建築時評コラム 
 新連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


 
黒石いずみ
(くろいし・いずみ)

 
青山学院大学客員教授。大谷幸夫研究室に勤務後ペンシルバニア大学でPh.D.取得。日本大学、青山学院等で建築理論と歴史、設計、デザイン史を教える。香港大学、ロンドン大学、デルフト工科大学、CCA等で客員研究員・教授。著書翻訳に『建築外の思考:今和次郎論』『東北の震災復興と今和次郎』『Constructing the Colonized Land』『アダムの家』『時間の中の建築』、共著に『時間の中のまちづくり』『住まい方事典』『Adaptive Strategy of Water Heritage』『Confabulation of Architecture』。近刊予定に『Design and Modernity in Asia』『The Routledge Companion to Architectural Drawings and Models』『COVID-19の現状と展望:生活学からの提言』

IZUMI KUROISHI #1     2022.05.20

考現学の「反学問的」意義

 

研究室で行った「コロナ考現学」

 
 現在の日本の建築の研究やデザインに対して、忌憚ない意見を述べる場に参加する機会をいただき、とても楽しみにしている。私はアメリカの大学院で学んでから、主として教養教育に携わって活動して来たが、日本の建築の計画や歴史、デザインに関する言説や研究のアプローチに不自由さを感じたからでもあった。それは私にとって、単なる言語や領域の範囲、あるいは調査や研究の方法論ではなく、都市や建築のデザインや研究の社会的位置づけの問題のように思われた。多様な領域のアプローチが普及しつつあるとは言え、視点や論理の見直しは常に求められるべきであろう。
 
 そこでこの連載では、4つの経験や企画を取り上げて、読者の方々に問題提起をさせていただこうと考えている。まずは今和次郎のはじめたフィールドワーク考現学の学問的意味についてである。次に戦時中から戦後の建築や都市デザインの政治史的議論について、そして自分も関与した2021年オリンピックのデザインに関する海外の雑誌特集について、最後に2019年から現在まで我々の生活環境に大きな影響を与えているCovid-19の感染の影響について、生活学会やイギリスの研究者との交流で議論したことを予定している。これらの問いを通して、読者からのご教示や反応をいただければ幸いである。
 

 
 私はゼミの学生たちと、都市の考現学的調査として渋谷や表参道、青山地域でカラーコーンの分布、コンビニエンスストアの惣菜の種類の分布、渋谷の交差点の歩行者が赤信号でもわたる数のカウント、表参道の歩行者の歩く速さと溜まり具合、明治神宮の鳥居をくぐる人の歩く場所やおじぎの様子、センター街に落ちているゴミや吸い殻、明治通リやセンター街のビルの表面を覆う広告の面積の割合など、歩行者の心理的状況や環境への適応の様子を把握するためにさまざまなテーマの現地調査を行なってきた。
 
(図1,2)それは対象とする地域についての基礎的情報を理解した上で現地を体験的に調査し、各自が発見し感じ取った兆候を手がかりに更に調査を進め、それを客観的に記述して自分なりの解釈を論理的に構築し、他のインタビューや文献調査と対照して更に修正するという、動的な調査と論理的構築を並行して行う方法であり、そこから生まれたテーマだった。
 
 しかし、これを都市史研究の研究会で発表した際に、それらの興味深い視覚的表現に驚く声と同時に、「それは学問的研究ではないので意味がない」という意見が最初に出た。それに対して私は某著名思想雑誌でも考現学は取り上げられているように学問的領域として十分長い歴史を持ち、理論的な背景も存在すると反論したところ、その議論はおさまった。しかし、思想雑誌で取り上げられれば「学問」なのだろうか?と、この一連のやり取りは不可解なまま記憶に残った。
 
 今和次郎が、当初は考現学を社会学の一助となる客観的な学問として構想し、ユーモラスなスケッチだけでなく、統計やグラフを用いて歩行者の服装や行動についての量的調査を熱心に行った事は周知のことだ。調査手法が多様化し、テーマが壊れた茶碗やストッキングの皺、蟻の歩行経路のように意外なものを含むようになると、その「学問」としての意図が分かりにくくなった。つまり後世にスケッチによるフィールドワークの表現や気づきの面白さ、世界を見る目の転倒具合が注目されて考現学のイメージが出来上がった事は、それを継承可能にしたが、その変化する風俗を記録する事、体験的現場調査がどうしたら「学問」になりうるかという理論構築の問題は忘れられた。
 
 だが、その問題は今和次郎にとって重要だった。彼は考古学を引き合いに出し、遺物が見つかる都度に大きく論理が変わる学問だと述べ、遺物の代わりに現代の事象を対象とするのが考現学だと述べている。では考古学を基盤とする歴史学が、いかに科学的な調査を前提としても遺物や新たな事象の発見で論理が変わる学問なのであれば、考現学が発見の学であることは問題ではなく、その歴史学との「学問」である度合いの差は、根拠となる資料の権威と量の差、それを表やダイアグラムで表すかスケッチで表すかの違いとなるのだろうか?恐らくそうではなく、問題はその事象の選択と結果の解釈がどこまで客観的で、調査の目的に合致して論理化できるかのはずである。とすると、上記の私たちの調査は十分「学問的」なはずだ。結局、歴史的文書の文献学的分析や背景となる事象を読解し目の前の事物を解釈することと、現地調査による記述と解釈の差は、文献や固定的な事象と解釈を権威主義的に信奉する歴史観と、経験や感受性そして変化を予測する歴史観の間で生じているのではないだろうか?
 
 ところで、今和次郎が考現学を始めたのは関東大震災がきっかけだったが、それ以前からの日本の民俗学の始祖とされる柳田國男らとの民家調査とはどう関係しているのだろうか?この4月から岩手県立美術館ではじまった「東北への眼差し」展では、ブルーノ・タウト柳宗悦吉井忠らと共に東北の考現学として民家調査から路傍採集、地域のユニット建築である郷倉設計、そして弟の純三による青森県画譜への流れを紹介した。そこでは彼の異人としての東北での移動を通した人々の生活へのまなざしから、目の前の現象とその背後の文脈を同時に提示し、新たな方向を模索することが、モダニズムのもうひとつのあり方だったことを示そうと考えた。民俗学・民族学・土俗学にまつわる政治から民家研究も考現学も自由ではないことを、柳田も今も十分意識していたはずであり、今が柳田に破門されたかどうか以前に、それが「学問的」かと問うことの限界をとうに超えた次元での試みだった部分は共通していた。それを我々が忘れていいはずはない。
 
 今和次郎の考現学ではスケッチの傍に調査の際の気づきと観察や聞き取りの情報が加筆されており、見る人の想像力を掻き立てる。都市や建築の目に見える現象を、人々の生きる場所として理解するためには、目に見えない心理的要素や歴史的要素が不可欠だが、その解釈には現地調査だけでは得られない情報と上記のようなフィードバック、インタビューが必要である。つまり、断片的で多様で感覚的な気づきとその表現が、事象の意図をこえた重要な意味合いに気づき解釈を更新する手がかりとなる。とすると、都市や人々の生きる場所の変化に富んだ、既存の理解を超える複層化した現象を研究する時には、「学問的な研究でない」と言われたことを、かえって良しとしなくてはいけない。赤瀬川原平らが行ったトマソンは芸術運動としての問題提起だったが、都市概念に対する社会的意識からの革新だった。都市研究において考現学的調査は「反学問的」であるゆえに重要であり、「学問的な研究」に拘泥することこそが問題だと思うがどうだろう?

|ごあいさつ

 2021年度の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通りに配信することができました。太田佳代子、布野修司、連勇太郎の執筆者各3氏に改めて御礼申し上げます。それぞれの関わる分野、立ち位置、キャリア、そして世代の違いから見えてくる問題意識の多彩さと語り口に興味を抱かされた一年間でした。本当にご苦労様でした。
 
 2022年度では新たな執筆者の陣容として、千葉学、黒石いずみ、南後由和の3氏が登場します。3氏のシナジーがどのような批評空間を生み出すのか大変楽しみなところです。
 
 これまで建築・都市時評を通して、広く「問題」(批評)の所在を共有することを狙いにウェブマガジン「雨のみちデザイン」に新たなコンテンツとして「驟雨異論」がスタートしたのが2020年。
 
 次のステップとして、そこから多くの思考や批評が反応・応答としてつながることを望みたい。そのためにも、建築系コンテンツのレビュー空間に加わるべく、2022年度より「驟雨異論」をnoteからも配信していきます。noteでの「驟雨異論」ではレビューアー別に時評が構成され、アーカイブ性を保つことで、レビューアーの持ち味に出会えるものとしていきます。
 

2022/03/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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