堀越英嗣(ほりこし・ひでつぐ)
 
:1953年東京都生まれ。1976年東京芸術大学建築学科卒。1978年同大学院修了後、同年丹下健三・都市・建築設計研究所入所。1986年アーキテクトファイブ設立・共同主宰。2005年堀越英嗣ARCHITECT5代表。04年から芝浦工業大学教授。17年より初代建築学部長、主な受賞歴に日本建築学会賞(業績)、BCS賞、日本建築学会作品選奨、土木学会デザイン賞最優秀賞、グッドデザイン大賞、AACA賞等共同受賞。
 
LINK:http://www.hh-architect5.com/



 

14:堀越英嗣 / Hidetsugu Horikoshi

 

モダニズムの“雨のみち”
雨との闘いから見えてきた建築の本質

(1/4)

2020/04/17
インタビュアー:真壁智治、編集:大西正紀(mosaki)
クレジット表記以外の写真・作画・作図:堀越英嗣

 

ルイス・カーンの雨のみち

 
ー 堀越さんは芸大を卒業後、丹下健三さんの元で働かれて、その間に精力的にモダニズム建築をご覧になってきました。今日はまず、堀越さんがこれまでご覧になってきた建築家たちが雨を含めた自然に対して、どう振る舞っていたかを、いくつかトピックとなる建築を上げていただきながら、お話いただけますでしょうか。
 
堀越:丹下先生は、初期はとても合理的なものをつくられていましたが、私が働いていた晩年のころは、何十年前に設計した建物が、改修や建て直しを迫られたのを、間近で見てきました。
 
 私が最後に担当した 新東京都庁舎のコンペのときも、それまで丹下先生が建ててきた建築の時の経過をフィードバックして学びながら、時を超えて美しくエージングする建築の姿を考えていました。コンクリートの打ち放しは、コストの制約の中で形態と空間が一致するミニマルな表現ができる一方で、同時に長寿命の視点では問題が多いことを、丹下先生自身も過去の経験から十分に認識されていました。 人々に長く愛される建築は、雨などの厳しい自然現象と上手に折り合いをつける建築デザインとの闘いであり、長く生き残るための「何か」があるのではないかと、僕もスタッフとしてそのことがとても気になっていました。
 そのような中で、丹下事務所で担当する建築の実施設計を考えていた時、 ルイス・カーンブリティッシュアートセンターの1枚のディテールのシートに、僕は目が釘付けになりました。
 

(出典:「ARCHITCTURTAL RECORD」)


ブリティッシュアートセンターのディテール外観写真


  近代建築は基本的に壁が多い箱なので、壁と雨との闘いです。汚れにくい壁の仕上げの問題もあれば、壁を伝って流れる雨水を如何に壁を汚さずに落とすかという闘いもある。これは庇が深い時代や屋根のある時代には考える必要のない話でした。
 
 また別の問題として丹下先生は、 雨が降るとコンクリートや石張りのカーテンウォールの表面は水分を吸収して表情が突然変わることがあるので、それをどうコントロールして、雨の時でも美しい表情を生み出す壁をいかにつくるかを考えられていました。それは建築の外観におけるテクスチャーとディテールの話になってくる。
 

イエールアートギャラリー(ルイス・カーン)の外観。レンガの外壁に4本の水平な水切りの出っ張りが影を作り出す


 ルイス・カーンの建築で、もうひとつ感動したのが、 イエールのアートギャラリーです。これがブリティッシュアートセンターの向かいに建っています。カーンの初期の代表作なのですが、一見とても地味な箱型の美術館です。だけど、何が違うかというと、 通りに面した巨大な壁をよく見て欲しいのです。4本の長い水切りがあるんです。開口部は一切なく、壁のための水切りです。
 
 この水切りの線の位置は、実は、隣にある古いルネッサンス様式の建築に合わせられています。モダニズムがどうやって古い建築に景観的に接続するのかということを考えながら、水平の深い水切りによって壁のスケールやプロポーションを合わせています。 機能的に積層された美術館の壁面が単調になってしまうところを、深い水切りを出すことで、汚れを防ぐと同時に晴れの日にはレンガの壁面にリズミカルな影が生まれるのです。
 

 

 このディテールを見てみると、ちゃんと水切りになってるんですよ。
 

 まちの中心部がイエールのキャンパス群で、手前に古い建物があってその高さにそろえてあります。
 

 イエールのアートギャラリーから昔の建物が、このように見えます。昔の建物は、むしろ小庇と水切りだらけの建築でした。 長年の知恵で、壁面の汚れなどについて考え抜いていて、立体感のあるクラシックな造形の水切りに光があったときに影をつくって美しいプロポーションに見えるようにつくられています。これもひとつ雨のみちのデザインですよね。
 

  たばこ一箱分くらいの水切りのエッジが切られています。こういうことはほとんど気づかないものですが、僕はもうこんなような写真をたくさん撮ってきました。
 

 見上げると、こういう影になります。
 

 もう一度、 ブリティッシュアートセンターに戻ります。これが初期はカーンの仕事でモダニズムを追求しながらもクラシックな建築の意匠が持つ有用性への理解と敬意が感じられます。
 
 ブリティッシュアートセンターの方は、これが1980年代のものです。古いアートギャラリーの壁面仕上げは風雨に耐える外壁で、且つ古い建築と調和させるために、レンガが使われていました。 カーンはローマ遺跡が好きで、長い時間の中でレンガ壁のが剥き出された遺跡が、カーンの原風景なのです。
 
 それに対して、 ブリティッシュアートセンターはアルミのピューターフィニッシュという、これまた素晴らしい素材で覆われています。現代建築のピカピカな仕上げではなく、はじめから少し汚れたような素材なんです。完成したときが一番美しくて、だんだん汚れて痛んでいくイメージではなくて、完成時ですでに時間の経過を感じるような渋みを持っている。そして時間が経っても渋さが変わらない。
 
  水切りを下から見上げると、返しにアールが付いているんですが、角張らない優しいかたちが泣けますよね。見上げても、正面から見ても柔らかさを感じて美しく、しっかりと水切りとして機能していることによって、外壁を痛めないようになっている。
 
 
 この目線でカーンの建築を追いかけはじめると、住宅の フィッシャー邸エシェリック邸も、全部きちっと水切りが大きく出ています。フィッシャー邸の木の外壁も素晴らしい。木の箱のような建物で屋根や庇がなかったら、雨の降る地域では痛みやすくなります。クライアントで長年住まわれていたフィッシャーさんのメンテナンスも素晴らしいのだけど、それにも増して開口部周りのディテールがちゃんとしているんです。以前、フィッシャーさんが亡くなった後でしたが、奥様に案内していただいたことがありました。窓周りの空間が素晴らしいと思っています。
 
— ところで、近代建築は、雨をどのように付き合ってきたのでしょうか。
 
堀越: 近代建築で雨が悪さを起こすのは大体開口部周りです。そこでの雨との闘い。これは僕の予想なんですが、カーンはインドで開口部の雨処理についてある考え方を学んだんじゃないかと思っています。彼はインドのアメダバードとか、バングラデシュで大きな仕事をしていました。あちらの職人技術では、複雑な動きをするような開口部は難しいと思います。要するに、スコールのような風雨に耐えるような開け閉めするガラス入りのサッシは、納まりも難しいし、つくれない。これはインドでの コルビュジエも同じなんですけど、スケッチに描いていても、実際は性能面で難しいのです。それではどうするかというと、木製のフラッシュ扉とフィックスガラスに落ち着いた。それがカーンのデザインになった。
 

 これで言うと、景色を取り込むのがスッキリとしたフレームのFIXガラスで、風を入れるのが木の扉。こういうところが、カーンの建築の開口部の構成原理になっています。コルビュジエも、似ています。だから、見るための窓はすごくすっきりして見えるわけです。そして、扉で処理するので雨仕舞いは完璧!
 
 開け閉めする開口部は引っ込んでいて、木製フラッシュ扉が外に開く。フラッシュ扉だと内側に網戸があっても、気にならないですね。そういう原理を持った納まりです。これが空気を入れる木製扉で、こちらが見るFIXガラス窓。そういう開口部の機能の使い分けを彼はしていて、これはインドでの仕事で、開閉できるガラス・サッシという技術がなかった頃に「FIXガラス窓+木製扉」というインドでも可能な解決策を見出した経験から生まれたのだと私は推測しています。
 
— なるほど。アジアモンスーン気候が、こうした窓の解を生み出したわけですね。
 

  フィッシャー邸が有名なのは、メンテナンスが素晴らしいことです。クライアントが愛情を持って定期的にオイルを塗っていたことで、1969年代に建った建築なのに、何十年経っても本当に綺麗です。 外壁の水切りも中央に1本あるだけなのですが、ディデールがしっかりしていることと絶妙なところに付けているから、全体に汚れがつきにくいようになっています。
 
 カーンは、ヨーロッパの古典建築を学んでいるので、このようなディテールができるわけです。水切りや笠木のような出っ張りがデザインの邪魔になると思わずに、むしろモダニズムの建築の中で一つのアクセントになることを、彼は信じていたわけです。外観が非常にのっぺりとした表情になりがちな建築が、水平に打ち付けた板と水切りが外壁に表情をつくる。そして晴れていたら、外壁に影がすごくきれいに出ます。第一印象だけで表面的に見てしまうと、 箱にしか見えないが、しっかり観察するとその「箱」にはいろいろな意味合いがあるのです。そういう深みを持っているところが、カーンの建築の魅力と言えます。
で、それがやっぱり歴史的な水と建築の闘いとも関係あるなと思ったんです。
 

 もう一つカーンの住宅を、紹介します。 エシェリック邸っていう、フィラデルフィア郊外の住宅です。これも外壁がモルタルと木で、四角い外観で、屋根のある周囲の住宅と比べるととてもモダンなのですが、やはり汚れができないように、水切りがちゃんとしています。そしてこれもフィックスのガラス窓と開ける扉。みんな同じ組み合わせです。フィックスの窓は、納まりが簡単ですから、枠も目立たずスッキリときれいに納まります。風が通る開ける窓(扉)はこの下にあります。庭側は真ん中に巨大なフィックスガラスが二つあって、その両側は全部開口部の扉なんです。
 

 水切りがこのように ピシッとしています。これだけで、汚れた水は真下に落ちて、ガラスと木扉は汚れにくく、美しい対比を見せています。
 

 これは エクスター図書館です。ここの水切りも、まさにローマ遺跡のような陰影を作り出しています。レンガに対して、水切りがものすごくきれいな影をつくっています。
 

 この屋上の部分などは、完全にローマの遺跡のイメージです。
 

 雨といもしっかりと使っています。見えないところでも、こういうふうにデザインの一部として考えて建築の構成に合わせてシンメトリーになってる。
 

 内部もとても美しいのです。コンクリートと木、それぞれの構造体の持つ力強さをきちんと生かしています。人が触れる場所や窓まわりは木でできています、このリーディングルームのように、窓際がものすごくいい感じでしょ? これは本を読み、考えることをする場所として最高と思います。美しい窓際、こういう居場所本を読みながら、時々外の景色に目をやる。だから、この窓もフィックスです。木の引き戸があり閉めることもできます。
 

 これが見上げたところ。よく見ると、実は、下が太くて、上に行く程細い柱になっています。力の流れに素直に従っていて、上は加重が少ないから小さい柱、下は加重が増えるから太い柱になっていて、そのため上下で窓の大きさが違うのです。上に行くほど窓が大きくなる。どんどん明るく景色が良くなるのです。
 
 ここの水切りも、全体に重厚な影をつくっています。シャープな水切りの影とレンガのテクスチャーがもたらす影。ガラスを汚さないために大きな出をもった水切りが付いてる。ここまでがカーンの話です。
 
 モダニズムにおける、雨のみちの話をする上で、雨のみちが建築にどのような影響を与えたかということの一つの例として、カーンから入ってみました。
 
— カーンは、樋という以前に、モダニズムが持つキューブ、箱的建築が、どのように雨にさらされるのか、雨と関わりを持つのかというところを、実にとてもよく考えて取り組んでいたわけですね。しかも、そこでの処理の原型をモダニズム以外の建築から学んでいたということが興味深いです。そしてやはり、カーンに次いで、雨との扱いで興味を覚えたのは、コルビュジエの存在ですね。
 
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