羽鳥達也
 
(はとり・たつや) :日建設計 設計部門 ダイレクター。1998年、武蔵工業大学(現東京都市大学)大学院を経て日建設計に入社。専門は建築意匠設計。 主な作品は、神保町シアタービル(2007年)、ソニーシティ大崎(現NBF大崎)(2011年)、東京藝術大学音楽学部4号館第6ホール改修(2014年)、桐朋学園音楽部門調布キャンパス1号館(2014年)、コープ共済プラザ(2016年)のほか逃げ地図の開発。 日本建築学会賞(作品)、日本建築家協会新人賞、BCS賞、ARCASIA賞ゴールドメダルなどを受賞。
 
LINK:日建設計

インタビュアー:真壁智治、編集:平塚桂、写真:大西正紀
2020/12/14    

自分で調整できる余地を残した、快適なオフィス空間(2/3)

 
— つづいて建物の内部空間についてお伺いします。どのような提案を行い、現在、どのように使われているのでしょうか。
 
羽鳥:B工事(間仕切りやデスクのレイアウト、そのための配線配管工事など)は担当外だった関係で、オフィス空間についてはおおまかな配置ルールのみを提案しました。人員の異動や改変があっても、組織の運営を安定的に成り立たせるためにはオフィス空間において仕事のプロセスやチームの構造を可視化する必要がある業態もあります。そこで役職ごとひな壇型に配置するという形式は踏襲しながら、最も内側に職位の高い方を配するという、それまでとは逆向きの配置を提案しました。こうすることにより、熱や光の環境変化が激しい窓際が通路になり、ペリメーター空調が要らなくなり省エネになります。さらに多くの従業員がバルコニーの緑や景色を見ながら快適に移動できるようになります。職位の高い方は、これまでは窓を背にしてオフィスの内側を見ていましたが、チームを見ながら窓辺の緑や景色を見ることができます。階層構造をひっくり返す提案なのですが、対等な組合組織に基づくコープ共済だから受け入れてくれたのだと思います。

 

— この建物は、組合全体のモデルにもなるわけですね。
 
羽鳥:そうですね。建物の特徴を働いている方に説明してほしいと頼まれ、レクチャーに伺いました。なんと国内の主要な拠点と、遠くは沖縄まで中継でつながれており「そもそもオフィスとは」という概念的な話から環境設備の仕組み、具体的な使い方までを解説し、共感いただきました。3年にわたって毎年このようなレクチャーを行いましたが、同じ説明の繰り返しになってしまう僕に配慮してくださったのか、その後はコープ共済がビデオにしてイントラで見られるようされました。働いている方々はそのビデオ講習を受けないと研修が終わらず、このビルのことをe‐ラーニングで学ぶとポイントがつく仕組みになっているそうです。そのくらい建物の特徴の周知が徹底されているので、働いている方々はその使いこなし方をとてもよく理解しており、高い省エネ効果が実現されています。
 
 標準的なビルに比べ48%省エネルギーになると予測を立てていたのですが、初年度では最終的には予測よりも8%下がり56%減になりました。60%減まで行くとNearly ZEB(ニアリーゼブ=ゼブに限りなく近い建築物)だと言われます。ZEBは階数が多くなるほど実現しにくくなります。建物のフットプリントに対する床面積が増えるほど、ソーラーパネルから獲得したエネルギーの配分が減ってしまうからです。床面積がフットプリントの3倍以内までならばZEBが成り立つと言われています。「コープ共済プラザ」は地下2階、地上8階建なので、通常そこまで削減できないわけですが、都心の密集地で60%近くの削減を実現できたことは、性能的には画期的です。
 
— 効果を実証する数値が出ていることは、環境性能をうたう建築を今後つくる上での説得材料になりますね。室温設定などの運用状況はいかがですか。
 
羽鳥:設定温度はおそらく25度程度です。湿度の調節がうまくできているので、あまり設定温度を下げなくても大丈夫です。また通常の冷暖房は上から吹きつけるので気流のムラが激しいのですが、こちらは天井スラブ放射空調と床しみ出し空調の併用でムラがほぼなく穏やかです。
 
— 働いている方々の健康診断をしたら、よい結果が出そうですね。
 
羽鳥:床しみ出し空調は、特に冬場快適なようです。またカーペットの変更で気流感を変えられる仕組みは、足元が冷えやすい女性に好評です。
 
— 女性が多い職場なのでしょうか。環境建築として重要な課題になりますね。
 
羽鳥:多いですね。特に下層階は女性比率が高く、あるフロアのトイレはほぼ女性用です。

 

— 室内全体を控えめな照度とし、手元を局所的に明るく照らすタスク・アンビエント照明を採用されていますが、反響はいかがでしょうか。
 
羽鳥:当時は採用事例が少なかったので採用に踏み切りにくかったと思うのですが、複数の施設を見学した上で快く採用いただきました。九州大学とパナソニックの共同研究で、明るすぎる場所に居続けると生体リズムに悪影響が出て知的生産性が落ちるという研究結果が出ています。タスク・アンビエント照明は省エネなだけではなく、身体にやさしくかつ作業性に対してもよい影響を及ぼすようです。
 
— 新しいタイプの照明方式を採用するにあたって、社内での検討はどのようになされたのでしょうか。
 
羽鳥:スタートは個人的な興味ですね。新しい設備を取り入れることが好きなチームで、担当した若いスタッフは面白がっていましたが、上司は心配していました。というのも日建設計ではオール・タスク・アンビエントなどという施設の経験はなく、またオフィスの設計についてははじめての依頼というお客様だったのです。
 
— 憶測ですが、女性が多い環境だったというのも新しい取り組みに影響したようにも思えます。
 
羽鳥:オフィスという環境は男性中心に考えられており、SET*という温冷感の指標も4人の白人男性を被験者に快適性を計測したものが元になっているので、それを基準に設計すると女性は寒いと感じます。評価基準そのものを問い直さないとならない時代です。
 
— 常識を疑うことから設計がはじまっているのですね。
 
羽鳥:1つひとつの設備について、当たり前とされている仕様をそのまま採用せずに突き詰めて検討することを意識しました。たとえば夏風邪の原因はエアコンのフィルターやドレンパンの汚れにあるという調査があります。保健所から基準が出されているのですが、日本全体では0.4%の施設でしか守られていません。そこでこの建物では、そもそもエアコンのドレン水が発生しないようにしました。またエアコンが天井内におさまっているとフィルター交換がしにくいので、簡単に交換できる仕組みにこだわりました。このように地味ながら実効性のある配慮を重ねました。
 
— この建物では随分、人の手によるハンドリングの余地を残しているように思います。
 
羽鳥:今までのオフィスは、煩わしいことを人にさせないという思想で出来ていました。手動での換気も不要、空調も省エネも全自動でした。環境は建築のほうで整えるから、人は働くことに集中すればよいというのがインテリジェントビルの考え方でした。それはそれでオフィスビルの発展に寄与した一方、執務者たちが自分の生活環境を整えるということをしなくなってしまいました。こうした場所にいて、心は充足するのだろうかと思ったのです。
 
— 効率よりも居住性を考えた上での、一律性から個別性を重視する結果なのですね。
 
羽鳥:計画する側にとっては、人は不確定分子なので、関与しない前提としたほうが完璧な環境がつくれます。窓を開閉する、カーペットを交換するというのは、設備計画の一般的な考え方からは外れるので、設備設計をする上では嫌われます。でも使い手を信用するところからはじめないと、設備計画は変わらないと思いました。
 
 たとえば窓の開閉はあえて全自動にせず、人の手を介在させる仕組みを考えました。自動制御の窓は高額でもあるので限定的に採用し、その窓が開くと「OPEN」と文字が光る機構を用意しました。まわりにいる方々はそれを目印にして窓を開けるのです。建具はビル用ではなくマンション用で、網戸も付いています。
 
— 網戸の存在には意表を付かれました。
 
羽鳥:明治神宮が近いので、変わった昆虫が止まっていたりもします。林昌二さんが「オフィスは住宅に近づく」という主旨のことを随分昔におっしゃっていました。それを意識したわけではないのですが、後から考えるとこのような人の手で快適さを調整できるオフィスのことを指していたのかなと思います。
 
— この建物の場合、目新しい設備やシステムを採用するのではなく、これまでに試行されてきたものの組み合わせで効果を発揮してるように感じました。そこがとてもいい。
 
羽鳥:それは最大の賛辞です。特殊な状況に対して特殊なものを提案するのは簡単なのですが、それでは世に広まりませんから。
 
— 特殊なものを採用するというのには、クライアント側も合意しにくいですからね。
 
羽鳥:新しい技術の導入には不安も伴うので、クライアントに与えるストレスがどうしても大きくなります。しかしこちらで採用している技術は一見新しいように見えますが、1つひとつはこれまでに使われてきたものばかりです。天井スラブ放射空調も、技術自体はマンションなどに採用されている床暖房と同じものです。床しみ出し空調対応カーペットも既存の技術です。すでに普及しているものを当てはめてつくったのです。
 
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