深尾精一(ふかお せいいち)
 
1949年生まれ。東京大学建築学科卒業、同大学博士課程修了。東京都立大学助教授、同大学教授を経て首都大学東京名誉教授。 専門は建築計画、建築構法。主な受賞に 1996年度日本建築学会作品選奨「実験集合住宅NEXT21の設計」、 2001年度日本建築学会賞論文賞「寸法調整におけるグリッドの機能に関する研究」。主な著書に 『建築構法』、『建築ヴィジュアル辞典』 『図解建築工事の進め方 木造住宅』 『住まいの構造・構法』。 主な作品に「武蔵大学科学情報センター」(協働作品、1989)「実験集合住宅NEXT21」(協働作品、1996) 「繁柱の家」(1999)ほか。

Cross Point Interview

15:深尾精一 / Seiichi Fukao

水の動きを知り
雨と丁寧につきあう(2/2)

2021/1/30
インタビュアー:真壁智治、編集:大西正紀
インタビュー収録:2018/9/25
 

構法の教科書がベストセラーに

 
ー 日本にはこれまで建築構法のディテールのストックが随分あると思うのですが、そのようなものを総覧したり伝承されたりする機会はあるのでしょうか。
 
深尾:内田先生は、構法は設計とリンクして考えていくという考えでした。内田先生の大学の講義は、教えるという感じではなくて、気づかせる講義なんです。2年生に対して一般構造の講義を担当されていて、普通はその内容の講義は床・壁・屋根・天井の作り方を一通り教えるものなのに、僕たちの時は全13回、屋根の講義しかされないんです。そして、次の学年には壁の講義しかしない。で、その次の学年は窓の話だけ。それが内田流でした。
 
その話を、かつて僕の助手をしていた明治大学の門脇耕三さんが、僕からずっと聞いていたこともあって、YKKapさんの「窓ゼミナール」という企画に彼が若い建築家を集めて、内田先生から連続講義として話を聞いたことがありました。それが内田先生の最後の「窓」の講義となりました。講義を受けていった人たち一人ひとりはいま盛んに設計をされている建築家なので、たとえばそのような形で、考え方は確実に伝わって行っていると思います。
 
1980年頃に、「建築構法」の教科書も、内田先生とともにつくりました。通常、大学の先生は、最初の1年目がとても大変です。1時間講義をするために10時間くらの準備が必要になります。1回つくったあとは、毎年同じ講義をすることになるのですね。ですから、大学の先生は同じ講義ノートを20年間使っているとよく言われます。
 
でも、内田先生は、毎年内容を変えていました。講義は半分自分のためにしていると。自分で物事を気づくためにしているのだから、毎年変えないと意味がない。逆に学生が教わらなくてはいけないことは教科書でも見てればいい。それで十分だと、そういう感じでした。
 
でも、東大を辞められる前、1980年くらいに、ある出版社からの依頼があって、良い教科書がなかった「建築構法」の教科書を内田先生が手がけることになり、当時、大学で教えはじめていた僕と、3年先輩の大野隆司さん、2年先輩の吉田倬郎さんと3人で内田先生をサポートして教科書を書きました。その教科書はベストセラーになって、ピーク時には1年間に60007000部くらい売れていました。建築系の大学生が1学年で1万人くらいの時代ですから、かなりの学生がそれで教わっていたことになります。やはり教科書は伝承という意味では大きいと思いました。
 
ー どうしてそこまで受け容れられる教科書になったのでしょうか。
 
深尾:教科書を書こうとするとき、大学の先生は自分の主張を書きたくなってしまうのですが、自分の主張が入ってしまうと、他の人は使えなくなるんです。主張が自分と違うと使いたくなくなりますからね。だから、なるべく主張を入れず、客観的に書く。つまり原理を書くことを重視したのです。
 
あと、構法の教科書は通常、図版だらけなんですが、それまでの教科書では図版はほぼ過去の教材からの引用ばかりでした。でも、新しい教科書ではオリジナルですべて描きおろしました。図版は瀬川康秀さんが担当されました。これらのことがベストセラーにつながったのだと思います。
 
実は、僕はちょうど教科書の「屋根」に関するところも担当だったのです。だから、屋根が雨を防ぐ構造を客観的に書くために、相当勉強しました。特に屋根に関する最初の導入の部分が僕の担当でした。屋根の防水やカーテンウォールの防水についてはかなり書きましたね。そこでは雨水というものが、どのように動くのかということも含めて詳しく書いてあります。その教科書を通して、年間7000人くらいの学生が、雨水の挙動について勉強してくれていたと思うと感慨深いです。
 

雨仕舞いとは、気圧差のコントロール

 
ー 教科書づくりを通じても、雨仕舞いの問題をさらに学ばれたのですね。
 
深尾:内田先生が「教えるということは自分の勉強」と言われましたが、本当にとても勉強になったんですね。当時、類書なんかを見ると「雨というのはまず重力にしたがって動くので、重力を利用して制御する」とあります。しかし、勉強していくと、それ以外にもさまざまな力で動いていることがわかります。運動エネルギーや、慣性力、跳ね返る水をどう処理するかという反射の問題、風が吹いてくるので、気流に乗った動きに対してどう対応するかという問題、そして最も大切なポイントのひとつに、気圧差によって水が動くという問題があります。
 
専門分野でもあるカーテンウォールでも、ポイントは気圧のコントロールです。当時から、雨仕舞いというのは、要するに気圧差をどうコントロールするかということを強く感じていました。その考えは今でも変わりません。
 
構法の場合、例えば壁からの漏水をどう制御するのかということは大きなテーマです。実は壁からの漏水のほとんどは気圧差の問題なんです。そのことを理解できていない設計者が未だ圧倒的に多いです。
 
でも、誰もがいつも気圧計が見られる状況にはないですよね。かつ、そもそも気圧計で計っていたらだめなんです。バネが付いているような高価な気圧計でも、正しく表示されません。そう考えると、正確な数値が出るデジタル気圧計が普及する世の中にならないと、雨の問題に対する経験値は上がっていかないと思います。雨水をどうコントロールするかということを広めたいのであれば、世の中の人がもっと気圧について関心を持つようにしなくてはいけません。具体的な問題は、壁の表と反対側の気圧差なんです。
 
あと、これからの時代は壁体温度が大切になってきます。室内の空気温度がどうなっているかではなく、壁体温度がどうなっているか。近年になって断熱性を高めるべきだと言われていますが、これは省エネルギーのためというよりも、断熱性を高めることで壁の内側の温度が室温とほぼイコールになることが快適性にとって一番重要だということなんです。
 
一般の人たちは、気温は気にするけれど、壁温のことは気にしません。そのことも大切で、それと同時に、壁の向こう側とこっち側で圧力差があることをもう少し理解していただけたらと思います。気圧がどうなってるのかということをもう少し気にする。それさえちゃんとすれば、雨漏りはなくなります。極論、室内の気圧を高めておけば雨漏りはしなくなるんです。
 
ー 東京ドームみたいな感じですね。
 
深尾:そうです。東京ドームは絶対に雨漏りしないんですね。幕に少し亀裂が入ったって雨漏りしない。それは気圧差が大きいからですね。気圧については、建築教育の中でも、環境系の先生が少し教えるのですが、きちんと考えようという教育をしている方はほとんどいないと思います。だから、学生たちもなかなか実感がわかないですよね。
 
ー なるほど。設計に携わる人たちは、雨漏りは失敗を重ねて理解するということになりがちなのでしょうか。
 
深尾:そういうところはあるでしょうね。本当はデザインの面でも、たとえば雨樋を細くしようとすると、どういうことが起きてしまうかは、やはり気圧と無関係ではないんですね。
 
ー 気圧に対する知識と、構法的な着想、そして雨仕舞いまでをトータルで考え、最終的に建築として成りたたせるためには、すべてがシビアに絡んできますね。
 
深尾:そのあたりも最近はかなりよくなってきていると思いますが、それでもやはり形態優先で進めてしまったときに、アクシデントが起きることがまだまだ多いと思います。
 
ー 深尾さん自信は、雨仕舞いでの失敗はありましたか。
 
深尾: 20年前に設計したある建築で、ある方向の強風が吹いた時に雨水が漏れてしまうことが起きたことがありました。それはシールの施工方法がよくなかったことが原因でした。
 
ー その場合は、気流が問題だったのでしょうか。
 
深尾:いやこれも完全に圧力差なのです。シールが少し切れたときでも、圧力差がなければ、絶対に漏れません。
 
カーテンウォールには、どのように、どのくらいの高さに付けるかによって、その性能を決める日本流の方法があります。まず、実験装置にカーテンウォールを2窓分くらい実物大でつくります。そして、中と外で気圧を変えて外側からシャワーみたいな水をかける。水の量は 1平方メートルあたり1分間に 4リットルと決まっています。それで、内側の気圧を抜いていき、どれだけ気圧差をかけたときに漏れるかという実験によって、カーテンウォールの性能は決まってきます。
 
わざとシールに欠陥を想定した亀裂をカミソリで入れて、地震後にどのくらい性能が出るかという実験も行います。気圧差が 60Pa(パスカル)ぐらいだったら 60 Paくらいの性能のカーテンを売ったということになります。水の量でも、吹き付けるスピードでもなく、単純に気圧差がカーテンウォールの性能を示しているというわけです。
 

 

「文化としての建築」を、建築家が担う

 
ー 最後に、深尾さんは、古い集合住宅の再生にもずっと取り組んでおられますが、そのあたり、特にこれからの活動も含めて展望をお聞かせいただきたいです。
 
深尾:まだまだ日本は、海外に比べれば遅れていますが、それでもリノベーションやコンバージョンなどが相当浸透しきて、かつそういう畑で勝負しようとする若い人がたくさん出てきています。何よりも重要なのは人材ですから、自然にマーケットが成長し、こういうことはもっともっと広がっていくと思います。当然そういうときに古い建物は雨漏りに悩まされたり、水関係の問題に対してどうしていったらいいかということが大きなテーマになってくるでしょう。
 
そういう意味では、リノベーションを軸にした雨の処理や技術というものも、もっと考えていくべきものになっていくのだと思います。たとえば、日本の団地や集合住宅の場合、相当難しい問題がたくさんあるので、今でも頭が痛いです。
 
ー それで補強構造とエレベーターを一体型にしたもので団地を再生する形など、いろんな手法を最近は見ることができるようになってきています。
 
深尾:それでも、日本には文化としての建築が根付いてないので、そういうときも、どうしても機能や安全が先行して伝わってしまいます。既存のストックの活用のために、ただ「エレベーターがないからつけましょう」となってしまいます。その結果、カッコ悪い建築になってしまったら、市民にとっては魅力的なものにはならず、世代が変わったときにその建築は社会にとって役に立つ建築にはならない。やはり、建築家がきちんと良いものに変えていくということを、していく必要があると思います。
 
ー 内田先生に近かった深尾さんから先生の人柄が伺え、大変興味深く感じられました。深尾さんと私とは世代がそう離れていないせいで、お話の背景や状況が実感として良く分かり、関わられた建築についても、私自身が見たことがあるものばかりでしたので、一層理解がおよびました。
 
それにしても私たちが建築を学んでいた若い頃、それぞれが全く異なる環境に居て興味も関心も別だったのだ、ということが分かり、改めて各自の出自と建築の分野の広さを想い知りました。
 
これまでデザインの納まりと雨の問題は、以前、石川廣三先生にも語っていただきましたが、今日は雨の問題を構法の上から論じていただけたことが、貴重でした。本日はありがとうございました。
 

 
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