建築時評コラム 
 連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


小野田泰明(おのだ・やすあき)

 
東北大学大学院教授。1963年石川県生まれ。1986年東北大学工学部建築学科卒業。1998年カリフォルニア大学建築都市デザイン学科客員研究員。2007年東北大学大学院教授。2011年以降、各自治体で東日本大震災からの復興の専門委員を務める。2020年 日本建築学会建築計画委員会委員長。2021年日本建築学会副会長。
 
主な作品・受賞歴に「くまもとアートポリス苓北町民ホール」(2003年日本建築学会賞(作品)[阿部仁史氏と共同])、「釜石市復興公営住宅」(2018年度グッドデザイン賞特別賞[千葉学氏と共同])、「プレ・デザインの思想・TOTO出版」2016年日本建築学会著作賞、「計画の実装と行為による空間創出に関する一連の研究」2022年日本建築学会賞(論文)ほか。
 
URL:東北大学ホームページ

YASUAKI ONODA #3     2023.10.20

官僚機構/行政の限定を超えて

 

復興とマルチステークホルダー

 
 現代社会に生きる私たちにとって、官僚機構 /行政の存在は当たり前の存在になっている。我々の生活を包み、リスク発生時には守ってくれる役割も担っている。その一方、非常時において、資金の調達・配分・支出・監査を担う機関に力が集中することで、再配分を通じて既存の不平等が拡大することも問題化されている(塩崎 2014Johnson and Olshansky,2017)。
 
 そうした復興時の社会資本整備における資金の流れと様々な主体の関りからの実態を見てみたい。研究例が少ないので、筆者らが過去に行った、 2011年の東日本大震災後の復興と比較的近い時期に起こった 2005年の ハリケーン・カトリーナに対するアメリカ合衆国での復興における住宅復旧関係の資金の流れの比較を基に(鈴木・小野田・佃、 2015)、考察する。
 
 2011年 311日に発生した東日本大震災は、 22,318人の死者行方不明者、 1,146,371戸の被災住戸を発生させた巨大災害であるが( 2011年東北地方太平洋沖地震の被害状況(令和 531日現在)総務省消防庁)、 2005829日にルイジアナ州に上陸したハリケーン・カトリーナは、ニューオリンズを中心に深刻な浸水被害と都市暴動や衛生問題を発生させ、アメリカ合衆国内で 1,833人が死亡、 1,197,599戸が被災している。
 

図1:東日本大震災からの復興におけるキャッシュフロー(出典:小野田・佃・鈴木、復興を実装する)


 図1に示すように、東日本大震災からの住宅復興は、政府系の組織が予算配分・事業計画・事業実施を集中的に担う形式となっている。中央政府から供給される資金は、復興庁を通じて配分される「 国庫補助金」と、総務省を通じて配分される「 地方交付税」という二つのルートを介して、復興の中核となる基礎自治体に導かれ、各事業に分配される。政府機関によって復興が独占されている形である。
 

図2:ハリケーン・カトリーナからの復興におけるキャッシュフロー(出典:小野田・佃・鈴木、復興を実装する)


 一方で図2に示すように、ハリケーン・カトリーナからの復興では、様々な手段が併用して用いられている。内税庁などが関与するタックス・クレジットによって民間の資金が呼びこまれるとともに、危機管理庁を通じた全米洪水保険や中小企業庁による災害住宅ローンなど被災者への資金供給が積極的に行われている。そうした民間の復興資金の活性策に加えて、住宅・都市開発省からルイジアナ州コミュニティ開発局災害復興課を介して行われる持ち家支援事業「 Road for Home」や再建パイロット事業なども展開される。それらの執行は、行政が単独で行うものは稀で、ほとんどが NGOや民間事業者との共同で行われる。全体として、市場を通じた住宅供給を念頭に置き、マルチステークホルダーの参画を喚起する、開かれた枠組みである。
 
 東大震災からの復興は、巨大な堤防など、多くの物理的構造物を短期間で構築することに成功したが、復興後の社会の活力の再生についてはまだまだ課題を抱えている。一方で、ハリケーン・カトリーナからの復興は、物理的対応の正確さや素早さという面では問題を抱えているものの、マルチステークホルダーの積極的関与が呼び水となって、様々な主体による投資が復興をけん引し、その経緯を引き継いで復興後も多様な活力が担保されているように思われる。
 

官僚機構という問題領域

 
 復興の状況に見るように、日本における様々な社会資本の整備には、官僚機構/行政が大きな役割を占めている。第二次大戦後の復興から高度成長期にかけてのように、急激に進行する都市化に対応するため、多くの公共施設を短期間で建設しなければならなかった条件下では、この仕組みにはあるメリットが存在した。他方、多くの社会資本がすでに出来上がった中で、日々変化する状況に対応しなければならなくなっている現代では、対応の戦略は異なってくる。標準設計を通した一律的建設は、それぞれの地域によって異なる既存資源との連携を阻害し、社会の柔軟性を阻害する悪手である。インフラを包括的に管理しながら、激しく変化する状況に遂次対応しつつ、長い時間を見据えて必要となる競争的な投資にも躊躇しない発注者が求められている。
 
 こうした状況下では、官僚機構/行政は基礎的な状況を整えつつ枠組みを提供するにとどまることが有用となる。その一方、最前線で運営リスクを取る事業者と設計側が密に連携しながら、適宜状況を作り出す主体となっていく。ハリケーン・カトリーナからの復興に見られる多様性や前報のセンターセンターにおける馬場氏の役割などがその表れである。
 
 官僚機構/行政が独占的に公的施設の建設を管理することの問題性にもコメントしておきたい。東日本大震災からの復興においても行政担当は必死に対応したし、規律も保たれていた。他方で、経済学者のハーバート・サイモンは、組織研究の名著「経営行動」において、立場が人を作ることを強調する。その人の個性より「〇〇部長」という職能がその人のパフォーマンスを規定するという訳である。では、官僚機構/行政で働く人々の行為を規定する枠組みに問題がひそんでいるのである。
 
 官僚制については、古典的ではあるがマックス・ウェーバーの研究を外すことが出来ない。ウェーバーは、近代社会のミッションを徹底するためには、文書の生産・管理・保管によって国家事業の執行を支配する官僚組織が優れていると述べた。上からの改革で急速に近代的体制整えつつあった新興国家ドイツという状況を対象とした彼の分析は的確で、権力者による気まぐれを排して客観的な枠組みを提示するとともに、文書管理を介した精確さ・迅速さ・継続性・統一性・摩耗への防止・厳格な階層・資源の節約など他の枠組みにはない優越性を有していると指摘したのである。
 
 その一方で官僚制は、融通が利かず、硬直的で縦割り的であるために無駄も多い。さらには、組織で働く官僚が見えない権力を持つことで、保守的で、支配的な状況が生まれてしまうことなど、様々な問題も有している。これについては、ロバート・マートンが、官僚制の「逆機能」として指摘しているし(マートン、1961)、ウェーバー自身も、官僚制が自ら文書をコントロールすることが権力を生み出すことについて意識的であった(ウェーバー、2012)。
 

忖度の発動とイシューの曖昧化

 
 政治学者の 野口雅弘は、「忖度と官僚制の政治学」の中で、現代の日本の状況を照らし合わせながら、踏み込んだ解釈を示している。そこでは、美しい言葉は連ねるが実装の負荷に耐えられないロマン主義的人格をどのように扱うかという問題、決定の不全を補完するカリスマにたいするレジシマシー(正当性)の問題など、興味深い議論が多い。特に、表題になっている「忖度」については、「 現代の新自由主義の場合、民営化、規制緩和、政府の介入のミニマム化が進むほど、価値の争いは政治の外に追い出される(野口 2018p.113)」、「 政策論争が回避されるなかで、論争能力を発揮し、それによって評価される機会が少なくなり、その分だけ、権力との『近さ』や権力との関係のよさ、あるいはもっとわかりやすくいえば、『おともだち』であることの比重が大きくなってきた。こうした事情を語ることなくしては、今日の付度の問題は理解できない(野口 2018p.248)」と舌鋒は鋭い。一般的には官僚制を弱めるとされる新自由主義が、正面切った議論を潜在化させ、その空白を調整する「技」としての「忖度」が、官僚制の中で、大きな力を持ってしまう逆説が鮮やかに示されている。
 

図3:復興現場における行政スタッフとの協働


 筆者が共同する行政の人々は、こうした問題を受け止め、乗り越えようとする方がほとんどだが(図3)、官僚制の限界を感じる経験も無いわけでは無い。ある設計者選定を支援した際、著名な建築家である審査委員長が丁寧に書き上げた応募者向けの「委員長のことば」を自治体のエグゼクティブスタッフが、大胆に修文して重要なメッセージがわかりにくくなったという場面に直面した。「議会対策として必要な作業です」と強弁するエグゼクティブスタッフに、そもそも署名入りの文章なのでこのようなことはオーサーシップの点からあり得ないこと。もし、行政的に課題があるならその理由を委員長に説明して協議すべきことを申し伝えた。エグゼクティブスタッフからは、ハイ・コンテクストかつ複雑な状況のために説明し難く、自分が書き直した方が早くて的確だと思って行った。文章の大意は変わらない中で、外部からのクレームの可能性が減るのは良い事ではないか。と真剣な反論が来た時には流石に驚いた。問題点を繰り返し説明して撤回してもらい、事なきを得た。事業が本来問うべきイシューが「忖度」の発動によって曖昧にされ、そしてその問題性を官僚本人が自覚することが難しいという、野口が提示した問題が現実に起こっていることを示す、悲しいけれども、興味深いエピソードと言える。
 

リスクを取れる主体はどこか

 
 前報で、優れた建築の実現のために民間事業者が主導した事例を基に「困難な時代、優れた環境の実現には、リスクヘッジ至上派による分断と攻撃の対象になり易い『蛹』の期間(計画・設計時)に、リスクを留め置き、時間と資源を現場に供給し続ける主体が現場にいること」が必要であることを強調した。官僚機構は、新自由主義の波に洗われたといえども、いやむしろその洗礼を受けたからこそ、そのようなリスクを取るには、難しい状況にあるようだ。しかしながら、冒頭で示したように、社会資本整備において日本の官僚機構/行政が責任を発揮する領域は大きく、ここを変革しなければ、沈滞する日本社会の中で、新しい未来を獲得していくことは難しいに違いない。
 
 次回は、そうした社会資本の実現に挑戦する官僚機構/行政の事例を紹介しながら、その可能性について見ていきたい。
 
参考文献

Laurie A. Johnson, Robert B. Olshansky 、After Great Disasters: An In-Depth Analysis of How Six Countries Managed Community Recovery Lincoln 、Inst of Land Policy、2017
ハンナ・アーレント、エルサレムのアイヒマン[新版]ー悪の陳腐さについての報告、みすず書房、2017
デヴィッド・グレーバー、ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論、岩波書店、2020
ロバート・マートン、社会理論と社会構造、みすず書房、1961
ハーバード・サイモン、経営行動、ダイヤモンド社、1989
マックス・ウェーバー、権力と支配、講談社学術文庫、2012(Max Webers、Soziologie der Herrschaft(支配の社会学)、1922収録)
塩崎賢明、復興〈災害〉―阪神・淡路大震災と東日本大震災、岩波新書、2014
鈴木さち・小野田泰明・佃悠、大規模災害後の住宅再建支援事業の資金配分とマルチステークホルダーの関与-東日本大震災、ハリケーン・カトリーナ、インド洋津波を事例として、日本建築学会計画系論文集 、758、pp.925-933、2019
小野田泰明・佃悠・鈴木さち、復興を実装する、鹿島出版会、2021
野口雅弘、忖度と官僚制の政治学、青土社、2018

|ごあいさつ

 
 2023年度4期の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通り配信することができました。 4期を担ってくださった小野田泰明中島直人寺田真理子の三氏に厚く御礼申し上げます。ご苦労様でした。 建築・都市を巡る状況は、平穏なものではありません。 民間資本による都市再開発の乱立と暴走、建築建設資材の高騰化と慢性的な人手不足、無策なまま進行する社会の高齢化と縮小化と格差化、気候変動と「with・コロナ」そしてオーバーツーリズムの波etc、克服が容易でない大きな課題が山積状態にあり、今こそもっと建築・都市へ「ここがオカシイ」と声を上げなければなりません。批評の重要さが増している。 その上からも「驟雨異論」の役割は、貴重になります。ここから声を上げてゆきましょう。 2024年度5期では 貝島桃代難波和彦山道拓人、各氏のレビューが登場します。 乞うご期待ください。
 

2024/04/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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