建築時評コラム 
 連載|にわか雨の如く、建築に異議を申し立てる時評 

その不意さ加減の面白さ、深刻さを建築の時評に。建築のここが変だ、ここがオカシイ、建築に声を上げる「驟雨異論」。 にわか雨が上がるのか、豪雨になるのか!?


MARIKO TERADA #1     2023.6.23

メディアとしての都市・建築、そして建築家教育

 建築に携わる私たちは、「建築」を手がかりとして、どのような社会や都市像を描けば良いのだろうか。低成長期の日本の若い世代が、未来に対して期待できず夢や希望を持てずにいるといわれるなか、これからの建築教育、あるいは建築家教育はどのようにあるべきなのだろうか。
 
 私は、現在、横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA のスタジオ・マネージャーとして建築教育の場に身を置いている。1990年から1999年、SDレビューでも知られる鹿島出版会月刊誌『SD』という建築専門誌の編集者を務め、国内外での建築や都市をテーマとした展覧会のキュレーションを行ってきた。建築・都市メディアに関わる仕事に携わってきたのは、社会や時代が変容するなかで、今、考えるべき、都市や建築を再定義・再解釈し得る新しい考え方や価値観とは何か、を常に問い、それを紙媒体や展覧会を通じて提示したいという考えからである。この経験を活かし、現在、建築と都市の重要なテーマを「メディア」を介して大学の外の社会に投げ掛け、相対化させることを横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSAのプロフェッサー・アーキテクトと共に建築家教育の場で試行している。特にこれまでの経験を踏まえ、雑誌や展覧会という、「メディア」の狭義の定義を超えて、建築教育そのものを「メディア」と位置付けることで浮かび上がる「建築と社会のコミュニケーション」の場づくりに挑んでいる。
 
 今回から始まる全4回の連載では、社会と建築の関係を問うために、これまでの国内外の建築メディアに着目し、建築教育の場におけるメディアの変遷を辿りながら、これからの建築教育、あるいは建築家教育におけるメディアの役割について考えていきたい。
 

新しい建築家教育をめざして

 
 横浜国立大学大学院/建築都市スクール”Y-GSA”は、2007年に設立された。横浜国立大学独自の講座制でも、他大学での研究室制度でもない「スタジオ教育システム」を取り入れ、国際的な水準の教育で建築家を育成する、新しい大学院としてY-GSAは誕生したのである。
 
 Y-GSAは一体どのような建築家教育を目指したのか。設立に至るまでの背景は一言では言い表せないが、横浜国立大学出身の建築家で”Y-GSA”の教員・校長を務めた北山恒さんが構想した構造化された教育システムが基盤にある。北山さんは1995年に横浜国立大学建築学科の設計意匠講座の助教授になって、すぐに建築教育の場づくりの整備に取り掛かった。
 
 その構想は、1999年頃からスタジオ教育の空間づくりの実践するために、大学キャンパス内の様々な遊休施設や既存施設を設計教育の制作や発表の場として改修することからはじまった。北山さんが教授となった2001年には、西沢立衛さんを助教授に迎え、当時横浜大さん橋フェリーターミナルの設計者でAAスクールのユニット・マスターでもあった建築家のアレハンドロ・ザエラ・ポロ氏を横浜国大に招聘し、スタジオ教育を試行した。また建築家教育の方向性として、「都市」に着目し、横浜市と連携した都市研究所の構想など、これまでの単なる建築教育機関の枠組みを超えた大きなヴィジョンがあった。このようにリアルな都市との関わりのなかで建築を考えていく、新しい建築家教育のあり方は当時の日本の大学では珍しいことであった。
 

横浜国立大学キャンパス内の既存施設を改修してつくられたY-GSAのスタジオ課題の発表の場(パワープラント・ホール)


 このように、北山さんは研究・教育のための空間というハードから教育プログラムのソフトまで、「スタジオ教育」による建築家教育とは何かをリアリティをもってつかむために、その環境づくりのための試行錯誤を繰り返し、また文科省の助成プログラムにチャレンジし様々な改革を行ってきた。その構想は、研究室制度でも講座制でもない「スタジオ教育」システムによって、自ら考えて学び行動する主体性のある学生を、建築思想をもった建築家へと育てることを目標としたものであった。
 
 北山さんが Y-GSAでの新しい建築家教育の構想で重視した点がもう一つある。それは、 「メディア」の存在である。 Y-GSAがスタートする前の北山・西沢研究室時代には、北山さんと学生たちが各号のテーマを決めて、そのリサーチ内容とテーマに対する提案を、 「ホワイトブック」という形でまとめ出版していた。その経験を踏まえ、建築教育にはやはりメディアリテラシーが必要であるという考えから、国内外で編集やキュレーションを実践していた私が Y-GSAの建築教育に関わることになった。私がこれまで培ってきた海外とのネットワークを活かし、海外の建築スクールとのワークショップ、あるいはレクチャー・シンポジウムなどを企画し、また教育活動を通じて見えてくる建築の重要なテーマについての本を出版していくことが期待されてのことだった。
 
 Y-GSAの「メディア」とは、教育活動を紹介するパンフレットはもちろんだが、レクチャーやシンポジウム、展覧会、出版、 WEBサイト、ワークショップなどである。もちろん、建築や都市に関わる重要なテーマをコンテンツに合わせて企画・キュレーションし、適宜かたちを変え、編集しながら社会に向けて伝えていくことを目的としたコミュニケーションの媒体としての役割もある。私は、こうした「メディア」の役割を踏まえ、いかに建築教育と連動し、今考えるべき建築の主題に関わるテーマについてメディア化し、社会と建築や都市の関係を問いかけるのかということを戦略的に実践している。
 

メディアを通じて建築の主題を問う

 
 編集・キュレーションを専門とする私が、Y-GSAの教員、そしてスタジオ・マネージャーとして、メディアづくりから、Y-GSAの運営、環境づくりのマネジメントまで携わることは、他大学では見られないY-GSA独自のシステムだろう。
 
 私の主な役割は、前述のように建築教育で見出された建築や都市の重要な主題をメディアで問うこと、そして教育そのものをマネジメントすることである。それはスタジオ教育そのものを循環・補完させるために学生たちのY-GSAで学びを外部で相対化させることである。私はこの点を重視し、学生たちの学びを、学内を超えた多様な世界へとつなげ、さらに世界的にも活躍できるようにするために海外のネットワークを広げることを視野に入れてやってきた。学際的な教育プログラムとして、ワークショプやシンポジウム、レクチャーなどの企画やY-GSAでの教育活動を世界に広く伝えていくためのメディアづくりに取り組んでいる。
 

Y-GSAでつくられてきた「OURSシリーズ」の出版物たち (photo = 原田雄次)


 例えば、 Y-GSAでの様々な議論やテーマごとの新規の論考をまとめた出版物として、 「OURSシリーズ」がある。様々な特集内容を集めた 『OURS』やシンポジウムやレクチャー内容をまとめた 『OURS TEXT』も出版している。また「 Creative Neighborhoods」と題する国際的な連続シンポジウムやレクチャーの企画は、シリーズ化して毎回重要なテーマを設置して、海外の主要な建築家や専門家を呼んで議論し、出版物を制作し、外部へ発信してきた。また 「コモンズ」といった、日本と海外の都市に共通する課題をテーマに、海外建築スクール、大学とのコラボーレションによる香港や深圳でのアーバンヴィレッジなどの高密度居住のエリアや南米の都市ファベーラやその居住エリアを対象にした数々のワークショップでは、学生たちとこれらの活動を周知するためのブックレットを編集制作し、建築教育のメディア化を図っている。メディアを通じて、今議論すべき重要なテーマを社会に発信するということは、同時にその評価を得ることで、自分たち自身を客観化し、建築家教育に還元していくことができる。さらには、卒業生の実社会での活躍が、社会循環の可能性を秘めていると考える。こうした設計教育にメディアを取り込むことで、教育の構造化に向けた社会実践が Y-GSAの建築家教育をサポートする特徴ではないだろうか。
 

国際シンポジウム”Creative Neighborhoods”の関連冊子や国際ワークショップのブックレット (photo = 原田雄次)


 

海外の建築スクールにおけるメディアの位置づけ

 
 こうした取り組みは世界的に見れば特別なことではなく、各国の大学の建築学科、建築スクールでも取り組んでいる。例えば、 70年代に アーキグラムのメンバーや、若き レム・コールハースザハ・ハディドなど、今や世界で活躍する大御所の建築家たちがユニット・マスターを務めたことで知られるイギリスの AAスクールは、インハウスの出版局である AA Publicationsによって、設立当初から AAスクールの一連のジャーナル(現在は ”AA files”で知られている)や数々の建築関連の興味深い書籍の出版してきた。 AAスクールでの建築教育内容と直接関係はしないものもあるが、批評的な建築議論を展開し、名実共にメディアの存在も大きい。 AAブックショップも設置するなど、メディアに対する注力は、 AAスクールの存在意義を語る上で、その歴史の中での位置づけは重要であると言えるだろう。もちろん、 Y-GSAでの建築家教育にメディアを位置付けるにあたって、北山さんが AAスクールで体験した展覧会を通じて、告知ポスター、カタログ制作や、そして同時に用意される記念レクチャー、オープニング・パーティなどから、建築教育をめぐるメディアのあり方を意識した。北山さんは Y-GSAを構想する中で AAスクールやアメリカの建築教育からは、これからの建築家教育に考える上でのヒントを得たという。私は北山さんの経験を通じた知見を踏まえながら、その企画と実施においては Y-GSAでみえてきたテーマから企画を立て、実践してきた。
 
 私は SD編集部で培った経験をさらに飛躍させるため、 1999年、海外の建築メディアでの研鑽に挑もうと、イギリスでは、 AAスクールで 1965 年から 1999年にわたって週報や展覧会やレクチャーのチラシなどのプリント・メディアの編集担当したアーキグラムの デニス・クロンプトン氏にインタビューし、 AAスクールに留まらずイギリスの建築メディアについての話を伺い、イギリスでのメディアの仕事に関わることの可能性を探ったこともある(最終的には、 オランダ 建築博物館(the Netherlands Architecture Institute)で展覧会に携わる機会を得た)。私自身がクロンプトン氏と同じ建築教育の現場でメディアづくりに携わる立場となった今、クロンプトン氏が 30年にもわたる時間のなかで、 AAスクールの活動をメディアという立場からも支えていた、その長きにわたる氏の存在にあらためて敬意を表すと同時に、建築教育におけるメディアの重要性がよりリアリティをもって理解できる。
 
 AAスクールにおける建築家教育とメディア活動は、 1971年から 1990年の間に AAスクール校長を務めた アルヴィン・ボヤースキー氏が試みた大きな改革も影響しているようである。この改革については、今後の建築家教育とメディアの関係を明らかにしていくために、次回の連載でもう少し詳しく論じてみたいと思う。
 
 このように建築メディアは、建築教育の現場でリアルな建築の状況を捉え、議論を重ね、社会に発信する重要な役割を担っている。建築教育でのメディアのあり方、そして建築とメディアの関係について、歴史のある AAスクールなどの海外の建築スクールをケース・スタディに、時代と共にどのように建築教育とメディアづくりの試行錯誤を繰り返してきたのか、歴史を遡りながら深堀していこう。
 

建築教育をめぐるメディアのあり方は、テーマ設定をはじめとして今でも模索されつづけている。写真はこれまでY-GSAが行ってきたレクチャー、シンポジウムのチラシ。

寺田真理子(てらだ・まりこ)

 
横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA准教授、キュレーター
 
1990年日本女子大学家政学部住居学科卒業。1990-99年鹿島出版会SD編集部。1999-2000年オランダ建築博物館(NAi)にてアシスタント・キュレーター。2001-02年(株)インターオフィスにて、キュレーター。Vitra Museumおよび東京都現代美術館と協同で「静かなる革命 ルイス・バラガン」展をキュレーション。2007-14年横浜国立大学大学院工学研究院特任講師(2011年から都市イノベーション研究院に所属)、Y-GSAスタジオ・マネージャー。2014-18年横浜国立大学先端科学高等研究院特任准教授。2018年より現職。
 
企画編集、共著に『OURS 居住都市メソッド』(LIXIL出版)、『チッタ・ウニカーー文化を仕掛ける都市ヴェネツィアに学ぶ』(鹿島出版会)、『Creative Neighborhoods 住環境が新しい社会をつくる』(誠文堂新光社)、『都市科学事典』(春風社)など。主な展覧会企画に“Green Times”展、“Nested in the City”展、”Tokyo2050//12の都市のヴィジョン展など。
 
URL:横浜国立大学大学院/建築都市スクール"Y-GSA"

 

|ごあいさつ

 
 2023年度4期の建築・都市時評「驟雨異論」を予定通り配信することができました。 4期を担ってくださった小野田泰明中島直人寺田真理子の三氏に厚く御礼申し上げます。ご苦労様でした。 建築・都市を巡る状況は、平穏なものではありません。 民間資本による都市再開発の乱立と暴走、建築建設資材の高騰化と慢性的な人手不足、無策なまま進行する社会の高齢化と縮小化と格差化、気候変動と「with・コロナ」そしてオーバーツーリズムの波etc、克服が容易でない大きな課題が山積状態にあり、今こそもっと建築・都市へ「ここがオカシイ」と声を上げなければなりません。批評の重要さが増している。 その上からも「驟雨異論」の役割は、貴重になります。ここから声を上げてゆきましょう。 2024年度5期では 貝島桃代難波和彦山道拓人、各氏のレビューが登場します。 乞うご期待ください。
 

2024/04/18

真壁智治(雨のみちデザイン 企画・監修)
 

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