羽鳥達也
 
(はとり・たつや) :日建設計 設計部門 ダイレクター。1998年、武蔵工業大学(現東京都市大学)大学院を経て日建設計に入社。専門は建築意匠設計。 主な作品は、神保町シアタービル(2007年)、ソニーシティ大崎(現NBF大崎)(2011年)、東京藝術大学音楽学部4号館第6ホール改修(2014年)、桐朋学園音楽部門調布キャンパス1号館(2014年)、コープ共済プラザ(2016年)のほか逃げ地図の開発。 日本建築学会賞(作品)、日本建築家協会新人賞、BCS賞、ARCASIA賞ゴールドメダルなどを受賞。
 
LINK:日建設計

インタビュアー:真壁智治、編集:平塚桂、写真:大西正紀
2020/12/6   

 美しさと機能が両立された、鎖樋に植物がからまるファサード(3/3)

 
— ここからは緑で覆われたファサードについて深く伺いたいと思います。設計の工夫と挑戦についてお聞かせください。
 
羽鳥:まずは壁面緑化を行った理由から説明します。太陽熱を利用した空調システムをクライアントから提案され、採用することになりました。すると屋上緑化ができなくなります。東京都の緑化の基準はきびしく、この規模の施設の場合、屋上に対して2割の緑化が求められます。できない場合は壁面に振替可能なのですが、壁面の場合は係数が下がるので、より多くの緑化面積が必要でした。壁面緑化には、人々が緑をより感じやすいというメリットがあります。屋上緑化は衛星画像では効果的に冷却できるように見えますが、じつは人々が直接冷えた空気を享受することはできません。しかし壁面緑化ならばビルで働く人も街ゆく人も効果を感じられるようにできます。 

 壁面緑化という方針を決定した後、効果的に冷やせる設えを探りました。熱の現象を検討したところ、効果的に建物を冷却するには土が重要だとわかりました。湿った土に風が流れると冷輻射が起き、土の部分の表面温度が10度ほど下がります。そこで土に風が効率よく接触するよう、道路側に多くの土をより露出できるディテールを探りました。天井をなくすために採用した逆スラブは土をおさめるにも有利なので、バルコニーまで適応し、なるべくたくさんの土を入れられる構造としました。
 
 そしてたくさんの鎖樋にそって植物を登はんさせ、上から水がしたたる緑のスクリーンを設けました。水をしたたらせているのは、機能的には日射で葉が焼け枯れしないための配慮です。しかし実は植物を編んで縄にしたものに水を伝わせたものが雨樋の起源であり、歴史性を示唆する装置でもあります。また明治神宮近傍という湧き水に恵まれた地域特性とも通じます。
 
 スクリーンの設えは慎重に検討しました。細い鎖だと引きで見たときに存在感が足りず、冬場に植物が枯れてなくなったときに寂しく見えてしまうおそれがありました。存在感のあるものを検討していくなかで、瀬尾製作所の商品に出会いました。
 
 採用したのはリングを連ねた鎖樋と、長さの異なる3種類の筒を最も綺麗に水の流れが見える間隔で連結した「筒(toh)」です。「筒(toh)」はステンレス製なのですがヘアラインの方向が水平なので、曲面の輝き方が複雑でよいのです。朝日を受けたときに見ると、葉のきらきらとした輝きと協奏しあってきれいですよ。
 
 鎖樋には、植物を伝わせる以外の要素を消したかったのですが、これらの商品ならば上下2点を留めるだけで、支え材が不要です。また風のリスクを考えると柔軟性がある素材のほうがよい。さまざまな要素を検討し最もバランスがよいものは何かと考えた末、こちらにたどり着きました。
 
 用意した植物は半常緑種で、冬になると半分ほど枯れ、「筒(toh)」と鎖樋が露出します。冬は金属勝ちの、夏は緑勝ちのファサードになる変化も面白いと考えました。
 
— どんな植物が鎖といの適性として良いのでしょう。
 
羽鳥:壁面緑化はさまざまな建物で試みられていますが、失敗も多いのです。そこで壁面緑化を担当した日本地工で1年間ほど植物を育て、生き残ったものをそのまま持ち込みました。茎をヘビのようにスパイラルするものと、葉をチェーンに通過させながらぐるぐると登るものと2種類のタイプです。
 
 また茎をスパイラルさせるものには細いチェーンを、葉を通過させるタイプのものには無理なく通過できるように輪が大きなチェーンを用意しました。
 
— 鎖樋を伝う水は、どこから落としているのですか。
 
羽鳥:屋上で10トン貯め、重力で落としています。
 
— 横樋はないのですね。
 
羽鳥:はい。横樋はなく、足元に側溝はあります。またバルコニーの土に降った雨水は窒素やリンなどを含んでしまい再利用が難しいので垂直の樋で別ルートで落としています。
 
— 建物外部の環境を検討するにあたって、壁面緑化以外の部分ではどのようなことを意識されましたか?
 
羽鳥:建築環境を専門とする東京大学の前真之先生が以前おっしゃっていたのが、快適さをもたらす資源は外部にしかないということです。この立地の場合、明治神宮が最大のリソースとなります。そちらからの風を受け止め、温めずに後背地へと受け渡すことを考えました。環境は切れ目なくつながっているものなので、リレーションを絶やさないことが都市におけるよきマナーになります。

 

また地上階をピロティで抜いたのは、風を通すためです。「ソニーシティ大崎」を設計し、涼しい風を生み出してもそれを感じられない環境対策は虚しいという思いを抱きました。ただしピロティは管理上嫌われる要素にもなるので、奥の緑地を管理しやすいことや緑地の下にあるオイルタンクの給油がしやすいなどと理由を重ねて理解いただきました。
 
— 緑で覆われたファサードの評判はいかがですか?
 
羽鳥:壁面緑化の反響は外部からも多く、たとえば近くにできたマンションのデベロッパーから問い合わせがあったのでクレームかと思いきや、「どんな花が咲くのか」と管理組合から聞かれたとのことで、喜んでデータを渡しました。
 
また、近くに住む中学生が街の緑をテーマに自由研究をして、「コープ共済プラザ」を飛び込みで訪問取材し、大きく取り上げてくれたのですが、自由研究の大規模なコンテストで表彰されたそうです。
 
— ビルが「街の緑」の研究対象になるというのは好ましいです。
 
羽鳥:都会ならではですね。
 
— 最後、鎖樋の今後の可能性を教えてください。
 
羽鳥:美しいだけではなく、水のリズミカルな動きそのものが楽しいですよね。水の流れ自体が運動エネルギーを持っているので、それを利用し、たとえば音を発する機構を持たせるなど、さまざまな発展可能性があると思います。電力を使わずに自然エネルギーで実現できるという点も魅力ですね。水車なども仕事のために生まれた装置ですが、遊びの要素を備えています。同じように樋にも、遊びの要素を融合させて発展させる余地があると思います。
 
— 今日は、ありがとうございました。大変面白かったです。持続可能な「環境建築」を生み出していく経緯での葛藤や配慮・策略が実にリアルにわかりましたし、目的に沿った良い建築は施主次第、「建築は施主が9割」ということが、まさに実感されました。それは施主サイドの見識・意欲があってこそのもので、何よりも建築の持続可能性を支えていくのは、施主ということですね。
 
 建物の全面に小さな部材の鎖樋が表出している様相は、見たこともなかっただけに痛快でした。それに「コープ共済プラザ」を体験してみて、風や温度・湿度、明暗などの微気候を含む環境の存在に触れることができたのが楽しかったです。特にグランドフロアでの冷気を含んだ風の体験も印象的でした。コープ共済が運営するオフィスとしては、旗艦施設の評価を得るでしょうね。
 
 しかし、こうした建築への実験的な取り組みも、施主への多くのエビデンスの提示の上での実証、説得が不可欠になることを考えると、組織設計事務所の役割の基礎的な研究体制が図りづらい。組織設計の果たすべき役割をこれからも注視していきたいと思いました。
 
  ←[2/3 自分で調整できる余地を残した、快適なオフィス空間 ]