町や山本通での最初の作品が 「ローズ・ガーデン」です。「ローズ・ガーデン」は、ちょうど NHKテレビ小説「風見鶏」の始まった年の完成です。一躍、北野町が脚光を浴び、今日へとつながるまちづくりの機運が高まった年です。そのため、街の個性を受け止めた、煉瓦の壁、異人館風の切妻屋根などの外観、外の坂道がそのまま引き込まれたような、半屋外の通路が巡る平面構成と、街の魅力を継承しています。
 
 切妻屋根の妻面はアティックトラスのような形状をシャープな型材で構成しています。それに呼応するように軒先には H型鋼を横使いにして設けています。これが軒樋の役目をして、端部の竪樋が雨を導きます。竪樋は途中から煉瓦の壁に隠蔽されています。
 

壁の一部となる型材樋・軒先をシャープに見せる型材樋
北野アレイ 1977

神戸市中央区山本通2-9-13

 

  「北野アレイ」はローズガーデンと同年に竣工しました。全面を隣接建物に塞がれ間口が狭いですが奥に入ると広い空間があります。中央に三角の中庭を設けることによって開放感のある空間をつくり出し、これを囲むように各階に店舗が配置されています。道路から狭いアプローチをいくと 1/4円のヴォールトと切妻の屋根が架かった安藤建築の定番であるコンクリート打ち放しの建築が見えてきます。 KITANO ALLEYと印字されたゲートが印象的です。
 
 ヴォールト屋根と切妻屋根の雨のみちは、横使いにした H型鋼の軒樋と丸鋼管の曲がりのない竪樋ですが屋根形状ごとに少し納まりが違います。ヴォールト屋根の下部にはコンクリート打放しの壁とほぼ同面に納まった横使いにした H型鋼が端部で跳ね出しその先に曲がりがないまっすぐな竪樋がついています。切妻屋根は軒先に鼻隠しを兼ねた横使いにした H型鋼がついてシャープな軒先をつくり出しています。この軒樋から曲がりのない竪樋が2本ついています。アプローチの面に3本竪樋が並ぶのを嫌ったのか中央の1本は途中で切れて内蔵されています。
 

煉瓦壁に埋め込まれた竪樋
リンズギャラリー 1981

神戸市中央区北野町2-7-18

 

  「リンズギャラリー」は、2つの切妻屋根の建物がずれて配置された煉瓦とコンクリート打ち放しの建築です。ローズ・ガーデンに通ずる煉瓦を用いた神戸の街の魅力を継承する暖かみのある外観です。道路に向かって煉瓦壁の上に 3角形の妻面がのった構成です。ローズ・ガーデンとは妻面の意匠は異なりますが形材を使用したフレームは同様です。しかし樋はローズ・ガーデンの横使いのH型鋼とは異なり素直にフレームの形材と同色の軒樋がついています。軒樋から雨を導く竪樋に特徴があります。妻面を構成する煉瓦壁に埋め込まれた竪樋にシャープな呼び樋で接続されます。竪樋は平面の水平連続窓の下端で切れてそれ以降は内蔵されています。樋は屋根端部を構成するデザインのひとつの要素として美しく納まっています。
 

壁の一部となる型材樋
リランズゲート 1986

神戸市中央区山本通2--24

 

  「リランズゲート」は、敷地の形状に合わせて分割した3棟を、細い中庭を設けながらセットバックするように配置されています。その3棟には緩いアールのヴォールト屋根がかかっていて、軒先には横使いにしたH型鋼が壁と一体となって設けられています。型材が故にシャープに映ります。シャープな型材とヴォールト屋根によりシャープでありながら柔らかな表情をつくり出しています。この型材が軒樋の役目を果たしていて、ドレンが設けられています。しかし道路正面と中庭を構成する部分には竪樋がありません。隣地側に一ヶ所竪樋があります。前回示した竪樋の特徴である 「まっすぐにのびる樋」「地面から生える継ぎ目のないまっすぐな樋」「パラペット天端まで伸びる対の樋」です。そして、しかも2本でした。この時代から露出する樋のデザインは徹底されていました。その他は内部に隠蔽されているようです。ファサードのシンプルさ美しさを優先した結果かもしれません。しかし、安藤忠雄の竪樋の納まりであれば露出でも十分美しいかったのではないでしょうか。
 

屋根形状を阻害しない内樋と竪樋
ウォールアベニュー 1989

神戸市中央区山本通1-7-17

 

  「ウォールアベニュー」の敷地は、向かって左側にある駐車場の敷地との関係で間口が狭く奥に行くほど広くなる不整形です。それをうまく利用した設計がなされていて、駐車場との間に立てた緩い曲線の壁と建物の隙間を通路や光庭として利用しています。このずれに沿うようにコンクリート打放しの壁の上に 2つの幅の異なる緩い弧のヴォールトがかかっています。
 
 ヴォールト屋根は先端がキャンティレバーで跳ね出しています。妻面がヴォールト下までガラススクリーンのため、コンクリート壁に乗ったように見える納まりで軽快感を増しています。かつ、軒先は円中心からの線に沿って斜めに切れたシャープなデザインとなり、この斜めの部分が内樋になっていて安藤建築の定番である 「まっすぐにのびる樋」「地面から生える継ぎ目のないまっすぐな樋」である2本の竪樋が刺さっています。ヴォールト屋根の伸びやかさを阻害しないシャープな納まりです。
 

 
 以上で全3回の連載を終わります。安藤建築は打放しが故に樋を隠蔽したくなる中、積極的にデザインの一部として雨のみちを高度に昇華させてきた建築です。雨のみちは安藤建築には切っても切れない重要なデザイン要素です。ぜひ、見習いたいものです。

著者略歴
 
堀 啓二(ほり・けいじ)
 
1957年福岡県生まれ。1980年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1982年同大学大学院修士課程修了。1987年同大学建築科助手。1989年山本・堀アーキテクツ設立(共同主宰)。2004年共立女子大学家政学部生活美術学科建築専攻助教授。現在、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授、山本・堀アーキテクツ共同主宰、一級建築士。
 
主な作品に、大東文化大学板橋キャンパス(共同設計、日本建築学会作品選奨、東京建築賞東京都知事)、プラウドジェム神南(グッドデザイン賞)、二期倶楽部東館(栃木県建築マロニエ賞)、工学院大学八王子キャンパス15号館(日本建築学会作品選奨)、福岡大学A棟(共同設計、日本建築学会作品選奨)ほか。
 
主な著書に、「図解 雨仕舞いの名デザイン」(学芸出版社)「家づくりのきまりとくふう」(インデックスコミュニケーションズ)、「断面パースで読む「住宅の居心地」」(共著/彰国社)、「窓廻りディテール集」(オーム社)ほか。